発表会から3日後五木さんから連絡があった。
スポンサーが複数ついたため満足できる実験ができるとの事だ。
それと立証実験にはもう少し人員がいるとの事で身近に優秀な人がいれば声を掛けてくれと伝えられた為僕の思いつく優秀な人材、茜さんに連絡を取った。
「3日ぶりね彼方君、それにしても急用って何?」
「実は五木さんからこんな事を言われまして」
メールで来ていた内容をそのまま伝えると食い気味に返答してきた。
「参加する!!!当たり前でしょ!科学者の権威とも言われている五木さんの研究所で働けるなんてお金出してでも参加したいっていうに決まってるじゃない」
五木さんって思っているより凄い人なんだな……
優しい人当たりのいいお兄さんって感じだから凄みが感じられなかったが。
とにかくこれで1人人員確保できた。
半年後に卒業とはいえ、他に今からでもしておくことはないだろうか。
茜さんと別れた後そんな事を考えながら駅に向かって歩いていると、一人の男性が近づいてきた。
あの人は発表の場で睨んでた人じゃないか?
まさか僕が一人になるのを狙ってたのか?
僕はできるだけ平静を保ちながら男性からの言葉を待った。
「君が彼方だな、あれは君が全て考えた内容なのか?」
「……いきなりですね、あなたは発表会の時にいましたよね。素性の分からない方にお答えする義理はありませんよ」
男性は少し、申し訳なさそうにしながらも答えた。
「すまない、私は一ノ瀬 漣《レン》と名乗っている」
名乗っている?変な言い回しをする人だな……
「こういうものだ」
名刺を渡してきたが、どうやらどこかの研究所に所属している人みたいだな。
「なるほど、さっきの返答ですが内容は僕が全て考え出した理論になります」
そう言うと漣は苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
「あまりよろしく無い事をしてくれたものだ。これ以上は危険すぎる身を引くんだ」
「理解ができませんね。何がどのように危険なのか具体的に教えてもらえますか?」
「異世界と繋がるのは危険なんだ。こちらの世界の技術では魔物に太刀打ちできないぞ」
まるで実際に見たことがあるような口ぶりだな。
この人は一体何者なんだ?
話せば話すほど謎が深まってくる。
「あなたはなぜ異世界を見てきたかのような話し方を?」
そう言うと漣はハッとした顔で僕の顔を見つめた。
「君が知るにはまだ早い、だが後悔することになるぞ」
漣は捨て台詞のように吐き捨てて立ち去っていった。
五木さんには伝えておいたほうがいいかもしれない……妨害してきそうな雰囲気があったし。
それにしても発表会以来、ひっきりなしに取材陣が声を掛けてくる。
大学の校内でも噂になっているようで、僕を見つけるとヒソヒソ話をしだす人が多い。
気にせず講義のため教室に向かっていると、後ろから肩を叩かれた。
「よぉ!カナタ!いや、今じゃ時の人ってやつだな!ハハハ!」
大声で笑いながら声を掛けてきたのは僕の数少ない友人の一人、神風春斗。
入学式で同じ学科の為知り合いそのまま友達にまでなっていた。
イケメンで誰からも好かれているのになぜか僕によく声を掛けてくる。
「なんだ春斗か。後ろの子たちは放っておいていいのか?」
人気がある為、常に春斗の周りには人がいる。今も6人ほどでいたのにいきなり春斗が僕に話しかけて来たせいで他の人たちが困っているようだ。
「ああなんだそんなことか。ごめーん!カナタと一緒に行くわ!」
笑いながら後ろにいる人達に断りをいれてすぐにこちらに顔を向ける。
「テレビで見たぜー!すげぇなカナタ!あの五木って人すげー人なんだろ!」
「話してみると普通の人だったよ」
「いやいや!しかも美人なアナウンサーとかに声かけられてたじゃん!モテ期か!?」
元気な奴だな。
春斗はいつも笑っていてこちらも楽しくなってくる。
だからこそ人気があるのだろう。
たわいもない話をしつつ教室に入ると、いきなり声を掛けられた。
「彼方君だよね!」「テレビ見たよ!」「全然内容理解出来なかったけど、なんかすごいな!」
複数の人に囲まれ喋りかけられるが誰も話したことない人達ばかりだ。
困っていると春斗が前に出た。
「はいはーい、カナタが困ってるからそこまでー!席に着け席に!」
周囲の人を押しのけて僕を空いてるとこに座らせた。
離れたところから春斗ずるいぞ!独り占めすんな!って声が凄い聞こえるけどいいのか?
