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#5 永訣の旅路へ

last update publish date: 2026-07-25 17:02:13

教会領の港に、スクリュー船が入った。

大陸から見て南西、都市国家サダレから見れば丁度真南に位置する群島が、教会領と呼ばれている。サルロらがやってきた港は、群島の中心、教皇府ナカスレにあるものだ。

「都会なんですね~」

トランクケースを片手に、セキが街並みを見渡して言った。港の傍にある、小高い丘からの眺めだ。アパートメントが立ち並び、通りには幾つもカフェがある。人の往来も多い。

そんな眺めを見ておこう、と観光客もそれなりに板。最近実用化された、カメラという魔導具を使う者も。背中に翼がある者、小柄で耳の尖った者。

帰ってきたな、とサルロは静かな安堵を覚えた。

「セキは、どこの出身なんだ」

眺望を楽しむ彼女へ、サルロが問う。

「瑞穂っていう、ずっと東の国の血を引いてる、らしいんですけど……」

サルロが彼女のトランクを持ってやろうとすると、彼女の手はすっと横に動いた。

「あたしは孤児院で育ったので。行商人の一家だった、ってだけは聞いてます」

「そうか、その、すまないな」

「同情は嫌いです」

何でもない顔をして彼女が言うので、サルロは内省する。腰のポーチから、確かな邪気を感じつつ。

「ひとまず、聖堂に向かおう。亡骸を封印してもらわねば」

「飯行かね?」

「ガリヤ、私がどれだけ魔王に耐えられるか、わからないんだぞ……」

呆れながら歩き出す。青空を突き刺すように、街の真ん中に聳える尖塔。それが幾多も立ち、中央に大きなドームがある。

手前には半径二百メートルに及ぶ広場が設けられ、屋台で買った軽食を楽しむ者や、これまたカメラに聖堂を納めている者などが、あちらこちらにいた。パシャリ、シャッターが閉じると、カメラの筐体から写真が出てくる。

「ああいうものがあるのか……」

サルロが、その様を見て呟いた。

「なんだ、カメラに興味あんのか?」

「あれって、どうやって景色を切り取ってるんですか? 妖精さん?」

セキが真面目な顔でそう言うので、騎士二人は失笑する。彼らの盾を見た観光客が、騎士だ、騎士だ、と囁き合っていた。

「いや、魔法だぜ。蒼天石そうてんせきっていう、魔力を溜められる鉱石で魔法を発動。一瞬の内に景色を紙に焼き付けるのさ」

「へえ~……」

そうこうしている内に、聖堂の門まで到着した。巡礼者や観光客がいる、ずっと奥まで続く教会堂を抜け、祭壇の横の扉を通る。そこから少し歩いて、尖塔への扉だ。ノブには鎖が幾重にも巻き付けられている。

