ログイン「……は?」
「な、なんだよ、これ……」
背後の男たちが、慌ててポケットから何かを取り出そうとした。たぶん、さっき黒川が見せたようなナイフか、それ以上のもの。
だけど、彼らが武器を抜くより早く。
「殺すな」
フードの男が、短く言った。
それだけで、狼たちの耳が、ぴくりと一斉に動く。
「骨は折っていい。深くは、噛むな。血もあんまり出すな」
「——は?」
狼たちが、同時に動いた。
真っ黒な影が、風より速く、黒川たちに飛びかかる。牙が閃く。けれど、それは皮膚を裂かず、そのすぐ手前で止まる。
代わりに、体当たりのような一撃が、男たちを容赦なく吹き飛ばした。
「ぐっ——!」
黒川の身体が、駐車場の隅のフェンスに叩きつけられる。金属がきしむ音。彼は、苦悶の声をあげて、ずり落ちた。
「腕が——ッ!」
別の男が、地面を転がりながら叫ぶ。狼の前足が、その背中を押さえつける。体重だけで、息ができなくなっているのがわかった。
それでも——。
血は、一滴も流れていなかった。
骨が砕ける鈍い音が、夜気の中に響くたび、私の背筋がひゅっと強張る。目を逸らしたくなる。でも、見てしまう。
狼たちは、楽しんでいるわけでも、怒っているわけでもなく、ただ淡々と「仕事」をこなしているようだった。
私は、呆然と立ち尽くしていた。
目の前で起きていることが、現実だなんて、にわかには信じられなくて。
フードの男が、こちらを一瞥する。
「……見なかったことにしろ」
無表情のまま、そう告げられた。
その瞬間。
胸の奥で、何かが決壊した。
「……やだ」
自分でも、驚くほどはっきりした声が出た。
彼の眉が、わずかに動く。
「は?」
「見たし。見ちゃったし。無理だし」
言いながら、足が震えているのがわかる。それでも、止まらなかった。
「ていうか、助けてくれたら、黙ってる!」
「はあ?」
「助けてくれなかったら、警察行く! さっきの全部、言う!」
こんなわけのわからない人外じみた存在を、警察がどこまで信じるかなんてわからない。でも、そう言うしかなかった。
だって——。
「私、家にも帰れないし、ここにいたら、この人たちにまた捕まるし。だから、あんたが責任取ってよ!」
自分でも何を言っているのかわからない。
でも、言葉はもう止まってくれなかった。
「飛び降りても死なないくせに、人助けくらいできないわけ? 狼とか呼び出してボコボコにするくせに、女子高生ひとり守れないわけ? 意味わかんない!」
駐車場のどこかで、誰かが呻いた。「じょ、女子高生……」とかいう情けない裏返った声。
どうでもよかった。
フードの男は、呆気にとられたように、私を見ていた。
狼たちが、主人の反応を伺うように一瞬だけ動きを止める。けれど、黒川たちのうめき声が再び大きくなると、彼らはまた淡々と押さえつけに戻った。
夜の空気が、湿って、熱くて、重い。
汗と、血の匂いになりかけたものと、アスファルトの焦げた匂い。
そんな中で、私は、彼から目を逸らさなかった。
「た、頼むから……。助けてよ」
最後の一言は、ほとんど、泣き声だった。
フードの下で、男の薄い唇がわずかに動く。
「……なんで」
「え?」
「なんで、俺なんだよ」
静かな問い。
「他を当たれ。俺は、お前に関わる気は——」
「だって、あんたしか、いないから」
息が詰まるような静寂。
こんなセリフ、漫画やドラマの中だけだと思っていた。実際に口から出てきた自分の言葉に、私自身が一番驚いている。
でも、それが、たぶん、本当の気持ちで。
