로그인拓海は余計なことを言う余裕もなく、開口一番こう告げた。「愛莉を見つけた。位置情報を送る」そう言うとすぐ、拓海は玲奈に現在地の共有を送った。愛莉は全身が泥だらけで、鼻をつくほどの悪臭まで漂っていた。それでも拓海は一切顔をしかめない。抱きかかえたまま、ひたすら優しくあやし続ける。「もう大丈夫。大丈夫だ......」この時点でも、愛莉は自分を抱いているのが拓海だとは気づいていなかった。拓海の肩にしがみついたまま、懇願するように言う。「おじさん......愛莉、ララちゃんのところに行きたい。病院にいるの。連れてってくれる......?」愛莉は顔を拓海の首元に埋めた。今の自分はあまりにも汚い。こんな姿を人に見られたくなかった。生まれてからずっと、愛されて育ってきた。ここまでみじめで、狼狽えたことは一度もない。その言葉を聞いた瞬間、拓海の胸がきつく締めつけられる。部外者の自分でさえ耐えがたいのだ。母親の玲奈は、どれほどの思いでいるだろう。拓海は愛莉が顔を埋めたままでも構わず、突き放しもしない。責めもしない。ただ、慎重に問い返した。「ママじゃだめか?君を探して、玲奈は......気が狂いそうになってた」愛莉は答えなかった。マンホールに落ちていた数時間――最初の一時間は、愛莉は確信していた。自分が戻らないと気づけば、沙羅がきっと探しに来るはずだ、と。でも、来なかった。探したのかもしれない。けれど愛莉には分からない。時間が経つほど、失望がじわじわと覆いかぶさった。そのとき愛莉の脳裏に浮かんだのは玲奈だった。もしママがいたら、ひとりで外に出さなかった。だから拓海の言葉に、愛莉は反論できなかった。愛莉が言い返さないのを見て、拓海はわざと怖い声を作った。「じゃあ、ママにもっと優しくしろ。しないなら、また下に落とすぞ」そう言いながら、拓海は愛莉をマンホールへ近づけるふりをした。「いやあああ!」愛莉は悲鳴を上げ、拓海の首にさらにしがみつく。そこへ、雨の中を必死に走ってきた玲奈がその光景を見て、声を張り上げた。「須賀君!何してるの!」拓海は愛莉を本当に落とすつもりなどなかった。玲奈が来たのを見て、ようやく顔を上
拓海の言葉は、智也の言葉よりもずっと安心できた。どうしてなのか、玲奈自身うまく説明できない。けれど拓海が言うと、不思議な力でもあるみたいに、胸のざわめきがすっと静まっていく。しばらく黙ってから、玲奈は受話口に小さく答えた。「......うん」その「うん」を拓海が聞き取れたかどうか、玲奈には分からない。確かめる余裕もなく、玲奈はそのまま通話を切った。一方その頃、拓海は玲奈の部屋にいた。シャワーも浴びて、もう一時間近く待っていたのに、玲奈は戻ってこない。そこへ愛莉がいなくなったという話だ。胸が一気に冷えた。玲奈が心配で、取り乱して危ないことをしないか――それが怖かった。そう思うやいなや、拓海は迷わず窓から出た。道中、拓海は知り合いに次々連絡し、手分けして愛莉を探させた。病院の駐車場は満車で中に入れない。仕方なく車を路肩に止める。夜は更け、外の通りにはほとんど人影がない。なのに病院の周りだけは、人でごった返していた。車を降りた、そのとき――かすかに、消え入りそうな声が耳に届いた。「......たすけて。たすけて......」一瞬、聞き間違いかと思った。早く周辺を探さなきゃ――そう考えた直後、もう一度、声がした。「たすけて......」今度は幻聴じゃない。拓海は低い声で呼びかけた。「......愛莉か?」「......う、うん......愛莉」泣き混じりの声だった。拓海は周囲を見回したが、どこから聞こえるのか判然としない。