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001.出会い

Author: 小嵩 名雪
last update Last Updated: 2025-11-18 00:15:24

紅葉が舞い散る庭園で、若い男女が向かいあっている。

女は由緒正しき家柄の令嬢、菊池瑠衣《きくいけるい》。

降ろすと腰まである茶色の髪を、今は綺麗に束ね、光り輝く髪飾りで彩っている。

そして魅力的な青色の瞳が目の前の男に釘付けになっていた。

男はこのウィング国、国内屈指の大企業の次期社長でもあり、一族の次期当主でもある神山綾斗《かみやまあやと》。

整った顔立ちに漆黒の闇のような黒髪を、左側のみ後ろに撫でつけ、右側は目にかかるかかからないかの長さで揺れ動いている。

そんな彼の瞳もまた髪の色と同じく黒色だが、人を吸い込むような美しさを持っていた。

そして少し吊りがちな目も魅力を増すためのパーツになっている。

男は目の前のティーカップを無言で手に持ち、優雅に口元へと運んでいく。

その際に目の前の視線に気づき手を止めて瑠衣を見るが、瑠衣は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。

そんな瑠衣の行動に淡く微笑み、気にせず紅茶を一口、また一口と運んでいく。

瑠衣は顔を真っ赤にして俯いているが、下から覗き見るように綾斗を見た。

――綺麗な人...

瑠衣は綾斗のような綺麗な男性を今までの人生でお目にかかる事がなかったので、目を合わせただけで心臓が飛び出しそうな程、鼓動が騒がしかった。

顔だけではなく、体全身が暑い。

カチャンッ

綾斗がティーカップを置く音が、やけに大きく瑠衣の耳に届いた。

「菊池さん...」

綾斗が言葉を発すると、瑠衣は体を硬直し「ハイ」っと機械のような返事をしてしまった。

そんな反応をした瑠衣に綾斗は口元に手をあて、堪えきれず笑ってしまった。

――笑うと可愛らしいのね……

瑠衣は綾斗が肩を震わせ、大声で笑うのを必死に耐えている姿が先程の優雅さとかけ離れていて可愛いと思ってしまった。

ひとしきり笑い終わると、綾斗は目に薄っすらと滲んだ涙を指で拭き取りながら、瑠衣に向き直った。

「大変失礼しました」

「いえ!私が変な風に返事をしてしまったので...気にしないでください」

瑠衣は顔の前で両手をブンブンと振り、綾斗に気にしないように伝えた。

「はぁ...ありがとうございます。お陰で緊張が少しほぐれました」

「えっ!」

瑠衣は目を丸くした。

先程まで凄く緊張していたのは自分の方だったのに....

