Share

第8話

Penulis: ルーシー
春日部家。

玲奈はすでに半年実家には帰ってきていなかったので、この時少し微妙な空気が流れていた。

食卓の上には様々な料理が並べられており、そのほとんどが玲奈の好物ばかりだった。

智也と結婚することになったその当時、春日部家は一家揃ってその結婚に反対していた。しかし、玲奈は家族と縁を切ることで、春日部家はこの結婚を無理やり承諾させられたのであった。

しかし、結婚してから智也は一度も彼女と一緒に春日部家に訪問してくれたことはなかった。

父である健一郎(けんいちろう)と兄の秋良は冷たい表情をしていた。母である直子(なおこ)は目を真っ赤にしてずっと涙を拭っていた。兄嫁の綾乃はその場の雰囲気を良くさせるために頑張っていたが、どこから何を話せばいいのか困っている。陽葵はそんな彼らの表情をちらちらと盗み見ていた。

玲奈が立ち上がって家族に謝罪の言葉をかけようとした時、秋良が突然厭味ったらしくこう言った。「明日は新垣実(にいがき みのる)の誕生日だろ、おまえ新垣家であいつらに奉公しないで、どうしてこっちに帰ってきたんだ?」

その言葉のどれもがチクチクと皮肉交じりで刺してきたが、玲奈は笑って軽々とした口調で言った。「兄さん、今後はお父さんのためだけに誕生日をお祝いするわ」

秋良はその言葉を聞いて驚き、内心明らかに彼女のことを心配してはいたものの、その口調は冷ややかだった。「どういうつもりだ?」

玲奈は言った。「私、もう新垣智也と離婚することにしたの」

その言葉が出た瞬間、その場はさらに変な空気になった。

まるでその場にいたみんなの目が玲奈に注がれていて、それぞれがとても驚いているようだった。

綾乃は少し心配になって、こう尋ねた。「じゃあ、愛莉ちゃんの親権は?」

玲奈は失笑し、仕方ないといった様子でこう答えた。「お義姉さん、愛莉は私と一緒にいたくないんだって。だから親権は放棄するつもりなの」

玲奈は母親だ。自分の子が要らないわけはないだろう?

しかし、愛莉のことを思い出すと、心がぎゅっと締め付けられて苦しくなる。

でも、もういい。意地を張らないことが最善なのだから。

綾乃も同じ母親として、玲奈の辛さを自然と感じ取っていた。それに玲奈は愛莉のことをとても愛していることはここにいる誰もが分かっていた。

そんな玲奈が自分から子供の親権を放棄するということは、きっと何か極限状態になるまで失望して、その結果このような決断をしたのだろうから。

直子の嗚咽交じりの声を聞き、綾乃が義母にそっとティッシュを差し出し、また玲奈に言った。「離婚するのも良いことだと思うわ。今後、きっとあなたを心から愛してくれる人が見つかるわよ」

玲奈はニコリと笑い、淡々とした口調で言った。「それは、また今後考える。今のところ、新しい人を見つける気はないから」

結婚がこのような結末になったのに、どうしてまた同じ轍を踏むようなことをする必要があるだろうか。

綾乃はもうそれ以上は何も聞かず、箸を持って玲奈にたくさんおかずをよそってくれた。「じゃ、これからはこの春日部家があなたのお家よ。あなたは春日部家のお嬢様なんだもの。みんなあなたを歓迎するわ」

陽葵も母親に続けて口を開いた。「おばちゃん、私、大きくなったら玲奈ちゃんのこと養ってあげるからね」

父親の健一郎は何も言わず、ただひたすら顔を下に向けエビの殻を剝き続け、4、5個剥き終わったら、それを小皿にのせ、玲奈の前にススッと差し出した。

玲奈はそれを見た瞬間、瞳をうるうるとさせた。

彼女が新垣家で牛馬のようにせっせと奉仕してから5年間、一言も感謝の言葉をもらったことなどない。しかし、春日部家では、彼女が何かをしなくても、みんなは宝物のように可愛がってくれるのだった。

