Mag-log in店の出口に真っ直ぐ向かって行く御影さんの背中を厳しい眼差しで見つめていた苓さん。 御影さんがそのまま店から出て行くのを最後まで見送った後、苓さんはそこでようやく出口から視線をこちらに戻した。 「──っ、すっ、すみません……!」 そして、今の状況を目にした苓さんは、慌てて私から手を離し、謝罪を口にする。 「い、いえ……!こちらこそお騒がせしてしまい、すみません。……谷島さんも、ご迷惑をおかけして……」 「いえいえ、気になさらないでください。それより……」 谷島さんはそこで一旦言葉を切ると、私と苓さんに顔を向けてある提案を口にした。 「御影さんが諦めて帰ったかどうか分かりませんから、もし藤堂さんが良ければこの後も俺たちと一緒に回りませんか?」 ◇ 「谷島さんにはそちらの色より、こっちの色の方が……」 「藤堂さんの言う通りだな。淡い色は谷島に似合わない。そっちを試着してみた方がいい」 あれから。 谷島さんの提案を後押しするように苓さんからも同じ事を言われて。 私も、また御影さんが戻って来たら嫌だと思い、有難く2人と一緒に店内を見て回っていた。 今は谷島さんが当日着るスーツを選んでいる所。 私と苓さんの意見は一致していて。 「そ、そうか?じゃあ、こっちに着替えてみる」と満更でもなさそうな谷島さんが新しいスーツを片手に、試着室に消えた。 谷島さんが試着室に入ってしまうと、必然的に私と苓さんの間には気まずい空気が流れる。 さっきまでは谷島さんに似合いそうな別の服を探していたけど、もう今着替えている分で谷島さんの候補はおしまいだ。 どうしよう、苓さんとどんな会話をしよう、と私が手持ち無沙汰で1人気まずさを感じていると、ふと苓さんの声が聞こえた。 「──これ……、このドレス……」 「え……?」 苓さんのぽつりと落ちた呟きに、私は苓さんの方向へ振り向いた。 苓さんが見つめる先には、1着のドレスがある。 黒を基調とした、派手過ぎずシックなデザインのドレス。 だけど、背中が結構大胆に開いており、私はこういったドレスが好みだ。 確か、苓さんと初めて会ったパーティーのドレスも、似たようなドレスを着ていたような気がする。 そんな事を思っていた私の耳に、苓さんの声が落ちる。 「確か……これに似たようなのを、着ているのを見た、ような……」
私の背後から伸びた手は、迷いなく御影さんの手を掴んでいる。 そして、背後から気遣うようにそっと私の肩に手を置かれて優しく引き寄せられた。 「──小鳥遊……っ、どうしてお前がここに……!?」 苓さん──。 やっぱり、苓さんがここに。 私の肩に置かれているのは、間違いなく苓さんの手だ。 そして、御影さんを止めるように掴んでいるのも、苓さんの手。 だけど、御影さんが言う通り、どうして彼がここに。 そう思った私が振り向くと、そこには。 「小鳥遊さん、に……谷島さん……?」 私の後ろには、苓さんと。そして、谷島刑事が居て。 谷島さんは気まずそうに私に軽く手を上げると、御影さんに顔を向けた。 「……小鳥遊と私は友人でして。……私も小鳥遊も今度開催されるパーティーに参加するんです。それで、パーティーの場に相応しい服を良く知っている小鳥遊に、買い物の付き合いを頼んだんですよ」 谷島さんの説明に、私はなるほど、と納得した。 苓さんならパーティーの参加経験も豊富。 それに、谷島さんも今回のパーティーに一参加者として潜り込む事になっている事は予め聞いていた。 パーティー会場内に、怪しい人物がいないか。 そして、未だ逃亡中の速水 涼子が私を狙って姿を表さないか、それを直接会場で確認と警備に当たる、とお父様から聞いていた。 谷島さんは本職は刑事。 だから、目立たないように参加者に紛れ込むために相応しい服装を苓さんに相談したのだろう。 苓さんと谷島さんは友人同士だから、こうして一緒に買い物に来ていても何の疑問もない。 むしろ、苓さんと谷島さんが今日、私と同じタイミングで買い物に来ていた事が幸いした。 私の肩をぐっと引き寄せた苓さんの力に抗う事はできず、私の背中はそのままぽすん、と苓さんの胸元に倒れ込んでしまう。 その瞬間、先日の光景が一気に私の頭に蘇る。 苓さんの具合がまた悪くなってしまったら──。 また、拒絶されてしまったら──。 その恐怖が蘇り、私は慌てて苓さんから離れようとしたけれど。 ──ぐっ、と苓さんの手に力が籠る。 まるで私を逃がさないとでも言うような苓さんの力強さに、私は驚いて目を見開いた。 背後にいる苓さんを窺い見るけど、苓さんの視線は真っ直ぐ御影さんに向かっている。 「……藤堂さんと御影さんの関係は、もう終わって
