Share

第六話「正室」

Author: ReiN.
last update publish date: 2026-08-09 15:32:03

 ヴィオラは、いつ見ても綺麗だ。

 綺麗すぎて、逆に疲れないのかなと思う。

 私は廊下を歩きながら、前を行く後ろ姿を見る。

 姿勢が真っ直ぐだった。

 ドレスも乱れない。歩幅まで綺麗。

 なんかもう、全部整ってる。

「……何か?」

 振り返られた。

 見すぎていたらしい。

「いえ、綺麗だなと思って」

 ヴィオラが止まる。

 数秒黙ったあと、少しだけ眉を寄せた。

「急に何なんですか」

「思ったので」

「普通、本人に言いません」

「そうなんですか?」

「そうです」

 ヴィオラが少し言葉に詰まる。

 この人、時々こうなる。

 強いのに、急に止まる。

「ルカ様」

 後ろでリーネが小声を出した。

「距離感」

「難しい」

「宮廷ですので」

 宮廷、難しいな。

 私はもう一度ヴィオラを見る。

 綺麗だけど、なんか張ってる感じがする。

 ずっと。

「ヴィオラ様」

「なんですか」

「大変そうですね」

 ヴィオラが眉を動かした。

「何がです」

「全部ちゃんとしてるの」

 静かになる。

 廊下を歩いていた侍女たちまで、少し止まった気がした。

 また何か変なこと言ったっぽい。

「……あなたは」

 ヴィオラがゆっくり口を開く。

「本当に、遠慮というものがありませんね」

「あります」

「どこにです」

「ちゃんと敬語です」

「そこではありません」

 怒られた。

 でもヴィオラは、本気で怒っている感じではなかった。

 困っている感じ。

「普通、そういうことは見ていても言わないんです」

「どうしてですか」

「礼儀です」

「でも、ちゃんとしてるので」

「褒めているんですか」

「はい」

 ヴィオラが少し黙る。

「……やっぱり嫌な人ですね」

「なんでです?」

「そういう言い方をするからです」

 よくわからない。

 でもヴィオラは、少しだけ笑っていた。

「私は、正室なんです」

 ヴィオラが静かに言う。

「ゼン王国の王配として、見られる立場です。乱れれば、そのまま宮廷の乱れになる」

「へえ」

「へえ、ではありません」

「でも、大変そうですね」

 また少し黙る。

 ヴィオラって、沈黙長いな。

 でも嫌な感じじゃない。

 考えてる沈黙。

「あなたには」

 ヴィオラが私を見る。

「そういうものはないんですか」

「そういうもの?」

「取り繕うことです」

 私は少し考える。

「職人の前ではあります」

「職人」

「下手だと怒られるので」

「宮廷では?」

「……一応、あります」

 ヴィオラが私を見る。

 疑われている。

「本当ですか」

「敬語です」

「それは先ほど聞きました」

「じゃあ、あまりないかもしれません」

 ヴィオラが頭を押さえた。

 やっぱり疲れてる。

「……本当に嫌な人」

「え」

「あなた、自分が何をしているかわかっていないでしょう」

「何かしましたか」

「しました」

「なんだろ」

 わからない。

 でもヴィオラは、少しだけ笑っていた。

 初めてちゃんと見た気がする。

 この人、笑うと少し幼い。

 綺麗というより、人っぽくなる。

「ヴィオラ様」

「なんですか」

「今の方が好きです」

 ヴィオラが固まった。

 後ろでリーネが壁に頭をぶつけた。

 そして、私に小声で耳打ちする。

「ルカ様……」

「ん?」

「お願いですから、少し考えて喋ってください」

「考えた」

「その結果がこれなんですか」

「はい」

 ヴィオラが顔を隠すように扇を上げた。

 耳だけ少し赤い。

「変な人」

 あ……。

 この人、照れるんだ。

 なんか安心した。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • それより、彫刻彫りたい   第十二話「彫りたい顔」

