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Auteur: Major_Canis
last update Date de publication: 2026-10-26 12:50:08

「リオラの様子はどう?」

寝室のドアが開くと、タラは心配と悲しみを浮かべた目で、すぐさまエイドリアンを迎えた。

エイドリアンは思わず息を呑んだ。タラがまだ自分を待っているとは思わなかったのだ。もう眠っているものだと思っていた。彼は緊張を紛らわせるように軽く咳払いした。

「もうずいぶん落ち着いたよ。カーラがなだめてくれて、今は一緒に眠っている」

タラは小さく息を吐いた。

「よかった……」

安堵したように肩の力が抜ける。

「さっきから、あなたの報告を待っていたの。私からリオラの部屋に行くのは、無理にしないほうがいいと思って。これ以上、あの子に怖がられたくなかったから……」

タラは悲しげにうつむいた。その顔には深い悲しみと、強い後悔がにじんでいた。

「ごめんなさい、エイドリアン。私、本当にリオラにとって良い母親の手本になれていないわ」

エイドリアンは、当初、タラを叱るつもりだった。

夕食の席での彼女の言動が、まだ頭から離れなかった。リオラの手を箸で叩いたこと。いつもとは違う冷たい口調。そして、なぜか見知らぬ人のように感じられた、あの眼差し。

けれど、今のタラの顔を見た途端、怒りは喉の奥に引っ込んでしまった。

彼女は少し肩を落とし、目を赤く腫らして立っていた。つい先ほどまでの厳しい眼差しは、もうどこにもなかった。

何かが違う。

そしてエイドリアンには、その変化を好ましく思っているのか、それとも不安に感じているのか、自分でもわからなかった。

「そこまで自分を責める必要はない」

ようやくそう言うと、彼はタラに歩み寄り、改めて彼女の顔を見つめた。

「あの子はただ、わがままを言っていただけだ。明日になれば、きっと忘れている」

タラはゆっくりと首を横に振った。

「違うわ、エイドリアン……私が悪いの」

彼女は長く息を吸い込んだ。まるで、単なる罪悪感よりもずっと大きな何かを押し殺しているかのようだった。

「あんな反応をするべきじゃなかった。自分でも、自分が誰なのかわからなくなってしまったの」

エイドリアンは眉をひそめた。

「どういう意味だ?」

タラはしばらく黙っていたが、やがてベッドの端に腰を下ろした。指を絡めるように両手を握り合わせ、その仕草には落ち着かない様子が表れていた。

「実は……今日、事故に遭ったの」

「何だって!?」

エイドリアンは思わず背筋を伸ばした。

「どうして今まで黙っていたんだ?」

彼はすぐさま、タラが負った傷を先ほどよりも念入りに確かめた。

「そんなことがあったなら、言ってくれれば――」

「もう大丈夫よ、あなた」

タラは安心させるように微笑んだ。そして、エイドリアンに握られた手をそのままにしていた。

「事故に遭ったときね……」

声が小さくなる。

「本当に怖かったの」

エイドリアンは彼女をじっと見つめた。

「何が怖かったんだ?」

「車がものすごい速さで向かってきて、何も考える暇なんてなかったの。頭に浮かんだのは、ただ……もし助からなかったらどうしよう、ってことだけだった」

声が震えた。

「もし本当に、何も残せないまま死んでしまっていたら……?」

エイドリアンはすぐには答えられなかった。

まさか、こんな話になるとは思っていなかったのだ。

これまでのタラは、こんなふうに簡単に恐怖を口にする女性ではなかった。いつだって安定していて、落ち着いていて、扱いやすい人間だった。

けれど、今夜は違う。

「もういい」

ようやく口を開いた彼の声は、少しだけ柔らかくなっていた。

「君は助かったし、今は無事だ。それが一番大切なことだよ」

タラは頷いたものの、その瞳にはまだ悲しみが残っていた。

「わかっているわ。でも、今は何もかも違って感じるの。すべてが、いつだって突然失われるかもしれないんだって、ようやく気づいたみたいで……。たぶん、そのせいで感情も不安定になってしまったのね。それでリオラにまで――」

