2044年2月28日
卒業も後1ヶ月に迫り、世間も卒業シーズンで慌ただしく動いている。先日五木さんからも連絡があり、実験の準備は完全に整った、1度研究所に来てほしいとの事だった。僕の理論が形になってきたと思うと、高揚感に包まれる。足取りも軽く、研究所の自動扉をくぐると既に五木さんが待っており、出迎える為わざわざロビーへ降りてきてくれてたようだ。「お久しぶりです、五木さん」「というよりかはまずは明けましておめでとう、かな?」笑いながらそう話すが、確かに今年になって初めてお会いすることになってしまった事を申し訳なく思い僕はすぐに返答する。「すみません!なかなか研究所へ来ることができなくて」「いやいや、いいよいいよ。君はまだ大学生なんだから学生生活を謳歌しないと」まあでも卒業したらガッツリ参加してもらうよ、と優しく微笑みかけてくれる。女性だったら惚れているなこれは。五木さんの案内に従って、研究所の奥へと進む。
見たこともない機材や薬品が所狭しと並ぶ部屋が幾つもある。少し歩くと一際大きな観音扉の前へと辿り着いた。「さあ、ここが彼方君の理論を形にした機械が置かれている部屋だよ」仰々しい扉を脇にあるスイッチで開閉する。大きな石を引き摺るようなズッシリとした音が響きゆっくりと観音扉が開いていく。完全に開ききり中を見渡すと、まるでスタジアムのような広さで真ん中にドでかいドーナツ型の機械がそびえ立っている。「もしかしてあれが?」「そう、あれが異次元空間へと繋がる機械だ。通称異世界ゲート」8メートルはあるだろうか。巨大なドーナツのように真ん中がくり抜かれた物体が縦に置かれており、周囲には五木さんの開発した反重力装置が4つ並ぶ。まるで土星の輪っかのような、そんな印象を描く機械だ。「想像してたより大きいですね」現代の科学の粋を集めて作られた通称異世界ゲート。異世界へ行くことがより現実味を帯びてきたようだ。「もちろんまだ稼働はさせてないよ、立証実験の時が初めて稼働され「いらっしゃいませー!」私、紫音はアパレルショップで元気よく挨拶をする。売上至上主義のこの店は、ノルマが高く設定されているので店員同士での客の取り合いは日常である。私はここに勤めて2年目でそれなりの数字を出せる店員だ。弟が学生なので紫音の働きが生活を左右する。嫌なことは多々あるが辞めるわけにいかない。しかし、最近弟が隠し事をしている気がするのはなぜだろうか。いきなり女の子を連れてくるし、いつもなら晩御飯は一緒に食べるのに最近はたまに外食しているようだ。昔はもっと姉さん姉さんと引っ付いてきて来ていたのに最近ではめっきりなくなってしまった。それが凄く寂しく思えるのと同時に弟が大人になっていく成長を感じられて嬉しくもある。それに今は世界が注目する人物でもあり、歴史に偉業を残すことになりそうで鼻が高い。異世界へ行けるようになったら、世界中から人が押し寄せるだろうし誰もが彼方を褒め称える。嫉妬や妬みを買うこともあるだろう。それでも私はいつまでも味方でいる、どんなことがあっても。それが姉として唯一の出来ることだ。――――――五木さんと研究所で別れ、家に帰ると珍しく姉さんが料理をしている。なにかいい事でもあったのか、鼻歌も微かに聞こえてくる。「ただいま、姉さん。珍しいね料理してるなんて」「ふふーん、たまにはお姉ちゃんらしいことしようかなーなんてね!」何かとは言わなかったがいい事はあったのかもしれないな。深くは聞かずに席に着く。「いい匂いがしてきた」アカリが鼻を膨らませ台所から漂ってくる匂いを堪能していると、料理が運ばれてくる。「見なさい!この素晴らしい出来栄えを!」自慢気に胸を張って出てきた料理は玉子焼き。確かに料理は料理だが思っていたのと違う。もちろん姉さんが気を悪くするようなことは言わないが、もっと凄いのを期待していたせいで残念感が大きい。「味は……美味しい!」滅多に料理なんてしないのに、美味しい
