僕にはアレンさんが何を言っているのかすぐには理解できなかった。
姉さんがこっちの世界にいる?どういう事だ、あの時ゲートに飛び込んだのは僕らだけ。姉さんは涙ながらに見送ってくれたはずだ。「これはウチのクランのメンバーが見つけた情報なんだけどね。ほら、あっちの世界に行ってたメンバーだったら顔とか覚えているだろう?それで魔神を探している時に偶然見つけたらしいんだ」
「あの……それは見間違いとかではなくてですか?」「ボクもそう思ったんだけどね。その子もそんなはずはないとしっかり観察したらしいんだ。……やはり本人で間違いはないそうだよ」何故?という言葉が僕の頭の中をグルグルと回る。
そもそもどうしてこっちの世界に来たんだ?どうやって?ゲートが閉じる前に飛び込んだか?分からない……どうして姉さんが。僕があまりに呆然としていたからかアレンさんは肩を優しく叩く。
「でも安心していいさ。既にボクの仲間が監視している。今のところ危険はないようだけど、どうして魔族国にいるのかはこれから調べるよ」
「はい……」「カナタのお姉さんはもしかしたらどうしても弟の事が心配すぎてついて来てしまったのかもしれないね。ただゲートが閉じる瞬間に飛び込んだとすればこっちの世界の座標は狂ってしまう。それなら納得もいく」百歩譲ってこっちの世界に飛び込んだのはいい。でもそれならどうして魔族国にとどまっているのか。魔物が闊歩しているから危険なのはわかるが、それなら姉さんが殺されていてもおかしくはなかった。でも今の今まで生きて魔族国で生活しているというのが不思議でならなかった。「魔族にも人間に味方する者はいると聞く。もしかしたらそういった魔族に拾われたのかもしれないよ」「そうですね……それならいいんですけど」「とにかく続報を待つしかないし、どのみち魔族国に入ればいずれ会う事ができる。それまではボクの仲間が僕にはアレンさんが何を言っているのかすぐには理解できなかった。姉さんがこっちの世界にいる?どういう事だ、あの時ゲートに飛び込んだのは僕らだけ。姉さんは涙ながらに見送ってくれたはずだ。「これはウチのクランのメンバーが見つけた情報なんだけどね。ほら、あっちの世界に行ってたメンバーだったら顔とか覚えているだろう?それで魔神を探している時に偶然見つけたらしいんだ」「あの……それは見間違いとかではなくてですか?」「ボクもそう思ったんだけどね。その子もそんなはずはないとしっかり観察したらしいんだ。……やはり本人で間違いはないそうだよ」何故?という言葉が僕の頭の中をグルグルと回る。そもそもどうしてこっちの世界に来たんだ?どうやって?ゲートが閉じる前に飛び込んだか?分からない……どうして姉さんが。僕があまりに呆然としていたからかアレンさんは肩を優しく叩く。「でも安心していいさ。既にボクの仲間が監視している。今のところ危険はないようだけど、どうして魔族国にいるのかはこれから調べるよ」「はい……」「カナタのお姉さんはもしかしたらどうしても弟の事が心配すぎてついて来てしまったのかもしれないね。ただゲートが閉じる瞬間に飛び込んだとすればこっちの世界の座標は狂ってしまう。それなら納得もいく」百歩譲ってこっちの世界に飛び込んだのはいい。でもそれならどうして魔族国にとどまっているのか。魔物が闊歩しているから危険なのはわかるが、それなら姉さんが殺されていてもおかしくはなかった。でも今の今まで生きて魔族国で生活しているというのが不思議でならなかった。「魔族にも人間に味方する者はいると聞く。もしかしたらそういった魔族に拾われたのかもしれないよ」「そうですね……それならいいんですけど」「とにかく続報を待つしかないし、どのみち魔族国に入ればいずれ会う事ができる。それまではボクの仲間が
