テスタロッサさんを引き連れ宿り木に戻ってきて、一週間が経った。
最初こそ白帝がいると大騒ぎになったものだが、それも二日三日で慣れたのかいつも通りの日々が戻ってきた。
「よく集まってくれたね」
宿り木の一階には沢山の冒険者や有力な戦力が集まっている。
アレンさんは彼らを見回しそう口にした。
「魔神の場所が特定された」
「「「おおおおー!」」」
その言葉にみなざわめき立つ。
時間は多少かかったが、諜報系の職を持つ冒険者をフル稼働させた結果だろう。
「場所は魔族国の北にある廃城だ。ここから馬車でおよそ二十日。かなり距離があるから入念な準備が必要になるだろう」
魔族国……あの陰鬱とした場所か。
この世界に初めて訪れた時を思い出すな。
「当然だけど辿り着くまでにも魔族と戦闘になるであろう事は容易に想像につく。中規模の編隊を組む必要があるから、帝国騎士団にも協力してもらう運びとなった」
アレンさんが紹介すると、数人の騎士服を着た者達がゾロゾロと入ってきた。
その中にはソフィアさんの姿もあった。
戦闘用ドレスを身に纏い周囲は騎士が固めている。
「貴殿達冒険者と手を組む事は多々あるから知っている者も多いだろうが、私はエリュシオン帝国騎士団長、ロルフ・ラングレンだ」
「ロルフはレベル5の冒険者と同等以上の実力者だ。他にも精鋭を連れてきてもらったので戦力としては申し分ない」
ロルフさんは白と金色の鎧を身に纏っていて立ち振舞いからして強者のソレだった。
他にも周囲に侍る騎士の顔付きは心強く感じられる。
「冒険者と騎士団合わせて300人。それが今回魔神討伐に参加してくれる人員となる。前回に比べて2倍以上になっているけど、魔族国を抜ける事を考えればこれでも少ないくらいだと思っているよ」
神域の結界に近付くと各々馬車を降りて徒歩ですぐそばまで寄る。手を伸ばすと目に見えない何かに触れた。ここに戻ってくるのもこんなに早いとは思わなかったな。使徒の方々と別れたのもついこないだ。まさかこんなに早く戻ってくるとは世界樹の精霊も想像していなかっただろう。「ここからどうするつもりだ」「多分結界に触れたので巡回している神族の方が来ると思います」「ならば俺は離れておこう。魔族が側にいれば良からぬ想像をされてしまうぞ」リヴァルさんはそれだけ言い残すと馬車を引いて見えなくなる距離まで離れていった。あとは待つだけだが、神族の人が気づいてくれるかな。確か巡回している神族のリーダーはガブリエルって名前だったはずだ。その方の名前を出せば他の神族の方でも話を聞いてくれるだろう。いつ来るかと待っていると神域の結界に穴が開き中から白い翼を畳みながらこちらへと一歩出てきた。ガブリエルさんだ、ちょっと不機嫌そうな顔をしているのはわざわざ迎えに来なければならなかったからだろうな。「……早かったな人間」「そうですね、思っていたよりかは早く戻ってこれました」「そっちの人間は誰だ」僕の姉だと説明するとガブリエルさんは怪訝な表情を浮かべた。この世界の人間じゃないって知っているから、どうして姉がこの場にいるのかと不思議に思っているようだ。「別世界の人間がまだこの世界に紛れ込んでいたのか……まあいい、付いてくるといい」ガブリエルさんの許可は出た。僕とアカリ、そして姉さんで神域へと足を踏み入れる。姉さんにとっては初めての神域だ。視界に飛び込んでくる広大な景色に驚い