2044年3月3日今日は1日雨が降るらしい。窓に打ちつける大粒の雨音がひっきりなしに鳴り続ける。雨の日は勉強の時間だ。雨音をBGMに勉強をすると捗る、気がするのは僕だけだろうか。集中していたせいか、ふと時計を見ると既に14時。姉さんは仕事で家にいないしアカリも珍しく用事があると言って宿り木に戻った為、久しぶりの独りきり。そういえば、春斗から音沙汰がないが何をしているのだろう。携帯に手を伸ばしかけて、思い留まる。今連絡して春斗が暇だった場合、雨であろうと遊びに誘ってくるのが目に見えたからだ。雨の日は外に出たくはない。やっぱり勉強をするに限るな。また参考書に目線を落とし、勉強に戻る。黙々と参考書を読み進めているとふとあの夢の事が気になってきた。人類が滅びる悪夢……本当にそんなことが起きるのだろうか。魔法で悪夢を見せる?何のために?アカリが溢した魔法というワード。それが気掛かりだが、今は考えて仕方が無いか。日に日に募る不安は拭いきれず、研究書類に再度視線を落とした。――――――「貴様らなんのつもりだ?」漆黒の闇に包まれる部屋で、玉座の肘掛けに片肘を突き偉そうに深く座るリンドール。実際偉いことには違いないが、目線の先には膝を付き頭を垂れる4体の魔族。ゾラは冷や汗が止まらぬほどの重圧を感じるが、部下の不始末が原因の為、黙って次の言葉を待つ。「俺は再三警告したはずだ、今はカナタに手を出すなと。それがなんだ?不意討ちを狙って襲撃はするわ、身内を攫って護衛に返り討ちにされるわ、なんのつもりだ?」ゾラの不意討ち、グリードの負傷、それがリンドールの|命《めい》に逆らったことは明確だった。「なんの理由もなく手を出すなと言ったわけではない、計画に支障が出るから手を出すなと言ったのだ!!バカ共が!」怒号が飛び、4体の魔族は冷や汗が止まらない。流石に何も言わず時間が過ぎていくだけでは、リンドールの怒りは収まらないだろう。
2044年3月15日。今日は学校で卒業式がある。式典まで時間があるので、校内を1人歩く。アカリは部外者になる為、姿を隠し何処かから僕を見守っているそうだ。春斗は食堂に居ると言っていたが、それなりに人がいるせいで何処にいるか見当もつかない。フラフラと視線を彷徨わせて探していると肩を叩かれた。「やっと見つけたぜカナタ!」春斗も僕を探していたようで、先に見つけてくれたみたいだ。「いやー卒業式なんて感慨深いな!」何も考えていなさそうな春斗の口からそんな感想が出てきた事に驚いたが、何気に僕も4年間の思い出を振り返る。「そういえば、式が終わったあとどうするんだ?」何も考えていなかったな、まあでも世間は打ち上げみたいな事でもするんだろうか?「何も考えていなかったけど、宿り木で卒業祝いするとか楽しそうだなって」「おー!今それを言おうとしてたんだよ!団長とかもお祝いしたいって言ってくれてたしさ、そんなら式終わったら宿り木行くか!」式が終わってからの予定がたったの数分で決まってしまったが、まあいいだろう。そろそろ時間だ、僕らは式の会場へと足を進めた。――――――卒業式は淡々と進んでいく。これといった大きなイベント事もなく終わった。呆気なく終わってしまったが、こんなものなのだろう。これから他の同級生は自分の人生を歩んでいく。僕も研究所への就職が決まっているし、各々自分で敷いたレールの上を走っていくのだろう。「さあ!行こうぜカナタ!」大学の校舎を出てすぐに駆け出そうとする春斗を抑え込むのが大変なほど興奮している。「そんな急がなくてもいいよ、歩いて行こう」何度も言うが僕は体力がない。宿り木まで走って行くなんて正気の沙汰じゃない。しばらく歩いていると、ふと春斗が声を掛けてきた。「そういえばカナタ、彼女いるか?」何だ急に、男同士で恋バナと洒落込むつもりか?「いや、残念ながらいないな」