「ごめんありがとう。正直誰も知らない人達ばかりだったから助かったよ」
「いいってことよ!気にすんな!俺とお前の仲だろー!」
こういうところが好きなところだ。
僕には真似できないな、できる事ならずっと友達でいたいものだ。
教授が教室に入ってくると静かになり、そのまま講義が始まった。
「ではこれで今日の講義は終わります」そう教授が告げると同時にまばらに席を立ちだす人や、そのまま談笑している人達がいる。「で?今日はどうするよ。家遊びに行っていいか?」「ああ、別に構わないよ」「よっしゃ!久しぶりにカナタの飯が食えるな!」お前もか。そんなに楽しみにされると腕によりをかけて作ってしまうじゃないか。「紫音さんも今日は家にいるのか?」「いや、姉さんは今日仕事で帰りが遅いってさ」多分これは二人でゲーム三昧できるかどうかの確認だな。姉さんがいると混ぜろってうるさいから。入ってきてもいいんだけど姉さんはびっくりするほどゲームが弱い。接待プレイになってしまう為純粋にゲームが楽しめないのだ。「よし!二人でゲームしようぜ!」「そんな事だろうと思ったよ」やっぱり春斗の考えていた事はゲームだったみたいだ。「まあ、ついでにカナタに聞きたいこともあったしさ」不意に真面目な顔でそう呟いた春斗は少し寂しそうな表情をしていた。「お邪魔しまーす!」元気な声を張り上げる春斗。家には誰もいないが真面目な性格なのだろう。「ただいま」僕も春斗に習って無人の家に挨拶をする。「で、いきなりだが腹が減ったな!!楽しみにしてるぜカナタの料理!」本能に忠実な奴め。仕方ない、ここは腕によりをかけて料理を振る舞ってやろうじゃないか。「じゃあリビングで寛いでてくれ。和食好きだろ?」「めっちゃ和食好き!俺も手伝うぜ!」いや手伝う気持ちは嬉しいが、やめてもらおう。料理は僕の趣味の一つなんだ。邪魔になる。「いやいいよ、テレビでも見て暇をつぶしておいてくれ」そう言いつつ僕は台所に向かう。とりあえずメニューは肉じゃが、鶏肉の照り焼き、魚の煮付けってとこかな。早速料理に取り掛かるが、ふとリビングの方に意識を向けると春斗が誰かと電話しているようだ。「いや……まだ……い、聞いて……る」所々しか聞こえないが、何やら真面目な会話らしい。春斗にしては珍しく声のトーンが低いから恐らくバイト先とかと連絡でもしているのだろうと僕は気にしないことにした。「お、出来た出来た」つい独り言を呟きつつリビングに料理を持っていく。「うわー!めっちゃ美味しそうな匂いに見た目!もう食べなくても美味いって分かるな!!」そりゃそうだ、なにせ僕が本気で作ったのだから。「「い
「それでさ、異世界なんちゃらってやつなんだけど」おもむろに春斗が口を開く。「異世界へのアクセス方法のことか?」「そう、それなんだけどさ実際行けそうなのか?」なぜこんなことを聞くのだろう、と考えたが春斗の事だ。異世界に行きたい!とかそんな気持ちで聞いてきたのだろうと思い僕は答える。「行けるよ。理論上だけど僕の理論は完璧に出来ているし五木さんのお墨付きだぞ」「そうか。ならさ、もし異世界と繋がったとして向こうから何か得体の知れない者がやって来るとかないのか?」確かにそうだ。もし異世界に繋がったとしても向こうが平和的に接してくるとは限らない。だがもちろんそれも織り込み済みで考えている。「いや、実際は繋がってみないと分からないけど、念の為に実験時には軍の人に待機してもらうつもりだよ」そうは言ったが、先日一ノ瀬漣という男から言われた言葉が頭をよぎる。――後悔することになるぞ。それが気がかりだが、軍で対応できないのならばそもそも侵略されて地球が滅ぶ前に人類は滅ぼされる事になる。「軍か。勝てるのか?もし化け物が出てきたらどうするよ?」