LOGIN佐野くんの家に、お母さんとともに引っ越してきた私。荷物の片づけが終わる頃には、夕方になっていた。
「ねえ、陽菜。今夜は、手巻き寿司にしようと思うんだけど」
「うん。いいね、手巻き寿司!」
お母さんの提案に、私だけでなく光佑さんと佐野くんも賛成する。
「それで悪いんだけど……陽菜、買い物に行ってきてくれない?」
「えっ、私が!?」
「ごめんね。お母さんは、このあと夕飯の準備があるから」
買い物か……今日初めて来た町だけど、スーパーまでの道分かるかな?
「そうだ。伊月、お前も陽菜ちゃんと一緒に、買い物についていってあげなさい」
「「え?」」
思いもよらぬ光佑さんの言葉に、私と佐野くんの声が重なった。
多分、光佑さんは私に気をつかって言ってくれたのだろうけど……佐野くんと二人でおつかいだなんて、今の私にとっては少しありがた迷惑な話だよ。
「なんで俺が?」
佐野くんが眉をひそめる。
「陽菜ちゃん、今日ここに引っ越してきたばかりで、道とか分からないだろう?」
「でっ、でも……佐野くんに悪いですよ」
佐野くんと二人きりとか、何を話せば良いのか分からないし。彼と二人になるのは、できるだけ避けたい……。
佐野くんのほうに目をやると、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
この顔……きっと佐野くんも、私とおつかいに行くなんて嫌だよね。
「あの、私は一人でも大丈夫ですよ?」
「そうかい?僕としてはこの機会に、できれば兄妹の仲も深めて欲しいと思ってね」
光佑さん……。
「だから伊月、陽菜ちゃんに家の近所を案内がてら、一緒に行ってあげてくれないか?」
「はぁ、仕方ないな……分かったよ。行けば良いんだろ?」
え!?
「菊池さん、行こう」
「う、うん」
まさか、佐野くんが了承するなんて……親の手前、やはり断ることはできず。成り行きで私は、佐野くんと二人でスーパーに行くことになってしまった。
**
そして今、私は家の近所を佐野くんと並んで歩いているのだけど。
うう、気まずい……。家を出てから会話はゼロ。
付き合っていた頃は、学校の帰り道に佐野くんが『菊池さんは、休みの日何してるの?』とか、色々と私に話しかけてくれていたけれど……別れた今は、さすがにね。期待しちゃダメだ。
昔のことを思い返しながら私は、隣を歩く佐野くんの横顔を見上げる。
佐野くんはクールだから、どちらかというとお喋りなほうではないだろうし。今思えば、あの頃は相当無理して話してくれていたのかもしれない。
それからもしばらく、黙って歩き続ける私たち。
ああ、空気がどことなく重い。このままじゃ気まずいよ。何か話さなきゃ。
「あっ、あの……佐野くん」
沈黙に耐えきれなくなった私は、恐る恐る口を開いた。︎︎︎︎︎︎
「きょ、今日は、良い天気だね」
私の言葉につられて、空を見上げる佐野くん。
「……空、曇ってるけど」
えっ、うそ。さっきまでは晴れていたのに!
慌てて視線を上にやると、先ほどまで青かったはずの空は、いつの間にか分厚い灰色の雲に覆われていた。
「あのさ、別に無理に話してくれなくていいから」
こちらを一切見ることなく、佐野くんが冷たく言い放つ。
「ご、ごめん……」
佐野くん、やっぱり私とは関わりたくないよね。
「つーか、菊池さんも無理して俺と仲良くなろうとしなくていい。父さんたちに心配かけないよう、親の前でだけ仲良いフリをすればそれでいいから」
そう言うと、佐野くんは先ほどよりも歩くスピードを速めた。
このとき、佐野くんの心の中の扉が勢いよく閉まる音が聞こえた気がして。私は、唇をきつく噛みしめる。
「……いつも、俺の前では辛そうな顔しちゃって。やっぱり、俺って菊池さんに嫌われてるよな」
「え?」
佐野くんの予想外のつぶやきに、私は呆然と立ち尽くす。
今、ボソッと言っていたから聞き取りにくかったけど。もしかして、私が佐野くんのことを嫌ってるって思われてるの?
