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影の存在

Auteur: 雫石しま
last update Date de publication: 2026-04-12 13:00:52

 結城組の縄張りが安定し、美穂子が表の顔として帝都建設のプロジェクトを掌握してから、卯月真広の役割は静かに、しかし確実に変わり始めていた。

 かつては若頭補佐として、総長の盾となり剣となる存在だった卯月。

 美穂子が結城の血を継ぐ者として迎えられた瞬間から、彼の忠誠の矛先は完全に「お嬢様」へと移った。

 表向きは変わらない。

 黒いスーツに身を包み、総長の傍らに控え、組の重要な盃事や抗争の調整を担う。

 だが、裏ではもう一つの顔が明確になっていた――

 結城美穂子の“影の執事”兼“最強の片付け屋”

 美穂子が六本木のマンションに住むようになってから、卯月は彼女専属の運転手兼ボディガードとして、ほぼ常時待機するようになった。

 朝は黒塗りのセダンで迎えに行き、帝都建設との打ち合わせに同行し、夜は屋敷に戻るまで側を離れない。

 だが、それは表の顔にすぎない。

 真の役割は、美穂子が「表の世界で手を汚さずに済む」ように、裏のすべてを処理することだった。

 ・帝都建設の役員が結城側に傾かない場合、卯月が夜に訪れ、静かに“説得”する。

 ・美穂子のコンサル契約に邪魔が入りそうになれば、相手企業
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  • この度は離縁状をありがとうございます   離縁状をありがとうございます

    湾岸プロジェクトの目玉である、帝都建設の株主総会が開催された。会場は都心の高層ホテルの大宴会場。重厚なシャンデリアの下、緊張した空気が張りつめている。黒崎開発が買い占めていた株は、結城興業がほぼすべて買い戻し、筆頭株主の座を奪還していた。私は卯月を従え、最前列の中央席に静かに腰を下ろした。黒いフォーマルドレスに身を包み、左手のエンゲージリングが控えめに光る。背後には結城の幹部たちがずらりと並び、会場の空気を圧している。議長が株主総会の開会を宣言した瞬間、会場にざわめきが広がった。私はゆっくりと立ち上がり、マイクに向かった。視線を正面に据え、穏やかだが冷たい声で言った。「本日より、帝都建設の経営は結城興業が主導いたします。湾岸プロジェクトに関するすべての決定権を、こちらで掌握させていただきます」会場が一瞬、静まり返った。黒崎側の代理人たちが顔を歪め、慌てて立ち上がるが、すでに遅い。議決権の過半数は結城興業が握っている。私は薄く微笑みながら、続けた。「不正入札、裏金工作、関係者への脅迫……すべてを明らかにし、適正な形でプロジェクトを進めます。ご協力、よろしくお願いいたします」最前列の席に戻ると、卯月が私の耳元でそっと囁いた。「お嬢様、見事です」私は彼の手に軽く指を絡め、静かに息を吐いた。黒崎龍也の死後、黒崎組は大きく揺らいでいた。そして今、湾岸プロジェクトの鍵を握る帝都建設を、完全に手中に収めた。私は窓の外に広がる湾岸の景色を眺め、心の中で冷たく微笑んだ。これで一つ、また一歩、黒崎の牙を折った。私の復讐は、静かに、しかし着実に、完成へと近づいている。これまで高利貸付の債権者から搾り取った汚い金で入札を繰り返していた黒崎開発は、勢いを失くし、表舞台から静かに消えていった。湾岸プロジェクトの入札は結城興業がほぼ独占し、黒崎開発は次々と下請け契約を失った。闇金のルートは警察の捜査で次々に摘発され、資金源を断たれた彼らは、表の事業を維持できなくなった。黒崎開発の看板は剥がされ、かつての威勢の良かった本社ビルは「売却」の貼り紙が貼られる有様となった。私は書斎の窓から夜の湾岸を眺めながら、静かに息を吐いた。「これで……一つ、終わったわね」卯月が私の後ろに控え、低く答える。「はい。お嬢様の指示通り、黒崎の資金ルートはほぼ

