Share

004.捨てられました

Author: 小嵩 名雪
last update Last Updated: 2025-11-18 00:20:09

綾斗はひとしきり笑い終えると、目元の涙を拭いながら目の前に座る瑠衣を見つめた。

「君は...面白いね」

綾斗は目元を緩ませ、瑠衣へ微笑を向けた後、やがて真剣な面持ちで言葉を紡ぎ始める。

「じゃぁ...もし良かったら...聞いてくれないかな...俺の話を...」

「...私でよければ」

瑠衣はあんなに輝いていた綾斗がどうしてこんな風になり、死を選んでしまうほど追い詰められたのか気になった。

瑠衣にとって綾斗は例え実らないと分かっていても恋に落ちた初めての人。

自分の側にいなくても、どこかで幸せに生きていてほしい人であった。

それに死を選ぶほど追い詰められた人を前にして、手を差し伸べないという選択肢はない。

瑠衣は居住まいを正して、綾斗の真剣な眼差しを正面から受け止めた。

「ありがとう...」

綾斗は今にも泣きそうな表情で感謝を伝えると、言葉を選びながら少しづつ語り始めた。

「そうだね...まずは君とのお見合いが終わってから半年くらい経った後かな...社長である父が事業で失敗をしてしまってね...自分で言うのも気が引けるけど、神山家はこの国ではトップクラスの企業。多少、事業が失敗しても揺るがないと思っていたんだ...」

綾斗は一度言葉を切り、話を続ける。

「だけどその失敗した事業が思いのほか損害が大きくて...うちの会社があっという間に傾いてしまったんだ...今は以前からの伝手を使ってなんとか体裁を保っているけど、このままだといずれ立ち行かなくなる...」

瑠衣はこの時初めて神山家の現状を知った。

恐らく父は知っている可能性が高いが、あまり仕事の話を持ち込まないので一家団欒の時に話が出る事はない。

しかし会社が傾いたからと言って 死を決意する程なのかと思っていたら、次の言葉で納得した。

「君には以前紹介したと思うけど...睦......俺の姉が出ていってしまったんだ...この家と共に沈むのが嫌だと言って...」

瑠衣は自分が今まで綾斗の事が忘れられずに苦しんでいたので、この理由で全て納得してしまった。

あれだけ愛おしそうに見つめて困難な道にも立ち向かう覚悟があったのに、家が沈みかけたら逃げてしまった。

だけどそれ以上に愛している人が近くにいない事が苦痛なのだろう。

きっと一目惚れと一緒で、深く愛した人程忘れられるはずがない。

「俺は...俺達は愛し合っていたはずだ...なのに睦は家が傾いたら出ていってしまうなんて…俺はただ側にいてほしかった...ただそれだけだったのに...」

綾斗は頭を抱えながら俯き、たくさんの涙を流した。

そして「睦...睦...」っと小さな声で呼び続ける。

瑠衣は実らない初恋の気持ち以外は知らない。

身を焦がすような...二人のように戸籍上は姉弟で反対されるが、例え反対されようが貫き通すような恋愛を知らない。

自分にできることはない。

話を聞いて、彼の心が少しでも軽くなれば良い。

「...みっともない所を見せてしまったね...」

綾斗はたくさん流れた涙を手で乱暴に拭い、無理に笑みを作った。

瑠衣はそんな彼の痛々しい姿を見て勢いよく立ち上がり、目の前に立つと彼の顔を自分の胸元に押し付ける形で抱きしめた。

綾斗は驚き戸惑いはしたが、突き放そうとはしなかった。

寧ろ心地よいとまで思った。

――鼓動が早い....