だから問い返す。「どこだ?」愛莉は嗚咽をこらえながら答えた。「した......したにいる。おじさん、たすけて。ねずみが、あしをかじって......こわい......」声はすでに枯れ切っていた。落ちてから何時間も、愛莉はずっと助けを求め続けていた。昼間は街が騒がしく、誰にも届かなかったのだ。やっと気づいてもらえた――その事実にすがるように、愛莉は必死で声を絞った。下――その言葉で、拓海は周囲を改めて観察する。すると少し先に、マンホールの蓋が見えた。......ここか拓海は駆け寄り、蓋を叩いて確かめた。「愛莉、中にいるのか?」「いる......!ここ!ここにいる!」
そう言い終えると、智也は玲奈が不安にならないようにと、さらに誓いまで立てた。「約束する。今日、愛莉を連れ戻せなかったら――俺はお前の目の前で自分でけじめをつける」けれど、その言葉で玲奈の心が軽くなることはなかった。玲奈は冷ややかに笑うだけで、淡々と言う。「要らない。私たちはそれぞれで探す。それでいいわ」そう言い捨てると、玲奈は智也の腕の中から一歩退いた。智也はまた抱き留めようとして前へ出かけたが、玲奈が激しく拒んだ。「来ないで。お願い......本当に、もう近づかないで」そのお願いに智也は目を細め、伸ばしかけた手を引っ込めた。そして小さく宥める。「分かった。行かない。行かないから」玲奈の服は雨でぐっしょり濡れていた。けれど寒さなんて感じていない。胸を占めるのは、愛莉が見つからない恐怖だけだった。智也がようやく近づいてこなくなったのを確認すると、玲奈は踵を返して歩き出した。智也も追いかけようとした、そのとき。携帯が鳴った。勝からだ。病室を出た直後、智也は愛莉捜索を指示していた。だからこの電話は「見つかった」という報告だと思い、すぐに出た。だが受話口から聞こえたのは、沈んだ声だった。「新垣社長......まだ、娘さんは見つかっていません」智也は一気に顔色を変え、怒鳴りつける。「何やってんだ!子ども一人見つけられないで、何ができるんだよ!」どれだけ冷静になろうとしても、見つからないの一言で胸が嫌な音を立てた。――まさか、本当に何かあったんじゃないか。その考えがよぎった瞬間、胸の奥が重く、痛んだ。一方、玲奈は病院を飛び出し、雨に濡れるのも構わず愛莉を探し回った。数分もしないうちに、今度は玲奈のスマホが鳴った。智也からの連絡だと思った。「愛莉を見つけた」――そう告げる電話だと。けれど表示された名前は、拓海だった。玲奈は出なかった。だが拓海は何度もかけてくる。しつこいほどに。ついに玲奈は堪えきれず、通話に出た。怒る暇もないまま、相手の苛立った声が飛んでくる。「玲奈、何してんだよ?なんで出ない?調子に乗ってんのか?」矢継ぎ早の詰問に、玲奈の気分も最悪になった。数秒黙ったあと、玲奈は疲れ切った声で
玲奈が入院病棟を出て、外来棟のほうへ回ったとき、外はもう雨が降り始めていた。大粒ではないが、降り出しが急で、あっという間に地面が濡れていく。玲奈はまず院内を駆け回って愛莉を探した。けれどどこにもいない。それでも諦めきれず、今度は外へ出ることにした。雨が降っているのに、考える暇すらない。玲奈はそのまま雨の中へ飛び込んだ。雨に打たれ、顔を伝うものが涙なのか雨水なのか、自分でも分からない。目を真っ赤にして、玲奈は愛莉の名前を叫び続けた。返事がなくても、何度でも、何度でも。焦りが限界を超え、通報のことすら頭から抜け落ちていた。愛莉の痕跡を見逃すのが怖くて、草むらさえ避けられない。花壇の縁をかき分け、手が泥で汚れても構わず探し続けた。