「勝てる勝てないじゃない、やるしかないんだ」僕の強気な発言に春斗も戸惑いを見せる。「やるしかないって……まあお前が怪我したりはやめてくれよ?俺が泣くぞ」春斗……ほんとに良いやつだな。僕の為に泣いてくれるのか。「ありがとう、でも大丈夫だよ。念には念を入れて繋がったとしてもすぐに閉じることができるような機構を組み込むつもりなんだ」そんな会話のやり取りをしていると、春斗の携帯が鳴る。「おっと、すまん!ちょっと電話してくるわ!」「ここで電話してもいいけど」言い終わる前にリビングを出ていく春斗。いつもならその場で悪い!って言いながらも電話に出るんだけどな。また途切れ途切れで聞こえてくる。「ああ……るみたいだ、どう……打ち明け……」打ち上げ?バイトの飲み会でもあるのか?「いや……対応……しっかり……でも……危険……る」なにやら不穏な会話のようだな、盗み聞きはここまでにしておこう。台所に食器を持っていき洗っていると突然背後から声を掛けられた。「ごめんな、ちょっと真面目な話いいか?」春斗の表情は固い、なにやら大事な話のようだ。食器を洗うのもそこそこにリビングで春斗と向き合う。「実はな、俺は異世界
「なるほど……大体は理解したけどそれで僕に何をして欲しいんだ?」「俺達は元の世界に帰りたい、が繋がった瞬間魔族が流れ込んでくる恐れがある」まあそうだろうな、元の世界に帰りたい気持ちはわかる。だから今日僕の家に来たってわけか。「繋がったら帰してあげれるよ。駄目だなんて言うと思ったのか?」「いや、一応全ての権利は生み出したカナタにあるんだしさ断られたらどうしようとは考えていたんだぜ?」「それで、懸念があるんだろ?繋がった瞬間に魔族が流れ込んでくるってやつ」繋がった瞬間魔族が流れ込んできたら、軍では対処できないだろう。さっき見たような魔法が存在するなら現代の武器は通用しないはずだ。「そこで、俺達が守るって訳よ!俺達なら魔族に対抗できるしな」確かに春斗に協力してもらえば何かあってもなんとかなりそうだが、春斗の仲間はどうするんだろうか。「春斗以外にどれほどの仲間がこっちの世界に来たんだ?」「思ってたより多いぜ?20人がこっちに来ている」多いな。数人だと思っていたが討伐に出たくらいだからそれくらいにはなるか。「ちなみに巻き込まれたのは味方だけじゃなくて敵もなんだろ?」「そうだ、それが厄介なんだよ。一応こっちで暗躍しつつ討伐はしてるんだがな、まだ数体生き残ってる」それは危険だな……立証実験の際に妨害してくるなら危なすぎる。味方が多いとはいえ、敵の戦闘能力も馬鹿には出来ないはずだ。「てことは実験の時に妨害してくるってことだな?」「そう、それが俺達の一番の懸念なんだよ……もちろん俺はカナタを最優先で守るつもりではいるが敵にはかなりの強敵がいるんだ……」「仲間の方が数が多いのにその敵とやらのほうが強いのか?」「強い。対抗できるやつが一人だけいるんだけどな、こっちの世界に飛ばされてるはずなんだがまだどこにいるか所在を掴めていないんだ」そうか、20人全てを把握できている訳では無いのか。「まだ実験まで半年はある、探しきれないか?僕も伝手を使う」「無理だぜ。なにより名前も見た目も変えてるはずだからな、まずどうやって探すつもりだ?」魔法……厄介すぎるな。こんな時にまで力を発揮しなくていい。「とにかく一度仲間に会ってほしい、みんなカナタに会いたがっているんだ」「分かった。いつ何処で会うかは春斗に任せるよ」「よし!任せとけ!また連絡するぜ