綾斗は瑠衣の心臓の音に耳を傾け、目を閉じる。

瑠衣は緊張と恥ずかしさで、この場から逃げ出したくなっていると同時に、綾斗をなんとか励ましたかった。

だけど薄っぺらい言葉は彼には届かない。

だからこうして抱きしめるしかなかった。

心臓が飛び出すかと思うほど、鼓動がうるさい。

でも言わなければならなかった。

【生きてほしいと】

瑠衣は震える声でゆっくりと伝えたい気持ちを言葉にする。

「みっともなくなんてありません。一人で抱え込まないでください...泣きたいだけ泣いていいんですよ...だって...それだけ本気だったって事じゃないですか...」

「菊池さん...」

「たくさん泣いていいんです」

「…。」

綾斗は瑠衣の腰に腕を回し、甘えるように胸に深く顔を埋める。

瑠衣はゆっくり、そして優しく綾斗の頭を静かに撫で始めた。

そして綾斗はまた涙を浮かべ始める。

しかし今度は声を押し殺さず、みっともなく大声で泣き叫んだ。

綾斗はこの日、大人になって初めて大声で叫びながら泣いた。

だけど寂しくなかった。

寧ろ心地よかった。

暖かい温もりに抱かれながらだったからなのか、優しい手の温もりがあったからなのか、綾斗にもわからない。

だけど安心できた。

ただそれだけだった。

◆◆◆◆

綾斗は落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと瑠衣から体を離す。

そして綾斗は瑠衣の服が濡れている事実を目の前に、今更ながら羞恥心が湧いてきた。

これが全部自分の涙だという事に…

綾斗は瑠衣の顔をまともに見れず、視線を外しながらお礼を言う。

「…菊池さん…その…ありがとうございました」

「いえ」

瑠衣は綾斗の両手を自分の両手で包みこみ、真剣な面持ちで伝える。

「神山さん…どうか生きてください」

綾斗はその一言に外していた視線を瑠衣に合わせた。

瑠衣はやっと視線が合った綾斗の瞳に、少しだけ生きる気力が宿ったように思え、微笑みかける。

「今は辛くても、これから先きっとたくさんの出会いがあります。その中にもしかしたら、お姉さんより愛する人がいるかもしれません」

「…そう…かな…」

「えぇ…ではこう考えてみてはどうでしょう。死ぬのは今でなくてもいつでもできます…でも…生きる事は今しかできないんです。」

「今しか…」

「はい。たくさんあがいて生きて、神山さんを捨てたお姉さんが悔しがるように会社をもっともっと大きくしましょう!その道は大変だけど…微力ながら私も手伝います!」

瑠衣は明るく、大げさに手を広げて綾斗に伝える。

綾斗は少しの間考えを巡らし、やがてポツリと言う。

「…君が一緒なら…やってみようかな…」

「はい!その意気です!!」

この日、二人は夜通しこれからの事を話しあった。

先程まで部屋を覆っていた暗い雰囲気はいつの間にか明るく暖かな雰囲気に変わっていた。

そしてこの時すでに、綾斗の心には【死にたい】という考えはなかった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • さよなら、私の初恋。~あなたの幸せを祈っています~   005.トラブルは突然に

    「綾斗さん!契約取れましたよ!!」 「綾斗さん。お疲れ様です!」 「綾斗さん。少し働きすぎです!今日は一日休んでください!」あの日以降、綾斗は父である神山昭仁《かみやまあきひと》から傾きかけている神山グループを引き継ぎ、立て直す為に奔走する日々を送っている。 瑠依は大学の講義が終わってからすぐに綾斗の会社で手伝いを始める日々を送っている。 瑠衣の家である菊池家の力を借りる事もできたが、綾斗は最初の投資以降その申し出を断った。 菊池家の力をずっと借り続け、また同じような事があった場合、神山家はもう立ち直れないだろうと思ったからだ。 それに力と言うのならすでにたくさん借りている。 瑠衣というお嬢様を。 瑠衣は初めこそ業務内容に四苦八苦していたが、綾斗がつきっきりで教え、今では書類整理をさせると綾斗好みの整理の仕方で大変助かっている。 瑠衣は物覚えがいい。 そして明るくてとても癒される。 あの絶望の中、瑠衣がいてくれたからこそ今の自分がある。 綾斗は瑠衣との出会いに日々感謝をするばかりだ。 綾斗は真剣に机に向かっている瑠衣を見つめ、口元に笑みを浮かべる。 瑠衣はそんな綾斗の視線に気がつき、顔を上げると目が合った。「……な…なんですか?今日は失敗してませんよ?」瑠衣は頬を膨らませ、あらぬ疑いがかけられているかもしれない事に不満をあらわにした。 綾斗はそんな瑠衣を見て、席を立ち、膨らんだ頬を人差し指でつつくと、瑠衣の顔は真っ赤になりそっぽを向いてしまう。 綾斗はそんな瑠衣を見て、もっとからかってみたくなり、わざと耳元で囁く。「そんなに膨らませて、どうしたのかな…前に俺の髪を切った時は生き生きしていたのに…あれ…結構くすぐったかったんだよ…」綾斗はそういうと、フッと瑠衣の耳に息を吹きかける。 瑠衣は息を吹きかけられた瞬間、吹きかけられた耳を手で押さえ、抗議する為に勢いよく綾斗の方に振り向くと、唇に柔らかい何かが当たった。 それは綾斗の頬だった。 綾斗はまだ瑠衣の耳元の近くに顔を近づけていたのだ。 二人は固まった。 今、社長室には二人しかいない。 静寂が訪れた部屋の中では、二人の心臓の音がうるさく感じる。 意識が現実へと先に戻ってきた瑠衣は、そっと顔を離し、上目遣いで綾斗の顔を見ると、綾斗は目を見開いたまま固まったままだっ

