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第4話

Author: 月の輝き
ビリッと――ドレスが裂ける音が響いた。

無数の汚れた手が、私の体を這い回る。私は地面にうずくまり、奥歯を食いしばった。

――泣くな。

一ノ瀬綺夏、負けるな。

母が……まだ、待っている。

それでも脳裏には、あの日の記憶が何度も蘇る。

十八歳の誕生日。朔が、私の指に指輪をはめながら言った。

「愛してる。一生、お前を守る」

司は書類を差し出した。

「面倒なことは、全部俺が引き受ける」

蓮はカメラを掲げた。

「世界中の視線を、お前だけに向けてやる」

――なのに。朔の部下が近づいてきたとき、周囲がわずかにざわついた。

その男は歯をむき出しにして、私の手首を縛り上げる。

「社長の指示だ。水原様の憂さ晴らしのために――この女は好きにするがいい!」

体中に、無数の傷。刃物で切られた跡。爪で引き裂かれた跡。

血が――止まらない。

震える手で、私は十年以上診てもらってきた医者に電話をかけた。

受話器の向こうで、先生が重く息を吐く。

「……お嬢さま、すぐに水原様にご連絡いたします」

私はハッと目を開いた。

「やめて!彼女には――」言い終わる前に、通話は切られた。

二分後。朔の怒声が、耳元で炸裂する。

「お前!まだ騒ぐ気か!真凛が妊娠してるのを分かってて、輸血させようとしてるのか!

どこまで性格が腐ってるんだ!」

豪雨が叩きつける。目も開けられない。それでも空に【真凛ちゃん】と文字を描く花火を、私はただ見上げていた。

かすれる声で、呟く。

「……朔、私……死ぬよ……」

二秒の沈黙。そして――笑い声。

「死ぬ?俺はK市一番の医者だぞ?死なせるわけないだろう。

いい加減そういうのをやめろ。俺はただ、真凛の子どもが欲しいだけだ。

お前は産まないんだろ?だったら代わりに産ませて何が悪い。

俺はただ……お前とちゃんとした家族を作りたいだけなんだ」

またひとつ、花火が夜空に開いた。眩しすぎて、目が焼ける。

ふと、思い出す――K市の花火は、すべて私のために打ち上げると、朔は言っていた。

私は子どものように取り乱して、泣き叫ぶ。

「……やはりあの女が大事なのね!?だったら余計にあの女の血が欲しくなる!」

次の瞬間。受話器の向こうで、冷たい笑い。

――どうしても分からない女だ、と言わんばかりに。

「お義母さんの酸素供給を、半分に落とせ」

「やめて!!朔!!お母さん、死ぬよ!お願い、やめて!!」

だが、通話はすでに切れていた。

私は狂ったように走った。

K市の病院を――七十八か所。靴は途中で脱げ落ち、足の裏は切り裂かれ、血に染まる。

それでも――

どの病院も、母を受け入れなかった。

「神代さんからの厳命です。一ノ瀬さんを受け入れた場合、南山病院から医療資源を停止されます……すみません、どうかご理解を……」

最後の私立病院の前で、私は膝をついた。額を地面に叩きつける。

「お願い……母を……助けて……いくらでも払います……」

血と雨が混ざり、視界が赤く染まる。だが、禿げ上がった院長は笑った。

「金?そんなものはいらない。

欲しいのはな――お前が、あの三人にしているように、俺にも尽くすことだ」

胃がむかむかする。逃げ出したい衝動を、必死に押さえ込む。

だが――脂ぎった指が、スカートの中へ入り込んだ瞬間。

私は吐きながら、その場を逃げ出した。そして道路脇に崩れ落ち、声を上げて泣いた。

――もう、他に方法はない。よろめきながら、私は南山病院へ戻った。

だが入口で、警備員に止められる。

「なんだこの女、どこのアバズレだ?出て行け!

院長の奥様がいらっしゃるんだ。騒ぐな!」

……院長の奥様?

私は――笑った。声を上げて、笑った。

「じゃあ……私は、誰なの?」

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