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3-1【世界にはいくらでも秘密がある】

Author: 蕪菁
last update Last Updated: 2025-12-14 15:50:02

「それで、あなたは一体何なの?」

 少年が家族のいる場所へと駆け出していった後。

 アデーレは破壊された大通りを離れ、人目を避けられる裏路地に移動していた。

 この場にアデーレ以外に人の姿はなく、傍には彼女の後についてきたあの錠前が浮いていた。

 緩やかに揺れる錠前からは、金属がぶつかり合うような音がかすかに聞こえる。

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は……えー……」

「言い淀むとか、何か言えない事情でもあるの?」

 怪訝けげんそうな表情で、アデーレが揺れる錠前を睨みつける。

「ううん、そうじゃないんだ。とりあえず驚かないで聞いてね」

 警戒するアデーレを安心させるかのように、錠前が蝶のような動きで飛び回る。

 そしてアデーレの手が届くくらいの場所まで移動すると、目線が合う位置で静止した。

「まず、これはあくまで依り代。僕の本体は別の場所にある」

 「そして」と、言葉を続ける錠前。

「僕の名前はヴェスタ。遥か彼方に存在する神の領域から、依り代を介して君に会いに来たんだ」

 再びの沈黙。

 アデーレには、この錠前の言葉が上手く呑み込めなかった。

 この世界において、ヴェスタといえば神の名だ。

 そしてこの錠前は依り代で、つまり錠前これを使って神の世界からアデーレに向けて神様が語りかけてきているらしい。

 今日は矢継ぎ早に常識離れの事態に直面しているが、これはアデーレにとって特別強烈な話だった。

 案の定、信じきれないアデーレは錠前から距離を置こうと後ずさる。

「待って待って、本当なんだよ」

「いや……もしそれが事実だとして、僕とか子供っぽいのは何でさ?」

 そう、火竜ヴェスタは女神だ。

 それが少年のような語り口調では、アデーレも納得がいかないだろう。

「ああ、女神がどうという話ね」

 そのことについては自称ヴェスタにも自覚があったようだ。

 みなまで聞かずとも事情を察したようで、うなずくように揺れている。

「単純な話だよ。性別なんて生物上の区分、僕らには意味のないものだ」

「はぁ……」

「だから、僕らは好きな形で君たちの前に現れ、好きなように語り合う。それだけのことだよ」

 まるで愛嬌を振りまくかのように、自身の体(?)を左右に揺らし始めるヴェスタ。

 向こうからからすれば、錠前の姿にはこういう性格が合っているということだろう。

 だがアデーレの表情は今もなおいぶかしげで、眉間にしわを寄せつつ錠前を凝視する。

「納得出来ない? でもそういうものだし、そういうことにしておいてよ」

 これ以上話を突き詰めても、あまりにも離れた感性の違いに打ちのめされるだけだろう。

 アデーレは仕方ないといった様子で嘆息を漏らし、他の質問を考える。

 そこで、最も大事なことを聞かなければならないのを思い出した。

「じゃあ、どうしてあなたは私の前に現れたの?」

「あー、それは説明しておかないといけないね。うんうん」

 再び頷くような動きを見せるヴェスタの依り代。

 先程からのコミカルさが漂う動きは、大いなる神を名乗る存在にしてはフランクすぎる。

 よく言えば親しみがあるが、神としての威厳は感じられない。

 何よりそういった外聞を、ヴェスタ自身が全く気にしていないようだ。

「まず君は転生者だ。だから強い依り代を作るための魂を持っていた。これがまず大前提だよ」

 先ほども話していた、転生者の魂。

 二人分の大きさがあり、この錠前はその半分を利用して生み出したという。

 理屈は全く分からない。

 だが神の依り代とは、そういった面倒な手順を踏まなければいけないのだろう。

 自分の魂から生まれたそれを、アデーレは複雑な表情を浮かべながら見つめる。

「そしてもう一つ。僕が佐伯 良太に興味を持った」

「興味?」

 アデーレの肩がわずかに揺れる。

 突然挙がった前世の名を受け、隠しきれない動揺が出てしまったのだ。

 そんな彼女の様子を気にすることなく、ヴェスタはゆらゆらとアデーレの周囲を観察すように飛び回る。

「そう、興味だよ。特にそうだね、君の持つ……いや、君の前世における【ヒーロー】という概念だ」

 錠前がカタカタと音を立てながら動き回る。