玲奈は顔を下に向けご飯を食べ始めたが、涙がご飯の茶碗に落ちて濡らしてしまった。

食事の途中で、陽葵が突然後ろのローテーブルを指さして言った。「おばちゃん、携帯が光ってるよ」

玲奈が携帯の表示を見てみると、それは智也からの電話だった。

彼女は携帯に登録している人をブロックしたりする習慣がないので、彼女に電話が繋がらない場合は、それはマナーモードにしていて気付かないからなのだ。

電話に出た後、玲奈の顔色が瞬時に青ざめた。彼女は体を硬直させて言った。「分かった、今すぐ行く」

携帯をなおし、家族に何かを伝える余裕もなく出て行こうとした。すると綾乃が心配して立ち上がり玲奈に尋ねた。「玲奈ちゃん、何があったの?」

「愛莉がマンゴーを食べてアレルギー発作を起こしたって。病院にいるらしいから、今から見に行ってきます」

秋良はそれを聞き、妻の綾乃に視線を送った。

綾乃はその意味を理解し、急いで口を開いた。「私も一緒に行くわ」

陽葵も立ち上がった。「私も一緒に行く」

……

夜10時半。

愛莉が夢から覚めて目を開けると、そこには母親の玲奈の姿があった。

「愛莉、調子はどう?」玲奈は愛莉が目が覚めたのを見て、心配して緊張した表情を緩めた。

病室の中で、彼女は一時間以上、ずっと愛莉の目が覚めるのを見守っていた。

智也はこの時、支払いに行っていて、玲奈たちだけがここにいた。

愛莉は母親を見ても何も言わず、ふんっと怒った様子で顔を向こう側に背けた。

玲奈は愛莉が一体何に腹を立てているのか分からず、ここに来たのが沙羅ではないからだろうと思っていた。

そう思うと、玲奈の心はやはりズキズキと痛み、愛莉の布団の端を少し整えてあげてから立ち上がりこう告げた。「じゃ、ゆっくり休んで。私、もう帰るから」

愛莉に嫌われているのなら、彼女がここに留まる意味はない。

玲奈が後ろを振り向いて陽葵の手を握ると、愛莉は玲奈の背中に向かってこう叫んだ。「ふんっ、ママって本当にヒドイ人だわ」

それを聞いた陽葵は我慢できず、玲奈の手を離し、ベッドの前までやって来た。「あんたね、口をつつしみなさい。私のおばちゃんにそんなふうに言わないで!」

愛莉はそれにまたイラっとし、陽葵を貶した。「このブス、あんたなんかに関係ないでしょ」

陽葵も一歩も譲る気はない。「意気地なし、恩知らず、一人じゃなんにもできないお姫様」

愛莉はそれに敵わず、怒って涙を流した。「デブ、ブス、大人になっても誰からも好かれないわよ」

陽葵はよく食べ、ぷくぷくとふくよかに育っていて、周りからデブだと悪口を言われるのが一番嫌いだった。

玲奈はそれを知っていたし、それに愛莉のほうから人を貶し始めたのだ。

「愛莉、お姉ちゃんに謝りなさい!」玲奈は陽葵を後ろに庇う形で、声を低くし愛莉に叱りつけた。

母親に味方してもらえず、愛莉はさらに悲しくなって、声をあげて大泣きし出した。

綾乃は立ち上がって、仲を取り持とうとしたが、その時ちょうど智也がドアを開けて入ってきたのだった。

父親の姿を見て、愛莉はぼろぼろと涙を流し続け、両手を広げ智也に抱きついた。「パパ、ママがいじめるの」

愛莉はすすり泣きし、智也はそれを聞いて心がぎゅっと締め付けられた。

彼は顔を玲奈のほうへ向けた。その瞳は尖ったナイフのように鋭く、明らかに彼女に不満を持っていた。

玲奈は智也と視線を合わせ、何も恐れず堂々と圧力のかかった彼のその瞳に対峙した。「私は間違ったことをしたとは思わない。もし、あなたがそう思うのなら、思えばいいわ。私はどうでもいい」