1人になってしまった僕を見てか、アレンさんが話しかけにきてくれた。「やあカナタくん、あれから魔法は順調かな?」アレンさんにはたまに魔法の稽古を付けてもらってる為、久しぶりに会った感じはしない。「どうも、そうですねやっぱり上級魔法はなかなか難しくてこないだ1度だけ出来たんですけどたった1回で魔力が尽きてしまいました」「おおー!?もう上級魔法が使えたのか!凄いじゃないか!魔力はまだ少なくて当然だし自ずと増えてくるものだから気にしなくていいよ。でもまさかもう上級まで覚えるとは……これは戦略級魔法まで教えるのも近いな……」何やら聞き慣れない単語が聞こえてきたが……戦略級?もう字面から凄そうじゃないか。「戦略級っていうのはどれくらいの威力なんですか?」「それはもう、戦略級だよ。街1つ壊滅させる事ができるね」とんでもない魔法じゃないか。そんなもの覚えてもいつ使えばいいんだ。そんな話をしていると僕らの会話が耳に入ってしまったのか怒った形相でこちらに向かってくるレイさん。「ちょっと団長?今戦略級って聞こえてきましたが?」「あ、いや、その、まあなんていうかね、カナタくんは凄いってことだよ!」なんの言い訳にもなっていないし、明らかに動揺したアレンさんは引っ張られていった。また1人になったと思ったらアカリから声が掛かる。「カナタ、悪夢のこと調べた」悪夢?ああいつも見ている夢のことか。そういえば調べるって言ってたからなにか分かったのかもしれない。「もしかして何か分かったのか?」「ちょっとこっち来て」アカリに連れられ誰もいない来客用のスペースで話を聞くことになった。――――――「魔法だと思う」唐突に言われたが、正直言って訳がわからない。魔法だとしても一体誰が僕にかけたのか。夢の中身も自在に操ることができるのか?大体なぜ僕に?聞きたいことは山程あるが、アカリの次の言葉を待つ。
アカリは黄金の旅団の中で一番若い。アレンに出会うまでは、暗殺者を生業としていた。生まれてすぐに両親に捨てられ、拾ってくれたのが暗殺者の教育機関だった。毎日暗殺術や隠密、普通の生活には相応しくないであろう事ばかりやらされていた。物心つく前からそんな日々を過ごしていた為それが日常となり、数年経った頃には誰よりも強くなってしまっていた。「アカリ、お前にしか出来ない依頼だ」ある日、暗殺機関のトップからそう告げられ1枚の紙を渡される。そこには、アレン・トーマスの暗殺、と書かれていた。既にアレンは最強の一角として知られていた為アカリには荷が重いと思ったが、トップからの依頼は断るという選択肢はない。依頼=命令である以上、達成しなければならない。「分かりました」アカリは淡々と告げ暗殺対象の情報を集める為、すぐに行動を開始した。アレンは黄金の旅団の団長であることがわかった。レイ・ストークスを副団長として従え総数は30人を越える。そこに暗殺を仕掛けるのは自殺行為に等しいが……失敗すれば殺される。暗殺機関はそういう所だ。役立たずは切り捨てられまた新たな人員が補充される。アレンという男に恨みはないが自身の命のために、ここで死んでもらうと覚悟を決める。旅団を追っていると野営の準備にかかりだした。アレンが1人になる瞬間を狙うしかない。――――――日も落ち、テントが複数設置され談笑している団員達が出てきた。アレンは用を足すためかその場を1人離れた。木の陰から目にも止まらぬ速さで何者かがアレンに接近する。刀を逆手で持ち一撃で首を刈り取るようにアレンに迫る少女。鉄を叩くような音が周囲に響き沈黙が訪れる。刀は何かに弾かれたようで、一撃で殺しきれなかった。少女が二撃目の構えに入ったその時、声が聞こえる。「誰かは知らないけど、ボクを狙ってるね?これでも一応最強の一角と呼ばれてるんだけどなぁ」独り言のようだが
2044年3月30日僕は研究所で実験の試験作動に立ち会っていた。異次元空間への接続を可能とする未知の機械は既に稼働前段階に入っており、残すは立証実験のみとなっていた。「やっとここまできたね」五木さんを主導に僕の理論を形にした、現代の技術の粋を集めて作られたそれは悠々と眼の前の大きな機械に囲まれ佇んでいる。「この異世界ゲートの起動は彼方君にやってもらうつもりだからね」「分かりました。緊張の一瞬ですね」しかし稼働する前にやることはある。「まずは記者会見を開いて、妨害工作を防ぐ為に軍とも話し合い警備をしっかりしてもらわないとね」起動する準備は出来たが、そこに至るまで大人の事情ってやつがたくさんあるみたいだ。「実際に稼働するのは4月7日。