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last update Last Updated: 2025-07-31 10:08:30

「パパー。ママにこれあげたい」

「うん? あぁ、ママの絵だね。オリビエはどんどん上達していくなぁ」

ヨキートの王城の上層階で、ルネはオリビエと朝からゆっくり過ごしていた。ここは共有スペースのようなものだが、今は自分達しかいない。貸し切り状態で遊べるのは良いが、オリビエも同年代の友達と過ごしたいはずだ。

この前のテロ事件から国全体が何となく自粛ムードになり、以前のように観光向けの派手なパレード等はやらなくなった。

でも、静かだからこそ街へ出て散歩する、というのもアリか。人が少なければあまり話しかけられることもない。

周りを軽く片し、絵を描いていたオリビエに声をかける。

「オリビエ。それ描いたら街に出掛けないかい?」

「いいの? 行く! 今すぐ行く!」

意外にオリビエは乗り気で、絵はそっちのけで駆け寄ってきた。ほっとして手を繋ぎ、廊下へ出る。

「どこに行きたい? あ、でもまずはご飯食べようか」

「じゃあ、キリトくんが美味しいって言ってたハニートースト食べたい」

「あぁ、美味しそうだね……って」

頭の片隅で蜂蜜色の厚切りパンを想像しながら、突如出てきた名前の主を思い浮かべる。

キリトくんは確かオリビエが通う絵画教室の友達だ。そして彼の母親は、以前ノースと揉めたフラン。

「オリビエ、……最近キリトくんと会ったのかい?」

「うん。最近はよく同じ時間になるよ。前よりちょっと、仲良くなったかも」

「本当?」

キリトの方もなにかとオリビエに突っかかっていたようだが、それが落ち着いたのか。それは良かった。

「最近はキリトくんから、ママ早く帰ってくるといいね、って言ってくるんだ」

思いがけない話に安堵する。音楽教室は自分が付き添っているが、最近絵画教室は世話役に任せていた。フランに心境の変化があったということだろうか。

ノースとばったり顔を合わせても仕方ないと思ってくれたのだろうか。……ただ当の本人はランスタッドへ戻ってしまい、当分教室に顔を出すことはないかもしれないけど。

メインストリートから外れた一角のお店に入り、オリビエが食べたがってたメニューを頼む。周りはこちらに気付く様子もなく、各々静かに食事していた。

「ママに会えないのは寂しいけど、パパがいれば大丈夫だよ」

先に出されたフルーツジュースをひと口飲み、オリビエは笑った。

「ママ、すごく頑張ってるもん。だから僕も頑張る」

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