智也に対して、今まで彼女がこのように冷たい態度を向けてきたことはなかった。

智也はそんな彼女の変化に構っている暇もなく、ただこう聞いた。「おまえ、こんなふうに子供の世話をしていたのか?」

玲奈はもう説明したくなかった。それをする気力すらない。

「そうね、あなたが見た通りよ」彼女は何もかも面倒臭くなり、もういっそ、そういうことにしておいた。

智也も遠慮なく言った。「だったら、あの日俺が言った『沙羅のほうがおまえより母親として相応しい』という言葉は間違いではなかったわけだ」

玲奈は彼を見つめ、ゆっくりと返事をした。「そうよ」

智也はまさかあの玲奈がこのように冷静な態度を取るとは思っておらず、その瞬間愕然とした。「おまえ……」

玲奈はもうそれ以上彼の話を聞いていたくなかったので、鋭く聞き返した。「あなた達が、この母親をやっている私よりもずっと子供の世話が得意だと言うのなら、どうして愛莉がマンゴーでアレルギーを起こすって知らなかったわけ?」

智也は驚き、すぐに表情を変えずに言った。「そんなこと言われた記憶はない」

玲奈はもう言い争うことはしたくなかった。しかし、娘のことを思い、やはりはっきりと教えておくことにした。

それで、彼女は真面目に智也に話し始めた。「分かった。今から言うことをしっかり記憶しておいてちょうだい。愛莉は女の子だから、毎日ちゃんと女の子の大切な部分をきれいに洗ってあげるのよ。予防接種に行って、氷の入った冷たい物は飲ませないで、それからマンゴーは食べられないし……」

玲奈は多くのことを話した。そして、全部言い終わると、智也がどう思ったのか気にもせず、陽葵と手を繋いで病室を出ていった。

どうせ離婚するのだから、さっさと伝えてしまったほうが愛莉のためでもある。
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Komen (3)
goodnovel comment avatar
lvlv1yu7
社長夫人は離婚を考えていたの続きを読みたい
goodnovel comment avatar
lvlv1yu7
社長夫人は離婚を考えていた
goodnovel comment avatar
lvlv1yu7
社長夫人は離婚を考え手続きいた
LIHAT SEMUA KOMENTAR

Bab terbaru

  • これ以上は私でも我慢できません!   第604話

    そう言われ、玲奈は顔を上げて、訝しげに智也を見た。本当は訊きたかった。彼は本当に心配しているのか。それとも、監視したいだけなのか。けれど玲奈は訊かなかった。そして、ただ智也に言った。「先輩と食事するだけよ。心配しなくていい」智也は、自分の変化に気づいたのだろう。一瞬、言葉に詰まり、それから短く答えた。「……うん」そして付け足す。「食べ終わったら、迎えに行く」玲奈は頷いた。「うん」それきり二人は黙り込み、無言で下へ降りた。モールの入口に着くと、玲奈が少し待っただけで、昂輝の車が着いた。智也もそれを目にした。黒いアウディ。派手さはないが、普通の人にとっては安い車ではない。昂輝の収入は、世間で言えば十分に上位だ。ただ――玲奈のそばには、智也と拓海がいる。昂輝はどうしても霞んでしまう。昂輝が車を降りてきた。今日は珍しく正装だ。黒いコートの内側はスーツ。応援飯というより、どこか見合いに来たみたいだった。なぜだろう。その姿を見た瞬間、智也は玲奈を行かせたくない気持ちが湧いた。だがもう許可している。歯を食いしばり、黙っているしかない。昂輝は大股で玲奈の方へ近づく。コートの裾が風に揺れ、前髪も整えられて額が見える。整った顔立ちに、そのコートがよく似合い、まるで絵から抜け出したようだった。玲奈は近づいてくる昂輝を見ながら、智也に言った。「帰っていいよ。私、先輩とご飯に行くから」その言葉に、智也の胸が痛んだ。拒みたい。けれど無理に飲み込み、頷いた。「……うん」昂輝が目の前まで来ると、智也は彼に視線を向け、笑みを浮かべた。「東さん。妻にご馳走してくれて、ありがとう。妻のこと、お願いするよ。あとで迎えに来るから、東さんが送る必要はないよ」軽い口調なのに、言いたいことは全部入っている。玲奈は自分の妻だ。迎えは自分が行く。その短い言葉で、昂輝の芽を摘む。昂輝は智也の意図を汲んだ。返事もしない。智也のほうも見ない。玲奈は智也の言葉を気にせず、階段を下りて昂輝のほうへ向かった。だが数歩進んだところで、また智也の声が飛んだ。「玲奈、ちょっと待って」その声を聞いた瞬間、玲奈は思わ