今から1週間後となるだろう」五木さんも心なしか目が輝いており、今か今かと待ち望んでいたようだ。「あとの手続きは私の方でやっておくから今日から一週間はゆっくりするといい」卒業してから今日まで毎日研究所へと通い詰め、稼働試験に没頭していた僕を労う為に束の間の休息が与えられた。「ありがとうございます。姉さんからもたまには家でゆっくりしろって口うるさく言われてますからね」その後しばし五木さんと談笑し、家に帰ることとなった。――――――「ねえ彼方、いつ立証実験は始まるの?」姉さんに日にちを伝えるが正直言って来て欲しくはない。何があるか分からないし、危険がないとは言い切れない為だ。「姉さんは一応来ない方がいい、何があるか分からないんだから」「じゃあ彼方も危ないじゃない!」僕が理論を作り上げたのだ、その場に居ないわけにいかない。「僕が起動スイッチを押すことになるから行かないとダメなんだよ。姉さんは安全が確認出来てから一緒に行こう」姉さ
「全員準備は整ったな?」暗く狭い部屋で静かな声が響く。「はい、万全の体制で挑めます」「確実にアレンや剣聖が出てくる、アレンの相手は俺がやるが剣聖はお前らでなんとか止めてみせろ」魔族達も密かに計画を立てていた。「偵察した魔族からは、4月7日に異世界ゲートを起動するとのことです」「もうすぐだ、ここまで長かったがやっと我らの時代が来る。分かっているな?失敗は許されん」「最優先事項として起動が確認されればカナタを抹殺致します」カナタさえ消えればあのゲートをもう一度作るのに膨大な時間がかかるだろう。それに起動さえしてしまえば、異世界から仲間を呼び寄せこの世界を支配することができる。1つだけ気がかりがあるとすれば、剣聖だ。剣聖の持つ聖剣エクスカリバーは魔神を傷つけ再生できぬようにする唯一の武器。彼さえ気をつければ他は強かろうが身体は再生できる。「この世界も暗黒の時代へと変えてやろう」笑いを押し殺したような声だけが部屋に|木霊《こだま》した。――――――宿り木では連日対策会議が開かれている。もちろん、内容は4月7日の体制についてだ。全員が元の世界に帰る為には、無事に起動させること。つまり、妨害を跳ね除ける戦力が必要となる。魔族がこの日を狙って何か仕掛けてくるのは間違いない。ここ最近は魔族の姿を目撃できておらず、全員が不気味に感じていた。「団長、剣聖に姿を隠しておいてもらうのはどういうつもりですか?こちら側の最大戦力です、前に出てもらったほうがいいのでは?」「奇遇だね、ボクも同じ意見さ」団員からもっともな意見が飛んでくる。アレンも同じ考えだったが、半分ほどの団員は全員姿を見せておいた方が抑止力になるのではないかという意見だった。「私はアレンに賛成だな」すると剣聖から、賛成の声が上がった。「剣聖殿、それはどういう意味か?」「答えてやったらどうだ、アレン」自分で答えるのが
全員が各々準備の為動き出した。春斗、フェリス、アカリは三人で固まって話をする。「で、俺らはどうやって動く?」「指示はアタシが出すわ、だからその通りに動いてくれればいい」「分かった」二人は護衛対象を守る為最善の配置、動きを再確認する。僕の役目は守られる事だけ。作戦会議に参加しているようで参加していないのが少し寂しい。「とにかくアカリは何があってもカナタくんの側を離れないようにして」「ハルトは3歩後ろを歩いて護衛対象の周囲を警戒」「アタシは護衛対象の左斜め後ろの一歩下がった所」フェリスさんの的確な指示に二人は頷く。「もし万が一護衛の布陣が崩れるようなら、庇うようにハルトはその身で守ること、アカリはカナタくんを抱えて飛び出して」「俺は肉壁ってやつだな!任せろ!」「私は飛び出してどこに行けばいい?」「飛び出したら後は、安全が確保できる場所まで逃げて」「分かった」念の為護衛失敗時の動きも頭の中に叩き込んでおくようだ。こうすることで、成否問わず護衛対象の安全を確保することができる、ということだろう。話し合いは遅くまで続き、そのまま夜はふけていった。――――――アレンは自室で剣聖と二人で向かい合っていた。「私はカナタに襲いかかってきたリンドールを斬る事に集中しておけばいいな?」「そうだね、他の魔族は団員に任せておけばいい。剣聖には剣聖にしか出来ない仕事があるからね」剣聖には魔神と対峙してもらわないとならない。アレンがどれほど強くても完全に消滅させるには聖剣がいる。聖剣は聖剣に認められた者にしか扱えない。だから剣聖には魔神討伐の旅に付いてきてもらうこととなった