     会議室は、今日も静かだった。 静かなまま、話だけが鋭い。「西方港の関税を一部緩和すれば、香料船の入港数は増えるでしょう」セリスが言う。「国内商会が反発します」ヴィオラが返す。「反発は出ます。でも入港が増えれば、港そのものの利益も上がります」「利益が出ることと、通してよいことは別です」「ええ。だから調整するんです」 二人とも声は穏やかだった。 でも、どちらも退いていない。 私は資料を見る。 言っていることはわかる。 下げれば船が来る。 船が来れば金が動く。 でも、元から商売している人たちは面白くない。 面白くない人が増えると、たぶん宮廷が面倒になる。「ルカ」 名前を呼ばれた。「はい」 顔を上げる。 ルシアがこちらを見ていた。「聞いていたか」「聞いてました」「どう思う」 私は少し考える。「下げたいけど、下げると怒る人がいる話ですよね」「そうだ」「怒る人を放っておくと、あとで面倒になる」「そうだ」「大変そうです」 ヴィオラが目を閉じた。「感想ではありません」「すみません」 セリスが少し笑っていた。「でも、聞いてはいますね」「聞いてます」「半分くらい?」「大体は」「何割ですか?」「七割」「残り三割は?」 私は少し黙る。 資料の白い余白が目に入った。 そこから昨日の石を思い出す。 白いけど、少し灰色。 表面は素直そうで、変な筋も少なかった。 鼻筋を細くしても割れなさそうだった。「石です」 会議室が静かになった。 またやったな、と思った。「石」 ルシアが言う。「はい」「会議中だ」「知ってます」「知っていて石か」「三割くらいです」「割合の問題ではありません」ヴィオラが言った。「すみません」 リーネが後ろで小さく息を吐いた。 たぶん、今日もだめだと思っている。「何を考えていたんです?」 セリスが聞く。「顔です」「顔?」「彫る顔」 セリスの目が少し動いた。 笑っているけど、ちゃんと見ている顔だった。「決まったんですか」「まだです」「決まっていないんですね」「そこだけ」 私は机の端に指を置く。 木の角を親指でなぞる。 鼻。 首。 肩。 目元。 別に見えているわけじゃない。 でも、削った後の形が少しだけある。「誰の顔ですか

  • それより、彫刻彫りたい   第十一話「リーネ・ホーン」

     リーネは有能だ。 朝、私が目を開ける前には部屋にいる。 予定表はもう整っている。 服も、髪紐も、お茶も、なぜか私が探す前に出てくる。「ルカ様、起きてください」「起きてる」「目が閉じています」「心は起きてる」「体も起こしてください」 厳しい。 私は布団の中で少しだけ丸くなる。「今日、何ある?」「午前は衣装合わせ、昼にヴィオラ様との茶会、午後はセリス様から贈答品の確認、夕方は陛下へのご挨拶です」「多い」「減らしました」「これで?」「はい」 リーネは何も悪くない顔で言った。 私は起き上がる。 髪が少し顔にかかった。 リーネがすぐ櫛を取る。 早い。「小童、有能」「誰が小童ですか」 指を指す。「あなた」「……」 リーネは私の後ろに回って、髪を梳かし始めた。 手つきは丁寧だった。 でも時々、櫛が少し強い。「痛い」「寝癖です」「寝癖に罪はない」「あります」 あるらしい。 鏡の中で、リーネの顔を見る。 従者の顔をしていた。 背筋が伸びていて、目がちゃんとしていて、声も崩れない。 王宮の廊下で見る時のリーネだ。 でも私の髪を結ぶ時だけ、少し雑になる。「リーネ」「はい」「眠い?」「眠くありません」「私は眠い」「何言っているんですか」「朝だから眠いの当たり前じゃん。嘘っぽい」「職務中です」「それ答えになってない」 リーネの手が止まった。「……少しだけです」「やっぱり」「ルカ様のせいです」「なんで」「昨日、石を運び込んだあと、深夜に工房でアイデアスケッチしてたじゃないですか」「あれは仕方ない」「仕方なくありません」 怒られた。 でも、リーネの声は王宮の時と違った。 少しだけ尖っていて、少しだけ年相応だった。 私はそれを見るのが嫌いじゃない。「リーネって、商家の子なんだっけ」「はい」「だから段取りうまいの?」「関係あるかもしれません」 リーネは髪紐を結びながら答えた。「うちは小さな商家でしたけど、人の顔色を見るのは早くなります。誰が急いでいるか、誰が怒っているか、誰が払う気がないか」「払う気がない人もわかるの?」「わかります」「すご」「感心するところですか」「有能」「軽いですね」 リーネはため息をつく。 でも少し嬉しそうだった。 私は鏡を見