  • この度は離縁状をありがとうございます   襲撃②

    岩倉は思惑通りの動きで、黒崎組の事務所を一つ、また一つと地図上から消していった。夜毎、結城の精鋭を率いて黒崎の小規模シマに襲いかかる。事務所の看板は引き裂かれ、窓ガラスは粉々に砕け、血の匂いが路地に広がった。黒崎の若い衆は抵抗する間もなく叩きのめされ、生き残った者は震えながら逃げ惑う。「これで三つ目……」岩倉は血に濡れた刀を肩に担ぎ、冷たい笑みを浮かべた。彼の動きは迅速で容赦がなく、黒崎組の末端組織を着実に削り取っていた。私は書斎でその報告を受け、静かに頷いた。「岩倉はよく働いているわね」卯月が私の横で低く言った。「はい。しかし……岩倉の勢いは止まりません。このままでは、組の内部でさらに火種を大きくする恐れがあります」私は窓の外の闇を見つめ、冷たい笑みを浮かべた。「構わない。岩倉には黒崎を叩かせ、私が後で彼を始末する。内部の牙も、外部の敵も、すべて私の手で潰す」白檀の香りが漂う部屋で、私は静かに拳を握った。黒崎組の影が薄れていくにつれ、結城組の内紛はさらに深く、静かに燃え広がろうとしていた。私の復讐は、思った以上に複雑で、血の匂いに満ちたものになりつつあった。「お嬢様、岩倉が……」「......思惑通りね」報告を受けた瞬間、私は静かに目を細めた。岩倉は黒崎組の若い衆が運転するダンプカーに轢かれ、即死だった。血にまみれた体は道路に叩きつけられ、朝の通勤客が悲鳴を上げる中、黒い血だまりが広がっていたという。内部の反乱分子は頭を失い、反旗を翻す声は一気に色を失った。私は書斎の窓辺に立ち、ほくそ笑んだ。「ふふ……これで湾岸エリアの黒崎の事務所は壊滅。岩倉も自滅。問題解決だわ」お祖父様は葉巻を灰皿に押し付け、掠れた声で言った。「……お前は冷酷じゃな」私は振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。「冷酷? いいえ、お祖父様。私はただ、結城の敵を排除しているだけです。岩倉は私を利用して自分の野心を満たそうとした。ならば、彼もまた、道具として使わせてもらったまで」白檀の香りが漂う部屋で、私はゆっくりと息を吐いた。黒崎組の牙は折れ、内部の反乱分子も潰えた。すべては私の掌の上で動いていた。お祖父様は深い皺の刻まれた顔で私を見つめ、静かに言った。「美穂子……お前はもう、完全に結城の女主じゃ」私は優雅に微笑み、窓の外の夜景に視線を

  • この度は離縁状をありがとうございます   襲撃①

    結城組の内紛は、静かに、しかし確実に組の根幹を蝕み始めていた。岩倉は若頭の中でも特に武闘派として知られ、組の若い衆や中堅幹部に強い影響力を持っていた。彼にとって、お祖父様の「黒崎への報復を控える」という決定は、結城の誇りを捨てる行為に他ならなかった。「総長はもう老いた。黒崎の龍也に跡目を穢され、ただ耐えるだけとは……俺たちは何のために血を流してきたんだ!」岩倉の不満は、組の内部で静かに、しかし着実に広がっていった。特に、湾岸プロジェクトを巡る黒崎組の攻勢が激しくなるにつれ、以下のような声がくすぶり続けた。「女の跡目に組を任せるなど、前代未聞だ」「総長は弱気になった。俺たちが立て直さなければ」「美穂子様が龍也に穢されたというのに、復讐もしないとは……」岩倉はこれを機に、同志を集めていた。表向きの理由は「組の誇りを守るため」だったが、本音は自身の野心――お祖父様の引退を早め、実権を掌握することにあった。その夜、岩倉は長剣を手に奥座敷に乱入した。血飛沫が白い襖に飛び散り、数名の舎弟が斬り倒された。お祖父様は奥の間に逃げ、卯月が私を守るように前に出た。岩倉は血走った目で私を睨み、剣先を向けた。「お嬢様も、黒崎に弄ばれてそれでいいんですか!?」私は冷たい視線を返し、静かに言った。「岩倉……あなたが守りたいのは、本当に結城の誇り? それとも、自分の野心?」岩倉の表情が歪む。その瞬間、卯月が銃を構え、岩倉の額に狙いを定めた。岩倉は血に染まった長剣を握ったまま、荒い息を吐いていた。私は彼を冷ややかに見下ろし、静かに言った。「岩倉」彼の血走った目が、私に向けられる。「お前が黒崎を叩きたいと言うなら……今すぐ動け」岩倉の表情が一瞬、驚きに歪んだ。「美穂子様……それは……」私は一歩近づき、冷たい声で続けた。「黒崎龍也の葬儀が終わった今が、ちょうどいい。黒崎組は動揺している。お前が望む通りに、黒崎の小規模事務所を襲え。容赦なく、徹底的に潰せ」岩倉の握る剣が、わずかに震えた。興奮と戸惑いが混じった目で私を見つめる。「お嬢様……総長の決定に逆らうというのか?」私は微笑んだ。笑みは優しく見えるが、目は全く笑っていない。「総長の決定は総長のもの。私は私の戦いをする。お前は私の命令に従うだけよ」岩倉は一瞬、迷いの色を見せたが、すぐ