  • これ以上は私でも我慢できません!   第603話

    地下駐車場から慌ててモールの上階へ上がると、玲奈の背中には汗がうっすら滲んでいた。冬だというのに、身体じゅうがべたつく感じがする。さっき見ていた店の前まで来たとき、玲奈は智也の声を聞いた。智也が店員に尋ねている。「俺の妻は?」その言葉に、店員たちは顔を見合わせた。すると、責任者らしき女性が出てきて、智也に説明した。「お客様、奥様はお手洗いに行かれました」その女性は一切ためらわず、平然と言い切った。玲奈は入口に立ったまま、その返答をはっきり聞いた。智也は眉間に皺を寄せ、強い口調で迫った。「そうか?」店員が答える前に、玲奈が自分から歩み寄った。「どうして来たの?」玲奈の目には、疑問だけが浮かんでいる。玲奈の姿を見て、智也はようやく薄く笑った。「疲れたかと思って。迎えに来た」玲奈は表情を変えずに言った。「うん。見終わったから、帰ろう」本気で探せば、ここにも気に入る服はある。けれど今は、買い物を続ける気分ではなかった。玲奈が手ぶらで出ようとすると、智也は目を細くした。「一つも買わないのか?」玲奈は頷いた。「うん。気に入るのがなかった」智也はすぐに言った。「じゃあ別の店も見よう。俺が付き合う」玲奈は疲れていた。もう歩き回りたくない。「いい」智也は玲奈を見つめ、そこで初めて気づいた。玲奈の唇が、赤い。服の話は追わず、訝しげに訊いた。「唇、どうした?なんでそんなに赤い」玲奈は一瞬、言葉に詰まった。赤いのは、拓海に口づけされたせいだ。もちろん、そんなことは言えない。玲奈は目を泳がせ、すぐに理由を作った。「口元に産毛があって。剃ったから赤くなったの」苦しい言い訳だ。智也は半信半疑の顔をした。「……そうか?」玲奈は迷いなく言い切った。「そう」玲奈があまりに断言するので、智也はそれ以上は追及しなかった。ただ言った。「行くぞ。もう少し見よう」智也が譲らないので、玲奈も断らなかった。「……うん」智也は玲奈を連れて上の階へ行き、靴とバッグを見せた。そして最後に玲奈は、かなり高価なバッグを一つ選んだ。小ぶりなのに、値段は八桁。買い物を終えて店を出ると、智也が玲奈の顔

