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1-4【ロントゥーサ島の出会い】

Penulis: 蕪菁
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-09 15:51:42

 石灰の塗られた白い建物が並ぶ、石畳の大通り。

 道の両側には店舗が並び、軒先に日よけを張り、野菜や日用雑貨が陳列されている。 路肩に積まれた木箱や樽。道行く人々。

 日常の雑多な風景の中に、人々が取り巻く生活空間が生まれていた。

 その中心にいるのは、眉を吊り上げ腕を組む、いかにも不機嫌そうな金髪の少女だ。

 周囲の人々が着るくたびれた服とは違う、フリルをこしらえたピンク色のドレスは、彼女が高貴な家柄の人物であることを物語っている。

 さて、そんな少女の前には、十代後半と思われる少女が膝立ちになり、何かを懇願している様子だった。

 彼女の姿は黒いワンピースにエプロンドレス。白いキャップを被った明るい茶髪。

 おそらくは、目の前の少女の家に仕える使用人だろう。

「私のやることにケチ付けるとか、メイドのくせにっ」

「で、ですが奥様からの言いつけですので、どうか」

「いーやーだー!」

 懇願する使用人に対し、お嬢様は耳を押さえてそっぽを向く。

 状況の分からないアデーレだったが、それだけでお嬢様がわがままを通そうとしていることは分かる。

 外見からして、彼女はまだ十歳に満たないくらいの子供だろう。

 そうなれば、きっとアデーレと同じぐらいの年齢だ。

 ただしこちらの精神面は二十歳過ぎの男でもある。

 わがままを通そうとするお嬢様の姿に、内心呆れていた。

「ありゃあ、バルダート様んトコの娘さんか?」

「まーたお嬢様の癇癪かんしゃくかぁ」

「参ったな……」

 外野の大人たちのつぶやきが耳に入る。

 バルダートとは、あの貴族の娘の苗字だろう。

 いいところの娘とはいえ、見ていないで助けないのかと思ってしまうのは現代日本の感覚か。

 行動に起こせるかは別として。

 だが身分が厳しく定められているであろうこの世界において、貴族の娘に楯突くのは非常に危険な行為だろう。

 実際アデーレとしての自分は、この状況に関わりたくないと思っているように感じられる。

 だが、今は良太としての意思も混在してしまっている。

 暴漢に素手で挑んで命を落とすような【身の程知らず】。

 そのせいだろうか……。

「帰るんだったら、アンタ一人で帰りなさいよ!」

 お嬢様が、近くにあった棒きれを手に取り、思いっきり振り上げる。

 その光景を前にした瞬間、アデーレの身体は自然と人だかりの中心へと走り寄っていた。

 お嬢様の背後に迫ったアデーレの小さな手が、振り上げられたお嬢様の右手首を掴む。

「っ! 誰よ、気安く触るのは!?」

 お嬢様が、周囲の大人たちが、そこに立つアデーレの方に顔を向ける。

 少し遅れて聞こえてくるどよめき。

「それは良くないと思う」

「はぁ!? 町民風情が私に……」

 そんな状況でも、アデーレは動じなかった。

 落ち着いていられたのは、この程度の事は見慣れた良太の精神面あってのことなのだが。

 だがポーカーフェイスのアデーレを前にしたお嬢様は、わずかに面を食らったらしい。

 怒りの表情は鳴りを潜め、目を丸くしていた。

「……な、なによ。愛想のない奴ね」

「別に。愛想は必要ないと思うから」

「ふざけんじゃないわよ! 私を誰だと思ってるのよッ!?」

「そうは言っても、会ったことなかったし」

 自分の権威を主張するお嬢様だったが、それがアデーレの心には響いてこない。

 それはさておき、お嬢様からすればアデーレの態度は無礼な挑発以外の何者でもない。

 再び露わとなる怒りの矛先は、使用人からアデーレへと向けられていた。

「後、貴族の娘だろうと、暴力はダメだよ」

「うるさい! だから下の人間が私に指図するなっ!」

 力づくでアデーレの手を振り払うお嬢様。

 間髪入れずに力強く腕を振り上げ……。

「身の程を、知りなさい!!」

 アデーレの顔面に向けて、棒きれが振り下ろされる。

「お嬢様っ!」

 背後にいた使用人が、お嬢様を制止しようと手を伸ばす。

 だがそれよりも早く、アデーレの手が今度は棒きれを掴んでいた。

「……は?」

 予想外の抵抗だったのだろう。

 お嬢様は虚を突かれ、呆けた表情を浮かべている。

 よく手入れされた綺麗な手が棒を放し、それをアデーレはすぐさま地面へと投げ捨てる。

 良太はこれまで、ヒーローを演じるためのトレーニングを重ねてきた。

 ただ体を作るだけではなく、動体視力や身のこなし、度胸を鍛えることも怠っていない。

 そんな経験のおかげか、棒きれを防ぐことに一切の恐怖はなかったのだ。