  • この度は離縁状をありがとうございます   内側の敵

    しかしこの一連の出来事で、結城組の中に綻びが生まれた。ある夜、屋敷の奥座敷で突然、怒号が響いた。若頭の一人・岩倉が、長剣を振り回しながら暴れ出した。「親父の決定は間違っている! 黒崎を叩き潰さず、ただ耐えるだけとは何事だ!」お祖父様は奥の間に逃げようとしたが、数人の舎弟が斬られ、血飛沫が白い襖に飛び散った。白檀の香りに、鉄のような生臭い血の匂いが混じり、廊下が一瞬で地獄絵図と化した。「裏切り者……!」私は卯月に守られながら、血の海を避けて後退した。岩倉の目は血走り、狂気と不満が渦巻いている。これは黒崎組に直接手を下さないお祖父様への、明確な謀反だった。内部から崩れようとする結城組。私は冷たい視線を岩倉に向け、静かに歯を食いしばった。「……許さないわ」卯月が私の前に立ち、銃を構える。屋敷の空気が張りつめ、血の匂いがさらに濃くなった。私の戦いは、外の敵だけでは終わらない。今、内部の牙をも折らなければならない。岩倉は私を一瞥し、血走った目で叫んだ。「お嬢様も、黒崎に弄ばれてそれでいいんですか!?」あの夜の記憶が一瞬で蘇り、私は顔が熱くなるのを感じた。頰が赤らむのを抑えきれず、唇を強く噛んだ。「岩倉! 口を慎みなさい! それを下ろしなさい!」しかし岩倉は聞く耳を持たず、血に濡れた長剣を握りしめたまま、ジリジリと距離を詰めてくる。「俺は……お嬢様があんな男に穢されるのを見過ごせない!」卯月の指先がトリガーに力を込めた。空気が極限まで張りつめ、血の匂いがさらに濃くなる。「お嬢様、下がってください」卯月の声は低く、冷たい。右肩の傷など関係ないというように、彼は一歩も引かない。岩倉の剣先が、微かに震えながら私に向けられる。私は拳を握り、静かに、しかしはっきりと言った。「岩倉……あなたが私を守りたいと言うなら、まずはその剣を下ろしなさい」緊張が頂点に達し、奥座敷に重い沈黙が落ちた。内部紛争の火種は、思ったより深く、根深かった。岩倉は結城組の若頭の一人で、組の「武闘派」の象徴だった。昔から「力でこそ縄張りを守る」と公言し、黒崎組との抗争では常に最前線に立ってきた男だ。彼にとって、お祖父様の「報復は控える」という決定は、結城の誇りを捨てる行為に等しかった。「総長はもう老いた。黒崎の龍也に美穂子様を穢され、ただ耐え

