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そよ風、わが心を知らず
そよ風、わが心を知らず
Autor: ネコのネコ

第1話

Autor: ネコのネコ
淡野千与(あわの ちよ)は、ミスK大でグランプリに輝いた清楚系女子で、多くの男子学生にとって憧れの的だ。

しかし、ある日を境に事態は一変した。大学の掲示板に、彼女のプライベートな写真が突然晒されたのだ。

一夜にして彼女の評判は地に落ち、大手企業への学校推薦も取り消された。そればかりか、道を歩けば「一晩いくら?」と声をかけられる始末だ。

そして、その写真を持っているはずの人物は、世界でただ一人、恋人の牧石鳴海(まきいし なるみ)だけだ。

千与は真相を問い詰めようと、なりふり構わず彼のもとへ走った。だが、部屋のドアを開けようとしたその瞬間、中から彼の友人たちの声が漏れ聞こえてきた。

「鳴海、やり方がエグすぎるぞ。あんな写真バラ撒かれたら、淡野は一巻の終わりだ。学校推薦もパーになったし、これで彼女も二度と凛夏ちゃんと争おうなんて思わないだろう」

別の男が調子を合わせて笑った。

「それだけじゃないぜ。付き合ってきたこの二年間、鳴海が彼女のことを一度も好きになったことがないなんて知ったら、それこそ狂うんじゃないか?