魔界を出て早四日。神域までは後半日といったところだ。リヴァルさんが居てくれて本当に助かった。リヴァルさんの自前の馬車がなければ最悪の場合、討伐隊の馬車を一台借りて御者も誰かに頼まなければならなかった。姉さんに惚れていてくれて本当に助かった。まあ本人は否定しているけど、誰がどう見ても姉さんに惚れてるよあれは。神域に向かう道中何度か魔物の襲撃に合ったが、その時もリヴァルさんは真っ先に姉さんを守っていた。「ねぇカナタ。元の世界に戻ったら私の記憶はどうなるのかな?」「まだ分からないよ。僕だって記憶を引き継げるかどうか分からないし、そればっかりは世界樹の精霊次第だと思う」「そっかー。どうせならリヴァルもこっちの世界に来れたらいいのにと思ったけど難しいかなぁ」魔族を日本に連れ帰ったら大騒ぎになるだろう。というかそもそも時間が戻るんだからリヴァルさんと出会った事もなくなってしまう。姉さんはそれを理解できているんだろうか。「紫音、その提案は有り難いが俺にも守らなければならない領民がいる。彼らを放り出して別の世界に行くのは……難しい」「まあそうだよね。ゴメンゴメン、言ってみただけ。せっかく仲良くなれたのに残念だなって思ってさ」「……どうしてもと言うのなら吝かではないが」リヴァルさんすっごい小声で言ったな。領民を守るってのはどうしたんだ。惚れた女を優先する気満々じゃないか。「アカリとは、日本で会えそうだな」「うん。時が戻っても既にあっちの世界にいる時間軸だと思う」アカリやアレンさんはまた会えるだろう。春斗
リヴァルさんの馬車に乗り込むのは比較的容易だった。というのもリヴァルさんが近づく魔物や魔族を寄せ付けなかったのだ。結界魔法というのは便利だなとつくづく思う。しかしアカリから聞いた話では、移動しながら結界を維持するのは並大抵の魔力量では不可能だそうだ。それに移動しながら結界を維持するのは相当な魔法操作技術がいるらしく、少なくともアカリは無理だと言っていた。高位魔族であるリヴァルさんだからこそできた芸当だったようだ。「さっさと乗れ」「ありがとうございます!」僕と姉さん、アカリが乗り込むとリヴァルさんも一緒に乗り込んできた。この馬車を操作する御者はどうするのかと質問しようとすると、リヴァルさんが先に口を開く。「俺が魔法で操作する。どうせ神域の結界まで辿り着けばそれ以上俺の役割はなくなるだろう。だから魔力をどれだけ使っても問題はない」そんな事が可能なのか。自動運転の車みたいな感じだと思えばいいか。僕らは再度お礼をすると、馬車が動き出した。神域はここからだとかなりの距離がある。数日を要するのは間違いない。食料とか一切積んでいないが、その辺はあまり心配しなくてもいいとのこと。まあ冒険者であるアカリが言うのだから本当に心配する必要はないのだろう。――――――馬車の中では姉さんからの質問が止まらなかった。どうやって魔神を倒したのか、魔法が使えるなんてズルいだとか、世界樹って何?だとか。理解してもらうにはそれなりの時間が掛かったが、数日の旅で姉さんにも理解して貰うことができた。一応邪法に関しては一切話していない。そ
セラさんが両手を前に突き出し結界を形成すると、リサさんは煙のように姿を消した。魔族からの魔法は結界で阻まれ僕まで届くことはない。「なっ!?これを真っ向から防ぐだと!?」魔族が驚愕している声が聞こえてくる。セラさんは中学生のような見た目をしているがれっきとした大人だ。攻撃能力こそないが防御に関して言えばアレンさんの一撃すらも防ぐ事ができる。その能力を買われて"黄金の旅団"に加入したとはアカリから教えてもらった情報だ。そんなセラさんの絶対防御を突破できず狼狽える魔族。しかし魔族が呆然としていれば当然隙だらけになる。「さよなら」「うぐぅぁッ――」いつの間にか魔族の背後をとっていたリサさんが核を破壊し魔族はそのまま息絶えた。「どこかに行かないといけないんですよね?