「やあ!カナタ、よく眠れたかな?」「はい、ベッドもふかふかでよく眠れました。ありがとうございます」気付けば寝落ちしていたみたいで、朝起きた時にはアカリは既に部屋から居なくなっていた。まあ目を覚まして真横で寝ていたら気まずかったし結果的には良かったよ。一番大きい広間に集まると、みな準備万端なのか装備はしっかりと装着されていた。「使徒との戦いかぁ。流石にボクも初めてだからね、どれだけ善戦できるか」「儂とて長年生きてはおるが使徒との戦闘は初じゃ。魔導の真髄を極めたつもりじゃがそれがどこまで通用するかのぉ」アレンさんとクロウリーさんがいれば心強いが、相手はアレンさんをも一蹴したペトロさんが恐れる使徒。あまり楽観視はできなかった。「人間にあまり期待はしていないけど、あまりに無様な戦いをするようだったら、許可は貰えないと思ってくれよ。私としてはカナタ君が気に入っているからなんとかしてあげたい気持ちはあるが、君達が無様すぎればヨハネも首を縦に振らないだろうから」要はペトロさん達に頼り切りにならないようある程度戦ってみせろということか。正直僕はギガドラさん頼りになるが、これも僕の力としてカウントしてもらえるのだろうか。「ああ、それと。カナタ君、そのギガドラの爪は君の力として扱うといい。彼が君にそれを託した時点でそれは君の力なんだからね」「分かりました。いざという時は使います」ペトロさんがそう言ってくれたお陰で少し気が楽になった。「緊張してきたわね……アカリ、カナタ君を絶対に死なせてはだめよ」「大丈夫フェリス。片時も目を離すつもりはない」アカリが僕を守ってくれるようだが、一度僕は使徒同士の戦いを目にしている。だからたとえアカリが守ってくれていたとしても意味を成さないであろう事は分かっていた。
「手伝ってもらうといってもそう大した事ではない。次に許可を貰いに行くのは使徒の中でも一番力を持っている第一使徒ヨハネだ。彼の許可さえ貰えれば正直他の使徒が何を言ってきても意味を成さない」え?じゃあ今まで一人ずつ許可を貰っていった過程は無駄だって事かな……。ペトロさんは僕がなんとも言えない表情になっているのを一目見て、そのまま話を続けた。「ではどうして他の使徒の許可を得る必要があったのかと、そう思っているかもしれないがこれは必要な事だったんだ。ヨハネは確実に許可を出しはしないからね」「確実に、ですか?」「そう。人間を世界樹に近づけるなんて絶対に許しはしないだろう。しかし、ヨハネと戦い勝利する事ができれば彼は渋々ながら頷く」「本当ですか?」「ああ、本当さ。ただしさっきも言った通り使徒の中でも隔絶した力を持っているからね。私達五人の使徒と君達にも協力して貰う必要があるんだ」ヨハネさんと呼ばれる使徒は特に面倒臭い性質を持つらしい。僕らが戦い勝利を収めれば許可を得る事ができる。しかし現実的にそれは不可能であり、その為に手を貸してくれる五人の使徒と協力して勝たなければならないそうだ。使徒の力を借りなければそもそも触れることすら出来ない程の力を持つそうで、無駄に思われた他の使徒の許可を先に得たようだ。「それ……ボク達役に立てるのかい?」「役に立つ立たないではない。やらなければ許可は降りないだろう」「なるほど……あくまで、ワタクシ達人間が勝利する事に意味があるのですわね」やらなければならないのなら僕も覚悟を決めないとな。いざとなればギガドラさんに力を貸してもらおう。「最高の状態で挑みたい。君達は今日ここで一泊して英気を養うといい」ペトロさんから一
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目