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第6話

Penulis: むつき
紗月は口元に苦い笑みを浮かべた。「私は署名しないわ。前に出した条件を受け入れてくれない限り……一度でいいから、私を愛して」

「紗月、お前さえいなければ、琴葉があんな目に遭うこともなかったんだ!」

征士郎の言葉は刃のように鋭く、すでに傷だらけだった紗月の心をさらに深く抉った。

彼女は胸に込み上げる悔しさを必死に堪え、征士郎の冷ややかな顔を見つめると、一言一言噛みしめるように問い詰めた。

「琴葉に結婚を強いたのは私なの?離婚させたのも私?夫から暴力を受けるよう仕向けたのも私?

それとも、私の夫を誘惑するように仕向けたのも私だっていうの!?」

紗月がまだ言い終わらないうちに、乾いた音が響いた。

征士郎が平手で紗月の頬を容赦なく打ったのだ。

手加減など一切なかった。紗月はそのまま床へ倒れ込み、耳の奥で激しい耳鳴りがしていた。まるで世界からすべての音が消えてしまったかのようだった。

赤く潤んだ瞳で、信じられない思いのまま彼を見上げた。

――この10年間、征士郎が私に手を上げたことなど、一度もなかった。

それなのに、初めて私に手を上げた理由が、琴葉だった。

征士郎の視線が、紗月の頬にくっきりと残った赤い痕に留まる。その右手が、わずかに震えた。

しかし彼は紗月の視線から逃れるように目を逸らし、低い声で告げた。「嫌だと言おうが、拒もうが、この離婚協議書には必ず署名してもらう」

そう言い残すと、征士郎は振り返ることなく立ち去った。

紗月はふらつきながら床から立ち上がり、溢れそうになる涙を必死にこらえた。そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「琴葉があなたのもとを去ったのは、本当に裏切られたからだと思ってるの?

あの子が欲しかったのは権力と地位よ。一度だって心からあなたを愛したことなんてない……どうして、それが分からないの……?」

……

数日後。テレビでは、征士郎に関するニュースが大々的に報じられていた。

「清野グループ社長、愛する女性を守るために動く――

このほど、清野グループ社長の清野征士郎氏が、榊原グループの御曹司・榊原雅臣氏の元妻である白河琴葉さんがDV被害を受けていたことを知り、独自に集めた証拠を関係機関に提供していたことが明らかになりました。

その後、警察による捜査が進められ、榊原雅臣氏は逮捕されたということです。

清野社長と白河さんは以前から親しい間柄だったものの、さまざまな事情から一度は離れ離れになったとされています。今回の一件を受け、二人の関係にも改めて注目が集まっており、今度こそ二人の恋が実ることを願う声も寄せられています……」

――「今度こそ、二人の恋が実ることを願う」

紗月の心には、もはや何の感情も湧かなかった。

彼女と征士郎が結婚していることは、これまで世間には一切公表されていない。

それなのに彼は今、公の場で、世間の目など気にも留めず、離婚した琴葉と結ばれるつもりだと世間に知らしめたのだ。

紗月はソファの上で小さく体を丸め、命が少しずつ自分の中から流れ出していくような感覚に身を委ねていた。

これまで自分を生かしてきた最後の支えさえ、もうすぐ消えてしまいそうだった。

……

午後になると、宗一郎が訪ねてきた。

その顔には激しい怒りが浮かんでいる。「あいつはわしを何だと思っているんだ!あんな恥知らずな話を、よくも堂々とマスコミに報じさせたものだ!」

紗月は黙ったまま、そばで彼のためにお茶を淹れていた。

宗一郎はふと彼女の青白い顔色に気づき、不思議そうに眉を寄せる。「お前も体には気をつけなさい。きちんと休むんだぞ」

紗月の手がかすかに震えた。力なく頷きながら、胸の奥にはどうしようもない苦さが広がっていった。

宗一郎でさえ、自分の体調が悪いことに気づいた。

それなのに、そばにいた夫は何一つ気づかなかった。

きっと、本当にどうでもよかったのだろう……

「白河琴葉はろくな女じゃない。それに榊原雅臣も、もともと妻に暴力を振るうような男ではなかった。わしが調べたところ、あの女はこの4年間、あちこちの男に色目を使い続け、それでもまったく反省していなかったそうだ。あれでは、どんな男だって追い詰められる!」

紗月の瞳には、ただ虚しさだけが漂っていた。

宗一郎ですら簡単に調べられる真相を、征士郎はいったいどうして見て見ぬふりをしているのだろう。

「今や榊原家は日に日に落ちぶれているが、あの女は逃げ足だけは速かったな。さっさと榊原家を離れたかと思えば、今度は征士郎にしがみついて離れようとしない。

あれほど計算高い女を、わしは断じて清野家の嫁として迎え入れるつもりはない」

宗一郎はさらに何かを続けていたが、そのあとの言葉はもう紗月の耳には入っていなかった。

その瞬間、彼女の胸にまとわりついていた何かが、ふっと消えた。

「おじいさま……私、征士郎と離婚したいです」

「離婚」という言葉を口にするだけで、胸が押し潰されそうなほど重かった。

「何だって?」宗一郎は驚いて目を見開いた。

紗月には分かっていた。

彼が心配しているのは自分だけではない。自分が株式を保有する雨宮グループのことも気にかけているのだ。

かつて雨宮家も名門として栄え、今の清野家にも決して引けを取らなかった。

紗月の両親が亡くなってから徐々に衰退していったとはいえ、それでも雨宮グループが莫大な資産を有していることに変わりはない。

「雨宮グループの株式は、もうすべて征士郎に譲りました。私は何も受け取らずに離婚するつもりです」

その言葉を聞いた宗一郎の顔に、深い後ろめたさと申し訳なさが浮かんだ。

どうしても理解できないというように、彼は尋ねる。「そこまでして……お前はいったい何が欲しいんだ?」

「私が欲しいものなんて、ほかに何があるんでしょう。最初から最後まで……ただ、あの人だけが欲しかったんです……」

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