どうしてそんなことを……。
私は佐野くんのこと、嫌ってなんかいないのに。その反対で、今でもまだ好きなのに。
まさか彼にそんなふうに思われていたなんて、考えもしなかった。
私は、歩いていく佐野くんの後ろ姿を見つめる。
もし今ここで私が何も言わなかったら、佐野くんはどう思うんだろう。
きっとこのまま、私が佐野くんを嫌ってるって思われ続けてしまうよね。そんなの嫌だよ……。
それに、親の前でだけ仲良いフリをするだなんてもっと嫌だ。
私は、手のひらを握りしめる。
佐野くんとは、これから兄妹になるんだから。別れたあの頃と違って、やっぱりちゃんと仲良くなりたい。
彼に本音を話すのは怖いし、緊張するけど……きっと、このままじゃダメだ。ちゃんと伝えなくちゃ。
真っ直ぐ前を見据え、私は佐野くんを追いかける。
「ねえ、伊月くん。今日のデートの記念に……良いでしょ?」私は、小首を傾げてみせる。「っ、そんなふうに可愛くされたら、嫌だなんて言えないだろ……」「えっ?」「いや……写真、良いよ。撮ろう」「ありがとう!」やっぱり、伊月くんは優しい!それから伊月くんとツーショット写真を何枚か撮って、私たちは再び園内をまわった。お化け屋敷に行ったり、メリーゴーランドでメルヘンの世界に浸ったりと、遊園地を思う存分に楽しんだ。そして、夜。帰る前に、観覧車に乗ろうということになった。観覧車の高度が上がっていくにつれ、眩しい夜景が広がっていく。「うわあ、キレイ!」有名な巨大観覧車というだけあって、見える景色も迫力がある。「……っ!」うっかり真下を見下ろしてしまい、その高さに足がすくんだ。「大丈夫だよ」伊月くんが、優しく肩を抱き寄せてくれる。狭い空間の中、隙間なくぴったり寄り添うと、伊月くんの爽やかな香りがふわっと漂って、距離の近さにドキッとした。「ねえ、伊月くん。今日は楽しかった。家族にも認めてもらって、こうやってデートができて……夢みたい」私は、伊月くんの肩に頭を預ける。「陽菜、俺もだよ。今日、陽菜と一緒にここに来られて本当に良かった」伊月くんが私の手を握り、目を細める。「陽菜……俺、あの頃、母さんが家を出て、家族が壊れたことをずっと引きずってた。父さんの笑顔が消えたのも、俺のせいなんじゃないかって思っていたときもあった」伊月くんの声が、少し震える。「でも、陽菜と暮らして、お前の笑顔や頑張る姿を見て、俺も変われた。父さんや翔子さんの幸せも、陽菜のおかげで守ることができたんだ」私は、伊月くんの頬に手を当てて微笑む。「伊月くん、私もだよ。中学の頃は自信がなくて、いつもビクビクしてた。でも、伊月くんと家族になって、あなたをもっと好きになって……メイクや勉強を頑張って。最近は、自分のことも好きになれた。伊月くんのおかげだよ」伊月くんが、私の額にそっとキスを落とす。「陽菜、好きだよ」「私も、伊月くんが大好き。これからもずっと、一緒にいようね」私たちのゴンドラがちょうど天辺に差し掛かり、自然と二人の唇が重なった。観覧車の窓の外には、キレイな星空が広がっている。遊園地のネオンも星空もきっと、私たちのことを祝福してくれている。そんなふうに思えた
両親に交際を認めてもらった、次の週末。私は、伊月くんと初めて“恋人としてのデート”に出かけることになった。行き先は、地元の遊園地。昔、お父さんが生きていた頃、お母さんとお父さんと三人で来た場所だ。遊園地の入り口は、色とりどりの風船や子どもたちの笑い声で賑わっている。「今日の陽菜、すげー可愛いんだけど」「えっ、ほんと!?」伊月くんに唐突に褒められ、思わず顔が赤面してしまうのを感じながら答える。︎︎︎︎︎︎今日の私は白のワンピースに、ナチュラルメイク。髪は、いとこで美容師の明里ちゃんにアドバイスをもらって、ハーフアップにしてみた。ちなみに伊月くんは、カジュアルなシャツにデニムというシンプルな格好だ。