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#4 ドラゴン狩りを終えて

last update publish date: 2026-07-24 18:00:26

サルロ一行が村に戻った時、既に雨は止み、真っ黒な夜空には星々と月が輝くのみとなっていた。ランタンの灯りが、ぼんやりと村の通りを照らす。その入り口にあるベンチで、背の低い村長が腰掛けていた。

「逃げ帰ってきたか」

「いや、討伐を果たした」

「なんだとッ⁉」

村長は慌てて立ち上がるも、バランスを崩す。数秒して、体勢を整えた。

「お主のような若造が、ドラゴンを⁉」

「ああ。これがドラゴンの体に埋め込まれていた、魔王の亡骸だ」

あの赤黒い肉片を、サルロは腰のポーチから取り出して、見せる。

「教会領にて厳重な封印を施すが……少なくとも、地脈異常は収まるはずだ」

そして、肉片を仕舞う。

「今日明日、とはいかずとも、半年もすれば作物は実る筈だ。安心してくれ」

「お、おお……」

村長の頬を涙が伝う。

「これで、妻も息子も報われよう……」

泣き崩れた村長の前に、サルロはひらりと降り立ち、屈み込んだ。

「明日、この村を去りたいと思っている。今日も寝床を貸してもらいたいのと……井戸を使わせてくれ」

「そのくらいのこと、勝手にやってくれていい。すまない、本来ならば宴でも開くところじゃろうが……飯も、人手も足りんのでな」

「魔王の亡骸がどれほど影響力を持つかわからない。長居はできない故、丁度いいさ」

オンオンと泣く村長から離れ、サルロは馬に戻る。

「あなたの行く先に、太陽神の導きがあらんことを」

二本指を立てて、祈りを送った。

昨晩泊まった家に、彼らは戻った。サルロは、まだ気を失っているセキをベッドに降ろす。そこで、井戸から水を汲んできたガリヤが言った。

「いいのかよ、酒の一瓶くらいくれるかもしれないぜ?」

「あまり、魔王の亡骸を近くに置いておきたくない。私が魔に耐性を持つと雖も……不測の事態が起こるかもしれないからな」

二人は、黒い鎧下の恰好で、向かい合って座る。

「邪悪な魔力に当てられれば、発狂したり魔物の手下に変えられたり……恐ろしいもんだよな」

「だから、私が魔王回収の騎士に選ばれた。魔に当てられ、生き残った者として……」

サルロは、掌を見つめた。剣を握り続けて無骨になった、ごつごつとした手。

それはそれとして、二人は食事を始めた。魔法の鞄に仕舞っていたドライソーセージに、ビスケット。加えて、ビスケットに付属するオレンジのジャム。飲み物は水だけだ。

「全ての糧はあなたのもの。豊穣神アルシフィエラに、感謝を」

「感謝を」

ガリヤの祈りに続いて、サルロも唱えた。

ぎっしりと肉の詰まった塩漬けのソーセージは、噛む度に濃厚な旨味を感じさせる。ジャムを塗ったビスケットを頬張ると、命を危険に曝した疲労が癒えていく。

だが、水は味気ない。綺麗であるが、それ以上のこともない。

「今からでも酒貰いに行かね?」

「ガリヤ、酒を飲みたがるのは騎士としてよくないぞ……」

ヘヘッ、と軽い笑いが出る。

「教会領に帰れば、俺らは英雄か。『龍斬り』の称号だって貰えるぜ」

「英雄、か」

食事を終えたサルロが、ぽつりと言う。

「私は、何者になればいいのだろうな」

「んだよ、おセンチに浸るにはまだ早いぜ」

「故郷を魔域にされ、先生に拾われ……こうして進むことで、その犠牲を無駄にしないで済む。そう、思っているのだが」

「なら進めよ。迷って立ち止まるのが、一番ダサいんだからよ」

ガタリ、ガリヤが立ち上がる。

「俺は寝るよ。お前は……水浴びでもするか?」

「少し休むさ」

親友が奥の部屋に行ったのを見届けて、サルロは腕を組み、目を閉ざした。疲れた体はすぐに眠りの底へと沈んだ。

突風が、一陣過ぎ去った。気づけば、彼は小高い山の上に立っていた。

「サルロ、こんな所にいたのか」

