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第2話

Penulis: 月の輝き
スマホを閉じて、私は自分の荷物を片づけ始めた。

すると、燃がドアを押して入ってくる。手にはスーパーの袋を提げていた。

空っぽのリビングを見て、鍋も食器も調理道具も、生活に必要なものがごっそり消えていることに気づき、その場で固まった。

それから、後ろめたそうに私の手を掴もうとした。

「外に、食いに行こうか」

エアコンまで芝子に取り外されていて、部屋の空気はむっと蒸し暑くてたまらない。

私は思いきり彼の手を振り払うと、目の前がぐるりと回った。

「真昼!」

ひんやりしたタオルが額にのせられた。燃は手を動かしながらも、どこか不満げな口調だった。

「こんな高級マンションに住んでるから、芝子があんなボロい団地でどんなに怖がってるか、お前にわかんないんだよ。

彼女、卒業したばかりの頃の俺たちと同じなんだよ。助けて何が悪いんだよ。どうせ結婚すれば、家具なんて新しくするんだろ。600万の結婚資金もあるじゃねえか」

私は唇の端をひくつかせた。

――まだ、とぼけてる。

私がずっと口をきかないのを見て、燃は面目を潰されたのか、ついに口走った。

「お前だって、前に安いアパートに住んでたとき、襲われかけただろ?なんで彼女のことがわかってやれねえんだ?」

頭の中で、何かが爆発した。

あの夜の豪雨と絶望が、生々しく私を飲み込んでいく。

私の誕生日、燃が祝うためにナイトシネマを予約してくれた。それなのに、芝子の一本の電話で呼び出された。

雨の中を走って家に帰る途中、大きな手に首を掴まれて、路地裏に引きずり込まれた。

汚い手が私のスカートを引き裂き、酒臭い吐息が首筋にかかる。

爪が折れるほどもがいて、涙で顔を濡らしながら、どうにか逃げ切った。

なのに、ずぶ濡れのボロボロの姿で家のドアを開けたら、目に飛び込んできたのは、芝子が燃の白いシャツを着ている姿だった。

しおらしく彼に乳液を塗らせている。

燃は顔も上げずに言う。

「帰ったのか。芝子に温かいスープ、作ってやってくれ」

私はその場で凍りついた。

翌日には、私が深夜に男と遊んでいて襲われた、という噂が会社中に広まっていた。

卒業したばかりの私はまだ人目を気にしすぎて、その屈辱を、たった一人で三年間も飲み込み続けてきたんだ。

燃も明らかにその出来事を思い出したらしい。目に一瞬、罪悪感が走る。

なにか言いかけた口を、私の静かな声が遮った。

「榊原燃、別れましょう」

空気が、一瞬、止まった。

燃は信じられない、という目で私を見つめる。

彼の足元で、落ちた長ねぎが踏みつぶされ、二つに折れた。

「たかが、ボロ家電ごときで、別れるって言うのかよ」

昔の私だったら、今ごろ声を震わせて問い詰めていただろう。

あの家電は、私が半年分のボーナスを貯めて、口コミを読み漁って、やっと選んだものだって、あなたはちゃんと知ってるはずでしょ、と。

結婚のために買ったもので、古いものなんかじゃない、と。

支払いを済ませたらカードには百円しか残らなくて、昼食さえ食べられなかったんだ、と。

それに、この街の夏はこんなに暑いのに、エアコンなしでどうやって過ごせっていうの?

でも今は、一言だって無駄にしたくなかった。

彼はじっと、熱で赤くなった私の顔を見つめる。

「熱中症で変なこと言ってるんだよ。ちょっと待って、地下室にまだ扇風機があったはずだから」

燃はすぐに、地下室から古びた扇風機を運んできた。

プラグを差し込むと、埃っぽい風が顔に当たる。

苛立っているところに、扇風機の羽根が突然外れて飛んで、私の腕を傷つけた。

血が噴き出したのを見て、燃は慌てふためき、急いで私を病院へ連れて行こうとする。

ところが、ドアを開けた途端、芝子がぐったりと地面に倒れていた。

燃は困惑した顔で言った。

「芝子、低血糖になったんだ……一緒に乗せて行くぞ」

病院に着くと、彼はためらうことなく芝子を抱え上げて走り去った。

「真昼、低血糖は死ぬこともあるんだ。自分で手当てに行けるよな?」

私は、芝子のあの見下すような笑みを、あえて指摘はしなかった。ただ、どうでもよさそうに頷いた。

でも意外に、燃が夜中に戻ってきた。

私は兄たちとのメッセージのやり取りに返信していた。

燃は、私のスマホの画面に映る結婚式場の写真をちらりと見て、低く笑う。

彼が近づいて何か話しかけようとしたけれど、私はスマホの画面を消して、黙って目を閉じた。

背中に、あの暗く濁った視線が、一晩中まとわりついていた。

翌朝、燃に起こされた時には、もう寝室は彼の同僚たちでぎっしり埋まっていた。

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