一ノ瀬漣から貰った名刺に連絡すると3コールで電話に出た。暇なのだろうか?「誰だ、この番号を知っているということはプライベート用の名刺を渡した者だ、カナタか?」なんだ?プライベート用って。プライベート用の名刺なんて初めて聞いたぞ。「一ノ瀬漣さんですか?カナタです」「やはりそうか。それで?この番号に掛けてきた理由は?」淡々としているなこの人は。でも聞かないことには始まらない。「異世界の事で聞きたいことがあります」「……………………分かった。明日の12時にレーベでいいか?」レーベって駅前にある喫茶店の事かな。えらくお洒落な所を選ぶんだなこの人。「分かりました」「一人で来いよ」それだけ言うと電話が切れた。一人で来いとはどういうことだろうか。やっぱり誰にも気づかれず僕を始末するつもりか?春斗に伝えたほうがいいかも知れないな。携帯で春斗の番号を探す。春斗(元気バカ)なんて酷い名前なんだ。付けた僕が言うのもなんだが神風春斗に直しておこう。これから長い付き合いになりそうだしな。「もしもし、どうしたカナタ」「春斗ちょっと相談がある」「なに!?相談だと!待ってろ家に行く!」何を勘違いしたか分からないが、僕に何かあったと思ったのだろう。すぐに電話は切れたが、とりあえず家で待っておいたらいいか。しばらくするとインターホンが鳴る。「カナター!来たぜー!!!」速いな、電話してから10分しか経ってないぞ?魔法か?魔法の力なのか?そんなの僕も使いたいじゃないか!扉を開けると満面の笑みを浮かべて立っていた。「相談だって?何でも聞いてこい!」僕から相談なんてしたことがなかったから相当嬉しかったらしい。リビングに上がってもらいお茶を出す。「それで?何が聞きたいんだ?」「まずはこれを見てくれ」一ノ瀬漣から貰った名刺をテーブルに置くと怪訝そうな顔を浮かべる。「なんだこれ?ん?少し魔力を感じるな。これどこで手に入れたんだ?」「一ノ瀬漣って人がいるんだけど……」漣との遭遇、その後会話した内容を細かく伝える。「なるほどな、確かにこれは異世界絡みだ。俺に相談して正解かもしれんな」「やっぱり?とりあえず明日会うんだけど一人で来いって言われててどうしたらいいか相談したかったんだ」「一人で来いってのが怖いところだな。実際漣ってや
翌日、12時前に駅についた僕は辺りを見回したがどこにも漣の姿は見当たらない。もちろん春斗とその仲間も何処にいるか分からないが何処かに隠れてはいるのだろう。レーベに到着し、中に入るとまだ来ていないようで先にテーブルへ案内された。「すみません、ミルクティーを一つ」「畏まりました」店員と一言二言やり取りし窓の外を眺める。やはり見当たらないな春斗は、魔法の力だなこれは。カランコロンと店のドアが開く音がして、そちらに顔を向けると見知った顔が見えた。一ノ瀬漣が来たようだ。服装がスーツでビジネスマンの風貌をしているな。「すまない待たせたな」「いえ僕もさっき来たところです」社交辞令を交わし漣が席についた。「それで、異世界の話とはなんだ」直球で聞いてきたな。気になっていたようでソワソワしてるようにも見える。「では率直に聞きます。一ノ瀬漣さんあなたは異世界から飛ばされて来ましたね?」その瞬間当たりが凍りついたように音がなくなった。「え?」無意識に口から出た言葉はそれだけ。それ以上に今の状況が理解できない。周りの人が、時計が、音が、止まっている。マズい!核心をつき過ぎたようだ。直ぐに逃げる準備を行おうとするが足が動かない。「逃げることは出来ないぞ」漣がこちらを見定めるようにまっすぐ見つめてくる。「悪いが結界を張らせて貰った。この世界では元の世界に比べるといくらか力が落ちてしまうようだが私にとってはこれくらいは造作もない事だ」時を止める結界なのか?これが造作もない?想定していた以上に漣は強者のようだ。「言葉は発せられるはずだ。お前は魔族の仲間か?」「ち、違います……」絞り出すように声を出す。漣は僕のことを魔族の仲間と思っていたみたいだ。元の世界に帰るために魔族が僕を利用していたと考えているのだろう。「僕は春斗の仲間です……」そう言うと漣は、怪訝な顔を浮かべる。「なんだと?なぜハルトの名前を知っている」僕が答えようとした瞬間。ガラスが割れるような音が響き、薄い板を破るような激しい音と共に春斗が飛び込んできた。「カナタぁぁぁぁ!!」春斗の声だ!いつもならうるさかった大声が今はただただ頼もしい。「春斗!!!ここだ!!!」僕も力の限り叫び自らの場所を伝える。「放て!!ファイアストーム!!」「ま!待て!こんな
