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第573話

Author: ルーシー
結婚してから今日まで、祖父の前で仲のいい夫婦を演じるとき以外、智也が玲奈をこんなふうに呼んだことはなかった。

その「玲奈」という一言を耳にした瞬間、玲奈の胸はずしんと重く沈んだ。

拓海もその呼び方を聞いて、顔色が一気に陰った。

次の瞬間、彼は智也に向かって大声で怒鳴りつける。

「智也!

気持ち悪ぃんだよ!」

智也は拓海の焦った声を聞いても、聞こえなかったみたいに振る舞った。

顎を上げ、玲奈を連れて傲然とその場を去っていく。

その姿はまるで、勝ち戦でも終えたみたいだった。

得意げな表情が、やけに腹立たしいほどに映る。

玲奈が階段を下りながら、横目で拓海を見た。

怒っている。苛立っている。

けれど、拓海は動かなかった。

玲奈は胸の奥がちくりと痛み、申し訳なさが込み上げた。

口を開きかけたが、隣に智也がいると思うと、結局なにも言えなかった。

智也に引かれるまま車へ向かい、後部座席に乗せられる直前、玲奈はもう一度、拓海のいた場所を振り返った。

拓海もこちらへ顔を向け、深い視線で見返してくる。

視線がぶつかった、その一瞬――

拓海が玲奈に向けて、ウィンクした。
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