忘れたはずの声が、背後から聞こえてくる。振り返れば、黒い髪に黒い目。サルロによく似た、綺麗な顔立ちをした男が立っていた。

「父さん、なのか」

「なんだ、今更。飯ができたって、母さんが呼んでるぞ」

自分の居場所を、彼は一瞬見失った。だが、すぐに答えが出る。自分は八歳で、学校終わりに山を登ったのだ。

父の背後に、村が広がる。秋の夕焼けに染まった、橙色の街並みだ。瓦葺のやめがぽつぽつ、合間には畑がある。収穫期に入った小麦が、黄金色の絨毯を大地に強いている。村から流れてくる、様々な美味の混じり合った匂い。

「今日の学校はどうだった?」

小山を降りながら、父は穏やかな声で問う。

「掛け算をやったよ。テストも一番だった」

「お前は賢いからなあ。きっと、帝国の大学に行くんだろう」

父は、少し頬が痩けていた。だが、その顔には優しい笑みがある。

「父さんの仕事は?」

少し岩のある道を下って行けば、香りは少しずつ強くなる。

「少し、古い文献に当たらないといけなくなった。また帝国に行くよ。一か月は帰ってこないかな」

「また?」

「大丈夫だ、お土産だって買ってくる。母さんを頼んだぞ」

そっと、サルロは父と手を繋いだ。

「帝国の大学って、うちのお金で行ける?」

「その分は稼ぐさ。帰ったら外国語の勉強をしよう。交易共通語は当然として……」

「ザルバトレ語も、でしょ?」

父は、優しく息子の頭を撫でた。蒼い目の彼は、前を向く。ピリリッ、と肌を裂くような邪気を感じ、足を止める。

「サルロ?」

父に問いかけられた時、既にそれは消えていた。

次の刹那、彼はまた山の頂上に立っていた。村が、黒い球体に包まれている。遠くの空に、ドラゴン。球体から出た者が、ゴブリンに喰われて息絶えている。

「……魔域まいき?」

少年は呟く。御伽噺で読んだ、邪悪な魔力が形作る異空間。

「父さん、母さん!」

駆け出す。滑るように山を下る。だが、視線の先に赤い鱗のドラゴンや、口端に血がべったりとついたゴブリンの群れが現れ、彼へと迫る。

「なんで、なんでだよ」

サルロの右手に、黒い核を持った蒼い炎が宿る。

「消えろ、お前らなんか!」

大きく振るった手から、炎が噴き出て、ゴブリンを飲み込む。跡形もなく焼失したそれらを見て、驚いたのか、ドラゴンは動きを止める。

しかし、サルロも動けなかった。膝をつき、荒く浅い呼吸を繰り返す。ドラゴンの吐いた黒い火球が、来る──。

「──様、サルロ様!」

そこで、彼の意識は現実へと帰還した。窓から差し込む朝日。鍛え抜かれた、十八歳の肉体。黒白目の少女が、彼の体を揺らしている。

「随分魘されていましたが、大丈夫ですか?」

「何でもないさ、ただ、悪い夢を見た……」

重い動きで、サルロは立ち上がる。

「セキ」

シーツも掛布団もぐちゃぐちゃになったセキのベッドを見ながら、彼は名前を口にする。

「君は、これからどうする。君一人ではガードをやるのも難しいだろう」

燃えるような髪と、海のような眼を併せ持った彼女は、そっと視線を落とす。

「サルロ様と一緒に行く、っていうのは……」

「帰りもせずに、か?」

「武者修行だ、って追い出されちゃって。サルロ様の言う通り、あたし一人で何かできるわけでもないし……なので! 第二の師匠になってください!」

セキが、勢いよく頭を下げた。

「確かに、後進を育てるのも騎士の務めだが……私には早すぎる」

それでも、彼女の姿勢は変わらない。

「お願いします!」

こうも頼みこまれては、断るのも気が悪い。長い溜息の後、そう感じたサルロは首を縦に振った。

「一度教会領に帰るが、それでもいいな?」

「はい!」

なんだなんだ、と寝ぼけ眼のガリヤが出てくる。

「ガリヤ、セキを連れて行くぞ」

「……はあ?」

斯くして、彼らは初陣を勝利で飾った。だが、これは始まりに過ぎない。長い、長い闘いの日々が、幕を開けた。

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