テスタロッサさんを引き連れ宿り木に戻ってきて、一週間が経った。最初こそ白帝がいると大騒ぎになったものだが、それも二日三日で慣れたのかいつも通りの日々が戻ってきた。「よく集まってくれたね」宿り木の一階には沢山の冒険者や有力な戦力が集まっている。アレンさんは彼らを見回しそう口にした。「魔神の場所が特定された」「「「おおおおー!」」」その言葉にみなざわめき立つ。時間は多少かかったが、諜報系の職を持つ冒険者をフル稼働させた結果だろう。「場所は魔族国の北にある廃城だ。ここから馬車でおよそ二十日。かなり距離があるから入念な準備が必要になるだろう」魔族国……あの陰鬱とした場所か。この世界に初めて訪れた時を思い出すな。「当然だけど辿り着くまでにも魔族と戦闘になるであろう事は容易に想像につく。中規模の編隊を組む必要があるから、帝国騎士団にも協力してもらう運びとなった」アレンさんが紹介すると、数人の騎士服を着た者達がゾロゾロと入ってきた。その中にはソフィアさんの姿もあった。戦闘用ドレスを身に纏い周囲は騎士が固めている。「貴殿達冒険者と手を組む事は多々あるから知っている者も多いだろうが、私はエリュシオン帝国騎士団長、ロルフ・ラングレンだ」「ロルフはレベル5の冒険者と同等以上の実力者だ。他にも精鋭を連れてきてもらったので戦力としては申し分ない」ロルフさんは白と金色の鎧を身に纏っていて立ち振舞いからして強者のソレだった。他にも周囲に侍る騎士の顔付きは心強く感じられる。「冒険者と騎士団合わせて300人。それが今回魔神討伐に参加してくれる人員となる。前回に比べて2倍以上になっているけど、魔族国を抜ける事を考えればこれでも少ないくらいだと思っているよ」
マフラーの編み方を教える事およそ二時間。やっとテスタロッサさん一人で編めるようになってくると、楽しくなってきたのか黙々とやり始めた。僕らはそれを眺めるだけ。これもしかして終わるまで見ておかないといけないのだろうか。アレンさんなんて早々に飽きてソファで寝てるし。「ふむ、なかなか奥が深いな」「でも慣れると案外サクサク進みますよ」マフラーの形にはなってきた。とはいえまだ半分ほどだが、このペースでいけば今日中には出来上がるのではないだろうか。「でもなんでまた突然マフラーを編みたいと思ったんですか?やっていない事に挑戦したいと仰ってましたけど」「一番手軽に始められるからだ。料理だと材料を集めるのが大変だろう」まあ言わんとしている事は分かるが、手先が器用じゃなければ編み物は難しい。その点テスタロッサさんは手先が器用だったからいいが、もし不器用だったら途中で投げ出していただろうな。レオンハルトさんは庭で剣を振っている。見ていてもつまらないだろうし当然か。僕はずっと見ておかなくちゃならないんだろうけど、見ているだけというのもなかなか苦痛ではある。不意にテスタロッサさんが顔を上げ僕をジッと見つめる。「カナタ、魔神討伐にお前も参加しているのか?」「はい。僕も目的があるので」「ふむ……死ぬなよ」それだけ言うとテスタロッサさんはまた手元のマフラーに視線を落とす。なんだろう、何か言いたげだったけど。「世界樹には行ったのか?」「はい、行きました。そこで精霊とお話もしましたよ」「ほう、世界樹の精霊か。私も会ったことはないな」世間話ついでに神域の話を振るとテスタロッサさんも興味が
帝都に戻った僕らは主だった面子を集めて宿り木へと集合した。クロウリーさんは後から合流する事になっている為今はいない。「なるほど……神域でそのような事が」「そう。だからできるだけ戦力がいるんだ、レイ」レイさんを筆頭に帝都にいる能力の高い冒険者を集めてもらい、僕とアレンさん、レオンハルトさんはまた白帝テスタロッサさんに会いに行く。情報収集については"黄金の旅団"の一部のメンバーに魔神の所在を調べてもらう事になった。テスタロッサさんの邸宅へ赴いたまでは良かったが――「魔神討伐に付き合えだと?お前達でも何とかできるだろう」「いや、奴は強くてね。確実に殺す必要があるんだよ」「それで私に手を貸せと?」どうやらテスタロッサさんはあまり乗り気ではないようで、腕を組んで鼻で笑う。「殲滅王と魔導王が参戦してそれでも足りんと言うのか?」「念には念をってやつさ」「過剰戦力にも程がある。それに私に依頼するなら破格の依頼料が発生するぞ」世界最強の白帝に依頼などしようものならとんでもない額なのではないだろうか。正直聞くのも恐ろしい。「この世界の為に戦ってくれないかい?」「私は今忙しい」「じゃあ先にそれを手伝うからさ」「お前では役に立たん。そうだな……カナタ」不意に僕の名前が呼ばれると同時に鋭い眼光が僕へと向けられる。「は、はい」「私にマフラーの編み方を教えよ」「マ、マフラー?」何かの隠語だろうか……まさか首に巻く方のマフラーでは無いだろうし……。
