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第8話

Author: 福まみれ
志保が家に駆け戻ると、すでに玄関の暗証番号が変えられていて、中に入ることもできなかった。

警察に通報しても「家庭内の問題」とされ、警察官が間に入っても、ただの調停で終わるだけだった。

警官が帰った後、翔太は冷たい目で志保を見下ろす。

「お前なんかに子どもを預けるんじゃなかった!

この間は由紀に子育てを任せてる。お前が結婚式のプランを仕上げるまで、子どもは返さない!」

「やめて、お願い、陽向を返して!翔太、こんなことしないで!」

志保は今にも崩れそうなほど追い詰められていた。

翔太も、志保の真っ赤な目や、額と体に刻まれた傷跡を見ると、胸が痛んだ。

けれど、由紀が「子どもはまだ小さいから、今ならやり直せる」と言ったことを思い出し、結局、志保を突き放して玄関の外に締め出してしまう。

志保は気が狂いそうになったが、どうすることもできなかった。

その後の一か月近く、由紀は毎日のように陽向の動画を志保に送りつけてきた。

動画の中で、心美は陽向を馬のようにまたがって遊び、翔太は陽向を叱りつけ、罰として立たせていた。

志保は1日2~3時間しか眠れず、心も体も限界に追い詰められていた。

その一方で、ネット上では毎日「翔太と由紀の仲睦まじいニュース」が流れ続けた。

#翔太・由紀、家族三人で仲良くお出かけ

#翔太、由紀のために100億円!伝説のウエディング準備中

#翔太が海外の島を押さえて由紀とのハネムーンを計画

#翔太コメント『志保は家政婦であり、男の子は家政婦の息子』

由紀は結婚式のプランについて、何度も何度も無理難題を押し付けてきた。

志保がようやくすべてを修正し、子どもを迎えに行こうとしたそのとき――

ひとりの過激なファンがナイフで陽向の心臓を刺す事件が起きた。

現場の動画はネットで拡散された。

動画には、翔太が陽向のすぐ隣にいながら、最初に守ったのは由紀と心美だった――その光景が、克明に映し出されていた。

#危機一髪!翔太が由紀を救う、まさに本物の愛

という話題がSNSのトレンド一位になった。

志保は救急室の前でただひたすら待ち続け、陽向は生死の境をさまよっていた。

それでも翔太は、傍らで一方的に志保を責め続ける。

「お前が過激なファンを焚きつけて由紀を傷つけようとしたせいで、結局一番傷ついたのは俺たちの息子だって、考えたことはあるのか?

何度も言ってるだろう。俺が由紀に優しくするのは、ただ恩返しのためなんだ。どうしてそこまで彼女と敵対しなきゃいけないんだ?」

志保は「自分じゃない」と叫びたかった。

「なぜすぐそばにいながら、陽向を守ろうとしなかったの?」と問い詰めたかった。

でも、何も言えなかった。涙だけが止まらなかった。

前の人生でも今の人生でも、志保と息子はいつだって翔太に捨てられる側だった――

由紀は芝居がかった口調で言う。

「もういいわ、翔太。私は大丈夫だし、もう気にしないから。

彼女が悪いことをしたんだから、みんなに責められても当然でしょ。

警察に突き出されなかっただけでも感謝すべきだわ。

もし陽向に何かあったら、志保さんはこの先ずっと悪夢の中で生きていくことになるのよ!」

翔太は、息子がいまだ生死の淵にいると思うと胸が押しつぶされそうだった。

このまま何も言わずにいたら、自分まで狂いそうだった。

志保は、ただ無言で救急室の前を見つめていた。

志保は、これまで神様なんて信じたことはなかった。

けれど今は、どんな神様でもいいから、どうか陽向を助けてほしいと、ただただ祈るしかなかった。

「陽向が無事なら、私の命を差し出してもいい――」

医師が手術室のドアを開けて告げた。

「ナイフがあとわずかでもずれていれば心臓に刺さっていましたが、命に別状はありません」

その瞬間、志保はその場にうずくまり、声をあげて泣いた。

由紀が翔太の腕を引く。

「翔太、三日後はいよいよ私たちの結婚式ね。あなたと志保さんの財産分与の手続きも終わるし、離婚届も出せるわ。

でも、今は彼女も相当落ち込んでるみたいだし、離婚はもう少し先延ばしにしてもいいんじゃない?私、『不倫女』って何度も言われても別に気にしないから」

由紀がそう言うまで、翔太はすっかり離婚のことを忘れていた。

「いや、今日中に離婚届を出す!」

もっとも、翔太が言い出さなくても、志保は一刻も早く縁を切りたかった。

志保は陽向が一般病棟に移るとすぐ、翔太と一緒に役所へ向かい、離婚届を提出した。

その足で、翔太は由紀と結婚届を提出した。

「三日後の結婚式、お前と陽向には絶対に近づかせない。警備も手配したからな!」

志保は、離婚届を握りしめたまま顔を上げずに答えた。

「……わかった」

翔太が何を言おうと、もう二度と彼に未練はなかった。

翔太は、志保の顔色があまりに青白いのを見て、さすがに良心が咎めたのか声をかける。

「家に戻って、少し反省したらいい。俺が愛してるのはお前だ。

この騒ぎが落ち着いたら由紀とは別れて、またお前とやり直すつもりだ」

「いや……」

志保が言い終わらないうちに、由紀が翔太を呼んだ。

「翔太、早く来て!今から『幸せな結婚届』の記念写真を撮るの!」

「今行く」

翔太は笑顔で由紀の元へ駆け寄っていった。

三日間、翔太はずっと由紀の結婚式準備に付きっきりで、陽向の病院には一度も顔を出さなかった。

結婚式当日、町中が二人の結婚の話題で持ちきりになった。

その日の朝、翔太から志保にメッセージが届く。

【陽向はもうよくなったか?今はちょっと時間が取れないけど、いずれ様子を見に行くからな】

志保は返事をせず、翔太と由紀の不倫の証拠をまとめて、報道機関に送信した。

そして、手持ちの深津グループの株式をすべて仁に譲渡し、弱りきった陽向を連れて新幹線に乗った。

――翔太、これからはもう、私たちとあなたは何の関わりもない。
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