「ヒーロー。つまり英雄でいいのかな? 本来英雄とはそれに足る力を与えられ、行使する責任を負う者だ」

「はぁ……」

「しかしどうだいっ。君が思い描くのは力ではなくこころざし。それこそが英雄。ヒーローに必要なものらしいじゃないかっ」

 力を持つことへの責任。そういったものを背負うヒーローも、良太は知っている。

 しかし彼が最も大きな影響を受けたのは、文字通り志としてのヒーローだった。

 力の優劣ではない。その心さえあれば、誰でもヒーローになれる。

 そんな不屈の強さに、佐伯 良太は人生を変えてしまうほどの大きな夢をもらったのだ。

「そんな強いあこがれを抱く君に、僕は力を与えてみたいと思ったんだ」

「そう……でも、どうしてそんなことを?」

 嬉しそうに語るヴェスタに、アデーレは未だに警戒心を払拭ふっしょくできずにいた。

 こういった行動に出る上位存在というのは、大抵ろくなことを考えていないという物語のお約束が脳裏でくすぶり続けている。

 しかし、アデーレの警戒心を知ってか知らずか、ヴェスタは相変わらず陽気な姿を見せる。

「君も目の当たりにしただろう? あの怪物を」

 その言葉で、アデーレの表情がこわばる。

「そうだ。あれって一体何なの?」

「あれはこの島からさらに南、【暗黒大陸】から来た生物さ」

 暗黒大陸。

 過去にそんな名前を聞いたかと記憶をたぐるも、全く覚えがないものだ。

「聞いたことがなくても仕方ないよ。一般人には秘匿とされていることだからね」

「秘匿って……この世界、そんな場所があったの?」

「あったのさ、人類が世界に散らばった何千年も前からね。そしてあの怪物は、暗黒大陸に住む人々が召喚した物だ」

 次から次へと与えられる情報に、いい加減アデーレはめまいを覚えてきた。

 首を傾げ、こめかみに人差し指を当てながら小さくため息をつく。

「しばらくの間は平和だったんだけどねぇ。でも、向こうもおとなしくするのは止めにしたらしい」

「暗黒大陸の人達が、こちらに攻め込んできたという事?」

「最初に進出したのはこちら側なんだけどね。航海技術が進んだ数百年前頃から、暗黒大陸への入植がはじまったのさ」

「そ、そう……」

 いよいよ歴史の勉強かと、空を仰ぐアデーレ。

 建物の間から見える太陽の位置は、結構高い位置にある。

 そこで自分が、これから仕事に行くところだったことを思い出すのだった。

「あ、仕事……屋敷に行かないと」

「へっ?」

「あのさ、とりあえず大事なのは分かったけど、いっぺんに説明されても理解できないから」

 アデーレの変わり身には、ヴェスタも少々戸惑い気味のようだ。

 自らの職務を思い出したためか、先程までアデーレが浮かべていた困惑と疑心は真顔の裏に隠された。

 首をかしげるかのように傾く錠前は、呆然としているようにも見える。

「この状況でも仕事に行くって……あ、君が元いた世界で言う社畜ってやつかい?」

「なんでそんなろくでもない言葉を。そうじゃなくて、私を紹介してくれたメリナさんに迷惑がかかるから」

 言われた時刻からは、大分時間が過ぎているかもしれない。

 服についた土を払い、大通りの方へ歩き出すアデーレ。

 その後ろを、ヴェスタの宿る錠前がついてくる。

「……とりあえず、後ろでぷかぷかされると目立つから」

 アデーレは錠前を掴み、面と向かい合う。

「複雑な話は、少しずつ聞かせて」

「それもそうだね。それで、君はこれからどうするんだい?」

 これから……。

 その言葉が意味するのは、今日の予定や日常の話ではない。

 世界の秘密の下で始まろうとしている、人類同士の戦い。

 その渦中に、力を与えられたアデーレはどう関わっていくのか。

 今なら全てを忘れて、日常へ戻ることもできる。

 アデーレには、ヴェスタがそう言っているようにも聞こえた。

 しばらく口をつぐんだ後、アデーレは重い口を開く。

「……そんなの、すぐに答えが出せるわけないじゃない」

 それが、農家の娘で使用人見習いが出せる、精一杯の回答だった。

 それを聞いたヴェスタは、納得したかのようにアデーレの手の中で揺れる。

「だね、僕もすぐに答えを求める気はない。だけどしばらくは一緒に行動させてもらうよ」

「うん、分かった」

 今はこれが、互いが出せる妥協点だ。

 ヴェスタの言葉にうなずいたアデーレは、手にした錠前をスカートのポケットへと入れる。

 そして日陰の路地から、日の差す大通りへと早足で向かうのだった。

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