「それじゃあまた来るのを楽しみにしているよカナタ君」「はい、いつになるかは分かりませんが必ず戻ってきますので」ペトロさんと握手を交わし僕らは入ってきた結界の所まで送ってもらうこととなった。使徒ペトロさんの管轄内であるその結界の場所までは転移で移動ができる。瞬きする間もなく到着した僕らを出迎えたのは、アレンさんに鎖で雁字搦めにされた神族だった。「む……貴様らは」僕らの顔を見て一瞬凄い形相になったが、すぐそばにペトロさんがいるのを確認するとすぐに片膝を突いた。「ああ、ここの警備を担当している神族かな?」「はっ!その者達はあろう事か強引に神域へと侵入しました」「知ってるよ。ガブリエルからまた詳しく聞いておくといい」それだけ言うとペトロさんは僕へと向き直った。「次に来る時は結界の外から呼び掛けてくれるといいよ。そうしたらガブリエルに迎えに行かせるから」「分かりました。入った時は強引なやり方ですみませんでした」僕が悪いわけではないが、ペトロさんは僕しか気に入っていないようで他の人の話は無視だからな。「結界を修復するのも面倒だからね。じゃあまた会うのを楽しみにしているよ」全員で頭を下げると僕らは神域の外へと出た。出ると同時に後ろの光景は瞬時に変わり、森の中に突然現れたような錯覚に陥る。「これからが大変だね。魔神を探さないといけないし討伐隊を組み直さないと」「そうですね……今頃どこに隠れているのか」魔神憎しで集まる者は多いだろう。ただ探すとなれば魔族国に入らなければならない。魔族だって一体一体が相当強いし討伐隊の人数はこれまでの倍以上の数になるのではないだろうか。
突如響いてきた声は男とも女とも言えない性別が分からない声質だった。僕が狼狽えていると再度声が響いてくる。『人の子よ、何用か』「あの、願いを叶えて欲しくて……」『願い、か。申してみよ』「僕の世界の時間を平和だった日に戻して欲しいんです」威圧感こそないが、言葉を間違えれば即座に存在ごと消されてしまいそうな、そんな気がした。だから僕は一言一言を丁寧に伝える。少し間を置き精霊は答えた。『時間を戻すとなれば相応の代償を払わなければならない』「代償……ですか。内容を教えて頂けますか?」代償はやはり必要なのか。痛くないものだったらいいけど。『人の子よ、そなたの命程度では到底足りぬぞ』「命でも足りないとなれば僕は何を差し出せばよいでしょうか?」最悪の場合、自身の命と引き換えくらいは覚悟していたが、その命を使ったとしても時を戻す願いは簡単に叶えられないようだった。『とはいえわざわざここまで来たそなたに一つだけ試練を課そう。それを見事達成した暁にそなたの願いを叶えてもよい』「試練、ですか?」代償の次は試練か。無理難題でなければいいけれど、と僕は不安を抱えながら問い掛けた。『魔神をこの世界から葬り去って欲しい』「ま、魔神をですか?流石にそれは……」『できんと申すか?そなたの望みはそれ程までに高みにある願いぞ』魔神か……アレンさん達と協力しても勝てなかった相手だ。僕一人でどうこうできる話ではなくなってきたな。「いえ、やります。では魔神を倒したらまたここに来てもい
結界の中へと入ると聳え立つ世界樹が一層神々しく見えた。地球には存在しないレベルの大きさに僕はポカーンと口を開けてしまう。「どうしたんだい?カナタ君。もしかして君の世界には世界樹がないのかな?」「え?そうですね、世界樹なんて植物は僕のいた世界ではありませんでした」ペトロさんが不思議そうな顔をしているがこんなファンタジーの塊みたいな植物が地球にあってたまるかってんだ。「世界樹がない世界か……興味深いね」「そうなんですか?」「もちろん。世界樹は世界を支える柱みたいなものだからね。柱のない世界がどうやって存在しているのか、そっちの方が不思議でならないよ」そう言われると確かにと妙に納得してしまう。世界樹がないから魔法という概念も存在しなかったのだろうか。そもそも世界樹はどうやって誰が生み出したものなんだろう。……考え始めるときりが無いな。世界樹の根元まで来ると壁が目の前にそり立っているような感覚に陥る。太さだけでも田舎町くらいなら入りそう大きさだ。「凄い……これが世界樹なのね」ソフィアさんもうっとりしたような声を漏らしている。多分世界樹にここまで近づく事が出来たのはエリュシオン帝国初の人間になるんじゃないか?「これほど巨大とはのぉ……世界広しといえどもこんな大きな樹は初めて見たわい」「おい、近付くな」クロウリーさんも興味が尽きないのか世界樹に触れようとしてヨハネさんに怒られていた。神聖なものみたいだし勝手に触ろうものなら殺されてもおかしくはない。「じゃあ中に入ろうか」「中に、ですか?」「そう。もちろん入っていいのは願う者だけだよ」となると入れるのは僕だけか。何かあった時にアカリやアレンさんが側に居ないのは不安だな。ペトロさんと共に世界樹の巨大な入り口に立つと、ゆっくりと重い扉が開かれていく。
