เข้าสู่ระบบ窓の外は、風ひとつない夜だった。
カーテンの隙間から覗く街の明かりが、淡く部屋に滲んでいる。デスクの上には、銀色の包装紙に包まれた小箱がひとつ。控えめなリボンの結び目は、何度も結び直された跡がある。晴臣はその箱を見つめながら、シャツの袖をまくり上げた。作業の合間に飲みかけたコーヒーは、すっかり冷めている。指先をカップの縁に添えると、ひんやりとした感触が肌を撫でた。
デスクライトの光が、箱の角を柔らかく照らしている。その反射が、晴臣の瞳の奥で小さく揺れた。シャワーの湯気がまだ部屋に残っている。バスルームの扉を閉めると、湿った熱気が頬にまとわりついた。
タオルで髪を拭きながら、晴臣は鏡越しに自分の表情を見た。整った顔立ちはいつものままだが、その目元には、微かな赤みが差している。「……明日か」
ぽつりと漏らした声が、静かな部屋に沈んだ。
岡田と過ごす“初めてのクリスマス”。それは、恋人同士になってから初めて迎える特別な日だった。予定を合わせるのに何日もかけ、プレゼントを選ぶのにも迷いに迷った。結局、選んだのはネクタイピン。
ペアで揃え、裏側に二人の名前を刻んだ。さりげなく日常に溶け込むものを──そう思ったのは、岡田の言葉が心のどこかに残っていたからだ。「職場でも、ちゃんと身につけられるもんがええな」その声を思い出すたび、胸の奥に温かい痛みが広がる。タオルをソファの背に掛け、晴臣はソファに腰を下ろした。
窓際に置かれたツリーの小さなライトが、点滅を繰り返している。それだけが、部屋の中で呼吸しているようだった。包装紙の上に手を伸ばす。
指先がかすかに震えた。そっと持ち上げると、リボンの擦れる音が耳の奥で小さく鳴る。軽い箱の重みが掌に伝わり、その中に詰め込んだ思いが、指先から心臓へと逆流していくようだった。「……喜ぶかな」
自分の声が、驚くほど小さく響いた。
岡田の顔を思い浮かべる。段ボールの山ができていた。リビングの床に広がるガムテープの切れ端、丸められた新聞紙、埃をかぶった本の束。照明の黄色い光がそのすべてを淡く照らしている。岡田の部屋は、これまで見たどんな時よりも“過去”の匂いをまとっていた。晴臣は床に膝をつき、衣類をたたみながら、横目で岡田の方を見た。岡田は古い段ボール箱の中身をひとつひとつ取り出しては、分別していた。古い雑誌、CD、何年もの間開けなかった引き出しの奥のメモ。動きは雑なのに、どこか慎重で、触れるものひとつひとつに思い出の重さを確かめているようだった。「課長、これはどうします?」晴臣が手にしていたのは、大学の卒業アルバムだった。表紙の角がすり切れていて、まるで長い間、開くのを拒んでいたような風格があった。岡田が振り向き、目を丸くする。「うわ、それ…まだあったんか」「捨てます?」「……いや、それはちょっと待って」岡田が歩み寄って手を伸ばした。指先がアルバムの端に触れた瞬間、彼の顔に一瞬だけ懐かしさと気恥ずかしさが同時に浮かんだ。晴臣は、ほんの少しだけ意地悪な気持ちになった。「見てもいいですか」「やめとけ、黒歴史や」「ますます見たくなりますね」晴臣がページを開くと、黄ばんだ紙の上に若い岡田がいた。制服姿、無造作に伸びた前髪、今よりもずっと痩せていて、けれど目元の柔らかさは変わらない。「……この頃からすでにモテそうですね」「は?どこがや」「この、目の線の優しさ。隣の女子も距離近いですし」「いや、それはクラスで席が近かっただけや。お前、ほんま見立てが偏ってるな」「嫉妬ですよ」晴臣の声は冗談めいていたが、岡田は一瞬だけ動きを止めた。その沈黙に、自分の言葉が少しだけ重たく響いた気がして、晴臣は軽く息を吐いた。「冗談です」