「い、伊月くんも……すごくかっこいいよ」「陽菜、もしかして緊張してる?」伊月くんが、私に手を差し出しながら笑う。「う、うん、ちょっとだけ。今日は、伊月くんとの初めてのデートだし……それに、世間の目とか少し気になるかなって……」正直に言うと、伊月くんがクスクス笑った。「陽菜は真面目だな。世間の目とか気にする必要ないよ。ここには俺らが義理の兄妹だってことを、知ってる人なんていないんだから。今日はめいっぱい楽しもう」ニコッと笑いかけてくれる伊月くんの顔は、まるで太陽みたいに眩しくて、私の不安を溶かしてくれる。「うん、そうだね!」私は彼の手をぎゅっと握り、遊園地の中へと駆け出した。◇最初に向かったのは、園内でも人気のジェットコースター。──プルルルル。発車のベルが鳴って、ジェットコースターが動き始めた。お父さんたちと来たときは、まだ幼稚園生で乗れなかったから。ここのジェットコースターに乗るのは、今日が初めての私。下から見ていたときは、そんなに高いと思わなかったけど。実際に乗って頂上に向かってみると、結構高いんだ……。私は、今になって少し怖気づいてしまう。「陽菜……もし怖いのなら、こうし
この沈黙が、私には永遠のように感じられて。やっぱり……伊月くんとのことは、許してもらえないのかな?と、不安でいっぱいになる。「陽菜、あなたがそんなに強い気持ちでいるなんて……お母さん、知らなかった。あの小さかった陽菜が……」ハッとして俯いていた顔を上げると、お母さんの目には涙が浮かんでいた。「父さん、俺も陽菜と同じ気持ちだ。いくら反対されても、俺たちの気持ちは絶対に変わらない。俺は、これからもずっと陽菜と一緒にいたいんだ」伊月くんの言葉に、光佑さんは静かにメガネをかけ直す。「そうか……伊月、お前がそんなふうに本気で話す姿は、初めて見たよ。伊月の気持ちは分かった。だけど、陽菜ちゃんを幸せにできるのか?世間からの目もあるし、そんなに簡単なことじゃないぞ」伊月くんの瞳が光った。「父さん……俺、陽菜を絶対に幸せにしてみせる。たとえ世間にどんな目で見られたとしても、陽菜の笑顔を守るために、俺はどんなことでもする」伊月くんの声には、かつての女性不信を乗り越えた強さが宿っていた。「あなたたちが、こんなにも真剣に、私たちに話してくれたこと。その勇気と、お互いを思いやる気持ちが、どれほど本物か……私にはちゃんと伝わったわ」お母さんの言葉に、光佑さんが微笑む。「伊月、陽菜ちゃん。君たちの気持ちが本物なら、父さんはもう反対はしない。だけど、ちゃんと責任を持って、二人で乗り越えてほしい。世間体よりも何よりも、君たちの幸せが一番大切だ」込み上げた涙の粒が、頬を滑り落ちた。「お母さん、光佑さん……ありがとう」伊月くんの手が、私の肩をそっと抱き寄せる。「父さん、翔子さん、ありがとう。俺、陽菜を絶対に幸せにするから」伊月くんの決意にお母さんが微笑み、ケーキを切り分ける。「それじゃあ、このケーキ、みんなで食べましょうか?家族みんなで、こうやって笑い合えるのが一番よね」「そうだな、翔子さんの言うとおりだ。陽菜ちゃん、伊月、これからも家族として、恋人として、ちゃんと支え合ってくれよ」「はいっ」私は伊月くんの手を握りしめ、笑顔で頷いた。リビングの窓から見える夜空には、星がキラキラと瞬いている。伊月くんと恋人になれたこと、家族に認めてもらえたこと……全部、夢みたい。でも、これからもっと彼と幸せになるために、私……頑張るよ。テーブルを囲む四人の笑い声が、リビ