そのころ智也が入院病棟から出てくると、目に入ったのは、花壇を必死に掘り返す玲奈の姿だった。同時に、途切れ途切れの小さな呟きも耳に届く。「愛莉......もうママを困らせないで......早く出てきて。見つからないと、ママ......気が狂いそう......」声は明らかに嗚咽を含んでいた。智也は胸がちくりと痛み、見ていられなくなって雨の中へ駆け込んだ。玲奈の手首を掴む。「玲奈、愛莉はここにはいない」雨で視界が滲む。智也は目を細め、玲奈の横顔を見つめた。玲奈は振り向いて智也を睨みつけた。恨みと怒りが、そのまま顔に出ている。だが玲奈が言葉を吐き出す前に、智也が掠れた声で言った。「こうしてないで、通報しよう」その瞬間、玲奈は一度まばたきをし、堰を切ったように涙をこぼした。声を張り上げ、智也に怒鳴りつける。「じゃあ、あなたがすればいいでしょ!なんで私に言うの!」智也は一歩近づき、玲奈をそっと抱き寄せた。頭を低く落として囁く。「落ち着いて。きっと大丈夫だ」「きっと?」その言葉を聞いた瞬間、玲奈の心臓が誰かに握り潰されたように痛んだ。玲奈は乱暴に智也を突き放し、怒鳴る。「きっとって何!愛莉を見つけてもいないのに、何を根拠にそんなこと言えるの?何様なの?」声を振り絞るほどに、首筋の血管が浮き、目は血が滲むみたいに赤い。智也は玲奈の涙を見て、胸がぐしゃりと痛んだ。言い返す言葉を探すより先に、玲奈
病室の前の廊下で、玲奈は長椅子に座っていた。雅子は病室の入口に立ったまま、落ち着かない様子で中を窺っている。今夜は妙に静かだった。いつもの嫌味も、ねじれた言い方もない。ただ、何かを怯えるような顔をしている。玲奈は首をかしげた。面倒くさくて話す気がないだけなのか。そう思いかけた、そのとき——病室の中から、沙羅の声が聞こえた。「愛莉が......いなくなったの......」その言葉を聞いた瞬間、玲奈の体が硬直した。頭で理解するより先に、身体が動いた。玲奈は病室へ駆け込むと、智也が目の前にいようが構わず、沙羅を睨みつけて荒い声で詰め寄った。「愛莉はあなたのところに付き添ってたんでしょ?どうしていなくなるなんてことが起きるの!」沙羅も今は体裁を取り繕う余裕がない。必死に言い訳するように答えた。「愛莉が、自分で言い出したの。果物を買ってくるって。私は止めたのに......でも、どうしても行くって聞かなくて。それで出ていってから、戻ってこなくて......」玲奈の声は冷えきっていた。「いつからいないの?」沙羅は目を伏せ、言葉を探す。それが誤魔化しだと分かって、玲奈の苛立ちはさらに跳ね上がった。「沙羅。嘘つかないで。正直に言って」追い詰められた沙羅は、ようやく口を割った。「......三......いえ、一時間前」だが、その一時間すら短く見せた数字だった。愛莉が病室を出てから、実際にはもう何時間も経っている。玲奈がさらに鋭い視線を向けると、沙羅は声を震わせながら訂正した。「ごめん。三時間......前」三時間。玲奈の中で何かが切れた。「三時間......?」顔から血の気が引き、逆に目だけが赤く燃える。母親として、今この瞬間、何だってできる気がした。玲奈は沙羅に顔を近づけ、低い声で言い切った。「沙羅。もし愛莉に何かあったら......私は絶対にあなたを許さない」その言葉は脅しではなく、誓いだった。智也はベッド脇に座ったまま、同じように顔色を変えていたが、沙羅に向かっては何も言わなかった。けれど玲奈は、智也も同罪だと切り捨てる。玲奈は振り返り、智也を睨んだ。「智也、あなたも同じ。愛莉に何かあったら.