小さなテーブルの上に、いくつもの物件資料とノートパソコンが広げられていた。明るさを落とした間接照明の下、紙とデジタルが交差するその風景は、まるでふたりの新しい生活の縮図のようだった。リビングにはテレビもつけず、食器も洗い終えた後の静寂が漂っている。窓の外は完全に夜。ビルの向こうに黒く沈んだ空が広がり、街灯が細く路地を照らしていた。晴臣は、膝の上の資料を順に見返していた。各物件の間取り、家賃、アクセス、条件…そのすべてに赤や青の蛍光ペンで書き込みがなされている。几帳面な性格がそのまま現れた資料だった。その横で岡田は、ソファに背を預け、緩く伸びをしながら缶ビールを手にしていた。ラベルの端に指を引っかけながら、ゆっくりと飲む仕草には、どこか覚悟にも似た静けさがあった。「……なあ」岡田がぽつりと声を上げた。晴臣は、目を資料から上げる。「ん?」「こういうの、ちゃんと決めて動くっての、俺には新鮮やわ」「悪い意味ですか?」「いや。ええ意味や。……お前とおったら、先のこと、見ようって思える」晴臣は、その言葉に少しだけ呼吸を止めた。心の奥に、熱がひとつ灯る。岡田の目は、遠くを見ていた。けれどその焦点は、確かに、ふたりの未来に向いているように見えた。「決めるって、簡単やないな」「だからこそ、こうして確認し合う必要があるんです」「せやな」岡田が缶を置き、テーブルに手を伸ばした。無造作に転がっていた自分の鍵束を手に取り、掌の上にそっと乗せる。小さな金属の束。ジャラ、と控えめに音が鳴った。見慣れたはずのそれを、岡田はじっと見つめている。「俺、この鍵な。何年も変わらん生活の出入り口みたいなもんやって思ってたんやけど」「……はい」「でも今は、ちょっとだけちゃうねん」晴臣は黙って聞いていた。岡田の横顔に、ふだん見ないほどの静けさが宿っていた。「この鍵
ノートパソコンの画面に、ずらりと物件のサムネイルが並んでいた。白い間取り図、フローリングの室内写真、築年数と駅からの距離――そのひとつひとつが、まだ見ぬ生活を象徴しているように思えた。晴臣と岡田は、肩を並べてテーブルに向かっていた。窓際のカーテンからは淡い昼下がりの光が差し込み、ふたりの手元とディスプレイを優しく照らしている。「このへん、静かそうやな」岡田が画面を指差す。そこにはやや郊外のファミリー向け物件が表示されていた。緑の多い住宅地で、広めの2LDK。リビングの写真には陽の光が溢れている。「でも駅から徒歩18分です。バスも便数が少ないですし」「そんな歩く?って感じやな。帰宅中に干からびそうや」「夏場は確実に後悔すると思います」「せやな、俺、汗かきやしな」岡田は苦笑し、マグカップに口をつけた。中のコーヒーはすでに冷めかけていたが、飲む仕草はどこか落ち着いている。彼のすぐ隣にいるというだけで、晴臣は不思議と胸の奥に柔らかい熱を感じていた。「じゃあこれ。駅徒歩7分、築浅、1LDK」晴臣がマウスを動かして別の物件を示す。壁は白く清潔感があり、キッチンも広めだ。「内装ええな。収納も多そう」「ただ……リビングが狭めですね。ベッドルームに大型の家具は厳しいかと」「つまり俺のソファは持ってけん、と」「断捨離の好機です」「ひどい」岡田は笑いながら肘で軽く晴臣の腕をつついた。その仕草にふっと体温が走る。距離は近い。けれど、その近さが心地よい。「じゃあ、次。ここは?」「うーん……築年数は10年超え、駅からの距離は理想的ですが……防音が心配ですね」「お前、音に敏感やもんな」「岡田さんがテレビの音量を上げすぎるんです」「耳が遠いんや」「三十代でそれは言い訳です」小さな応酬の中に、どこか微笑みがこぼれる
冬の朝の光は、どこか柔らかく鈍い。カーテンの隙間から差し込む淡い陽が、テーブルの上に置かれた湯気立つマグカップをぼんやり照らしていた。コーヒーの香ばしい匂いが部屋中に広がり、静かな音だけが漂っている。トースターのチーンという音が、ようやくその沈黙を破った。晴臣はパソコンの前に座り、マウスを慎重に動かしていた。ディスプレイの上には「同棲生活ルール一覧」という文字。画面の右端で点滅するカーソルが、どこか緊張を象徴しているように見える。「……これでいいかな」プリンターの音がカタカタと鳴り始める。紙が一枚、また一枚と出てくるたび、晴臣の胸の奥で鼓動が重なる。印刷が終わると、彼はゆっくりと息を吐き、整った書類をクリップで留めた。タイトルの下に自分の名前と岡田の名前が並ぶのを見て、一瞬だけ指先が止まった。振り返ると、キッチンでは岡田がゆるく寝癖のついた髪のまま、トーストを皿にのせていた。グレーのスウェットに古びたパーカー。休日の気の抜けた姿が、妙に絵になっている。どんな格好をしていても、彼の動作には不思議と温かさがあった。「課長、少しお時間いいですか」「ん?なんや朝から改まって」「これを」晴臣が書類を差し出すと、岡田はトーストを持ったまま受け取った。目を走らせる岡田の眉が、わずかに上がる。「……なにこれ、“ルームシェア誓約書”?」「“同棲ルール一覧”です」「こっわ…表題からして堅苦しすぎるわ」晴臣は微かに眉をひそめながらも、真面目な口調を崩さなかった。「同棲は生活です。ルールがなければ破綻します」「はあ…なるほどな。まるで会社の規定書みたいやな」岡田はソファに腰を下ろし、ページをめくった。そこには整然とした箇条書きが並んでいた。『1.食費・光熱費は折半』『2.掃除は週に一度、交代制とする』『3.家
