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唯一変わらない人

Auteur: 中岡 始
last update Dernière mise à jour: 2025-07-31 12:45:41

フロアの時計が午後六時を回る頃、天井の照明が一段と白さを増し、定時を知らせるチャイムが遠慮がちに鳴った。けれど誰も立ち上がらず、鞄のファスナーを引く音も、椅子を引く音も聞こえてこなかった。今日の社内は、それほどまでに静かだった。空気の層だけがずっしりと重く、机の間を緩慢に流れていく。

鶴橋はモニターの画面をぼんやり見つめながら、ふと斜め前方の席に視線を移した。

今里が、いた。

整然と並んだ文具。モニターにはスライドの構成案。指先が無駄のない動きでページをめくり、時おりメモ帳に短く書きつけていく。姿勢は崩れず、背筋はすっと伸びたまま。淡いブラウスの袖が手首で静かにたわみ、光に透けていた。

まるでそこだけが別の時間を生きているようだった。荒れかけた船の甲板の上に、ひとりで立ち続けているような、その静けさ。

誰もが心の中で揺れているこの時間に、どうしてこの人だけが、そんなに静かでいられるのか。

鶴橋は自分の胸の奥で、なにかがきゅっと締めつけられるのを感じた。

「…すごいな」

思わず、口の中で小さく呟いていた。

けれどその言葉には、感嘆だけではなく、別の感情が混じっていた。羨望。戸惑い。哀しみに近い、どこか切ない驚き。

まるでこの世界とは違う時間を生きているような。誰にも寄りかからず、誰にも期待せず、ただ自分の仕事だけを見つめている。その強さに、同時に感じる孤独の匂い。

今里は、そのときも鶴橋に気づいていないふうだった。あるいは、気づいていても、あえて目を合わせないのかもしれなかった。

一度だけ、資料の端を確認するために、微かに首を傾けた。その仕草さえも、柔らかで静かだった。

(この人は、どこまでひとりで、全部抱えていくつもりなんやろ)

このフロアの空気が、崩れかけているのを知っているはずだった。いや、誰よりも早く気づいていたのは、今里だったのかもしれない。何も言わず、何も問わず、ただ静かに整理し、整え、誰にも頼らず、自分だけのペースで前を向いている。

それは、強さというよりも…諦めのようにも見えた。

鶴橋は椅子の肘掛け

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