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3話

Author: 籘裏美馬
last update Last Updated: 2025-10-07 08:03:25

そんな頃だった。

御影さんの家、御影ホールディングスに勤めていた役員が、不正を犯していた。

資金洗浄による犯罪行為が発覚した。

瞬く間に御影ホールディングスは一気に株価が下落。

一時、かなり危うい事になったらしいのだが、その時に手を差し伸べたのが私のお祖父さんだったらしい。

その時の恩があるからか。

私と御影さんの年頃が合うからか。

御影家の祖父がふと私の事を口にした。

その頃の私は、御影さんの事が好きだったし、祖父から御影さんの事を聞かれた時に、好印象である事は伝えた。

だから、大学を卒業した時。

まさか私と御影さんを呼び出して、婚約の話をするとは思わなかった。

恩があるから、と御影さんは嫌々ながら、渋々ではあるけれど自分の祖父の話に頷いた。

けれど、大学を卒業してから3年。

この3年間、私と御影さんは距離が縮まる事などなく、むしろこの3年間でどんどん御影さんから距離を置かれているような気がする。

3年前に言われた言葉は、今でも私の頭にしっかり鮮明に残っている。

あれほど冷たく、感情の籠っていない表情の御影さんは初めて見た。

怖くて、はっきりと「敵視」されてしまったのは初めてで。

私は御影さんの言葉に頷くしかなかったのだ。

自宅マンションに帰ってきた私は、駐車場に車を停め、エレベーターで階を上がる。

将来、御影さんと結婚するのだから、と祖父からプレゼントされたこのマンションの一室は、御影さんの住むマンションと一緒だ。

エントランスにはコンシェルジュもいて、警備員も常駐している。

マンションの地下にはスーパーも入っていて、とても住みやすいいい場所だ。

けれど、私は御影さんの部屋に入った事はない。

御影さんは、私が自分と同じマンションに住んでいる事が嫌なのだ。

同じフロアに住んでいるため、時折御影さんと会うのだが、とても嫌そうに顔を顰める。

そして、私と頻繁に顔を合わせるのが嫌な御影さんは、別のマンションの一室を購入し、最近はそちらの方を良く利用している。

「このフロア…、戸数が少ないから、人がいなくて寂しい…」

エレベーターから降りて、私は御影さんの住む部屋がある方向へ顔を向ける。

私が住む部屋は、御影さんの部屋とは反対側にある。

時折、友人を招いているのは見た事がある。

けれど、涼子の姿をこのマンションでは見た事がない。

そうなると、御影さんが新しく購入した部屋に涼子はお邪魔しているのだろう。

御影さんの会社の部屋から聞こえてきた2人の会話を思い出し、胸がズキズキと痛む。

「嫌われている理由が分からないと、どうしようもないよ…」

とぼとぼと歩き、部屋に入る。

部屋に入った途端、私のスマホが着信を知らせる。

カバンに入っているスマホを取り出し、相手を確認した私は、急いで電話に出た。

「もしもし、お父様?どうしたんですか」

<茉莉花か。こんな時間に悪いが…、会社に来てもらう事は可能か?>

「お父様の会社に?分かりました。すぐに支度して、向かいます」

<運転手を向かわせた。着いたら連絡させるから待っていてくれ>

「分かりました」

お父様は、それだけを言うとすぐに電話を切ってしまった。

私は、終話画面を見ながら首を傾げる。

「お父様が焦っているなんて、珍しいわ…」

いつも冷静沈着で、落ち着いているお父様だ。

慌てた姿など普段見た事がない。

それに、運転手を向かわせてまで急いで私を呼び寄せるなんて、一体何事だろうか。

そう考えつつ、お父様の会社に向かう支度をしていると、運転手が到着した連絡がきた。

すぐに私はエントランスに降りる。

車に乗り、運転手が運転する車でお父様の会社に向かった。

<会長室>と書かれた部屋の前。

私は秘書の方に通され、会長室に入室した。

「お父様、お呼びですか?」

「──茉莉花。急に呼び出してしまってすまないな」

「いいえ。大丈夫ですよ」

会長室には、お父様だけだと思っていた。

けれど、室内にはお父様と、もう一人。

見知った顔の中年男性がいて、私はその方に駆け寄った。

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