さっきまで「誰も助けてくれない」って絶望していたこの世界で、唯一、私を「この場」から救ってくれた存在は、目の前の彼だけだったから。
彼は、ゆっくりと息を吐いた。
夜風が、彼のフードを少しだけめくる。髪は黒くて、少し長い。うなじのあたりにかけて、綺麗な曲線を描いている。
「……めんどくせぇ」
ぼそっと、そんな言葉が漏れた。
その瞬間、足元の影から立ち上がっていた狼たちが、一斉に身体をしならせる。黒川たちを押さえつけたまま、口を閉じる。
彼は、面倒そうに首を回してから、私のほうに歩いてきた。
コツ、コツ、とスニーカーの足音が近づく。
距離が縮まるにつれて、彼の匂いがわかった。夜風と、鉄と、ほんの少しだけ、血のような——でも嫌な感じではない、生暖かい匂い。
「名前は?」
「……ナギ」
「名字」
「城ヶ崎……城ヶ崎凪」
「城ヶ崎ナギ」
彼は、私の肩を片手で掴んだ。黒川とは違って、その手は思ったよりも熱くて、大きかった。
熱が、皮膚から骨の奥にまで伝わる気がして、心臓がドクンと跳ねる。
「俺の名前は、狼谷。カミヤだ」
「カミ、ヤ……」
人間の名前のはずなのに、「狼」の字が頭に浮かぶ。
彼は、うっすらと笑ったような、笑っていないような、曖昧な表情をした。
「見たこと、黙ってる代わりに——」
そこで、言葉を切る。
「お前のトラブルに、巻き込まれてやる」
「……ほんとに?」
「いちいち確認させんな。嫌なら、今この場で置いてく」
「嫌じゃない!」
即答だった。
自分でもびっくりするくらい、迷いがなかった。
狼谷は、肩に置いた手を離し、駐車場の隅に停めてあった黒い原付のほうへと向かった。さっきまで、そこに誰かがいたような気がするが、もう人影はない。
鍵を回すと、エンジンが静かに唸る。
「乗れ」
「え、でも——」
「つべこべ言ってる暇はねえだろ。こいつら、完全に黙らせたわけじゃねえ」
彼が顎で示した先では、黒い狼たちが、まだうめき声を上げる男たちを押さえていた。意識はある。目はぎらぎらとこちらを睨んでいる。
このままここにいたら、どうなるか。想像するまでもない。
私は、慌てて原付の後ろに跨った。トートバッグを肩から前に抱え込む。
「落ちんなよ」
狼谷が、短く言って、アクセルをひねる。
咄嗟に、私は彼のパーカーの裾を掴んだ。握った感触は、思ったよりもしっかりしていて、安心するような、余計にドキドキするような、不思議な気持ち。
「しっかり掴めって。落ちたら洒落になんねぇからな」
「……うん」
おずおずと、私は、裾から腰のあたりに手を移した。そこは、硬い筋肉と、薄い布の感触。
背中越しに、彼の体温が、やけにはっきりと伝わってきた。
「行くぞ」
原付が前に飛び出す。
夜の風が、顔に叩きつけられる。さっきまで、逃げ場のない暗闇に押し潰されそうだったのに、今は——。
夏の夜の匂いが、胸いっぱいに広がった。
信号の赤と青と黄色の光が、流れるように視界を横切る。ビルのネオンが、遠ざかっていく。
後ろを振り向く余裕はない。でも、なんとなくわかった。
さっきまでいた駐車場と、狼たちと、私を捕まえようとした男たちと——そして、さっきの私自身とは、もう、戻れない場所になったんだって。
「ねえ、狼谷」
原付のエンジン音に負けないように、声を張る。
「なんだ」
「ありがとう!」
数秒の沈黙。
それから、小さく舌打ちする音。
「礼は、全部片付いてからにしろ」
彼の言葉はそっけないのに、背中越しの体温は、少しだけ、さっきよりも近く感じた。
夏の夜風が、二人の間をすり抜けていく。
こうして、私と人狼(カミサマ)の、逃避行の夏が始まった。
——そのときの私は、まだ知らなかった。