「──ひっ」 「俺は茉莉花の知り合いだ。そのドレスを貸してくれ」 ぞわり、と背筋に悪寒が走る。 どうしてここに御影さんが──。 だけど、御影さんにその事を問うよりも早く御影さんの大きな手のひらが私の腰を掴んだ。 「──ちょっ」 「俺のスーツと色をリンクさせよう。茉莉花にはこの色がとても映えるだろう」 「ちょっと、御影さん……っ、離してくださいっ!」 「ああ、店員に止めてもらおうとしても無駄だぞ?御影家はこの店のスポンサーだ。店員には俺を止められない」 「な、なら護衛を──っ」 「あっちも無駄だ。茉莉花の護衛は、茉莉花に危害を加えようとしている相手じゃないとな?俺は別に茉莉花に危害を加えるつもりはない。それより、あいつらを呼んで俺を追い出すか?俺は知り合いの茉莉花と話していただけなのにそんな事をされたら、俺だって面子がある。それ相応の対応はさせてもらうぞ?」 「──っ」 そして、御影さんは楽しげに私の耳元で呟いた。 「護衛が俺を摘み出してみろ。俺は護衛会社に抗議するぞ。そうしたら、あいつらは職を失うかもしれないな?」 「──さいってい!」 「何とでも言えばいい」 笑いながら、私の腰を強い力で抱いている御影さんの足は止まる事なく動き続ける。 私がいくら足を踏ん張って抵抗しようにも、所詮は男と女。 力の差は歴然。 私の足は、御影さんに無理矢理引っ張られるような形で試着室に向かって行ってしまう。 私の護衛が、背後で動く気配がした。 その瞬間、私の頭の中でさっきの御影さんの言葉が蘇る。 彼だったら、本当にやりかねない──! 私は顔だけを後ろに振り向かせ、護衛に向かって首を横に振る。 「大丈夫だから、待機していて」そう、ジェスチャーで伝えると、護衛は未だに心配そうな表情で私を見ている。 私はもう一度頷いてから、顔を前に戻す。 店員にも、止めてもらう事は期待できない。 護衛にも、御影さんを止めさせる事はできない。 御影さんを止めたら、きっと護衛の2人は仕事をクビになってしまう。 「本当に、汚い男だわ……っ」 「はっ、強気な茉莉花も良いな。興味をそそられる。だが、試着室に入ってもそんな強気の態度でいられるのか?俺の前で下着姿になるんだぞ?」 「あなたの前で着替えなんてしません……っ!離してください、帰ります……!」
◇ 慰労会から、あっという間に時間が過ぎた。 あの日、慰労会の日に私は苓さんとの関係を白紙に戻す選択をした。 もう、苓さんとの関係はこれからは仕事上でのお付き合いのみ。 今はまだ全然辛くて、仕事で苓さんの顔を見る度に泣きそうになってしまうけど。 きっとこれも時間が解決してくれる。 「……苓さんが、私以外の女性と幸せになってくれればいいわ」 だけど、と考える。 藤堂グループは小鳥遊建設と今回のカフェ事業で良きパートナー、取引相手になった。 だからきっと、今後も小鳥遊建設との仕事は続くだろう。 そして、私は藤堂の跡継ぎだから。 冠婚葬祭には、私もきっと招待されるだろう。 「苓さんの結婚式とかにも……きっと招待されちゃうだろうなぁ……」 はは、と乾いた笑いが漏れてしまう。 かつては苓さんとの将来がごく身近にあった。 「それなのに……今はこんなに遠いなんて……」 人生、何があるのか分からないものだ。 私が物思いに耽っていると、それまで走っていた車が停まった。 「茉莉花様、到着しました」 「ありがとうございます」 「ご連絡をいただけましたら、店前までお迎えに上がりますね」 「ええ、お願いします」 私は運転手に告げてからドアを開け、車から降り立つ。 今日は、大事な日だ。 