「ハルトにフェリス、異世界の仲間にこんなとこで会えるとは思わなかった」漣は味方だったようで、一安心したがさっきの一触即発の状況を見ていればそんな呑気なことを言ってられない。「レオン!お前なんで連絡がつかなくなってんだ!てか一ノ瀬漣ってなんだよ!レオンからレンに変えたってことか!?」「す、すまない。私にとってはここが異世界。携帯の使い方もよく分からず飛ばされた当初は皆を探すより先にこの世界に順応しようと努力していたんだ」漣はこの世界の道具に疎いようで、機械という物自体異世界には存在しないらしい。春斗はすぐに順応したみたいだが、個人差があるみたいだった。「それよりも剣聖が見つかってよかったわ。アタシたちだけじゃ正直あれに勝つのは無理だしね」「確かにな、レオンじゃなかったら俺らも何人か死ぬレベルだしな」何か僕のよく分からない話が飛び交っている為、会話に入っていくのが難しい。「ただまあこれで20人全員見つかった訳だ。これなら異世界に帰るゲートが出来ても安心だな」「そうね、まだ完成した訳じゃないからカナタくんは絶対に守りきらないといけないけど」そうだ、僕を守ってくれ。さっきみたいな戦いが敵と遭遇したら起こるんだろう?すぐに死んでしまうよ僕は。「敵は何人生き残っている?私はこっちに来て3体は始末したが」「じゃああと5体だな。意外と少ないな!」全然嬉しくないぞ。あんな戦いができて尚且悪意を持っている奴があと5体もいるんだろ。「あの、すみません一つ聞いていいですか」恐る恐る会話に入ろうと声をかけると漣が真っ先に反応した。「本当にすまないことをした。君が異世界人にとっての救世主とは知らずに怪我を負わせるところだった」「いえ、それはもういいんですけど……剣聖とか火炎魔人?とかってなんですか?」
話題は尽きなかったが、喫茶店でずっと話しておくわけにもいかず1時間もすれば解散となった。「カナタくん、今度また会うけどこれ持っててくれる?」フェリスから白い宝石をいれた袋を手渡される。「なんですかこれ?」「これね、一度だけ命の危険が迫ったときに氷の膜が自分を守ってくれるの。貴方には死んでもらっては困るからね。これで少しでも時間を稼いで私達に連絡を頂戴」これは素晴らしい。女性から物を貰うことすら嬉しいが、何より自分の命を魔法という脅威から守ることのできる唯一の道具だ。「ありがとうございます!!めちゃめちゃ嬉しいです!!」「そ、そう?よかったわ」はにかんだ笑顔を時たま見せてくるのはわざとか?可愛過ぎるじゃないか。それは置いといて、漣は春斗達と連絡を取り合えるようにしたみたいだ。僕にとっては一つ肩の荷が降りた気分だ。電車を降りて帰路に着く際、嫌な悪寒を感じた。周りを見渡しても誰もいない。でも確かに視線を感じたんだが、気のせいだろうか。「ただいまー」「おかえりー!!」元気ない声が帰ってきた。今日は姉さんが帰ってくるのが早いみたいだ。「どこに行ってたのカナタ?」どこと言われてもなんて答えたらいいのか。「レーベっていう喫茶店だよ」「一人で?」今日はやけに突っ込んでくるな。さては姉さん、暇だな?僕を相手にして暇潰そうって考えか。「一人だよ。たまには一人でのんびりミルクティーを嗜みたくてね」「私も行きたかったなー、今度連れてってよ!」「いいよ、雰囲気がすごくお洒落だっから姉さんも気に入ると思うよ」他愛もない会話をしているが、頭の片隅には先程の戦