「……」リビングは、水を打ったようにシンと静まり返る。お母さんの目は大きく見開かれ、光佑さんはメガネを外して額を押さえた。「……え。陽菜、伊月くんと付き合ってるってどういうこと?」お母さんの声は、震えていた。いつも優しいお母さんの顔が、こんなふうに硬くなるなんて……私の胸が、チクンと刺されたみたいに痛んだ。「そのままの意味だよ。私は中学生の頃から今もずっと、伊月くんのことが好きなの。最初は、妹として彼のそばにいられればいいって思ってたけど……やっぱり無理だった」涙が滲みそうになるのをこらえ、私は言葉を続ける。「最初はずっと黙っていようと思ってた。でも、お母さんも光佑さんも大切な家族だからこそ、ちゃんと話したかったの」伊月くんも、静かに口を開く。「父さん、翔子さん。俺も、陽菜のことが好きだ。妹としてじゃなく、これからは恋人としても陽菜を幸せにしたいと思ってる」彼の声は落ち着いていたけど、その瞳には揺るがない決意が宿っていた。「ちょっと待ってくれ」光佑さんが低く呟き、眉間に皺を寄せる。「陽菜ちゃん、伊月。君たちが……付き合ってる?こんな話、いくら何でも急すぎるよ。だって君たちは、義理の兄妹なんだぞ?」「そうよ。陽菜……血が繋がっていないとはいえ、あなたたちは兄妹なのに、恋人だなんて。世間にどう思われるか、考えたことある?」お母さんの声が鋭く響いた。「私たち家族が……バラバラになっちゃうかもしれないじゃない。陽菜、こんな大事なことを、どうして急に……」その言葉に、涙がこみ上げた。お母さんがそんなふうに言うなんて、想像していなかったわけじゃない。でも、実際に聞くと、心が締め付けられるように痛んだ。「お母さん……ごめん。でも、私……」言葉が詰まり、うつむいてしまった。涙が、ぽろりと膝に落ちる。「陽菜」伊月くんの手が、私の手をぎゅっと握り直す。その温もりが、今の私の唯一の支えだった。「父さん、翔
翌日の昼休み。教室の窓から差し込む陽光が、机の上をキラキラと照らしている。でも、私の周りだけどんよりと、少し空気が重い。「はあ……」「陽菜ーっ!ため息なんかついて、どうしたの?」お団子ヘアを揺らしながら、羽衣が私の席に駆け寄ってきた。「羽衣……実は、近いうちにお母さんと再婚相手の人に、伊月くんとの交際をカミングアウトしようと思ってて」「なるほど。それで元気がなかったんだ。最近の陽菜、すごく可愛くなったし。成績も上がって、色々と好調だから。きっと大丈夫だよ!」羽衣のくりっとした目が、私をまっすぐ見つめる。その笑顔に、胸のモヤモヤが少し軽くなった。◇放課後。体育館の扉からバスケ部の練習を覗くと、私に気づいた麻生さんがタオルを手に近づいてきた。「菊池さん!最近の佐野くん、絶好調よ。もうシュートがバンバン決まって……やっぱり、菊池さんがいつもそばにいてくれるからよね」麻生さんが、ウィンクをしながら笑う。「やっぱり、恋の力ってすごいのね」「麻生さん……ありがとう。私、伊月くんのバスケが大好きだから」「ふふ。そんなふうに言ってもらえて、佐野くんは幸せ者だね。これからも変わらず、佐野くんのことを支えてやってね!佐野くんには、菊池さんが必要だろうから」麻生さんの言葉に、胸が熱くなる。すぐそばのコートでは、伊月くんがボールを手にシュートを放つ。シュッと弧を描いたボールが、ゴールに吸い込まれていった。「おー!ナイス、佐野!」亜嵐くんの元気な声が響き、伊月くんが軽く手を上げる。その横顔を見ていたら、勇気が湧いてきた。羽衣や麻生さん、みんなが応援してくれてるから。その声に応えられるよう、怖気ずに頑張って両親に伊月くんとのことを話したい。◇それから数日後の週末。佐野家のリビングは、夕食後の穏やかな空気に包まれていた。窓の外では、夕暮れの空がオレンジから深い藍色に変わっていく。テーブルの上には、私と伊月くんが作ったチョコレート
