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第3話

Author: 海野ガラ
10年前、一輝は身分を隠して港市を離れ、商才を磨くために別の都市へと赴いた。

あるパーティーで、当時はまだ面識のなかった一輝は、私が何かを仕込まれたワインを飲んでいることに偶然気づいた。

助けようとした彼が目にしたのは、私が変態男の頭をワインボトルで思いきり殴りつける、凄惨な場面だった。

正気を保つため、私は自分の太ももにガラスの破片を突き刺し、肉が裂けて血まみれになっていた。

一輝が私にアプローチし始めたのは、あんなにも負けず嫌いな女を、それまで一度も見たことがなかったからだという。

付き合い始めて間もなく、彼は私を港市へ連れて行った。

そこで私は初めて、テレビの中だけのものだと思っていた名家や財閥が、本当に存在するのだと知った。

徳宮家が私を嫁として迎え入れるために出した最初の条件は、両親と縁を切ることだった。

身分の釣り合わない嫁を、しぶしぶ受け入れることはできても、私の貧しい親族が金をたかりに来ることなど、到底容認できなかったのだ。

私を辱めることなど、徳宮家にとってはほんの序の口だった。

あれが、私が初めて正式に離婚を口にした時だった。

私の両親は、ごく普通の人だった。でも、私を心から愛してくれていた。

私は何も言わず、一人で船に乗って港市を離れることにした。

それを知った一輝は埠頭まで駆けつけ、何のためらいもなく冷たい海へ飛び込んだ。

到底追いつけるはずもないフェリーへ向かって、必死に泳いだ。

幼い頃、敵対する一族にさらわれ、公海まで連れ去られたことで、一輝は本当は水が怖かった。

それでも私のために、その恐怖を乗り越えた。

まるで神様まで私たち二人を哀れんだかのように、フェリーはその場で故障した。

甲板の上で私は泣き、海の中で彼も泣いていた。

あの時、海へ飛び込んだ一輝を見て、私はこの人に一生を賭けることを決めた。

……

医師が、青葉が目を覚ましたと告げた。一輝は私を振り返ることなく、その場を去っていった。

「お前は先に家へ帰って、頭を冷やせ」

どうして、こんなにも冷たく私を突き放せるの。私は地面から立ち上がった。

病室へ飛び込み、青葉に復讐してやりたい。

そう思うほど膨れ上がっていた嫉妬と恨みが、病室から聞こえてきた声によって、一つ、また一つと打ち砕かれていった。

「痛いよ、噛まないで」

青葉の声は、甘えるようにわがままだった。

「口の中、タバコ臭い。もう吸わないって約束したでしょ?」

一輝は、彼女が無事だったことへの安堵を滲ませながら、彼女を胸に抱き寄せた。

「お前に驚かされたんだ。だから、我慢できなくて1本だけ吸った。

今回だけだ。これで最後にする」

一輝が、青葉のためにタバコをやめた。

私はその場に立ち尽くした。かつて記者が一輝にインタビューしたことがある。

「徳宮社長の人生に欠かせないものを3つ挙げるとしたら?」

彼はこう答えていた。

「心咲、徳宮家、それから……タバコ」

私でさえ、一輝にタバコをやめさせることはできなかった。

妊活をしていた時期でさえ、彼はただ本数を半分に減らしただけだった。

胸の奥が痛み、私は立っていられなくなった。

痺れた手では、目の前のドアを押し開けて、彼と正面から対峙することさえできなかった。

一輝の心は、本当にまだ私のもとにあるのだろうか。

私は逃げるようにその場を去った。

3日後、一輝は私のもとへ、1頭の小さな仔馬を届けてきた。

私はその仔馬を、自分名義の別荘へ連れて行った。

この別荘は、かつて一輝が別の女と私たちの新婚のベッドで寝たことに腹を立て、私がその家を燃やしたあと、彼から償いとして贈られたものだ。

リビングに飾られている絵もそう。

以前、秘書との不倫現場を私に見つかった時、彼が贈ってきたものだった。

壁一面に並ぶハイブランドのバッグは、初めて不倫を見つけた時に贈られたもの。

金庫の中に眠る高級オーダーメイドの宝飾品は、彼が別の女を妊娠させ、その後始末を私がした時に贈られたもの。

……

確かに私は、一輝が言った通り、負けず嫌いだ。

けれど、何度も何度も壁にぶつかっていれば、どんな人間だって疲れ果てる。

ここへ来たのは、結婚した時に一輝に隠れて交わした賭けの証文を探し出し、一輝の母親に約束を果たしてもらうためだった。

けれど、本当に徳宮家の屋敷に着いたとき、私と一輝がかつて一緒に跪いた石畳が目に入った。

私と結婚するために、一輝が食事も水も断ち、命を懸けてまで決意を貫こうとした姿が、今も鮮明に蘇ってくる。

彼は本当に、私のためなら死ねたのだ。

だから今になって、認めざるを得なかった。私はまだ、彼を愛している。

一輝と別れることは、自分の肉を引き裂くことと同じだった。

ほんの数秒考えただけで、私はまた自分自身を言い聞かせ始めていた。

不倫をしない男なんていない。

ましてや、港市そのものを手中に収める一輝なら、なおさらだ。

ただ遊んでいるだけ。心はまだ私のもとにある。

私は今も、彼の正式な妻なのだから。

ただ……まさか徳宮家の屋敷で、青葉と鉢合わせすることになるなんて、思いもしなかった。

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