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第9話

Author: ルーシー
陽葵の手を引き病室を出たところで、ちょうどやって来た美由紀にぶつかってしまった。

愛莉がアレルギーを起こし、玲奈が誕生日の食事の準備もしていなかったことで、美由紀は腸が煮えくり返っていたのだ。

それで自分とぶつかったのは誰かも見らずにそのまま文句を口にした。「どこに目つけて歩いてるのよ、そんなに焦って歩かないでちょうだい」

そう言い終わり顔を上げて、その相手をよくよく見てみると、それは玲奈だった。

すると美由紀の腸はさらに大きく煮え返り、彼女に何か言おうと口を開こうとしたが、玲奈はそんな彼女の横をスッと通り過ぎ、陽葵を連れて去っていった。

綾乃はその後から続き、軽く美由紀に会釈して、それを挨拶代わりにしておいた。

美由紀はあまりの意外さに、その場に呆然と立ち尽くしてしまい、暫くしてからやっと玲奈を責めようと後ろを振り返ったのだが、その時には彼女たちは遠ざかってしまっていた。

それを見て、美由紀は数歩前に進んだ。「玲奈、あんたまた子供のことをほったらかしかい?それでも母親だと言えるのか?」

玲奈は後ろから自分を責める美由紀の声が聞こえたが、立ち止まることはなかった。

もし、この玲奈が母親失格だという烙印を押されるのであれば、この世には合格できる母親など存在しないだろう。

愛莉の面倒を見てきたあの数年間を思い出し、鼻のあたりがつんとなった。しかし、彼女がどんなに自分を犠牲にしても、あの新垣家はそれを見てはくれなかった。

美由紀はまだ玲奈を罵っていたが、もう彼女には聞こえていないのを見て、病室へと入っていった。

智也が愛莉を抱きしめているのを見て美由紀は不満をたらたらと述べた。「あなた、会社でまだ処理しないといけないことがあるって言ってなかった?どうして玲奈に子供の面倒を見させないのよ?」

智也は愛莉を慰めながら横たわらせると、それに答えた。「愛莉がこんな状態だから、明日会社に戻って処理するよ」

美由紀は買って来たフルーツをベッドサイドテーブルの上に置き、それを取り出しながら言った。「あんたもちゃんと玲奈のしつけをしなさいよ。子供の世話もしない、夕飯も準備しない、あの子反抗し始めたみたいね」

智也は母親からりんごを受け取ると、洗って皮を剥きながら言った。「大丈夫、暫く放っておけば落ち着くだろう」

彼は玲奈がきっと怒っているのだろうとしか思っていなかった。恐らくあの日彼が沙羅を連れて小燕邸に行った時のことで怒っているのだろう。

しかし、そうなのかどうかは彼もはっきりとは分からなかった。

愛莉にりんごを少し食べさせた後、何かを思い出したかのように、そのお皿を母親に渡した。「母さん、ちょっと愛莉のこと見ててくれ。彼女のところに行ってくる」

日にちを計算し、この二日は玲奈の排卵日だと気付いたのだ。

さっさと彼女が二人目を妊娠してしまえば、彼も毎月帰って来る必要がなくなるのだ。

美由紀は智也が玲奈にしつけにでも行くのだろうと思い、快く愛莉の世話を引き受けた。

……

病院の入り口で、玲奈は陽葵と手を繋ぎ病院を出てきた後、道端に立っていた。

同じく子の母親である綾乃も美由紀から言われた言葉に玲奈が傷ついていると思い、玲奈に慰めの言葉をかけようと思ったが、陽葵のほうが先に口を開いた。「おばちゃん、ごめんなさい、あんなふうに愛莉ちゃんのこと言っちゃって」

陽葵は小さなその顔を上げて、真剣な眼差しで玲奈を見つめた。彼女は心から悪かったと思い謝っているのだ。

愛莉は叔母の娘だから、さっきあんなふうに悪口を言っては叔母を傷つけてしまっただろう。

玲奈は下を向いて陽葵を見つめ、姪が道理をよくわきまえていることに心がじいんとなっていた。それよりも愛莉が物分かりよくないことに対して悲しく思った。

彼女は腰を屈めて、軽く陽葵の頭を撫でながら言った。「陽葵ちゃんは何も間違っていないわ。だからおばちゃんに謝らなくていいのよ。おばちゃんがあの子を甘やかしすぎたせいなの」

