Masuk「こんな話……とてもじゃないが、茉莉花さんに話せない……」 今日、谷島との話が終わったら。 茉莉花さんに電話をして、話した内容を共有しようと思ってた。 だけど、とてもじゃないが今の話を茉莉花さんに話すなんて、出来るわけがない。 谷島も、俺の考えには同意なのだろう。 こくりと頷いた。 「ああ。被害者家族に話すのはまだやめておいた方がいい。……憶測で、苦しめるのは良くない。話すのははっきりとしてから、だな」 「そう……だよな」 「ああ。この件は、俺も協力する。親父に聞けば、何か分かるかもしれない。少し時間をくれ。だけど、小鳥遊。お前は下手にこの件に首を突っ込むなよ」 「ああ、分かったよ。俺だって命は惜しい。下手に動かないさ」 「ああ、そうしてくれ。この件で分かった事があればすぐに連絡する」 谷島の言葉に、俺は「頼んだ」と返す。 それからの俺たちは、食事を終え、その料亭を後にした。 駐車場でそれぞれ運転代行を呼び、その場で別れた。 代行が車を運転している中、俺は後部座席で今日谷島と話した内容を頭の中で整理する。 交通事故の被害者は、茉莉花さんのお母様だった。 そして、お母様を轢いたのは、茉莉花さんの会社にいる同じチームの人間が勤めていた、以前の職場の同僚。 そして、その元同僚は逮捕後、何らかの理由で死亡している。 それに──どうやら、茉莉花さんの会社にいる、同じチームの人間はその事実を知っていた、ようだ。 そして、その件が原因で前職をクビになった……? しかも、転職活動にまで手を回されていた? だが、茉莉花さんの家、藤堂家が経営するこの会社には、手を回す事が出来なかった。 と、すると事件を隠したかった人間は、茉莉花
「──なん、そんな……」 俺は、谷島の言葉に唖然として言葉が詰まってしまう。 そんな事をしたやつが、いるのか? しかも、茉莉花さんのチームにいるチーム長が勤めていた前職場に? 「まあ、現場の記録を見て……俺がそう考えただけで、真実かどうかは分からない。だが、取ってつけたような供述や検証写真……杜撰過ぎる。……考えたくはないが、当時こちら側の人間に金を握らせて……殺人を交通事故で処理させた……そう考えるのが妥当だろう」 「ちょ、ちょっと待ってくれ……。そんな事を俺に話してしまって大丈夫なのか!?」 「……俺の考えを口にしてるだけだ。本当にそうなのかは調べないと分からない」 「調べようがあるのか?」 「……どうだろうな。加害者は既に死亡しているし、被害者も──」 そこで言葉を切った谷島は、ちらりと俺に視線を向ける。 どこか言いにくそうに目を伏せたあと、口を開いた。 「……被害者は、今も意識不明だ」 その言葉を聞いて、俺は言葉を失う。 加害者が死んでいて、被害者も、意識不明状態……?それじゃあ、話を聞くにも聞きようがない。 どう、この事件を調べるって言うんだ。 俺がそう思っていると、谷島が突然この事件とは無関係の事を聞いてきた。 「憧れの君の実家は、人に恨まれてはいないか?」 「──は?」 茉莉花さんの家……? 藤堂家が……?なぜ急に藤堂の事を。 俺の疑問が顔に出ていたんだろう。 谷島は真剣な表情のまま、もう一度同じ事を口にした。 「藤堂家は、人に恨まれてはいないか?」 「茉莉花さんの、家が……?どうして、そんな事……」 嫌な予感がどんどん膨れ上がる。 藤堂家が、人から恨まれていないか? どうしてそんな事を聞いてくる。 それに、被害者が今も意識不明のままって……。 ふ、と俺の頭に眠ったままの茉莉花さんのお母様の姿が思い浮かぶ。 いや、そんなはずは。 だが、だからこそ谷島は藤堂家が恨まれていないか、と聞いてきたのか? 意識不明の被害者って言うのは──。 「被害者は、藤堂羽累。お前が長年焦がれていた憧れの君の母親だよ……」 ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走る。 何で。 どうして。 茉莉花さんのお母様が。 「だから、聞いたんだ。藤堂は人に……他家に恨まれていないか、って……。法に触れる事をやらかし