虎おじ様が企画してくれた、今回の和風庭園カフェの1号店オープン記念のパーティー用のドレスを買いに来たのだ。 ドレスを新調する必要があったため、この店にやって来た。 私が店に向かって歩いて行くと、私の少し後ろを護衛が2人ほど遅れて着いてくる。 今日はドレスの試着があるため、護衛の1人は女性だ。 試着中に狙われる、と言う事も少なくないらしい。 試着中は下着姿になる事から、抵抗しにくい。 だから今日は女性護衛に試着室の中まで入って来てもらうつもりだ。 護衛の人達は、とても真面目で私の視界に入らない程度の距離から付かず離れず着いて来てくれている。 何かが起きてもすぐに対応出来る距離に、すぐ護衛がいると言う安心感。 だから私は久しぶりに純粋に買い物を楽しむ事にした。 ドレス選びなんて、久々だ。 どんなドレスが今は流行っているのか、店員から聞き、お勧めだったり、私に似合いそうなドレスを選んでもらう。 店員と相談しながら私は当日に着るドレスの候補を3
「──え」 「周りの人達に言われて、小鳥遊さんもご存知でしょう?確かに、私と小鳥遊さんはお付き合いをしていましたが……今はもう気にしなくて大丈夫です」 私は、苓さんの顔を見る勇気がなくて。 だから、苓さんがどんな表情で私の言葉を聞いているかなんて、全く分からなかった。 「だから、今後は仕事のパートナーとして……お話をしましょう」 「──待」 「ごめんなさい、小鳥遊さん。私は手を貸せないので、誰か人を呼んできますね!待っていてください!」 私はそれだけを言うと、苓さんに背を向けて廊下を駆ける。 きっとまだ男性使用人が大食堂に残っているはずだ。 声をかけて苓さんを部屋まで送ってもらおう。 私はそれだけを考えて廊下を走り続けた。 ◇ 藤堂さんが走って行ってしまう。 どれだけ呼び止めたくても、俺の腕は震えてしまって藤堂さんの手を掴んで引き止める事は出来なかった。 女性との接触に対して、耐性が出来たと思っていたんだ。 藤堂さんの腕を掴んでも、何も嫌じゃなかった。 それ所か、藤堂さんの体温が触れた手のひらから伝わってきて、どこか安心した。 それよりも藤堂さんが見合いって、一体どう言う事だ。 藤堂さんは、記憶を失う前の俺と付き合っていたんじゃないのか──。 その事を聞こうと思った。 だけど、藤堂さんが見合いをする。 その言葉があまりにも衝撃的過ぎて、少し強く藤堂さんの腕を引っ張って立ち止まらせてしまった。 その瞬間、バランスを崩した藤堂さんが俺に倒れてきて。 咄嗟に抱きとめた。 その瞬間、胸を満たす幸福感。多幸感に俺は自分の事が信じられなかった。 まるで藤堂さんが俺の腕の中にいるのが当然と言うような、しっくり感。 俺は、この柔らかい彼女の体を知っている──。 俺は、彼女の熱を知っている──。 脳が無意識にそんな事を考えて。 その瞬間、昔トラウマになった出来事を思い出してしまった。 俺のベッドに潜り込み、既成事実を作ろうとした女性使用人。 その女に、体を触られた時の光景がフラッシュバックして、咄嗟に藤堂さんを突き放してしまった。 これは、藤堂さんに感じた欲に対する罰だ。 幼い頃に女から迫られた時の嫌悪感。 その時の女と同じ欲を、藤堂さんに抱いてしまっ
「──わっ、苓さ……、小鳥遊さん!ごめんなさい、ぶつかりませんでしたか?」 「いえ、大丈夫、です……」 私はぶつかる直前に苓さんに気付き、慌てて立ち止まる。 まさか、こんな所に苓さんが居るとは思わなかった。 お父様と約束でもしているのだろうか。 だったら、邪魔をしてはいけないし、と私は苓さんの隣を通り過ぎようとした。 「すみません、お父様に用があるんですよね?どうぞ、私はもう話は終わりましたので」 横にずれて苓さんの横を通り過ぎようとした時。 苓さんは咄嗟に、といった様子で私の腕を掴んだ。 「藤堂さん──!」 「えっ、わ……きゃあっ!」 突然腕を掴まれて、足が突っかかってしまった私は苓さんの方へ倒れ込んでしまった。 倒れそうになってしまった私を慌てて苓さんが抱きとめてくれる。 「──っ」 久しぶりに感じた、苓さんの腕の力強さと、苓さんから香る爽やかな香水の香りと温もり。 