この夏の終わりに、彼を失うことを。
そして、その後もずっと、私の影に、小さな狼が寄り添って歩くようになることを。
港の朝は、早い。 まだ東の空がうっすらと白んでいるうちから、トラックのエンジン音が低く唸り始める。フォークリフトが倉庫の間を縫い、コンテナとパレットが行き交う。 カミヤは、指定された倉庫に行くと、無言で軍手を受け取った。「新顔か?」「源さんの紹介だ」「なら大丈夫だろ。荷物はこれだ。壊すなよ」 中型コンテナに積まれているのは、主に食品と雑貨。たまに、妙にやけに頑丈な木箱もあるが、そういうのには指示がない限り触らない。 一つのパレットを四人で運ぶ仕事を、カミヤは一人でこなした。「おい兄ちゃん、それ二人分だぞ」「大丈夫だ」 腰を落とし、膝で持ち上げる。百キロ超の荷重がかかるはずだが、カミヤの筋肉は、さほどの負荷には感じていない。 十階建てのビルから飛び降りても骨一本折れない身体にとっては、これくらいは準備運動だ。「……あいつ、ヤベえだろ」「クレーンかよ……」 ささやき声が、あちこちから聞こえてくる。 仕事の手を抜くわけにはいかない。だが、目立ちすぎてもいけない。そのギリギリの線を探りながら、カミヤは黙々と荷物を運び続けた。 昼休憩には、コンビニのおにぎりを二つと、味噌汁のカップを一つ。 倉庫の外で座っていると、カモメが頭上をかすめて飛んでいく。鳴き声が、遠く、うるさい。「よく食うな、兄ちゃん」 同じ班の中年男が、笑いながら缶コーヒーを差し出してきた。「よく働く男には、よく食わせないとな」「悪いな」 缶を受け取り、一口。砂糖の多い缶コーヒーの甘さが、乾いた喉を滑り落ちる。(こういう、どうってことない時間が、一番人間っぽいのかもしれねえな) ふと、そんなことを思う。 ——夜。 仕事を終えたカミヤは、倉庫の二階の空き部屋に上がった。 畳がところどころ剥がれ、窓のサッシ
橋が落ちてから、三ヶ月が経った。 原付のエンジンは、もう何時間も同じ唸りを続けている。海沿いの国道を、黒い影が一つ、ひたすら南へと流れていく。 ヘルメットの隙間から、潮の匂いが入り込んだ。塩と、海藻と、遠くの漁港の油の匂い。風はまだ冷たく、頬を刺す感触が心地よい。 ——ニュースでは、一週間も騒がれた。「女子高生誘拐事件、容疑者と少女を乗せた車両、橋崩落とともに消息不明」「容疑者の男は死亡、少女は川下で救助」 その後、「橋の老朽化ガー」「行政の責任ガー」と、テーマがすり替わっていくのに、そう時間はかからなかった。世間は忙しい。昨日の悲劇は、今日のワイドショーの飯のタネで、明日には次のネタに上書きされる。 人狼一匹の生死なんて、なおのこと。 ハーフヘルメットの下、カミヤは口元だけで笑った。「……ま、慣れたもんだな」 誰に聞かせるでもない、独り言だ。 三百年も生きてりゃ、いろんなもんを見送ってきた。主も、仲間も、時代も、町も、国も。隣で笑ってた奴が、次の瞬間にはいなくなることも、珍しくない。 置いていかれる痛みなんて、とっくの昔に擦り切れた——はず、だった。 それでも、胸の奥のどこかが、ときどきうずく。 あの橋の上で、自分のパーカーを引きちぎって少女に被せ、影狼を全部解き放ち、警察とヤクザとをまとめて薙ぎ払った夜。満月の下、少女の背中を、光の方へ押し出した時のこと。 琥珀色の瞳に映っていた、泣きそうで、でも泣かないように噛みしめていた強情な顔。「ナギは、ちゃんと光の下で生きてるかねぇ」 ぽつりと呟き、アクセルを少しだけ開く。 原付は、排気量のわりにはよく走る。中古で買った時にはボロだったが、簡単にバラして全部整備し直した。エンジンもタイヤも、もうしばらくは保つ。 ガソリンメーターは、まだ半分。財布の中身は、千円札が二枚と、くしゃくしゃのレシート、小銭が少し。(仕事探さねえとな) 橋から落ちたあの日から、三ヶ月。二つの町を転々とし、それ