  • これ以上は私でも我慢できません!   第602話

    拓海は俯いたまま、笑みを含んだ声で言った。「誰かと別れたい時ってさ。相手の金、全部使い切りたくなるだろ」言いたいことがあまりに露骨で、玲奈はなぜか腹が立った。顔を上げて睨みつけ、きつい口調で言い返す。「でたらめもいい加減にして」拓海は身を屈め、視線を玲奈の高さに合わせた。探るように見つめ、しばらくしてから言った。「図星だろ?」玲奈は手を上げて拓海を叩こうとした。けれど力が入っていない。その様子が、拓海には甘えているように見えたらしい。拓海は笑った。目の中には甘さと優しさが滲んでいる。玲奈は目を合わせられない。拓海の視線が、熱すぎた。静まり返った空間に、鋭い着信音が響いた。その音は、玲奈にとって救いだった。いつからだろう。玲奈は拓海の目が、少し怖くなっていた。いつも深く思い詰めたような顔で見てくるから、引きずり込まれそうになる。そしてまた、別の深みに落ちてしまいそうで。着信は鳴りやまない。画面を見ると、昂輝からだった。玲奈は迷わず背を向け、そのまま通話に出た。電話口で、昂輝の澄んだ声が弾む。「玲奈。今夜、ご飯でも行かない?」玲奈は首をかしげる。「先輩、どうしたの?」反射的に、誕生日なのだろうかと思った。そういえば昂輝の誕生日がいつか、玲奈は知らない。昂輝は言った。「応援の気持ちを込めて、奢りたいんだ」「応援」という言葉で、玲奈はすぐにわかった。明日は院試の日だ。昂輝は、励ましたいのだ。少し考えてから、玲奈は断らなかった。「……わかった。お願いするわ」玲奈の返事を聞き、昂輝はようやく笑う。「じゃあ、仕事終わったら迎えに行く。住所を送って」「わかった」玲奈は考える間もなく答えた。通話を切ったあと、まだ携帯をしまいきらないうちに、拓海が寄ってくる。口元をわずかに上げ、痞っぽい笑いを浮かべた。「なあ、玲奈。俺だって応援くらいできるけど?」玲奈は、ろくなことを言わない気がして、どういう応援かは訊かなかった。声を沈めて言った。「いらないわ」拓海を避けて立ち去ろうとした。だが拓海はふいに玲奈の耳元へ寄った。、熱い息が耳たぶにかかる。「腹は満たしてもさ。別のとこが腹ペ

  • これ以上は私でも我慢できません!   第601話

    拓海の口づけは強引で、それでいてどこか優しい。彼はキスがうまい。ほんの数回で、玲奈の身体はすっかり力が抜けてしまった。押し返したいのに、指先にすら力が入らない。玲奈はただ、少しずつ息を奪われていくのを受け入れていた。拓海は力の抜けた玲奈を抱きとめ、手を伸ばして胸元のボタンを外しにかかった。だが一つ外したところで、拓海は動きを止めた。拓海は俯き、口づけで赤く熱を帯びた玲奈の頬を見つめる。胸は高鳴り、衝動も抑えきれない。今すぐにでも、玲奈を自分のものにしたかった。けれど玲奈は、まだ離婚していない。そう思った瞬間、拓海は衝動に歯止めをかけた。玲奈の前で、すんでのところで踏みとどまったのは一度や二度ではない。身体の奥が張り裂けそうなのに。それでも彼女の名誉のために、拓海は諦めることを選んだ。玲奈はぼんやりしていて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。拓海は彼女を抱き寄せ、掠れた声を耳元に落とした。「ごめん。俺はまだ、お前を手に入れられない」その声に呼び戻され、玲奈ははっとして目を見開いた。濁っていた視界が、一瞬で澄んでいく。玲奈は身体を起こし、勢いよく拓海を突き放った。同時に胸元のボタンを留め直し、怒りに任せて言い放つ。「須賀君、あなた、恥知らず」玲奈の怒りを見て、拓海は整った顔に笑みを滲ませた。そして静かに、逆に問い返した。「なあ、玲奈。こういうの、刺激的だと思わないか?」玲奈は答えなかった。背を向けてドアを開け、そのまま車を降りた。拓海も慌てて降りる。少し大きな声で追った。「怒った?」玲奈は足を止めない。答える気配もない。自分が怒っているのかどうか、玲奈自身にもわからなかった。胸の奥には、いろいろな感情が渦を巻いていた。玲奈は拓海が嫌いなはずだった。なのにさっきは、折れてもいいと思ってしまった。さっきのキスが、あまりにも心地よくて。このまま続けたいとさえ――けれど冷静になった途端、玲奈は自分が情けなくなった。まだ離婚もしていないのに、別の男と寝たいと思ってしまったのだ。そう思えば思うほど、足は速くなる。拓海は玲奈が自分を無視するのを見ると、数歩で追いつき、手を掴んだ。「本当に怒ってるのか?」玲奈は