寧ろ綾斗は余裕だったはずだ。

そんな事を考えていたら、綾斗がウィンクをしてきた。

瑠衣はそれを見て、声を出して笑った。

「ありがとうございます。神山さん。緊張がほぐれました!」

「それは良かったです」

二人を包んでいた空気は先程までとはうって変わり、和やかで落ち着く雰囲気となった。

そして綾斗が真剣な面持ちで話しを切り出した。

「菊池さん。このお見合いは父達がセッティングした...言うなれば家同士の事であって、私達の意思はありません」

そう。この場はお見合い。

それぞれの家の当主達が決めた場だった。

もちろん二人はこの場で初めて顔を合わせた。

「そう…ですね…」

瑠衣は苦笑いをしながら答える。

なにせ瑠衣自身、このお見合いの事を今朝初めて知り、菊池家で働くできる侍女達によって着飾られ、車に放り投げられて今この場にいるのだから。

綾斗は瑠衣を真っ直ぐに見つめ、少し躊躇いがちに言葉を紡いだ。

「このような場で...初対面の菊池さんにお伝えする事ではないのですが…」

綾斗は眉間に皺を寄せ、意を決して瑠衣にはっきりと伝える。

「私には心から愛する女性がいます。…例えこの先、女性と結ばれなくても…私は…きっとその人を愛し続ける…」

綾斗は申し訳なさそうに瑠衣を見て、言葉を続ける。

「ですからこの縁談は…お断りさせていただきたく...」

瑠衣は「やっぱりか」と心の中で思った。

そもそもこんなにカッコ良くて、気が利いて、人を思いやれる素敵な人に恋人がいないわけがない。

瑠衣は目を伏せ一呼吸した後、綾斗に笑顔を向けた。

「はい。わかりました。私も父にお断りの旨を伝えますね」

「...ありがとうございます」

綾斗は見るからに安堵した表情を見せた。

瑠衣は綾斗みたいな人にこんなに愛される人がいるなんて、正直羨ましいと思ってしまった。

そう思うのと同時に、家の為とはいえきちんとこの場にきて、正面から断りを入れてくれた。

瑠衣は綾斗がとても誠実な人で良かったと思った。

その後、すぐに解散するのは父達に申し訳ないと思い、二人でたわいの無い話をしていると、綾斗を呼ぶ女性が現れた。

その女性は腰まである黒髪を風になびかせ、ヒールが高い靴でゆっくりと近づいてくる。

同性である瑠衣から見てもとても魅力的であり蠱惑的でもあった。

シャツから覗く胸の谷間、そして瑞々しく輝く紅い唇。

瑠衣がその女性に視線が釘付けになっていると、向かいにいた綾斗が勢いよく立ち上がり、その女性の元へと駆け寄った。

その横顔はまるで恋する乙女のようだと瑠衣は思った。

――なるほど...綾斗さんの想い人はきっとこの人なんだ。

二人を遠くで見ていた瑠衣に綾斗は近づき、その女性の腰を抱き、隙間を無くすかのように密着しながら嬉々としてその女性を紹介する。

「菊池さん。紹介するよ。こちら、俺の姉の神山睦《かみやまむつみ》」

――姉?...それにしては姉弟の距離感ではないような...

瑠衣が頭の中で考えている事がわかったのか、綾斗は急ぎ訂正する。

「菊池さん。姉といっても睦は母の連れ子なんだ。」

綾斗は少し照れながら、それでも睦を愛おしそうに見つめながら心を込めて伝える。

「俺達はお互い連れ子だから血が繋がっていないんだ...」

睦はその言葉を聞き、綾斗の胸に顔を埋める。

二人のその光景は、他人から見ると紛れもなく愛し合う恋人同士にしか見えない。

――あぁ...なるほど...

瑠衣は悟る。

例え血が繋がっていなくて、倫理的には問題がなくても世間はそうではない。

戸籍上は姉弟なのだ。

きっと両親の反対もあるのだろう。

だからこのお見合いにも来るしかなかったのかもしれない。

瑠衣は目の前の親密そうな二人を見て、微笑を漏らす。

「...実るといいですね」

瑠衣は全ての気持ちを込めて一言発した。

綾斗は瑠衣に軽蔑や侮蔑の視線を向けられると思っていた。

血が繋がっていなくても姉弟。

その二人が愛し合う。

まだまだ世間には受け入れられない。

だけど瑠衣の今の言葉にはそのような感情が籠っていなかったのがはっきりわかった。

綾斗は微笑み、瑠衣に対し感謝の気持ちでいっぱいになる。

そして願う。

――どうか菊池さんを大切にしてくれる方に出会えますように。

二人の間に少しの沈黙が落ちた。

そして綾斗は瑠衣に軽く会釈をし、背を向け、睦の腰を抱き寄せながら二人で歩いていく。

睦は一瞬だけ瑠衣の方に視線を向け、その瞳には勝ち誇ったような感情が見えたが、瑠衣がその感情に気がつく事はない。

瑠衣の視線の先には綾斗しか映っていなかった。

これが二人の出会いだった。

綾斗は22歳、最愛の姉の隣で幸せにしていた年。

瑠衣は20歳。

人生初めてのお見合いで出会った青年に一目惚れをし、そして振られた年であった。

この時の二人はもう関わる事はないと思っていたが、この日を境に二人の運命は絡み合い始めた。

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