触れ合う事も、抱きしめられる事も苓さんが記憶を失ってからなくなってしまった。 それが、急に与えられて。 私の鼻がつん、と痛くなった。 だけど──。 「──うわっ」 「……っ」 苓さんが抱きとめてくれたのはほんの一瞬。 そして、苓さんは私が自分の腕の中に居るのを認識すると顔を真っ青にして私を突き放した。 ショックで、言葉を失ってしまう。 だけど、苓さんの顔色を見て私の悲しみなどすぐにどこかに吹き飛んでしまった。 「だ、大丈夫ですか小鳥遊さん……!」 苓さんは自分の口元を抑えながら何度も何度も謝罪を口にする。 「すみ、ませんっ、本当に、すみませんっ」 ガタガタ、と小刻みに体を震わせる苓さんに、私は苓さんの「女性に対する苦手意識」が相当な物だと悟った。 今までは──。 むしろ、苓さんは昔から。私が苓さんと出会う前から私の事を知っていてくれていた。 そして、私を想ってくれていたから。 だから、こんな態度を取られる事なんて1度も無かった。 苓さんと出会った時から、苓さんは私に対してとても好意的だったから。 だけど、私の記憶をなくしてしまった苓さんにとって、私の存在は「苦手意識のある女性」なんだと再認識してしまった。 実感、してしまったのだ。 やっぱり、もう私は苓さんと以前のように過ごす事は出来ないのだ、と。 「すみません、本当に……
◇「──ん?んん?」シーツを腕がなぞる。男は、自分の隣にいる筈の温もりを求めてシーツの上を忙しなく探す。だが、どこにも求めていた温もりが見当たらず、男は閉じていた瞼をぱちりと開いた。「藤堂さん──?」いない、と呟いたあと男はベッドに起き上がる。どこに、と周囲を確認したがベットの付近には自分が脱いだ服しか見当たらず、茉莉花の服は見当たらない。「帰ってしまったか……」ため息をつき、ベッドから降りて散らばった服に手を伸ばし、緩慢な動きで身に付けていく。シャツを羽織り、ボタンを閉めている所で、休憩室の扉からノックの音がした。男は、扉の方に顔を向けないまま「はい」と答える
「と、藤堂さん……?」 男性が、戸惑う気配が伝わる。 けど、私は彼の服を握ったまま顔を見あげた。 「すみません……、付き添って頂けませんか……」 「え、──あ」 微かに震える私の腕に気がついたのだろう。 男性は、私の震える腕を見て。私の顔色を見て、はっと顔色を変えて真剣な表情になる。 そして、躊躇いがちに話しかけてくれた。 「藤堂さん、支えるために触れても大丈夫ですか?」 「はい、お願いします」 今頃になって、恐怖が込み上げてきてしまった。 相戸さんのような人に恐怖を感じるなんて悔しい。 悔しさやら、恥ずかしさやらで色々な感情が綯い交ぜになっ
「お父様、おはようございます」 こんこん、とお父様の部屋をノックしつつ私は外から声をかけた。 すると、扉の向こうから足音が聞こえ、ガチャリと音を立てて扉が開けられる。 「茉莉花か?おはよう。早いんだな」 「ええ……昨夜は少し夢見が悪くて……」 「──大丈夫か?無理はして──いや、大丈夫なはずがないな……。無理をして体調だけは崩さないでくれ」 そう言うお父様の表情も、普段のような覇気がない。 今だって私の体調を気にしてくださっているけど、お父様こそ倒れてしまいそうなほど、疲労が隠しきれていない。 私はお父様にそっと手を伸ばし、胸元の服をくしゃり、と掴んだ。 「お父様こそ。ご
◇ それから、数日。 お父様が警察関係は全て対応して下さっているからだろうか。 私は、普段通り会社に出社して、自分の仕事に集中する事が出来た。 報道機関への対応も、お父様を中心にお父様の秘書である上尾さんが対応してくれているからか、記者が私に話を聞きにやってくる事は無かった。 一時、落ちてしまっていた藤堂グループの株価も今では回復の兆しを見せていて、世間の反応も日が経つにつれて変わっている。 最初は懐疑的で、疑いの目を向けていた一般の人達も、もしかしたらお祖父様が故意に傷付けられた可能性がある、と言う情報と、警察が捜査を開始したと言うニュースが報道されると、皆が手のひらを返した