そのあと、どうやって橋から引きずり降ろされたのか、あまり覚えていない。 警官たちの怒鳴り声と、救急車のサイレンと、ヘリのプロペラ音が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。 誰かが「少女確保!」と叫んだ。「大丈夫か」「怪我はないか」と、矢継ぎ早に質問される。 私は、ただひとつの言葉しか、口にできなかった。「……カミヤは?」 誰も、答えてくれなかった。 代わりに、テレビが答えを出した。『橋崩落、犯人の男死亡か』『少女保護、誘拐事件は解決へ』 画面の中でアナウンサーが、淡々と言葉を紡いでいく。「犯人死亡」 そのテロップが、頭の中で何度も点滅した。 *** 季節は、冬になっていた。 あの夏の日から、何度も何度も、朝が来て、夜が来て。 私は、あの家には戻らなかった。 保護されたあと、事情を話した。 父親に殴られていたこと。母親が止めなかったこと。夜、逃げ出したこと。 全部本当のことなのに、「盛ってない?」と疑う視線も、確かにあった。 でも、病院の診断書や、近所の人の証言や、学校での担任の話で、どうにか「虐待」は認められた。 父は、いなくなった。どこに行ったのか、誰も教えてくれない。 母は、テレビに映らなくなった。 代わりに、私は「保護された被害者」として、児童相談所やカウンセラーのところを何度も回った。「怖かったでしょう」「でも、もう大丈夫よ」 その言葉に、私は笑ってうなずいた。「はい。もう、大丈夫です」 そう言うたびに、胸の奥で、なにかがちくりと痛んだ。 怖いのは、あの家じゃない。 怖いのは、「犯人死亡」という、軽いテロップ一行で、あの人の存在が片付けられてしまったことだ。 あの橋の上で、銀色の粒子を撒き散らしながら、私を逃がすために戦っていた人が。「犯人」の一言で、全部
夜の港は、昼とは別の顔を見せる。 昼間はトラックとフォークリフトが走り回る埠頭も、深夜が近づくと、急に静かになる。代わりに、遠くのタンカーの汽笛と、街のネオンの反射だけが、ゆらゆらと揺れていた。 カミヤは、その境界線を一人で歩いていた。 《月下美人》にリオを預けた後、昼間は少し眠り、夕方からまた動き出した。港湾労働の仕事は、とりあえずバックレた形になるが、源に文句を言われる頃には、どうせこの街にはいないだろう。 足元の影が、黒く伸びる。『主人』 クロが顔を出す。「なんだ」『あの女のところに残る、とは言わんのか?』「俺がいたら、かえって目立つ」 カミヤは、無造作に答えた。「堂前の奴らは、もう俺の顔を別枠で記憶してる。あいつらの中で、リオは消せる駒で、俺は警戒すべき獣だ」『獣、か』「まあ、間違っちゃいねえ」 自嘲気味に笑いながらも、視線は暗闇から目を離さない。 この街に着いてから、何度か耳にした噂を繋げていく。 ——「賀茂海運」の倉庫の一つに、警察もまだ場所を特定できていない「特別な倉庫」がある。 ——そこに、外から入ってきた「腕のいいやり手」が出入りしている。 ——そいつは、組織の人間じゃない。だが、賀茂に雇われている。 腕のいいやり手。 裏社会でそういう言葉を聞いた時、カミヤは本能的に「嫌な予感」がした。(ただのチンピラなら、影狼を出すまでもねえ。けど——) 風が、ふいに止まった。 海面を撫でていたはずの風が、ぴたりと凪いだ。「——やあ」 背中の皮膚が、一瞬で総毛立った。 声と同時に、風が裂ける。 カミヤは、反射で身体をひねった。 それでも、完全には避けきれない。 左腕に、鋭い痛みが走
