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003.迷惑です

Author: 小嵩 名雪
last update Last Updated: 2025-11-18 00:19:07

「あいたたた…」

瑠衣は後ろに倒れた際に頭をぶつけてしまい、痛みで顏が歪んだ。

――ほんともう。なんて迷惑な…

瑠衣は隣で同じく倒れている人物を見て、怒りをぶつけた。

「ちょっとあなたね…」

「……」

瑠衣が怒ろうと話しかけたと同時に、その人物が何かを言う。

瑠衣は全く聞き取れずに耳を近づけ「なんて?」と問いかけた。

「なんで…助けたんだ…」

「はっ!?」

暗すぎて顔はよく見えなかったが、身投げをしようとしたのは男性というのはわかった。

そして身長も瑠衣より高い。

助けられて良かったと安堵し、感謝はされないと思っていたがまさか文句を言われるなんて…

――この人…

瑠衣は男性の心臓に右手人差し指を強く突き付けて、怒りを爆発させた。

「ちょっとあなたねぇ!何があったかわからないけど、こんな所で身投げなんてしないでよ!あんたは望み通り死ねたとしても、その後は?事後処理は??」

瑠衣はここまで言うつもりはなかったが、男性の態度に腹を立てすぎて止まる事が出来なかった。

「あんたの水死体を見つけた人は?どんな気持ちになると思う?例えば朝の気持ちのいいランニング中、愛犬との散歩中、はたまた幼い子が見つけたら?そんなえげつないのを見たら一生のトラウマものでしょうね!その日だけじゃなくて、頭から離れるまで最悪な人生になっちゃうかもね!赤の他人の勝手な行動のせいで!しかもそれを事後処理する色々な人達も、仕事とはいえそんな事させられる身にもなってみなさいよ!」

男性は瑠衣の勢いに圧倒されて、言葉が出ずただただ瑠衣を見上げるしかなかった。

「この世の中ね!思い通りになる事なんてないの!たとえなったとしても幸運だと思えばいいの!人生最悪だと思っていても生きていれば必ずいい事があるはずなの!人間は約80年生きられる可能性がある!80年もあるのよ!そんな中、ひとつも楽しい事がないわけないじゃない!もしなかったらそれは自分が努力しなかったせいよ!!」

瑠衣はもう止まらない。

男性に顔を近づけて言い含めるように言葉を発する。

「いい。どんな大層な理由があっても前を向いて生きなさい!死ぬなら人に迷惑をかけないようにしなさい!!かけるなら病院のベッドの上でか老後の衰弱死のみよ!わかった!?」

瑠衣は一息に言いたい事を言い、肩を激しく上下させながら新鮮な空気を肺に送った。

暫く男は瑠衣の勢いに呆気にとられていたが、やがて大きな声で笑い出す。

「ハハ!フハハハッ!!…き…君…そんなに喋れたのか…ククッ…もしかしてあの時は猫を被っていたのかな…こんな君も面白いな…フフ…」

瑠衣はこの男が自分を知っているかのように言ったのに驚いた。

自分の知り合いに目が隠れる程髪の毛が伸びてボサボサで、無精髭を生やす程不衛生な人なんていなかったはずだ。

しかしどこか見覚えのある…

そう思い、瑠衣は男に顔を近づけるが、全く思い出せない。

「まさかまた君に会うなんて。もうあの時限りだと思っていたのにね…」

男は無精髭だらけの口元に弧を描き、前髪を上にあげるとその下から覗く綺麗な黒い瞳と目が合った。

その時瑠衣は、一年前の初めてのお見合いで出会った綾斗の姿が思い浮かんだ。

――ま…まさか…

「思い出してくれたかな?菊池瑠衣さん」

「か…神山さん…」

「正解」

綾斗は目を細め、優しく笑った。

こんな格好でもその瞳の美しさに心を奪われる。

しかし今の瑠衣はそれどころではなかった。

あんなに恋焦がれた初恋の人が今、目の前にいる事実。

そしてその人に浴びせた罵詈雑言の数々…

瑠衣はその場で気絶したい気持ちになった。

――いや。気絶していいよね!?

瑠衣は混乱し、その場で固まってしまっている。

そんな瑠衣を見て、綾斗はまた声を出して笑い始めたのだった。

◆◆◆◆

二人は落ち着きを取り戻し、近くにあるという綾斗の家に向かった。

話の流れから瑠衣はついていくしかないので、足は綾斗の後ろを黙って歩いている。

しかし心は違う。

今も心臓が激しく鼓動し、状況を整理しようと脳がフル回転中だ。

そんな事をしていたら、気づいた時には綾斗の家でリビングのソファに腰を下ろし、ついでに出されたお茶も飲んでいた。

――…あれ?私…なにやっているんだっけ?

正気に戻った時は既に時遅し。

入浴から上がった綾斗がリビングに入ってきた。

瑠衣は綾斗を再度見ると、先程は暗くて分からなかったのだが顔色が悪く、頬もこけてしまっていた。

綾斗は瑠衣の視線に気がつき、淡く微笑んだ。

「菊池さん。改めて…お久しぶりです」

「えぇ…お久しぶりです…」

二人の間に沈黙が落ちた。

瑠衣は綾斗に会えた事への喜びがあると同時に、彼がどうしてこんな姿になってしまったのか、気になる事がたくさんあった。

だけど、他人である自分に聞く資格があるか悩んでしまう。

そんな瑠衣の考えをよそに、綾斗が先に沈黙を破った。

「何も…聞かないんですね…」

綾斗の瞳に陰が差す。

その瞳にはいまだに絶望の色が色濃く残っている。

瑠衣は残っていたお茶を一気に飲み干し、意を決して綾斗の側によると、自分の両手で綾斗の顔を包み、俯いていた顔を上に向かせた。

瑠衣の心臓は早鐘のように鼓動を刻み続けているが、そんな事を気にしている場合ではなかった。

――うぅ…どうか神山さんに聞こえませんように…

瑠衣は顔を真っ赤にしながら、綾斗の目を真っ直ぐ見る。

そして一度深呼吸をしてから一つ一つ聞こうとした…そう聞こうとしたのだ…

だけど、失敗した。

ーーーー

どうして飛びこもうとしていたんですか

あれからどうしたらこんな事になるんですか

お姉さんが好きで認めてもらいたかったんでしょ

何で死のうとしていたんですか

こんなに頬がこけて、きちんと食事してください

顔色も悪いのでちゃんと寝てください

そのカッコいい顏は宝物なんですよ

もったいないじゃないですか

髪の毛はやはり短い方が似合います

それと無精髭はダメです

ーーーー

気になる事を全て一息で言ってしまったのだ。

しかも後半は瑠衣の思っている事であり、全く関係ない事なので伝えるつもりはなかったのだが、緊張のしすぎでつい口が滑ってしまった。

言い終えるや否や、瑠衣はやってしまったという顏をして綾斗の顏を包んでいた自分の手をそっと離し、元いた場所へゆっくりと腰を下ろした。

綾斗は驚き、瞬きを何回かして、ソファに座る瑠衣を見てまた笑ったのだった。

それもお腹を抱えて涙を流すまで笑い続けていた。

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