  • さよなら、私の初恋。~あなたの幸せを祈っています~   004.捨てられました

    綾斗はひとしきり笑い終えると、目元の涙を拭いながら目の前に座る瑠衣を見つめた。「君は...面白いね」綾斗は目元を緩ませ、瑠衣へ微笑を向けた後、やがて真剣な面持ちで言葉を紡ぎ始める。「じゃぁ...もし良かったら...聞いてくれないかな...俺の話を...」 「...私でよければ」瑠衣はあんなに輝いていた綾斗がどうしてこんな風になり、死を選んでしまうほど追い詰められたのか気になった。 瑠衣にとって綾斗は例え実らないと分かっていても恋に落ちた初めての人。 自分の側にいなくても、どこかで幸せに生きていてほしい人であった。 それに死を選ぶほど追い詰められた人を前にして、手を差し伸べないという選択肢はない。 瑠衣は居住まいを正して、綾斗の真剣な眼差しを正面から受け止めた。「ありがとう...」綾斗は今にも泣きそうな表情で感謝を伝えると、言葉を選びながら少しづつ語り始めた。「そうだね...まずは君とのお見合いが終わってから半年くらい経った後かな...社長である父が事業で失敗をしてしまってね...自分で言うのも気が引けるけど、神山家はこの国ではトップクラスの企業。多少、事業が失敗しても揺るがないと思っていたんだ...」綾斗は一度言葉を切り、話を続ける。「だけどその失敗した事業が思いのほか損害が大きくて...うちの会社があっという間に傾いてしまったんだ...今は以前からの伝手を使ってなんとか体裁を保っているけど、このままだといずれ立ち行かなくなる...」瑠衣はこの時初めて神山家の現状を知った。 恐らく父は知っている可能性が高いが、あまり仕事の話を持ち込まないので一家団欒の時に話が出る事はない。 しかし会社が傾いたからと言って 死を決意する程なのかと思っていたら、次の言葉で納得した。「君には以前紹介したと思うけど...睦......俺の姉が出ていってしまったんだ...この家と共に沈むのが嫌だと言って...」瑠衣は自分が今まで綾斗の事が忘れられずに苦しんでいたので、この理由で全て納得してしまった。 あれだけ愛おしそうに見つめて困難な道にも立ち向かう覚悟があったのに、家が沈みかけたら逃げてしまった。 だけどそれ以上に愛している人が近くにいない事が苦痛なのだろう。 きっと一目惚れと一緒で、深く愛した人程忘れられるはずがない。「俺は...俺達は愛し

  • さよなら、私の初恋。~あなたの幸せを祈っています~   003.迷惑です

    「あいたたた…」瑠衣は後ろに倒れた際に頭をぶつけてしまい、痛みで顏が歪んだ。――ほんともう。なんて迷惑な…瑠衣は隣で同じく倒れている人物を見て、怒りをぶつけた。「ちょっとあなたね…」 「……」瑠衣が怒ろうと話しかけたと同時に、その人物が何かを言う。 瑠衣は全く聞き取れずに耳を近づけ「なんて?」と問いかけた。「なんで…助けたんだ…」 「はっ!?」暗すぎて顔はよく見えなかったが、身投げをしようとしたのは男性というのはわかった。 そして身長も瑠衣より高い。 助けられて良かったと安堵し、感謝はされないと思っていたがまさか文句を言われるなんて…――この人…瑠衣は男性の心臓に右手人差し指を強く突き付けて、怒りを爆発させた。「ちょっとあなたねぇ!何があったかわからないけど、こんな所で身投げなんてしないでよ!あんたは望み通り死ねたとしても、その後は?事後処理は??」瑠衣はここまで言うつもりはなかったが、男性の態度に腹を立てすぎて止まる事が出来なかった。「あんたの水死体を見つけた人は?どんな気持ちになると思う?例えば朝の気持ちのいいランニング中、愛犬との散歩中、はたまた幼い子が見つけたら?そんなえげつないのを見たら一生のトラウマものでしょうね!その日だけじゃなくて、頭から離れるまで最悪な人生になっちゃうかもね!赤の他人の勝手な行動のせいで!しかもそれを事後処理する色々な人達も、仕事とはいえそんな事させられる身にもなってみなさいよ!」男性は瑠衣の勢いに圧倒されて、言葉が出ずただただ瑠衣を見上げるしかなかった。「この世の中ね!思い通りになる事なんてないの!たとえなったとしても幸運だと思えばいいの!人生最悪だと思っていても生きていれば必ずいい事があるはずなの!人間は約80年生きられる可能性がある!80年もあるのよ!そんな中、ひとつも楽しい事がないわけないじゃない!もしなかったらそれは自分が努力しなかったせいよ!!」瑠衣はもう止まらない。 男性に顔を近づけて言い含めるように言葉を発する。「いい。どんな大層な理由があっても前を向いて生きなさい!死ぬなら人に迷惑をかけないようにしなさい!!かけるなら病院のベッドの上でか老後の衰弱死のみよ!わかった!?」瑠衣は一息に言いたい事を言い、肩を激しく上下させながら新鮮な空気を肺に送った。 暫く男は瑠衣の勢