こちらを見つめる伊月くんは、何かを決意したような、そんなふうに見える表情だ。「陽菜……お前にはまだ、昔のことはちゃんと話せてなかったよな?」「え?」「さっきは、取り乱して悪かった。これを、陽菜に見て欲しくて」伊月くんが私に渡してきたのは、少し色あせた古い便箋。「えっ、これ……私が読んでもいいの?」「ああ」私はさっそく、便箋に目を通す。︎︎︎︎『伊月へ。ダメな母親で、本当にごめんね。母さんは出ていくから、父さんと二人どうか幸せにね』えっ、母さんって……もしかしてこれ、伊月くんの実のお母さんからの手紙!?伊月くんの実のお母さんの話は、ほとんど聞いたことがなかったけど。うちみたいに死別とかじゃなく、お母さんが家を出て行ってたなんて……。「陽菜、俺……お前に昔のことを話したいんだけど、聞いてくれるか?」「うん、聞きたい」「それじゃあ、来て」伊月くんが部屋の中へと入り、腰かけたソファの隣をポンと叩く。「し、失礼します……」私も、彼の隣に腰をおろした。「俺の母親は、昔から男癖が悪くて。父さんと結婚してるのに、他の男とずっと浮気してたんだ。父さんが仕事でいないときは、家にもしょっちゅう男を連れ込んでてさ」私は黙って、伊月くんの話に耳を傾ける。「ある日、仕事が早く終わった父さんが昼間に帰宅して、母さんと浮気男が部屋で一緒に寝ているところに出くわしたんだ」光佑さんに、昔そんなことが……。そういうのって、ドラマや映画だけの話だと思ってた。「もちろん父さんは激怒して。それからすぐ母さんが家を出て、両親は離婚して……父さんはそれ以来、全然笑わなくなってしまって。家族が壊れたんだよ」伊月くんの顔が、苦しげに歪む。「そこからは、ずっと父さんと二人きり。母さんがいなくて寂しかったけど、辛そうな父さんを見てたら、そんなことはもちろん言えるわけなくて……」私は、震える伊月くんの手を取った。
【〈第20位〉菊池陽菜】う、うそ。私が20位!?今まで掲示板に自分の名前が載ることなんてなかった私は、開いた口が塞がらない。「へえ。菊池さん、20位なんだ」背後から突然声がして、振り返ると……そこには、クラスメイトの森本さんと彼女の友達数人が立っていた。以前、伊月くんファンの森本さんたちに強引に空き教室に連れ込まれ、ひどいことを言われた私は、彼女たちを前に顔が引きつりそうになる。「菊池さんが珍しく20位なんて&hell
真剣な顔つきの伊月くんに聞かれて、私は胸が跳ねた。 「陽菜、最近急にメイクしたり髪を染めるなんて……もしかして、他に好きなヤツでもできた?」 「えっ!?」 ほ、他に好きなヤツって!どうして突然、そんな……。 「なあ、答えてよ」 伊月くんが私の後頭部に手を入れて、髪をすくう。 「〜っ」 伊月くんは、何度も同じ仕草を繰り返して。その度に、はらりと首元に髪の毛が落ちてくすぐったい。 「伊月く……やめて」 「陽菜がちゃんと答
ファンの子たちにキッパリ言うと、伊月くんは颯爽と歩いていく。 「えーっ!」 「うそーっ!?」 それと同時に、体育館中に女の子の悲鳴が響き渡る。 「嘘でしょ!?あの伊月くんに、彼女がいるなんて」 「そんなの信じられない〜!」 まさか、伊月くんがファンの子たちに『彼女がいる』って、公言するなんて……! 「陽菜」 「えっ?」 名前を呼ばれて顔を上げると、いつの間にか伊月くんが目の前に立っている。 「練習、見に来てくれたんだな。サンキュ」 伊月くんは、私の頭をくしゃりと撫でる。 ちょ、ちょっと待って!伊月くんったら、どうして普通に話しかけてくるの?! ここは学校で、ファンの
「あんなの気にするな。陽菜は可愛いし、何より俺は……お前のことが好きだから。それで良いだろ?」 伊月くんが、私の肩にそっと手をまわしてくれる。 「うん、そうだね。ありがとう」 不思議。伊月くんの言葉ひとつで、モヤモヤしていた心が一気に晴れたよ。 ……と、思ったものの。 「ああ、可愛くなりたい……」 「陽菜ーっ、どうしたの?」 朝礼後。机に肘をついてぼーっとしていると、目の前には羽衣の顔。 お団子ヘアがトレードマークの羽衣は、今日も元気いっ