  • この度は離縁状をありがとうございます   霧雨の夜

    霧雨の中、龍也の葬儀から帰宅すると、卯月が玄関で清めの塩を用意して出迎えてくれた。「……」互いに目を逸らすことなく、無言の時間が流れる。雨の雫が私の黒い喪服に染み、冷たい感触が肌にまとわりつく。「お嬢様、おかえりなさいませ」「ただいま」ゆっくりと黒のパンプスを脱ぐと、一人の舎弟が静かに水滴を拭い、靴箱に片付けた。奥座敷に向かうと、白檀の香りが線香の匂いをかき消すように広がっていく。お祖父様は厳しい目で私を迎え入れた。「美穂子、お前……何をした」私は畳に正座し、静かに答えた。「私なりの復讐です。これで黒崎組は跡目を失くした」お祖父様は葉巻を指で軽く叩き、深い溜息をついた。「……そうか、復讐か」その声には叱責よりも、疲れとわずかな諦めが混じっていた。私は視線を落とさず、淡々と続けた。「龍也は、私を欲しがりすぎた。欲しがるものが多ければ多いほど、隙も大きくなる。私はただ、その隙に指を差し込んだだけです」お祖父様は目を細め、私をじっと見つめた。「冷たくなったな、美穂子」「ええ。葛城の家で学んだことですから」白檀の煙がゆらりと立ち上る中、私は静かに微笑んだ。黒崎龍也は死んだ。でも、これは始まりに過ぎない。私の復讐は、まだ終わっていない。むしろ、これからが本番だ。「卯月、ちょっと来て」私は自室の襖を開け、低く声をかけた。卯月はすぐに姿を現し、静かに部屋に入ってきた。右肩の傷はまだ完治していないはずなのに、その動きはいつも通り滑らかで、忠実だった。「なんでしょうか、お嬢様」私は彼の顔をまっすぐに見つめ、ゆっくりと息を吸った。龍也の葬儀から帰ったばかりの体は、まだ冷たい雨の感触を覚えている。「……今日は、ありがとう」卯月はわずかに目を伏せた。「お嬢様が無事に戻られただけで、私は十分です」私は一歩近づき、彼の左手をそっと握った。熱い。生きている証拠のような温もり。「龍也のことは……私がやったの。あなたに迷惑をかけたわね」卯月は私の手を優しく包み込み、静かに首を振った。「迷惑など、ありません。私はお嬢様の影です。どんな闇でも、一緒に歩きます」その言葉に、胸の奥が熱くなった。私は彼の胸に額を寄せ、目を閉じた。「卯月……私はもう、誰にも奪われたくない。あなたに守られたい。でも、ただ守られるだけじゃなく、

  • この度は離縁状をありがとうございます   葬儀

    私は黒崎龍也の私邸を単身で訪れた。高級住宅街の奥に佇むモダンな邸宅。門をくぐった瞬間、重い鉄の音が背後で閉ざされた。人払いを済ませた龍也は、ワイングラスを手に私を迎え入れた。「美穂子、俺のものになる気になったのか」私は妖しく微笑み、グラスを受け取った。「……ええ。あの日の刺激が忘れられないの。卯月じゃ、物足りなくて」龍也の目が一瞬、獣のように輝いた。彼は機嫌よくワインを傾け、私の腰を引き寄せる。「待って……人払いして」ドアの向こうには、ボディガードが厳ついドーベルマンのように佇んでいる気配があった。「そうだな、無粋だな」龍也が手を振ると、気配が遠ざかった。私は彼の目を盗み、ワインに粉薬を溶かした。無味無臭、しかし血圧を急激に上昇させ、心筋梗塞か脳卒中を引き起こす強力なものだ。「飲んで、楽しみましょう」龍也は上機嫌でグラスを一気に飲み干した。「さぁ、いつまでも焦らすな」私はピルを飲んでいる。万が一、最後まで行為が進んでも妊娠の可能性は低い。ベッドに倒れ込み、龍也の激しい愛撫に身を任せた。興奮し始めた彼の様子に、異変が起き始めた。息が荒くなり、顔が真っ青に変わる。胸を押さえ、ベッドにうずくまった。「……大丈夫?」私は心配するふりをして、悲痛な声を上げた。「誰か! 誰か来て!」龍也の目が驚愕に見開かれる。指が震え、喉を押さえて苦しげに喘ぐ。私は冷たい目でその様子を見下ろした。黒崎龍也。あなたが私にしたことの、ほんの一部よ。◇◇◇龍也の自室に、若頭をはじめとする舎弟たちが雪崩れ込んだ。「総長!」若い衆の一人が血相を変え、私を壁へと押し当てた。「このアマ! 何しやがったんだ!」荒々しい手が私の肩を強く掴む。その瞬間、若頭の鋭い声が飛んだ。「やめんかい! 結城のお嬢さんだ。そんな真似すんじゃねぇ!」「……へ、へい」黒崎の部下は慌てて手を離し、後ずさった。龍也はベッドの上で苦しげに喘ぎ、胸を押さえていた。若頭たちはすぐに心臓マッサージを始め、救急車を呼んだ。部屋は慌ただしく、悲鳴と怒号が飛び交う。私は警察で事情聴取を受けたが、「情事中の突然死」として処理された。罪に問われることもなく、黒崎組も結城組に対して表立った報復には出られなかった。数日後、雨の降る寺院で黒崎龍也の葬儀はしめやかに執り行わ

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