  • それより、彫刻彫りたい   第十話「内の声」

     石工が少しだけ笑った。「いい顔するじゃねえか」 私は白い石へもう一度触れる。 硬いし、冷たい。 でも嫌じゃない。 むしろ安心する。「そんな好きか」「好きだよ」「何がだ?」 私は少し考える。「完成した時」「完成?」「思った形になった時です」「ほう」 私は石を見る。 白いけど、少し灰色。 表面は素直そうだった。 変な筋も少ない。 鼻筋を細くしても割れなさそうだし、首も少し長めに取れる気がする。 まだ何にもなってない。 でも、削った後の形は少し見える。「遠くから見ても変じゃなくて」「うん」「横から見ても崩れてなくて」「うん」「ここを削ったとか、ここを残したとか、そういうのを忘れるくらい自然な時」 石工が黙る。 ちゃんと聞いてる顔だった。「いいじゃねえか」「そうですか?」「職人だな」 私は石へ指を置く。 完成した像は、削った跡が勝つとだめだ。 ここを見てください。 頑張って彫りました。 そういう顔になる。 そういう作風もあるけど、私はあまり好きじゃない。 ちゃんと立ってるものは、最初からそこに居たみたいに見える。 でも、そう見せるために削る。 そこが面白い。「石って嘘つかないので」「ほう」「重心がおかしいと、おかしいままですし」「そうだな」「顔も、少し削りすぎたら戻らないし」「戻らねえな」「だから、完成した時にちゃんと立ってると嬉しいです」 石工が頷いた。 なんか嬉しい。 通じてる感じがする。「王宮は違うのか」 腕を組んで唸る。「うーん…違います」 石工が吹き出した。「素直だな」「すごく違います」 私は少し考える。 ヴィオラ様。 セリス様。 陛下。 三人とも完成して見える。 ヴィオラ様は整っている。 セリス様は崩れない。 陛下は静かだ。 でも本当は、最初からそうだったわけじゃないと思う。 多分、何年もかけてそうなったし、色々あっただろう。 彫刻と少し似ている。 でも人は自分で動く。 石は動かないし、笑わないし、泣かない。だから機嫌も変わらない。「みんな色々考えてるので」「そりゃそうだろ」「石は考えないです」「考えねぇな」 二人で笑う。 風が通った。 石粉が少し舞う。「だから好きなのかも」「何がだ」「石」 石工が腕を

  • それより、彫刻彫りたい   第九話「石の発注」

     王都の石工通りは、白かった。 道の端にも粉が積もっている。 運ばれる石材。削り音。荷車。 王宮より、こっちの方が落ち着くなと思う。「ルカ様、目立ちますので」 後ろでリーネが小声を出した。「そう?」「そうです」 私は石材店の前で立ち止まる。 大きな白石が並んでいた。 灰色混じり。少し青いのもある。 私はしゃがみこんで、一つへ触れる。 粒が細かい。 ノミが滑らなさそうだった。 横から軽く叩けば、多分素直に割れる。 あ、これ好きかも。「嬢ちゃん、石見る目あるな」店の奥から声がした。 髭のある石工だった。 腕が太い。粉だらけ。 なんか安心する。「触っていいですか」「割らなきゃな」 私は石工の腕を触る。「えぇ…」石工が困惑した。私は少し笑う。「硬そうなので」「石じゃねえのかよ!」 石工が吹き出した。 石工の腕は硬かった。 変な筋肉のつき方してる。 毎日ハンマー振ってる腕だ。「嬢ちゃん変わってんなぁ」「ルカ様、言葉と行動」後ろでリーネが頭を抱えていた。「ん?」「もう少し王宮側室らしく」「石屋じゃん」「だからです」 よくわからない。 私は石へ触れる。 冷たい。 でも中は詰まってる感じがした。 軽く削っても逃げなさそう。「何に使う気だ」「まだ決めてません」「決めてねえのに買うのか?」「決まってない時の方が、石ちゃんと見れるので」 石工が笑った。「変な嬢ちゃんだな」 私は別の石へ移る。 少し筋が入ってた。 でも悪くない。 このくらいなら、鼻筋削る時も逃げない。 首も細くできそうだった。「嬢ちゃん、石やってんのか」「彫ってます」「へえ」 石工が少し近づく。 私の手を取った。「……ああ、なるほど」「?」「その手、ちゃんと削ってる手だ」 石工の指が、私の指先を軽く押す。「指の腹、潰れてる」 親指の横。 人差し指の付け根。 ノミを押さえる場所だった。「ここも硬ぇな」「そこ、ずっと押さえるので」「はは、わかる」石工が笑う。 私は自分の手を見る。 前より少し薄いかも。 王宮に来てから、前みたいに一日中削れてない。「石は正直だからなぁ」石工が私の手を離す。「触ってねえと、すぐ戻る」 私は少しだけ指を握る。 なんか、見抜かれた感じがした