橋の中央付近が、限界に近づいているのがわかった。 コンクリートに走るひび割れが、どんどん広がっていく。欄干の一部は、すでに川に落ちていた。 影の狼たちが、そのひび割れを踏み越えて走るたび、橋全体がゆらゆらと揺れる。「……やば」 思わず声が漏れる。 向こう側にいる警官たちも、危険を感じたのか、一時的に引き下がっていた。 その隙に、私は橋のたもとまであと数メートル、というところまで辿り着いていた。「ナギ!」 また、名前を呼ばれる。 振り返ると、カミヤが、橋の真ん中でこちらを見ていた。 狼の姿のまま。血まみれのはずなのに、銀色の光がそれを全部覆い隠して、まるで月の化身みたいに見えた。「行け!」 彼が、叫ぶ。「ここで止まったら、全部意味ねえ!」「でも——!」 涙が、視界をぼやけさせる。「一緒に——」「無理だ!」 鋭い声。「俺は、こっから先、行けねえ!」「なんで!」「見ろよ!」 彼が、足元を指さす。 橋の中央付近。大きなひび割れ。コンクリート片が、ぽろぽろと川に落ちていく。「ここは、俺みたいなもんが暴れりゃ、崩れるようにできてんだよ!」「カミヤが、壊したんじゃないの?」「きっかけにはなったかもな。でも、もともとギリギリだった」 彼は、息を切らしながら笑った。「橋ってのは、いつか落ちるもんだ。設計したやつらは、『何十年先』って数字を見てたかもしれねえけど……」「今じゃん!」「そうだよ。今だ」 彼は、ひとつ深呼吸をして、続けた。「だったら、その『いつか』を、お前を逃がすために使う」「……っ」 胸の奥で、なにかがはじけた。「やだ」 子どもみたいな言葉が、口からこぼれる。「そんなの、いやだよ」
橋の真ん中に近づくにつれて、空気が変わっていくのが、肌でわかった。 遠くで、ヘリコプターのプロペラ音がする。まだ姿は見えないけれど、風の震え方がいつもと違う。 橋の欄干の向こう、川の流れはゆっくりとしていて、水面が鈍く光っていた。「ナギ」「ん」「ここから先は、走ってもらう」「え?」「俺が合図したら、全力で向こう側のたもとまで走れ。振り向くな。止まるな。泣くな」「三つも条件つけないで」「守れそうなやつだけ守れ」「泣かないのは、ちょっと自信ない」「泣きながらでも走れ」「わかった」 うなずいた瞬間、橋の向こうからサイレンの音が聞こえはじめた。 赤と青の点滅が、遠くに小さく揺れている。「警察……」「だけじゃねえな」 カミヤの声が低くなる。 そのすぐあと、橋のこちら側——私たちが来たほうからも、同じようなサイレンの音がした。 振り返ると、白と黒のパトカーが数台と、その後ろに黒いワゴン車が連なっているのが見えた。「挟み撃ち……」 呟いた私の背後で、カミヤが小さく笑った。「わかりやすいな」「笑ってる場合じゃなくない?」「笑ってねえよ」 橋の両端に、車が並ぶ。 拡声器を通した声が、風に乗って響いてきた。「そこにいる二人、聞こえるか! ゆっくり手を挙げて、こちらに歩いてきなさい!」 よくドラマで聞く台詞。でも、実際に自分が向けられると、胃がきゅっと縮む。「少女は、保護する! 抵抗はするな!」 私のことだ。「カミヤ……」「落ち着け」 彼は、私の肩に手を置いた。 その手は、驚くほど冷静で、安定していた。「俺がやることは、ひとつだけだ」「なにを——」 最後まで聞く前に、世界が変わった。