  • さよなら、私の初恋。~あなたの幸せを祈っています~   002.再会

    お見合いから一年の時が経った。 あのお見合いに関してはお互いに合わなかったっと言う事で何事もなく話は流れ、瑠衣にとっていつもの日常が戻り、今では楽しく大学生活を送っている。 ただ一つ困った事に、瑠衣の恋愛は皆無に等しかった。 菊池家は昔は血筋を重んじ、それなりの名家と縁談を結んできたが、今代の当主...つまり瑠衣の父親、菊池廉次郎《きくいけれんじろう》は古い考えに囚われず自由恋愛を尊重している。 それは母親である菊池春子《きくいけはるこ》も同じだ。 二人は家門同士のお見合いでの結婚だったが、お互いに心から愛し合っていた。 だから自分達の子供にも本当に愛する人と幸せになってほしかった。 ただ、出会いがなければ愛する人が見つからない。 だからたまに神山家のような所とお見合いを組むが、子供達が嫌がれば強制はしない。 瑠衣の兄である菊池壮《きくいけそう》には一度のお見合いで今は仕事以外の事は考えたくないと言われたので、今はお見合いの場を設けていなかった。 だが瑠衣は神山家の後、数回お見合いの場を設けたがそのどれもが上手くいかなかった。 瑠衣の心を動かす殿方がいなかった事に春子は少し残念に思っていたが、廉次郎は寧ろ可愛い娘はお嫁に出したくないので、いなかった事に安堵していた。 そして当の本人はというと、神山綾斗とのお見合いが鮮烈すぎたのか、他の人に惹かれない事に悩んでいた。――これが初恋の呪いなのか...そう。瑠衣は綾斗に一目惚れしたあの時が人生で初めて恋愛としての【好き】を体験したのだ。「あぁぁぁぁぁーーー」友人達とカフェに入り、恋愛の話になるといつも瑠衣は頭を抱えていた。 もちろん瑠衣の友人達もこうなる事は今はもう知っていたし、気にする事もなかった。 瑠衣はテーブルに頭を擦り付けた後、伏したまま隣に座る黒髪の女を見上げる。「...私も凛みたいに美人だったら、悩まなかったのかな…」 「…何言ってるの…」黒髪の女性はアイスモカの上にホイップをたくさん乗せた飲み物を飲みつつ、隣にいる瑠衣に視線をやる。 彼女は長井凛《ながいりん》。白蓮国《びゃくれんこく》という国からこのウィング国に来た子だ。 凛は瑠衣より1歳年下の19歳。 同性である瑠衣から見ても、凛は整った顏をしており美人だ。 ただし本人の纏う空気がかなり冷たい為、声をかけ