サルロは、その鎖に剣の柄頭を触れさせた。

「我、蒼騎士サルロ・ファージとその一行なり。我が名に於いて、その道を開け」

そう唱えて魔力を流せば、鎖は姿を消す。こうして、扉の向こうに入ることができた。

「ああやって、騎士様以外が入れないようにしているんですね」

セキが言う。

「そうだ。君一人では帰ることもできないからな、逸れるなよ」

サルロは、振り返ることもなく階段を上がっていく。何段、何十段と上がって、チーク材の大扉の前に立った。彼は、それを力強くノックする。

「何者か!」

誰何の声が飛ぶ。

「蒼騎士サルロ、蒼騎士ガリヤ、従者セキです。魔王の亡骸を回収致しました」

「入り給え!」

その声を受けて、彼はぐっと扉を押した。

広がっていたのは、談話室のような空間だった。蒼い絨毯の上に十五個の椅子が円形に並んでいる。奥には大きな机があり、何やら奇妙な箱が脈打つままに、置かれていた。

今席に着いているのは、二人を叙任したバルゲル猊下と、他三人。翼が生えた者と、随分と小柄な者だ。そのほか、蒼騎士がそれぞれに二人ずつ控えていた。

「見せておくれ」

バルゲル猊下にそう言われ、サルロは腰のポーチより魔王の肉片を手渡した。青白い鎖は、少し透け始めている。

「枢機卿バルゲルより、太陽神グレルヴァルドへ。我が名を以て、その御力で世に平穏を齎し給え」

そう言って、猊下は札を貼り付けた。サルロの感じていた邪気は、すっと消え去る。

「地下の封印庫に」

と、彼は従者の蒼騎士に肉塊を渡した。

「よい、よい。よくやってくれた」

猊下はサルロとガリヤに手を差し伸べ、握手を交わす。

「それで、これからの話なのだが……」

その後、彼は机の上にあった、脈打つ箱を持ってくる。青白い、聖なる色をしているが、サルロはどうしたって気味の悪さを覚える。

「転送箱、ってやつですかい」

ガリヤが問う。

「おお、流石ガリヤ君。そうだ。これから大陸を巡って亡骸を集める際、一々ここまで帰ってくるわけにもいかん。況や、郵便屋に預けるのも」

言葉が難しいなあ、と思ったセキだったが、黙っておいた。

「そこで、この転送箱を使ってほしい。地下の封印庫に繋がっておるから、どこにいても教会領に亡骸を送ることができるのだ」

「なら、最初から渡してくださっても……」

抗弁するサルロに、バルゲル猊下は苦笑いをする。

「転送箱は貴重でな、実績のない君たちに渡そうとしても、他の者が頷かなかったのだよ」

だが、猊下はその彼に転送箱を渡す。掌に収まるサイズだ。

「任せたぞ、バッシュ君の息子よ」

「はい、必ずや、この任務を完遂して御覧に入れます」

「出立の日は自由に決めてくれていい。そこのお嬢様に、教皇府観光をさせてやるのも悪くないだろう」

セキが己の後頭部を撫でる。

「長い旅になる。心残りは、作らぬように」

そうして、三人は大聖堂を後にした。

「バッシュの息子は優秀ですな」

枢機卿の残った部屋で、翼を持つ者が言った。

「ええ。バルゲルの手駒とするのがもったいない程」

「私は、派閥抗争は致しませんよ」

バルゲルはにこっと笑った。

「ただ、神の平和が成されるよう、尽力するのみです」

さて、若人たち。

「ちえっ、宴会の一つでもやってくれると思ってたのによ」

聖堂前の広間を歩きながら、ガリヤがぼやく。

「私たちは騎士だ。あまり欲を出すものではない」

「へいへい」

よく晴れた空から、春の陽光が降り注ぐ。

「で、観光、するんですか?」

セキが尋ねる。

「私は先生に会っておきたい」

「そうだな。俺もそうするよ」

「じゃ、あたしはサルロ様についていきます」

「おいおい、俺の方が街には慣れてるぜ?」

肩に手を伸ばしたガリヤから、彼女はサルロの傍に避難する。

「だって、ガリヤさんはチャラそうなので……」

「こいつは『様』で俺は『さん』かよ……」

「それではな、騎士館で落ち合おう」

サルロは辻馬車を捕まえて、

「バッシュ・ファージの屋敷へ」

と告げた。

「銅貨十五枚、って所かな」

「ちょっと! サダレじゃ十枚で──」

「土地が違えば金の重みも変わるんだぜ、嬢ちゃん。こんな都会じゃ、少しくらい高くたって文句言わないんだ」

サルロは文句一つ言わず、示された金を払った。

ガラガラとなる車輪に揺られ、四十分。降りるときに、彼は帰りまで待つよう、銅貨三枚を上乗せして伝えた。

その彼の顔は、少し硬い。

「緊張してるんですか?」

「……父なんだ」

それだけ言って、屋敷の門を通り抜ける。広々とした庭を持つ、白壁の屋敷だ。前庭では、従騎士たちが木剣を振るって修行に励んでいる。

だが、そんな彼らも、サルロを見つければ手を止める。

「おかえりなさいませ!」

一斉に声を張り上げた。

「いい、続けてくれ」

正面玄関に入ると、使用人が出てきて頭を下げる。両階段を上ろうとした時、

「どうした」

と聞き馴れた声が、サルロの耳に入った。

「先生」

階段の上、三つ揃いのスーツに身を包み、一歩一歩階段を下りる。力強さを持った蒼い瞳が、静かに息子を見下ろしていた。

「旅に出ることになりまして、挨拶を」

「旅?」

そう問うた男こそ、バッシュ・ファージ。金色の髪が揺れている。

「魔王の亡骸を集めよ、とバルゲル猊下より拝命しまして」

「そうか。上がれ。茶でも飲んでいくといい」

サルロとセキは、その背中を追った。

「いきなり世界を巡らせるとは、猊下も酷なことを仰る」

バッシュの私室で、サルロは紅茶を前にそう言われた。

「だが、お前の持つ魔への耐性を考えれば、妥当とも言える。だから、約束してほしい」

「約束?」

バッシュはニッと笑った。

「生きて帰ってこい。その暁には、秘蔵のブランデーを開けてやる」

「ええ、必ず」

父と子は、確かな握手を交わした。

「所で、その少女は? 婚約者でも見つけたのか?」

「いえ、従者として行動を共にしてもらおうかと。彼女も、武者修行の最中とのことですから」

「任務を終えたら、いい妻を探せよ。そこまで面倒は見ないからな」

「構いません」

軽口が叩かれる中で、セキは少し頬を紅潮させていた。

(婚約者、かあ……)

親というものを、彼女はよく知らない。自分が人の親になるということも、よくわからない。だが、彼女は試練にさらされる。まだ、先のことだが。

「それで、幾つなんだ、君は」

バッシュの声音が、彼女に向かう。

「あ、十六です」

「サルロの二つ下か……丁度いいかもしれん」

二、三十分の雑談の末、サルロは席を立った。

「それでは、またいつか」

「太陽神の導きを、お前に」

父に別れを告げた彼は、背負う盾の重みに負けそうになった。安堵は捨てて、不安の旅路へ。

そして、彼が帰ってくる時、それは永訣の時だった。

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