鳴海は彼女に触れるのも嫌だから、昼間は適当にあしらって、夜は自分の弟を身代わりにベッドへ送り込んでたんだからな……ハハハ、傑作だぞ!」

その言葉は雷鳴のように千与の耳を突き刺した。彼女は悲鳴を上げそうになる口を必死に押さえた。顔からは一瞬で血の気が引き、真っ白になった。

その男はさらにニヤリと笑いながら、鳴海の隣に座るイケメンに肘打ちを食らわせた。

「なあ、卓也。兄貴の彼女と二年間もやってて、どんな気分なんだ?気になって夜も眠れないぜ」

牧石卓也(まきいし たくや)。鳴海と瓜二つの顔を持つその男の子は、グラスを傾けながらチャラい笑みを浮かべた。

「ふん、最高に決まってんだろ。肌は白いし、体は柔らかいし、声もいい。どんな格好だって素直に応じるしな……

わざわざK大に編入する手続きを進めてるのも、その方が後々都合よく抱けるからだ」

それまで沈黙を守っていた鳴海が、ようやく口を開いた。相変わらず冷たい声で感情は読み取れないが、その一言一言が刃となって千与を切り刻んだ。

「楽しむなら今のうちにしとけ。推薦枠が確実に凛夏のものになったら、千与とは縁を切る。それから、俺は正式に凛夏に告白するつもりだ」

「マジか!ついに凛夏ちゃんを落としに行くのか?」周囲は一気に盛り上がった。

「鳴海がずっと凛夏ちゃんに一途だったのは、みんな知ってる。子供の頃から何でも買い与えて甘やかして……

推薦枠が一つしかないと知って、最大のライバルである淡野に近づいて、好きなふりをして付き合って、そこから一気に叩き潰す。

いやあ、お見事!これでようやく本命を射止められるんだ!」

言葉のひとつひとつが重い鉄槌となって千与の胸を打ち砕いた。全身が氷のように冷え切り、血液が固まっていくような感覚。

――あまりにも醜く、あまりにも残酷な真実。

談笑する彼らと同じ場所に一秒でも長くいれば、気が狂いそうになる。

彼女は弾かれたように背を向け、よろめきながらその場から逃げ出した。必死に走り続け、涙が溢れて視界が歪んでいった。

厳しい両親に育てられた千与は、これまで一度も恋をしたことがなかった。恋愛は面倒で意味のないものだとさえ思っていたのだ。あの日、大学一年生のあの日までは。

本を抱えてバスケットコートの脇を通りかかったとき、ボールが猛スピードで飛んできた。恐怖で目を閉じたが、衝撃はなかった。

すらりとした長身の影が、彼女の代わりにボールを弾き飛ばしてくれた。

おそるおそる目を開けると、そこには深く冷ややかな瞳があった。

夕陽を背にした彼の額には汗が滲み、その端正な輪郭はこの世のものとは思えないほど美しかった。その瞬間、彼女は自分の心臓が激しく脈打つのをはっきりと感じた。

後で知ったことだが、彼はK大で誰もが認める王子様、鳴海だった。

御曹司であり、大学のいくつかの校舎は彼の両親が寄付したものだという。

驚くほどのイケメンだが、人を寄せ付けない冷たさがあり、彼にアプローチする女子学生は行列ができるほどだ。

だが、彼は誰に対しても等しく距離を置き、ただ一人、幼馴染である音楽学部の美人・佐々原凛夏(ささはら りんか)にだけは、わずかに異なる表情を見せている。

住む世界が違うとわかっていたため、千与はそのときめきを心の奥底に封印した。勉強に没頭し、常に学年トップの成績を維持し続けた。

だが、ある時から鳴海と「偶然に」顔を合わせる機会が不思議と増えていった。

図書館、講義棟、さらには学食……彼はいつも彼女のそばに現れた。

そしてある日、試験勉強の疲れで図書館の机に突っ伏して眠ってしまった千与が目を覚ますと、自分の頭が鳴海の肩に乗っていることに気づいた。

顔を真っ赤にして飛び退く彼女の手首を、彼は優しく握った。そして黒い瞳で彼女を見つめながら、低く心地よい声で囁いた。

「千与、俺と付き合ってくれないか?」

頭の中が真っ白になった。千与は大きな喜びに包まれ、夢見心地のまま頷いた。

付き合い始めてから、鳴海には確かに「おかしい」ところがあった。

昼間の彼はどこかそっけなく、自分からはめったに連絡を寄こさず、デートも義務を果たしているかのようだった。

だが、夜になるとまるで別人のように豹変した。狂おしいほど情熱的に彼女を求め、その最中にプライベートな写真を撮ることを好んだ。

心の片隅で不安を感じていたものの、恋に溺れていた千与は、自分に都合のいい理由を探し続けた。

――彼はもともとクールな性格だし、昼間は忙しいから。でも、私のことを愛してくれているから、夜になると自制がきかなくなるのね……

まさか、昼間の冷たい男が兄の鳴海で、夜の情熱的な男が弟の卓也だったなんて。

彼女はただの都合のいい道具であり、欲求不満を解消するための存在に過ぎなかった。彼らの真の目的は、彼女が努力して築き上げてきたすべてを奪い取り、別の女に捧げることだ。

千与はもう走れなくなり、誰もいない路地裏に崩れ落ちた。そして、押し殺したような声で激しく泣き崩れた。

その時、スマホが鳴った。実家からだ。

震える手で通話に出ると、母・淡野直子(あわの なおこ)の鋭い怒声が響いた。

「千与!大学の掲示板にあんな破廉恥な写真を載せて、一体どういうつもりなの?学生課の先生から家にまで電話があったわよ!親の顔にどれだけ泥を塗れば気が済むの?恥さらしもいいところよ!」

父・淡野達夫(あわの たつお)の怒鳴り声もかすかに聞こえてきた。

「苦労して育ててやったのは、大学で醜態を晒させるためじゃない!この恥知らずめ!」

千与は涙で言葉が出ず、胸が締め付けられるような痛みに息が詰まりそうだ。

厳しい両親は、彼女がテストで一番を取るか、賞を手にする時にしか、めったに笑顔を見せてくれない。

だから彼女は必死に勉強した。自分を厳しく律し、常にトップであり続け、何事も完璧にこなそうと努めた。それは、ほんの少しでもいいから、両親に自分を見て愛してほしいという切実な願いからだ。

だが、いざ事件が起きると、彼らには心配も信頼も微塵もない。あるのは、ただ果てしない叱責と嫌悪だけだ。

「泣いて済むと思ってるの?学校推薦の話はもうなしよ!月末の海外行きのチケットはもう買ったから、さっさと出て行きなさい!数年経って、誰もこのことを覚えていなくなったら戻ってきなさい!」

直子の声は冷たく、一切の反論を許さない。

千与の心は完全に死んでいる。彼女は棒読みのような声で電話に向かって話した。

「……わかったわ」

――海外へは行く。けれど、これからの人生で二度とこの場所に戻ってくることはないだろう。

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