雅子は、沙羅が汗だくで取り乱しているのを見て、ようやく事の重大さに気づいた。そもそも雅子は愛莉が好きではなかったから、沙羅が「出ていったきり戻らない」と言っても、最初は大して気にしていなかった。だが、もう夜の十時を回りかけている。――まさか、本当に何かあったのでは?ここに来て、雅子も顔色を変えた。沙羅に頼まれるまま、雅子は慌ただしく病院を飛び出した。ところが二十分ほどして、雅子は汗だくで病室へ駆け戻ってきた。しかも、ひとりで。愛莉がいないのを見た瞬間、沙羅の喉元に引っかかっていた不安が、一気にせり上がる。「お母さん......どう?まだ見つからないの?」沙羅はベッドの背もたれに寄りかかり、青い顔で問いかけた。雅子はコップを掴むと、水を二口、がぶ飲みしてから首を振る。「......うん。病院中探したけど、どこにもいない」沙羅は焦りで額を叩き、声を震わせた。「まさか、本当に何かあったんじゃ......愛莉に何かあったって分かったら、智也は私を許さない......結婚の話だって、なくなる......!」沙羅の怯えきった様子に、雅子はたまらず抱き寄せ、背中をさすって宥めた。「沙羅、あなたのせいじゃない。愛莉はあの二人の子なんだから、親が面倒を見るのが筋でしょ。それにあなたは足を怪我してる。病人が、別の世話される側まで見るなんて無理よ」そう言われても、沙羅の不安は消えない。「でも......あの子、私を看病するって言って残ったんだよ。だから......」雅子は冷たい顔で遮った。「看病?笑わせないで。あの子は、いないほうがよっぽど迷惑がない」沙羅はなおも落ち着かず、必死に頼み込む。「お願い、お母さん......もう一度探して。お願い」雅子は断りかけたが、沙羅の必死さに押され、渋々うなずいた。「......分かった」立ち上がって病室のドアへ向かい、取っ手に手をかけた、その瞬間。扉を開けた雅子は、外から入ってきた智也とぶつかりそうになった。智也は反射的に身を引き、雅子はよろめきながらも体勢を立て直す。相手が智也だと分かった途端、雅子は明らかに動揺した。それでも声を絞り出す。「......智也なのね」智也は、目を泳がせ
拓海は薄く笑うと、いきなり玲奈の手を掴み、そのまま自分の胸元に押し当てた。不敵な目で見つめながら言う。「お前が望むなら......俺たちの声を、外に聞かせることだってできる」玲奈は、彼が何度も同じことを持ち出すのを受けて、今度は真顔で返した。「あなたがそれでいいって言うなら......そうすれば?」拓海は一瞬、ぱっと顔を輝かせた。「......本当?」けれど次の瞬間、その表情は一転して曇った。体を起こし、苛立ちを滲ませて玲奈を見た。「お前......」怒っているはずなのに、続く言葉が喉で詰まって出てこない。拓海は立ち上がった。いったん玲奈に背を向
二人は肩を並べて焼き鳥店を出た。学はその背中を見送りながら、まるで天が結びつけたような二人だと思った。ただ、果たして一緒になれるのかは分からない。店からだいぶ離れたところで、玲奈が探るように口を開いた。「先輩。言っておきたいことがあるの」昂輝は足を止めた。玲奈は、彼の背中がわずかに震えるのを見た。しばらくして昂輝は振り向いた。何も言わないまま、いきなり強く玲奈を抱き寄せる。腕の中に閉じ込め、顎を彼女の頭頂に押し当てた。そして懇願するような声で言った。「言わないで。何も言わないでくれ」玲奈が何を言おうとしているか、昂輝には分かっている。
拓海は玲奈を抱えたまま、くるくると回り続け、止まる気配がなかった。玲奈は目が回り、吐き気までこみ上げてきた。彼の肩を叩いて言った。「須賀君、もう回らないで......気持ち悪い」その声で、拓海はようやく足を止めた。玲奈を下ろそうとした拍子にバランスを崩し、拓海の体が玲奈に覆いかぶさるようになって、二人はそのままベッドへ転がり込んだ。拓海は慌てて両腕で体を支え、玲奈に負担がかからないように踏みとどまる。けれど距離が近すぎた。玲奈は薄い寝間着一枚で、湯上がりの柔らかな香りがふわりと漂った。枕に広がる長い髪、乱れた布地の隙間から覗く輪郭――拓海は息を呑み、頭が
智也も、昂輝が何を言おうとしたのか分かっていた。それでも玲奈が言葉を塞いだのを見て、彼の胸にはなぜか、ほんの少し愉快さまで芽生えた。理由は自分でもよく分からない。けれど心のどこかで、玲奈はやはり自分だけを好きなのかもしれない、と思ってしまった。学は皆がしばらくざわめいたあと、声をかけた。「さあ、先に食べよう」それで個室は、瞬く間に静けさを取り戻した。昂輝は玲奈がジンギスカンを好むのを知っていて、回転卓をそっと回し、彼女の皿にもう一切れ取り分けた。皿に置くとき、身を寄せて小声で言う。「外の声は気にしすぎるな。君は君のままでいい。もっと勇敢になって」