陽葵は玲奈を抱きしめ、彼女の顔に頬ずりしながら言った。「おばちゃんが悲しいなら、ひまりがずぅーっと一緒にいてあげるからね」

それを聞いて玲奈は鼻のあたりがつんとした。「うん、おばちゃんもう悲しくないわ」

タクシーが到着するまで二人は抱擁し合い、玲奈はそれから身を起こした。

綾乃は玲奈に見つめられているのに気付き、微笑んで彼女に言った。「玲奈ちゃん、変わったのね」

玲奈は自嘲するような笑みを浮かべた。「目が覚めるのが遅すぎたの」

綾乃は彼女の肩を軽くぽんと叩き、優しい口調で親切に言った。「大丈夫よ、お家に帰りましょ」

「うん」

玲奈が姿勢を屈めてタクシーに乗り込もうとしたその時、後ろから低く淡々とした声が自分の名前を呼んだ。「玲奈」

彼女はその足を止め、後ろにいる智也のほうを見た。しかし、彼女のその瞳にはもう以前のような彼を見た時の喜びや愛慕はなく、自分とは関係のない者を見るかのような無関心な視線を向けてきた。

彼女は尋ねた。「何か用?」

智也は少し近づき、冷ややかな声で言った。「一緒に食事をしよう」

玲奈は動きをピタリと止めた。少し智也がどういう意味なのか分からなかった。

結婚して5年、彼がはじめて自分から彼女を食事に誘ってきたのだ。

しかし、彼が彼女のことを好きだからこのように言ってきたのだと自惚れることなど決してない。

彼女はきっとあの離婚協議書を彼が見たから、それについて話し合うつもりなのだろうと思った。

そうでなければ、彼がこんなに静かに食事に誘ってくるはずがない。

そう思い、玲奈は「ええ」とそれに応えた。

彼と食事することにしたので、玲奈は綾乃と陽葵のほうを見た。「綾乃さん、陽葵ちゃん、先に帰ってて」

綾乃は玲奈のプライベートに干渉するわけにはいかず、少し心配だったが、多くは聞かなかった。

タクシーが遠ざかり、玲奈は一言も発することなく智也の車に乗った。

車の中で、どちらも黙ったまま、静寂と奇妙な空気に包まれた。

玲奈はずっと窓の外を眺めていた。きっと心の中で考え事をしていたせいで、車が白鷺邸のほうへ向かっていることに気付かなかったのだろう。

車が停車してやっと玲奈は白鷺邸に戻ってきたことに気付いた。

彼女は食事の件は口に出さなかった。彼らはそのようなものは必要ない。

智也は車を降りると、何も言わずに邸宅の方へ歩いていった。玲奈は彼の後ろから続き、同じく何も言わなかった。

彼は二階へ上がっていき、彼女もその後ろから二階に上がっていった。

寝室に着くと、玲奈は智也が離婚の話をするものだと思っていたのだが、彼はそうではなく急にスーツを脱ぎ始めた。

玲奈はそれに驚き、急いで体の向きをくるりと後ろへ向けた。「あ、あなた、何をしているのよ?」

智也はシャツのボタンを外すその手を止め、玲奈が自分に背を向けているのを見て思わずフンッと鼻を鳴らした。「まさかベッドの上で食事するとは思ってないよな?」

玲奈はそれを聞いて彼は二人目の子供の話をしているのだということが分かった。

確かにこのベッドは、子作りのためにしか使ったことはない。

もちろん彼女はそんなことをするつもりはない。そして「ここには協議書にサインしに戻ったんじゃないの?」と尋ねた。

智也は腑に落ちない様子だった。「協議書?」

玲奈はこの時ようやく理解した。あの離婚協議書を智也はまだ見ていないのだ。

彼女は苦し気に笑って言った。「協議書なら書斎にあるわよ。見に行ってみたら」

智也はシャツのボタンを半分外していたが、玲奈にそう言われてボタンをまた掛け直した。

珍しく、彼は忍耐強かった。

彼が寝室を出て書斎へ向かった時、玲奈の携帯がちょうど鳴った。

下を向いて携帯に視線を移すと、それは親友の鳴海心晴(なるみ こはる)からの電話だった。

迷うことなく、玲奈はその電話に出た。

電話の向こうは雑音で少しうるさかった。恐らくお酒でも飲み過ぎたのだろう、心晴の声は酒焼けしたガラガラ声になっている。「れいな、私のみすぎちゃったぁー、お迎えにきて」

玲奈は彼女のことが心配ですぐに「分かったわ、住所を送ってちょうだい」と返事した。

「わかった、はやく来てね。よっぱらっちゃったみたいー」

「はいはい」

電話を切った後、玲奈は心晴が送ってきた住所を確認した。

彼女は智也に声をかける暇もなく、すぐ下におりていった。

山田が羽織を肩にかけて使用人の部屋から出てきた時、ちょうど玲奈が上から降りてくるところだった。「若奥様?」

玲奈はちょっと焦っていて、急いで山田に向かって言った。「山田さん、智也に協議書を見て何か意見があれば、電話してほしいと伝えてもらえるかしら」

山田は訳が分からないといった様子で、詳しいことを尋ねたかったが、玲奈はすでに暗闇の中に消えてしまっていた。
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