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第3話

Author: 白団子
春陽はすっかり愛想を尽かした。

その夜のうちに弁護士へ連絡し、離婚協議書の作成を依頼した。

同時に、多額の報酬で専門チームを雇い、自分の痕跡を完全に消すよう指示した。

「跡形もなく消えたいです。私が存在した証を全部、どれぐらいかかりますか?」

「最短でも一週間は必要です」

その答えを聞き、春陽はふと足を止めた。

――一週間。

明茂が言っていた時間と同じだ。瑶葵には残り一週間しかない、と。

一週間後にはすべて片付き、彼は家庭に戻って春陽をまた愛すると。

そう思い出すと、彼女は思わず嗤いが漏れた。

世の中にそんな都合のいい話があると思っているの?

遊び終えたら帰ってくる?彼女が待っているとでも?

違う。彼女はもう待たない。

彼にも帰る家はない。戻りたいとき、その家は跡形もなく消えているから。

そう思った後、春陽はためらうことなく言った。

「一週間でいいです。もう振り込みました。必ず、何も残さないで」

翌朝、あの冒涜された念珠が、再び明茂の手首に巻きついていた。

それを見た瞬間、春陽は吐き気を覚え、朝食すら喉を通らなかった。

それにもかかわらず、明茂は誇らしげに言った。

「春陽、見て。君がくれた念珠が見つかった。俺たちの愛の証だ。もう二度と失くさない」

言い終えるより早く、向かいの瑶葵が顔色を変え、大量の血を吐いて床に倒れ、激しく痙攣し始めた。

「瑶葵!?どうしたんだ!」

明茂は慌てて瑶葵抱き起こした。

その時、双子がわっと泣き出して、安菜が春陽を指差して叫んだ。

「パパ!ママが悪いの!ママがこっそりおばさんのご飯にマンゴージュースを入れたの!

おばさんはマンゴーアレルギーなのに!ママはおばさんを殺そうとしたんだ!」

明茂は苦い顔で眉を寄せた。

「安菜、そんなこと言うな。春陽がそんな人なわけない」

だが次の瞬間、安菜の兄・陸川沢宇(りくかわ たくう)が駆け寄り、安菜の口をふさいで怯えた声を漏らした。

「安菜、もう言っちゃだめ……ママに殺される……」

そう言いながら、わざと袖をたくし上げた。

剥き出しになった腕には、血がにじむ無数の傷跡――まるで棘付きの鞭で打たれたようだった。

明茂の視線が揺れ、信じられないという面持ちで春陽を見つめた。

「……この傷、君がやったのか?」

春陽の表情は微動だにしなかった。

「私が違うと言ったら、信じる?」

結婚のとき、彼は「無条件に信じる」と言った。

しかし今、血を吐く瑶葵と傷だらけの子どもたちを前に、彼の胸にあるのは怒りだけだった。

「彼らはただ五歳だ。こんな子どもが嘘をつくと思うか?

この家で君以外に、彼らに手を上げられる者がいるか?

春陽、どうして五歳の子どもにこんな酷いことができる!」

瑶葵はなおも痙攣を続けた。

明茂は黙って彼女を抱き上げ、病院へ向かおうとした。

その瞬間、春陽の呼吸が途切れた。

喉が塞がり、全身に赤い発疹が浮かんだ。典型的なアレルギー反応。

「……豆乳に……蜂蜜が?私は蜂蜜アレルギー……」

今朝、彼女は豆乳を一杯だけ口にした。

家の使用人は彼女のアレルギーを知っており、豆乳に蜂蜜を入れることは決してない。

安菜は得意げに春陽を見下ろした。

豆乳に蜂蜜を混ぜたのは、彼女だ。

「明……明茂……」

春陽は呼吸が苦しくなり、明茂を呼び止めて、一緒に病院へ連れて行ってもらおうとした。

しかし明茂は冷たい目を向けた。

「いい加減にしてくれ。家中が君のアレルギーを知ってるんだ。誰がそんなことをする?

自分の罪を隠すためにアレルギーまで装うなんて……心底失望したよ」

それだけ言い残し、彼は瑶葵を抱えて去っていった。

春陽はひとり床に倒れた。叫んでも、嘆いても、返事をくれる者はどこにもいなかった。

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