玄関の扉が閉まる音とともに、今日という一日がそっと幕を下ろす。岡田の部屋に戻ったふたりは、言葉を交わさず、コートを脱ぎ、靴を揃えた。沈黙は、もう重たくはなかった。ただ、必要なものとしてそこにあった。リビングに入ると、岡田がまっすぐキッチンの冷蔵庫へ向かい、缶ビールを二本取り出す。片方を持ったまま、振り返る。「飲むか?」晴臣は頷きながらソファに腰を下ろした。深く沈むクッションに体を預けると、ふわりと柔らかな疲労感が全身を包む。岡田がソファの反対側に腰を下ろし、二人は小さな乾杯を交わした。「おつかれ」「……おつかれさまです」プシュ、と静かに弾けた炭酸の音と、テレビから流れるバラエティの笑い声が重なる。けれど、ふたりのあいだには、それを遮るような空気はなかった。晴臣は缶の冷たさを掌で転がしながら、岡田の横顔をちらと盗み見た。照明の加減で頬がやわらかく照らされていて、まるで別人のように静かだった。岡田は、缶を口元に運びながらぽつりと呟いた。「なんか、今日、変なこと言うたな。悪かったな」その言葉に、晴臣は心の奥が小さく波打つのを感じた。「……いえ」「別に、プレッシャーかけるつもりちゃうかってん。なんとなく、ああいう店行くと…その、想像するやん。もし一緒に住んだら、みたいな」晴臣はすぐに答えられなかった。けれど、岡田の声は急かさなかった。ふたりの間に流れる時間は、ゆるやかで、ほどけた毛布のようだった。「晴臣」呼ばれて、彼はゆっくりと視線を上げた。岡田は遠くを見ているような目で、淡々と続けた。「俺さ、これまで誰かと住むとか、考えたこともなかったんよ」「……そうなんですか?」「うん。自分のペースでしか動けんし、だれかと居ると気ぃ遣い過ぎてしんどくなるやろって思ってた。でも、お前とおると…なんやろな」そこまで言って、岡田は
アーケードの商店街を抜けた先、小さな路地に足を踏み入れた瞬間、空気の温度が変わった。人混みとネオンから解放された歩道は、ひどく静かで、どこか取り残されたように感じられた。ふたりの足音だけが、カツン、カツンとアスファルトの上に落ちていた。正月休みの終盤とはいえ、初売りセールで混雑していたモールの喧噪が、まだ耳の奥に残っている。だが今は、その反動のように、あまりにも静かだった。晴臣は、岡田の右隣を歩いていた。互いに半歩ずつズレた歩幅。岡田のポケットに入った手と、晴臣の手がぶつかりそうでぶつからない位置。ふたりとも、口を閉ざしていた。何かを言いたいのに、言えない。そんな沈黙が、重くではなく、じれったくふたりの間を漂っていた。陽は西に傾き、空は茜に染まっていた。遠くにある電車の音が、小さく耳に届いた。晴臣は視線を落としたまま、岡田のスニーカーと自分のブーツがアスファルトを踏む音に耳を澄ました。――さっきのあの一言。ベッド売り場で岡田が言った「一緒に住むかって気分なるな」という軽い調子の言葉が、頭の中で繰り返されていた。軽口だった。冗談に違いない。…でも、少しだけ、違って聞こえた。それがただの気のせいなら、自分のこの動揺はなんなのか。岡田は、何も言わなかった。いつもと同じように、気怠げな横顔をして歩いている。だからこそ、余計にわからなかった。沈黙が続く。ふたりの間には、ちょうど猫一匹が通れるくらいの距離があった。それがたまらなく、遠く感じた。晴臣は一度、唇を開きかけてやめた。喉が渇くような感覚に、襟元を指で少し引いた。岡田が気づいたふうもなく、空を見上げたまま、肩をすくめるように歩いていた。もうすぐ駅だ。このまま電車に乗って、家に帰って、いつもどおりの夜に戻る。そうしたら、あの言葉も、今感じていることも、全部なかったことになってしまうかもしれない。でも。「……課長」ようやく晴臣が言葉