  • さよなら、私の初恋。~あなたの幸せを祈っています~   001.出会い

    紅葉が舞い散る庭園で、若い男女が向かいあっている。 女は由緒正しき家柄の令嬢、菊池瑠衣《きくいけるい》。 降ろすと腰まである茶色の髪を、今は綺麗に束ね、光り輝く髪飾りで彩っている。 そして魅力的な青色の瞳が目の前の男に釘付けになっていた。男はこのウィング国、国内屈指の大企業の次期社長でもあり、一族の次期当主でもある神山綾斗《かみやまあやと》。 整った顔立ちに漆黒の闇のような黒髪を、左側のみ後ろに撫でつけ、右側は目にかかるかかからないかの長さで揺れ動いている。 そんな彼の瞳もまた髪の色と同じく黒色だが、人を吸い込むような美しさを持っていた。 そして少し吊りがちな目も魅力を増すためのパーツになっている。男は目の前のティーカップを無言で手に持ち、優雅に口元へと運んでいく。 その際に目の前の視線に気づき手を止めて瑠衣を見るが、瑠衣は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。 そんな瑠衣の行動に淡く微笑み、気にせず紅茶を一口、また一口と運んでいく。 瑠衣は顔を真っ赤にして俯いているが、下から覗き見るように綾斗を見た。――綺麗な人...瑠衣は綾斗のような綺麗な男性を今までの人生でお目にかかる事がなかったので、目を合わせただけで心臓が飛び出しそうな程、鼓動が騒がしかった。 顔だけではなく、体全身が暑い。カチャンッ綾斗がティーカップを置く音が、やけに大きく瑠衣の耳に届いた。「菊池さん...」綾斗が言葉を発すると、瑠衣は体を硬直し「ハイ」っと機械のような返事をしてしまった。 そんな反応をした瑠衣に綾斗は口元に手をあて、堪えきれず笑ってしまった。――笑うと可愛らしいのね……瑠衣は綾斗が肩を震わせ、大声で笑うのを必死に耐えている姿が先程の優雅さとかけ離れていて可愛いと思ってしまった。 ひとしきり笑い終わると、綾斗は目に薄っすらと滲んだ涙を指で拭き取りながら、瑠衣に向き直った。「大変失礼しました」 「いえ!私が変な風に返事をしてしまったので...気にしないでください」瑠衣は顔の前で両手をブンブンと振り、綾斗に気にしないように伝えた。「はぁ...ありがとうございます。お陰で緊張が少しほぐれました」 「えっ!」瑠衣は目を丸くした。 先程まで凄く緊張していたのは自分の方だったのに.... 寧ろ綾斗は余裕だったはずだ。 そんな事を考えていたら

  • さよなら、私の初恋。~あなたの幸せを祈っています~   000.プロローグ

    広大な海に囲まれた小さな島に一つの村があった。 とても貧しい村だが、人々の笑顔は絶えない。 この村には国籍が異なる者達が多く集まっており、偽名を使う者が多いが互いに助け合い、人との絆を大切にしている人々だった。 それもそのはず。 この島にいる人々は都会での暮らしに疲れたり、人に裏切られて傷ついたりと、何かしらの理由で心が傷つき疲れ果てた先に行き着いた場所だからだ。 そんな人達だからこそ絆を一番大切にしていた。 そして村から少し離れた丘の上に一つの家があった。 家からは幼い男女の子供の楽しそうな声が響き渡る。 そしてその二人を叱る女性の声も同時に響き渡った。 家のドアが開き、勢いよく二人の子供が飛び出してくる。 「かつにぃ~待って~」 「美子《みこ》!あの上まで競争だ!!」 「あ!コラ!二人とも待ちなさい!!まだお片付けが終わっていないわよ!!」 兄妹は女の言葉を無視して、すでに丘の上へと走り出していた。 女は腰に手を当て、眉間に皺を寄せながら丘の上へと走っている二人の後ろ姿を見送る。 「まったくもぉ~!」 女は溜め息をつきながら、家の中を見渡す。 お昼ご飯を食べ終えたばかりで、机の上にはたくさんの汚れた食器が並んでいる。 そして子供達が座っていた椅子が無造作に倒れていた。 女は腰まである茶色い髪を無造作に後ろで一本に纏め、青い瞳にやる気を宿し、部屋の中の片付けをし始めた。 ちょうど片付けが終わった頃に呼び鈴が鳴った。 呼び鈴に気がつき母親が扉を開けると、恰幅の良い女性がいた。 その女性の腕にはたくさんの果物が入った籠がぶら下がっている。 「ルルおばさん!今日もありがとう!」 「い~ってことよ!あんたには助けられてばかりだからね!」 「そうだ!おばさん!ちょっと待っててね!」 女はルルに待つように伝えて家の中へと急いで入っていき、暫くすると走って戻ってきた。 女は少し息を切らせながら、手の中にある小さな袋をルルに手渡す。 「ルルおばさん!今日はいいのが手に入ったの!おじさんに飲ませてあげて!」 「いつもありがとうね…」 ルルは目がしらに涙を少し溜め、女に礼を言う。 ルルのパートナーは体が弱く、一日をベッドの上で過ごしていた。 しかし女のこの薬茶を飲み始める

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status