  • これ以上は私でも我慢できません!   第600話

    拓海の寝息を聞いているうちに、玲奈の張りつめていた心も、ようやく落ち着いていった。玲奈は椅子の背にもたれたまま。拓海は身を丸め、彼女の膝を枕にして眠っている。玲奈もそのまま眠りに落ちた。どれほど時間が経ったのか。脇に置いていた玲奈の携帯が、突然鳴り出した。鋭い着信音で目が覚め、玲奈は反射的に手を伸ばして音を消した。拓海も起こされ、身じろぎをする。玲奈は目を覚まされないようにと、指先でそっと彼の頬を撫でた。けれど今度は、効かなかった。拓海は目が冴えてしまった。玲奈の携帯が二度目に鳴ったとき、拓海の声も重なった。「出なよ」画面を見る。智也からだ。数秒迷ってから、玲奈は通話に出た。電話の向こうで、智也の訝しげな声がする。「カードの残高、なんで減ってないんだ?」玲奈は答えた。「まだ、いいのが見つからなくて」智也はそれを、玲奈が出費を惜しんでいるのだと思ったらしい。いたわるような口調になる。「好きなものは買え。お金のことは気にしなくていい」玲奈は短く返す。「わかった」受話器越しに、キーボードの音がした。智也が黙ったので、玲奈が切ろうとしたその時――智也がふいに言った。「まだ、さっきのショッピングモールにいるのか?」「うん」「じゃあ、あとで迎えに行く」玲奈は考える間もなく拒んだ。「いい」けれど智也は譲らない。「言うこと聞け。すぐ行く」玲奈が何か返そうとした。だが会話を聞いていた拓海は、とうとう堪えきれなくなった。彼は玲奈の膝から起き上がり、隙を突いてその口を塞いだ。「ん……」塞がれた瞬間、玲奈は反射的に声を漏らした。電話越しの智也には、はっきりとは聞こえない。返事がないのを不審に思ったのか、探るように名を呼ぶ。「……玲奈?」その呼びかけに合わせるように、拓海が口を離した。代わりに彼は、玲奈の顎へと口づけを滑らせる。息をつける隙を得て、玲奈は電話口に返した。「……ん?」返事をしながら、拓海を押しのけようと手を伸ばす。けれど拓海の身体は石のようで、玲奈の力ではびくともしない。彼の口づけは玲奈の頬をあちこち辿り、舐めるように触れていく。まるで宝物でも扱うみたいに、丁寧で、やさしい

  • これ以上は私でも我慢できません!   第599話

    拓海の顔色が、みるみる陰った。機嫌を損ねたのが一目でわかる。玲奈は戸惑って尋ねた。「……どうしたの?」拓海は黒い瞳で玲奈を見据え、低く不機嫌に言った。「今日、誰が化粧していいって言った?」そのとき玲奈は、ようやく思い出す。今日は化粧をしていた。拓海の意図は読めないまま、玲奈は答えた。「愛莉を幼稚園に送ることになって、そのために」拓海は納得しない。「それでもだめだ」玲奈は言い争う気になれず、話を切り替える。「……寝るんじゃなかったの?」すると拓海はわざとらしく口元を歪めた。「うちのベイビー、待ちきれないのか?」玲奈は冷たく一瞥して言う。「どういう意味か、あなたのほうがわかってるでしょ」拓海は痞げな笑みを濃くし、身を屈めて玲奈と目線を合わせる。「わかってるよ。もちろん」相変わらず、言葉尻を勝手にねじ曲げて遊んでいる。玲奈は相手にせず、試着室の扉を押して出た。拓海はすぐ追いかけ、玲奈の冷えた指を握った。それと同時に、叱るような口調で言う。「こんなに寒いのに、どうしてもっと着込まない」玲奈は手を引き抜こうとしたが、何度やっても外れない。やがて諦め、抵抗をやめた。玲奈が大人しくなると、拓海は笑みを深めた。地下駐車場に着くと、玲奈は拓海の車の後部座席に乗り、拓海も隣に腰を下ろした。乗り込むなり、拓海は体を倒し、玲奈の膝に頭を預けた。背の高い拓海は窮屈そうに見えるのに、本人は少しも気にしていない。玲奈が見下ろすと、拓海は顔を寄せるような位置にいて、近い距離で呼吸を感じた。それだけで玲奈は落ち着かず、体に力が入った。拓海は玲奈の視線に気づき、目を開ける。そして不満そうに言った。「見てるだけじゃなくて……触ってくれ」玲奈は戸惑ったが、答えなかった。拓海はむしろ楽しそうに笑う。「タダで許してやってるのに、遠慮するのか?」玲奈の頬が一気に熱くなった。「……最低」拓海は笑ったまま、軽く脅すように言う。「じゃあ、ちゃんと相手してくれ。そうしないと、俺のほうがお前にちょっかい出す」玲奈は歯を食いしばり、仕方なく手を伸ばした。けれど途中で、拓海は玲奈の手首をぱっと掴み、咎めるように言った。「何する気だ?調子に乗