 長い沈黙が、その場を包み込む。

「エスティラ」

 人だかりの中から、落ち着いた男性の声が沈黙を破るように響く。

 その声は通りがよく、この場にいる全ての人の耳に自然と染み入るように感じられた。

 同時に、呆然としていたお嬢様……エスティラとは彼女の名前だろう。

 彼女の表情はなぜか、みるみるうちに青ざめていった。

 お嬢様の見つめる先。

 人だかりがまるで海を割るように道を開け、そこを通って身なりのいい男性が一人、二人の方へ歩み寄ってくる。

「感心しないな。そのような行いは」

 先ほども聞こえた声。

 そこに立っていたのは、襟が大きめのコートを着た、壮年の男性だった。

 お嬢様と同じ金髪で、角ばった小顔と鋭い目が印象的だ。

 男性は気候にそぐわない恰好をしているにも関わらず、額に汗の一つも浮かべることなく、精悍せいかんとした姿を見せていた。

「おとう、さま……」

 やはり彼は、お嬢様の父親だったようだ。

 先ほどまでの行いを今更になって後悔しているのだろう。声は震え、涙目になっている。

 それだけで、彼が厳しい人物であることがアデーレにも理解できた。

          ◇

「この度はお騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 群衆に向けて、深々と頭を下げる使用人の女性。

 お嬢様に頭を下げて、更に周囲の人々にまで頭を下げなければならないとは。

 つくづく大変な仕事だと、アデーレは眉をひそめた。

 しかし周囲の人々は手助けしてあげられなかったことを謝罪したり、使用人に同情する様子を見せている。

 つまるところ、誰も迷惑をこうむったと、使用人を責めるようなことはしなかった。

「私の方からも謝罪させてくれ。このような往来で、私の娘が迷惑をかけてしまった」

「ドゥラン様っ。そんな滅相もっ!」

 人々がどよめき立つ。

 無理もない。確かに娘に非があろうとも、貴族である父親が謝罪をしたのだから。

 身分の低い側からすれば、どう受け止めればいいのか分からなくなる。

「なに、気にしないでくれ。それより君」

 皆からドゥランと呼ばれている貴族が、アデーレの方に目をやる。

「どうやら随分と胆力があるようだね。今はいくつだい?」

「はい、十歳です」

 極力失礼にならないよう、アデーレは答える。

 実際はそこに二十一歳の若者が加わるわけだが。

「なるほど、この子の一つ上か。さぞ立派なご両親に育てられたのだろうな」

 顎に手を当てながら、ドゥランは感心するようにうなずく。

 口ぶりからは嫌味や娘に対する無礼への怒りは感じられず、純粋にアデーレを褒めているように聞こえる。

 だが傍らに立つエスティラは、未だにこちらを睨みつけてくる。

(これは、完全に嫌われたな)

 肩をすくめるアデーレ。

 前世の記憶を取り戻したかと思えば、妙なトラブルに巻き込まれたものである。

 とはいえ、農家の娘と貴族の娘。

 今回のことは異例中の異例だ。本来なら身分が違いすぎる故に、お互いの接点は皆無に等しい。

 今後嫌がらせに来ないとも言い切れないが、今日明日中に逆襲されるということもないだろう。

 何より、自分が悪いことをしたなどとは一切思っていない。

 その辺りはドゥランも理解しているはずだ。後の説教は彼に任せればいい。

「それでは、我々はこれで失礼する。さぁ帰るぞ、エスティラ」

「はい……」

 ドゥランに促され、肩を落として馬車の方へ向かうエスティラ。

 何がしたくてわがままを言っていたのかは分からないが、ご愁傷様とアデーレは心の中で憐れむ。

 そんな二人の後姿に、周囲の人々が頭を下げる。

 そういえば、彼らは一体どういう立場の貴族なのだろうか。

「まさか、執政官様の娘に口を挟むとはなぁ」

「サウダーテさんトコの娘さんだろ? いやぁ、度胸があるなぁ」

 執政官。

 あまり聞き慣れない役職ではあるが、それが政治に関する役職であることくらいはアデーレ(というよりは良太)でも分かる。

 そうなると、ただの領主などという存在では収まらない貴族なのかもしれない。

「……やってしまったのかな?」

 今まで粗野そやな生活を送ってきた者からすれば、今更権力のある相手に媚びようなどという気はない。

 とはいえ、それは佐伯 良太という悪童の話だ。

 両親が健在で、愛されて育てられてきたであろうアデーレからすれば、余計なことをしてしまったかもしれない。

 徐々に、佐伯 良太の人格がアデーレに影響を及ぼし始めている。

 これは果たして良いことなのか……。

 既に元の生活に戻ることのできない良太には、答えを出すことはできなかった。

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