僕は今までの事をヨハネさんに全て話した。日本での悲劇、というより魔神が引き起こした惨劇の全てを。そしてそれをなかった事にしたいという僕の願いをヨハネさんは黙って最後まで聞いてくれていた。「時間を戻す、か。確かにそれは世界樹にしかできん御業だ」「では許可を頂けますか?」「……ふん。まあいいだろう。ギガドラに膝を突かされたのは事実なのでな」ヨハネさんは渋々ながらも許可を出してくれた。これで障害はなくなった。「それでは今から向かおうかカナタ君。ヨハネ、君も付いてきてくれるだろう?」「行かねば結界を通り抜けれんだろうが」なるほど、六人の使徒が結界の解除をしなければ、そもそも世界樹に近付くことすらできないようだ。世界樹へと向かう道中、クロウリーさんはずっと気落ちしていた。それもそのはず、自身の持てる最大威力の魔法が使徒に対して何の意味も成さなかったのだ。格が違うというのを実感させられたからだろう。「儂も長年魔法技術を追求してきたはずじゃ……しかし、擦り傷一つ与えられんかった……」正直ここまで力の差があれば、魔神討伐で使徒の力を借りるのが一番手っ取り早い気もする。「あの、魔神を倒す為にペトロさんとかに手を貸してもらうのはダメなんですか?」純粋に気になったから聞いてみると、アレンさんが答えてくれた。「ああ、普通はそう思うよね。でもそれはダメなんだよ」「ダメ……というのは?」「神域に暮らす神族や使徒は神域外での干渉は禁じられているんだよ。魔神はあくまで魔族国のトップだからね、使徒に手を貸してもらう事はできないんだ」そういうものなのか。人間が脅かされているんだから手を借りればいいのにと思ったが、そう簡単な話ではないらしい。「まあ魔神が神域に攻め込んでこれば話は変わってくるけどね。ただ、奴も馬鹿じゃないからそんな事にはならないだろうけど」魔神とて使徒や神族を相
ギガドラさんが落とした雷は目を開けていられないほどに光を放っていた。徐々に視界がクリアになってくるとヨハネさんは忌々しそうな顔で突っ立っていたが、その姿に若干の違和感を覚える。白い服がほんの少しだけ焦げていたのだ。ギガドラさんの攻撃は結界を多少なりとも貫通したようで、初めてヨハネさんに傷を負わせたらしい。「ククク、我の一撃は重いであろう?使徒統括といえど生身で受ければ消し飛ぶ威力ぞ」「雷神獣……確かに貴様の力は他の神獣を凌駕している。だがそれでも所詮は神獣の領域を出んという事を理解しておけ」「どうした?饒舌に喋るではないか。そんなにも意外だったか?結界を貫通する攻撃手段を持っていたことに」二人の舌戦は徐々に激しくなってくる。「少しばかり結界を貫通したというだけでふんぞり返るなど……程度が知れるぞギガドラ」「ほう?ならば次はもっと火力を上げてやろうか?その余裕そうな顔を歪ませてくれる」「やってみるといい。所詮は獣だという事を今一度知らしめてやる」ヨハネさんは片手を突き出し、ギガドラさんは口元に電撃を収束させていく。今度は二人の攻撃がぶつかり合う事になりそうだ。僕らは余波を受けぬようまた数歩下がり、防御の態勢を取った。「これは不味いですね。全員私の後ろに。絶対領域!」トマスさんが気を利かせてくれたのか僕らを覆うほどの結界を展開した。これなら余波を心配する事もないだろう。「我が全力の一撃、その身に受けよ!破軍雷光弾!」「全ては無に帰す……絶界」音は消え不意な静寂が訪れる。僕の目ではもはや何が起きたかすら知覚する事は出来なかった。突如、耳を劈くほどの轟音を掻き鳴らしたと思えば地面に片膝を突いていたのはヨハネさんであった。「ぐ……獣如きが……」「ククク、天辺で胡座をかいているからそういう事になるのだ。神獣だ