  • これ以上は私でも我慢できません!   第107話

    拓海の言葉に、玲奈は首を横に振った。「......ないわ」その態度はどこかよそよそしく、機嫌の悪さが隠しきれていない。拓海は理由を察していた。智也と沙羅がすぐそばにいるからだ。彼は身を寄せ、声をひそめて囁く。「ベイビー、上と下、どっちが好き?」玲奈は思わず背筋を伸ばし、真っ赤になって拓海を見た。「あんた......」拓海は姿勢を戻し、笑みを浮かべる。「ほら、また変なふうに考えてる」真面目な口調でそう言われ、玲奈はやっとほっとした。ところが次の瞬間、拓海がぐっと顔を寄せ、唇が頬をかすめるほどの距離で囁く。「で、ベイビーは上と下、どっちが好きなん

  • これ以上は私でも我慢できません!   第110話

    「何を取られるのが怖いというんだ、どう見ても俺たちに紹介したくないだけじゃないか」「そうそう。須賀さんって昔からそうだよな」声をかけてきたのは、拓海と取引のある顔なじみばかりだ。冗談交じりのやり取りも、許される関係だった。しかし拓海は、彼らの冗談を受け流さず、玲奈を背後から自分の隣へ引き寄せ、堂々と紹介した。「この人はな......特別だ。俺の大切な人だ」その言葉に、周囲の男たちは「はいはい」と言わんばかりに笑みを浮かべる。拓海が女性を連れているときは、誰に対しても「大切な人」と呼ぶのは有名な話だ。彼らは何度も同じ台詞を聞いており、驚きもしない。玲奈も拓海の

  • これ以上は私でも我慢できません!   第87話

    玲奈は薫を凝視していた。その瞳は正直だった。「だったら、教えてよ。一体何が違うわけ?」薫はどう答えたら良いのか分からず、黙ってしまった。それに対して玲奈は堪らずすぐにまた尋ねた。「彼が深津沙羅と仲良さそうにして、彼女をいろんなところに連れて行ってみんなに紹介している時、この男は春日部玲奈の夫だってこと考えたことあんの?」薫はそう迫られて打つ手がなくなってしまった。「お前、そりゃあ、ただのこじつけだろうが」それを聞いた玲奈はただ苦笑するしかなかった。「なに?立場を変えて考えてみたら、そんな言い逃れをしだすわけ?」この時、玄関先でずっと立って全てを見ていた智也がようやく口を開い

  • これ以上は私でも我慢できません!   第68話

    実は彼女はすでに医務室に行っていたが、処置を受けようとした時考え直し、結局受けなかったのだ。智也にこれを見せた方がもっと効果があると思ったからだ。智也は慌てて言った。「今すぐ病院に連れて行くよ」沙羅を連れて病院で傷の手当てを終えた後、智也は二人を連れて小燕邸に戻った。宮下は彼らを見て、出迎えて来た。「智也様、深津お嬢さん、お嬢様、お帰りなさいませ」智也は宮下に命令した。「今夜の晩ご飯はお粥にしよう。沙羅が手に怪我をしたから、脂っこいものや辛いものは避けてくれ」宮下は聞いてから、微笑みながら言った。「かしこまりました、智也様」二人はリビングに入ると、宮下は続いて尋ねた

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status