行ってください!」「ありがとうセラさん!それと姿は見えないけどリサさんも助けてくれてありがとう!」僕はまた走り出す。ここまで来るのにかなり助けられているな。その後も何度か魔族が僕目掛けて魔法を放ってきたがその全てを仲間のフォローにより防いでくれていた。アカリも流石にそろそろ疲れてきているのか、一瞬姿を見せた時に顔を見たが額に汗が滲んでいた。みんなの助けを一身に受けリヴァルさんの所まで辿り着くと、姉さんが驚いた表情をしていた。「カナタ!なんで急にどっか行くの!?」「いや、その、ごめん姉さん。それよりもリヴァルさん――」「……リンドール様を倒したのか」僕の言葉に被せるようにしてリヴァ
「その男が言っていただろう。ここは任せておけ。お前には行かねばならん所があるのだろう?」僕が呆然としているとテスタロッサさんに肩を叩かれた。そうだ、ゆっくりしている暇はない。涙を拭うと僕は直ぐ側にいたアカリに声を掛ける。「行こう」「うん」長い言葉は交わさない。必要最低限の会話をすると僕らはリヴァルさんと姉さんの元へと急いだ。魔神がやられたとはいえ魔族や魔物は戦いを止めはしない。魔神の元へと向かった時と同じくアカリが僕らの阻む敵を斬り伏せていく。「貴様らァァッ!リンドール様を――」「うるさい」何か言いながら飛び掛かってきた魔族もアカリが瞬時に斬り伏せる。これだけ忙しなく動き回っているのに汗一つかいていない。ただそんなアカリもたった一人で全てに目を向けるのは難しい。「ガァァッッッ!」突如横から襲い掛かってきた魔物は僕が反応するよりも早く懐へと飛び込んでくる。「うわっ!」咄嗟に両手をクロスして心臓を守る体勢をとったが、その後すぐに突進してきた魔物は吹き飛んだ。何が起きたか理解できずにボケッと吹き飛んだ魔物を見つめていると何処からともなく檄が飛んできた。「何を立ち止まっているの!周りは気にせず先に進みなさい!」声のした方へと顔を向けると精密射撃で僕へと襲い掛かる魔物を狙撃したのであろう体勢のまま声を張り上げるレイさんの姿があった。僕はまた足を動かしレイさんに頭だけ下げて感謝の意を示し走り出した。時々飛んでくる魔法で創られた鋭利な刃は怖いが、その殆どはアカリが防い
春斗がやられた時とまったく同じ光景が目の前に広がっている。あの時は僕に何の力もなかったせいで、手を出すことすら出来なかった。でも今は違う。「邪法!次元破壊!」僕の目が金色に染まり視界に魔神を捉える。この邪法はクロウリーさんから聞いただけのものだ。効果は絶大であるが故に代償も大きい。たった一度の使用でも寿命を十年は削られてしまうだろう。それでも僕は躊躇わなかった。「何だこれは!?」アレンさんに突き刺さった剣を手放し、魔神は自分の両手をマジマジと見つめる。魔神の身体は少しずつ薄くなっていき光の粒子に変わっていく。僕の使った邪法、次元破壊は存在ごとこの世から抹消してしまう恐ろしいものだ。たとえ魔神のような格が違う存在であってもこの邪法の前ではみな等しく消滅する。徐々に消滅していく自分の身体と僕を交互に見ながら魔神は歯を食いしばった。「貴様……このような力を使って無事で済むと思うなよ」「理解しているよ。僕の寿命でお前をこの世から消せるなら悔いはない」「グッ……ぬかったわ……まさかこのような力で負けるとは、な。次に生まれ変わったら、今度は貴様の世界を滅ぼしてやる」魔神の身体は下半身まで消え、残るのは胸から上だけ。僕を睨みながら魔神ヴァリオクルス・リンドールは完全に消滅した。魔神の消滅を確認するとすぐさま地面に横たわるアレンさんへと駆け寄った。「アレンさん!」「邪法を……使いこなしている