  • それより、彫刻彫りたい   第八話「面白い人」

     ルシアは、静かな人だ。 怒鳴らない。慌てない。笑わない。 でも、いるだけで空気が締まる。 私はその日、彫刻室の床に座って石を削っていた。 白石だった。 少し灰色が混ざってる。 硬すぎない。でも脆くもない。 削ると、細かい粉が静かに落ちる。 好きな石だった。 床には石粉が散っている。 王宮の部屋なのに、ここだけ少し工房っぽい。 落ち着くなと思う。 削りかけの石像が壁際に並んでいた。 腕だけのやつ。 顔の途中で止まってるやつ。 何かわからなくなった塊。 完成しないものばかりだった。 でも私は、完成前も好きだ。 途中の形って、その時しか見れないので。 コン、と小さく音を鳴らしながら削っていると、後ろで扉が開いた。「また床に座っているのか」 ルシアだった。 黒い服に長い髪。 今日も装飾が少ない。 でも、この人が来ると部屋の空気だけ変わる。「落ち着くので」「椅子があるだろう」「床の方が石近いです」 ルシアが近くまで来る。 この人、足音ほとんどしない。 どんな風に歩いているんだろう。 女王として、習得させられたのか。 いや、違う。多分癖。「何を彫る」「まだ決めてません」「決めていないのに削るのか」「決まる前も楽しいので」 私はまた石へ刃を入れる。 白い粉が落ちる。 ルシアは、その手元をずっと見ていた。 人じゃなく、ちゃんと石を見る。 そこ好きだなと思う。 ヴィオラは人を見る。 セリスは空気を見る。 でもルシアは、ちゃんと対象を見る。 途中で止まった像でも、削りかけの石でも、“未完成”として扱わない。「陛下」「なんだ」「普通、女王ってこんな来ます?」「こんな、とは」「工房とか」「あなたが居るからな」 さらっと言う。 たまに、この人こういうこと言う。 ルシアが、壁際の彫刻へ近づく。 顔の途中で止まった像だった。 片目しか彫ってない。「これは」「失敗です」「そうは見えないな」「鼻が気に入らなかったので」「壊さないのか」「途中も好きなので」 ルシアが像を見る。 長い。 本当に、この人よく見る。「……面白いな」「石ですか?」「あなたがだ」 私は少し考える。「陛下も面白い人ですよね」 静かになる。 外で風が鳴っていた。 窓の白布が揺れる。

  • それより、彫刻彫りたい   第七話「外交姫」

     セリスは、笑うのがうまい。 私は中庭のテーブルで紅茶を飲みながら、向かい側を見る。 風が少し強かった。 白い布が揺れる。花が揺れる。 でもセリスの笑顔は揺れない。 すごいなと思う。「そんなに見ます?」 セリスが笑った。「見てました?」「かなり」「ルカ、時々すごいことしますよね」「そうですか?」「ええ。人をじっと見るのは、なかなか失礼ですよ」「すみません」「素直ですねぇ」 よくわからない。 でもセリスは楽しそうだった。 この人、いつも空気をやわらかくする。 ヴィオラは空気を整える。 ルシアは空気を止める。 でもセリスは、流れを変える。「今日は石のこと考えてないんですか?」「考えてます」「考えてるんだ」「半分くらい」「残り半分は?」 私は少し考える。「お茶」「平和ですねぇ」 セリスが笑う。 本当に、笑うのうまいなと思う。 笑顔が完成してる。 でも、時々途中で少し止まる。 なんか、計算してるみたいに。「……どうしました?」 セリスがこちらを見る。「いえ」「また見てましたよね」「はい」「隠さないんですね」「隠すんですか?」「普通は」 宮廷、普通が多いな。 私はカップを置く。 紅茶の匂いがした。 少し甘い。 セリスっぽい。「セリス様って、人によって喋り方変えますよね」 セリスが少し瞬いた。「急ですねぇ」「さっきの侍女と話してる時と、今と、違ったので」「見てたんですか」「はい」 セリスが少し笑う。「商人は、相手が欲しい空気を先に読むんです」「空気を?」「ええ。急いでいる人には早く。怖がっている人にはやわらかく。得をしたい人には、得をした気分を」「難しそう」「難しいですよ」 セリスが笑う。 でも今のは、少しだけ本音っぽかった。「外交も同じですか?」「同じです。相手の国が欲しい顔を、先に見せるんです」「顔」「安心したいなら穏やかに。強く出たいなら少し引いて。譲ったと思わせたいなら、少しだけ譲らせる」「怖」「商売ですよ」 セリスは楽しそうに笑った。 でも、今の笑い方は少しだけ違った。 やわらかいのに、どこか硬い。「ルカは違いますね」「何がです?」「人へ合わせない」「人並みには合わせます」「それで?」「はい」 セリスが少しだけ黙った

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status