2044年1月1日卒業が近くなり実験に関わるのももうじきだ。そういえば春斗から連絡がないが、学校が休みのせいで会うこともほとんどない。一度連絡してみようか。……………………4コール鳴らしても出ない。待っていると「はい、フェリスです」あれ?春斗じゃないのか?「あの、この番号って春斗で合ってますよね」「あ、カナタくん!ごめんねちょっと問題があってね」春斗に問題?何かあったのか。「とりあえずカナタくん、今から会えるかな?」フェリスさんからのお誘いだが、あまり嬉しくはないな。春斗に何があったのか気が気でならない。「分かりました、駅前のレーベに行ったらいいですか?」「そうね!そこに今から来てくれる?」すぐに外行きの格好に着替えて、玄関を出た。また駅までの道のりで悪寒がしたが気にしていられない。何か視線のようなものは感じるが、どこから見られているかは分からない。気の所為と思おう、正直命を狙われる立場にある以上気にした方がいいのだろうが今は春斗のことが気がかりだ。喫茶店レーベに入ると既にフェリスさんは着いていたようで、一番奥の席から手を降っている。「すみません、お待たせしてしまって」「いいわよ、アタシもさっき来たとこだしね」白い髪に白いコートか、白がよく似合う人だ。「それで春斗なんですが、何かあったのですか?」「実はね……」フェリスさんから聞いた内容は驚くべき内容だった。少し前に敵である魔族と出会ってしまったようで、その場で戦闘になったらしい。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目
部屋全体がとても暑く、何もしていないのに服には汗が滲んでくるほどだった。ペトロさんとアンデレさんを見ればとても涼しい顔をしており、二人は暑さが平気のようだった。数歩進むと更に熱気は凄く、僕の額には大粒の汗が浮かぶ。使徒の特殊な力か知らないが僕だってペトロさん達みたいに涼しい顔でいたいものだが、あまりの暑さにそうは言ってられない。「ん?あ、もしかしてこの部屋暑いかい?」ペトロさんが僕の様子に気づいてくれたようで声を掛けてくれた。それに僕は頷き返すと、ペトロさんはおもむろに指を弾いた。その瞬間、暑く感じていたはずなのに一気に涼しくなった。何か結界のようなものを張ってくれたのだろうか。「悪いね。人間はこの暑さだと辛いというのを忘れていたよ」「結界ですか?」「そう。私達は呼吸をするかのように身体を覆っているけど君達人間はわざわざ発動手順を踏まなければならないのを忘れていたよ。それに君は魔法があまり得意ではないだろう?」その通りだ。得意か否かではなく赤眼のせいであまり魔法が扱えない。ペトロさんはこの短い時間でその事にも気づいていたらしい。「それにしても趣味悪いよね~ヤコブの部屋って」アンデレさんは首を横に振り嫌そうな顔をする。まあ僕も趣味がいいかと問われれば首を振らざるを得ないしな。「あ、来たみたいだよ」ペトロさんが指差す方向を見ると溶岩が盛り上がりその中から白い服を着た男が出てきた。髪は短髪で赤く目も吊り上がっていて不良みたいな見た目だ。少なくとも僕がプライベートだったら話し掛けはしないタイプの見た目だった。「おいおいおい!なんだって二人が俺の所にきたんだ?それにそこの人間はなんだ?」「まあいいじゃん。とりあえずさ、この子が世界樹に行きたいらしいから許可ちょーだい」何の説明もしてないけどいいのだろうか?アンデレさんの問いかけにヤコブさんは数秒無言になると頷いた。「お?まあいいけどよ。って説明の一
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。