◇ 夕方。 どうにか定時で仕事が終わりそうだ、と俺はスマホをちらりと確認してほっと安堵の息を吐く。 これなら、友人との約束にも間に合いそうだ。 「影島。今日は着いて来ないでいいぞ。旧友に会う」 「ご友人と、ですか?かしこまりました」 不思議そうな顔をしている影島に、俺はひらひらと手を振って答え、送り迎えもいらないから今日は早めに帰っていいと告げる。 すると、影島は途端にキラキラと瞳を輝かせて礼を口にした。 定時後。 俺は刑事の友人──谷島との待ち合わせ場所へと向かっていた。 車を走らせ、向かった先は高級料亭。 完全個室性の料亭のため、話が外に漏れる心配は殆ど無い。 政治家や、谷島のような警察関係者も接待などに良く利用する、と以前耳にした事がある。 俺は車を駐車場に停め、店に入る。 車のキーを店員に渡しつつ、谷島の名前を告げると、店員はすぐに案内をしてくれた。 どうやら谷島は既に店に着いているらしい。 「お連れ様がまいりました」 「ああ、通してくれ」 部屋の前で、ノックをしたあと、少々大きめな声で店員が呼びかける。 すると、室内から聞き慣れた友人の声が聞こえた。 すっと扉が開かれ、店員に促されつつ室内に入ると、谷島が立ち上がって俺を出迎えてくれた。 「小鳥遊!久しぶりだな。元気そうで良かった」 「ああ、久しぶり。谷島こそ元気そうじゃないか」 軽く握手を交わし、席に座る。 「今日は適当にコースを注文しといた。それでいいだろ?」 「ああ、問題ない」 俺がそう答えると、谷島はビー
死んだ──。 志木チーム長の元同僚が……? それに、実刑判決……。 私は、急いでパソコンに向き直り、ここ数年間の事件での犯人死亡について調べ始めた。 大きな事件だったら、きっと記事が残っているはず。 だけど、いくら探しても探してもそれらしい記事は出てこない。 志木チーム長の同僚なのだから、恐らく年齢は同世代。 それくらいの年齢の犯人が亡くなってしまった事例は、見つからない。 でも、どこか違和感を覚える。 その事件に関する、関係していそうな記事すら1つも出てこないなんて、いくら何でも変。 まるで、敢えてその記事を削除しているような。 表に出ないように手を打っているような、作為めいたものを感じる。 「なに……?何だか、気持ち悪いわ……」 綺麗に隠されているような気持ち悪さが漂う。 だけど、苓さんがこの件について警察関係者に当たってくれる、と言っていた。 もしかしたら苓さんが何かを掴んでくれるかもしれない。 だけど──。 「……首を、突っ込んでいい事かしら、これは……」 私は背筋にぞわり、と悪寒を感じた。 ◇ スーツの胸ポケットで、スマホが震える。 スマホを取り出す。 スマホの画面に表示された名前を見て、俺はすぐに電話を繋げた。 「もしもし。昨日は急に連絡してすまない。……ああ。うん。お前に教えてもらいたい事があって。……ああ。分かった、今夜そこで会おう」 言葉少なに、今夜会う約束だけをして通話を終了する。 俺は小さく息を吐き出し、茉莉花さんの会社がある方向に顔を向けた。 茉莉花さんの会社で働く彼の事について、軽く友人に事の経緯を記したメールを送った。 そうしたら──。 「茉莉花さん……。もしかしたら俺たちは厄介な事に首を突っ込んでいるかもしれません……」 友人からは、直接会って話したいと連絡がきた。 その時の友人の声のトーンはとても重々しく、硬かった。 話しにくい事柄なのだろう。 だけど、刑事の彼がそんな風に口が重くなる事件って一体なんなんだ……。 「とりあえず……今日は茉莉花さんを迎えに行けないな。後で連絡をしておかないと」 話が終わったら、茉莉花さんに電話をしよう。 友人から聞いた話を共有して、そして。 新規事業の事も話をしたいし、少しでも茉莉花さんの声を聞きたい。 一緒の職場で働けていた