彼女は顔を覆った。それまで必死にこらえていた嗚咽を押し殺す。

エイドリアンは短く息を吐き、タラの肩をそっと撫でた。

「疲れているだけだよ。今日は君にとって、あまりにも大変な一日だったんだ」

「うん……」

タラは否定しなかった。

「もう寝なさい。休む必要がある」

タラは顔を上げ、しばらくエイドリアンを見つめてから、小さな声で尋ねた。

「一緒にいてくれない?」

エイドリアンは黙り込んだ。

「少しだけでいいの」

タラはすぐに付け加えた。

「今夜は、一人でいたくないの」

それは、ささやかな願いだった。

普段のエイドリアンなら、タラの甘えなど気にも留めなかっただろう。けれど今夜は、すぐに拒絶することができなかった。

彼はためらいがちに頷いた。

「わかった」

タラは少し横にずれて、隣に場所を空けた。

エイドリアンはベッドの反対側に横になり、いつもどおり一定の距離を保った。部屋の明かりが落とされ、穏やかな温もりを帯びた光だけが残る。

その後、二人は何も話さなかった。

タラは天井を向いて横になり、エイドリアンは正面を見つめていた。二人の間に触れ合いはなかった。

「エイドリアン」

静寂を破ったのは、タラだった。

「何だ?」

「私たちの結婚記念日、もうすぐよね? 今年も、いつもどおりお祝いのパーティーを準備してあるの」

エイドリアンは小さく頷いた。

「ああ」

タラはかすかに微笑んだ。

「時間が経つのって、本当に早いわね」

少し体の向きを変え、エイドリアンを見つめる。

「ネオ・グループのプロジェクトで、あなたも相当忙しいでしょう?」

その声は変化していた。先ほどまでよりも軽やかで、温かく、柔らかい響きを帯びていた。

エイドリアンはちらりと彼女を見た。

「あれは大きなプロジェクトだからな。懸かっているものも多い。君だって、大きく貢献してくれているよ、タラ」

「わかっているわ」

タラは静かに答えた。

「あなたは本当にうまく進めているもの。私はただ、あなたを支えているだけ。最終的な決断を下すのはあなたでしょう? あなたが決めなければ、このプロジェクトだって大したものにはならないわ」

エイドリアンは何も答えなかったが、その目つきがわずかに変わった。

「これが終われば、アシュボーンの名はもっと大きくなるわね」

タラは何の気負いもない様子で続けた。

「もちろん……あなたの名声も」

少し間を置いてから、さらに言葉を重ねる。

「あなたは昔からそうよね、エイドリアン。いつだって、何をすべきかわかっている。だからこそ、たくさんの人があなたを信頼するのね」

エイドリアンは薄く笑った。

「それが俺の仕事だからな」

タラはゆっくりと首を横に振った。

「誰にでもできることじゃないわ。あんなに大きな責任を背負うなんて」

彼女はいつもより少し長く彼を見つめ、柔らかな声で告げた。

「あなたを誇りに思うわ」

エイドリアンはすぐには答えなかった。けれど、その目つきは変わっていた。先ほどよりも穏やかで、どこか満足げだった。

彼は静かに息を吐き、少しだけ体の力を抜いた。

「すべては、俺たち家族のためだからな」

タラは意味ありげに微笑んだ。

「それなら……」

一度言葉を切り、何かを考えるように間を置く。

「結婚記念日に、ひとつお願いをしてもいい?」

エイドリアンが顔を向けた。

「何が欲しいんだ?」

タラはすぐには答えなかった。少しうつむいてから、再びエイドリアンを見つめる。その眼差しからは、何を考えているのか読み取れなかった。

「これまで……あなたに何かを本気でお願いしたことなんて、一度もなかったわ」

彼女は静かに言った。

「それに正直に言うと、本当に……意味のある贈り物をもらったこともなかったの」

エイドリアンはわずかに眉をひそめた。

「贈り物の値段が問題なんじゃないのよ」

タラはすぐに言葉を継いだ。

「ただ、あなたの人生に私も本当に居場所があるんだって、そう感じられるものが欲しいの」

「それで?」

エイドリアンが尋ねた。

「何が欲しいんだ?」

タラは静かに息を吸った。

「あなたが所有している不動産のひとつが欲しいの」

エイドリアンは一瞬、黙り込んだ。

「不動産?」

彼は聞き返した。

タラは頷いた。

「都心にある、あのマンションよ」

エイドリアンは数秒間、彼女を見つめた。まるで、その願いがどれほどのものなのかを量るように。

決して小さな要求ではない。だが、与えられないほどのものでもなかった。

彼は薄く微笑んだ。

「君がそれを望むなら、手続きを進めておくよ」

タラの表情が変わった。

そこには、心から嬉しそうな輝きが浮かんでいた。少なくとも、エイドリアンの目にはそう映った。

まるで、彼が自分に与えてくれたものが、十分すぎるほど大きな贈り物であるかのように。

けれど実際には、エイドリアンがカーラに与えてきたもののほうが、はるかに多かった。

「ありがとう、エイドリアン」

タラは少し身を寄せ、彼の頬にそっと口づけた。

「本当に嬉しいわ」

エイドリアンはそれ以上、何も言わなかった。

ただ、心の中にひとつの考えが浮かんでいた。

――あの女に何かを与えたところで、別に悪いことはない。

どうせ……これが最後になるかもしれないのだから。

***

「本当に、その決断でよろしいのですか、エイドリアン様?」

電話の向こうから聞こえてきた声には、ためらいがにじんでいた。

エイドリアンは執務室に立ち、片手をポケットに入れ、もう片方の手でスマートフォンを持っていた。やがて椅子に腰を下ろし、ゆったりと背もたれに身を預ける。

「そうだ」

短く答えた。

「名義変更の手続きを進めてくれ」

「ですが……決して小さな資産ではありません」

「わかっている」

「差し支えなければ、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

弁護士は、まだ好奇心を隠せない口調で尋ねた。

エイドリアンは薄く微笑んだ。

「ただの贈り物だ」

「タラ夫人への、ですか?」

「ああ」

電話の向こうで、しばし沈黙が流れた。

「承知いたしました。すぐに手続きを進めます。明日の朝には、ゴールデン・パレスのマンションがタラ・アシュボーン夫人名義に変更される予定です」

それを最後に、通話は終了した。

エイドリアンはしばらくスマートフォンの画面を見つめてから、机の上に置いた。

贈り物。

その言葉は、彼にとってあまりにも軽いものだった。なにしろ、彼が所有する資産は、豪華なマンションが一つや二つという程度ではない。そのうちの一つをタラに譲ったところで、何の問題もなかった。

そして、そのすべての裏で、エイドリアンは一つのことを確信していた。

すべてが終わったあと……タラはもう、ここにはいない。

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