翌日。 会社に出社した私の下に、志木チーム長が気まずそうにやって来た。 本部長室の扉を開け、入室して私の顔をみるなり、志木チーム長の顔色が一段と悪くなった。 「昨日は……大変なご迷惑を」 深々と頭を下げる志木チーム長に、私は苦笑い混じりに答える。 「頭を上げてください、志木チーム長。気にしていませんので、大丈夫ですよ。それより、体調は大丈夫ですか?」 「体調は、大丈夫です……その、昨日のタクシー代……」 志木チーム長が申し訳なさそうに封筒を取り出すのを、手のひらを向けて制す。 「気にしないでください。私たちはタクシー用のチケットを持たされていますから」 「で、ですが……」 「それより、志木チーム長にはお仕事で返していただかないと……!新事業、とうとう着手しますよ?いい施策案などあれば、提出してくださいね」 未だに申し訳なさそうにしている志木チーム長に、私は仕事の話に変える。 志木チーム長は、お仕事が大好きだ。 だからこそ仕事の話で考えを逸らす。 案の定、志木チーム長は目を輝かせて私のデスクに近付いてきた。 「以前、施策について考えていたんです……!社員のやる気を向上させるためにも、これは前職で同僚と考えた事なのですが──っ」 それまで、キラキラと輝いていた志木チーム長の目が、途端に陰る。 急に言葉に詰まってしまった志木チーム長。 前職の同僚、と言ったのは確か。 そして、その同僚の方が何か事件を犯してしまった事は、昨日志木チーム長が零していたから分かる。 そして……恐らくその件が原因で、志木チーム長は交通事故にトラウマを。 だけど、いきなりそれを聞く事なんて出来ない。 だから私は、当たり障りのない話題
まさか、お父様がいるとは思わず、私の返事はついついどもってしまう。 「た、ただいま戻りました、お父様……」 「小鳥遊くんに送ってもらったんだな」 ぎくり、と体が強ばる。 ここまで送ってくれたのが、誰かまでお父様は知っている。 どうしよう、どうしよう、と頭の中がぐるぐるとする。 苓さんとお付き合いをしている事を、お父様に報告する?いえ、でもまだ時期が早いし、苓さんもこの事業が落ち着いたら、って言ってた。 婚約が決まったら、それぞれの家族と顔合わせがあるし、婚約発表のパーティーだって開く、はず。 今の時期にそれらを行うとすれば、準備に忙殺されてしまう──。 私が色々な事を考えていると、お父様はなんて事ないように話す。 「小鳥遊くんとお付き合いしているのか」 なるほど、と自分の顎に手を当てて話すお父様。 至極あっさりとしたその態度に、私は逆に呆気に取られてしまう。 「えっと……」 「ああ、別に反対はしていない。……そもそも、私は小鳥遊くんと茉莉花が付き合うのはどうか、と考えたからな……」 「──えっ!そ、そうだったのですか?」 お父様がそんな事を考えていたとは意外で、とても驚いた。 お父様は少し申し訳なさそうに笑みを零すと、まるで懺悔をするように口を開いた。 「正直……茉莉花が御影の倅に苦しめられている時、私は助けてやる事も出来なかったからな……。羽累の事ばかりを気にして、茉莉花を大事に出来ていなかった……。お前も、母親がああなって悲しんでいたのに」 「そんな……お父様がそんな風に思わなくていいんです。御影さんの事は、私の見る目が無かったんですから……」 「いや。それでも、親の責任だ。茉莉花は傷つかないで良かったのに、結局傷付けてしまっただろう。……だが、小鳥遊くんと出会ってからの茉莉花は、表情が変わった」 お父様の言葉に、私は無意識に自分の頬に手を当てる。 ぺたり、と触れて目を瞬かせた。 「表情、ですか……?」 「ああ。明るくなった。……昔の茉莉花みたいに」 優しく目を細め、笑ってくれるお父様。 私は何だかこそばゆいやら、恥ずかしいやらでお父様から目を逸らしてしまう。 「だが、小鳥遊くんと付き合っている事は、お祖父様にはまだ伝えない方がいい。……もう少し時間が経ってから報告した方がいいだろう」 「そう、ですよね







