「ではこれで今日の講義は終わります」
そう教授が告げると同時にまばらに席を立ちだす人や、そのまま談笑している人達がいる。
「で?今日はどうするよ。家遊びに行っていいか?」
「ああ、別に構わないよ」
「よっしゃ!久しぶりにカナタの飯が食えるな!」
お前もか。
そんなに楽しみにされると腕によりをかけて作ってしまうじゃないか。
「紫音さんも今日は家にいるのか?」
「いや、姉さんは今日仕事で帰りが遅いってさ」
多分これは二人でゲーム三昧できるかどうかの確認だな。
姉さんがいると混ぜろってうるさいから。
入ってきてもいいんだけど姉さんはびっくりするほどゲームが弱い。
接待プレイになってしまう為純粋にゲームが楽しめないのだ。
「よし!二人でゲームしようぜ!」
「そんな事だろうと思ったよ」
やっぱり春斗の考えていた事はゲームだったみたいだ。
「まあ、ついでにカナタに聞きたいこともあったしさ」
不意に真面目な顔でそう呟いた春斗は少し寂しそうな表情をしていた。
「お邪魔しまーす!」
元気な声を張り上げる春斗。
家には誰もいないが真面目な性格なのだろう。
「ただいま」
僕も春斗に習って無人の家に挨拶をする。
「で、いきなりだが腹が減ったな!!楽しみにしてるぜカナタの料理!」
本能に忠実な奴め。
仕方ない、ここは腕によりをかけて料理を振る舞ってやろうじゃないか。
「じゃあリビングで寛いでてくれ。和食好きだろ?」
「めっちゃ和食好き!俺も手伝うぜ!」
いや手伝う気持ちは嬉しいが、やめてもらおう。
料理は僕の趣味の一つなんだ。
邪魔になる。
「いやいいよ、テレビでも見て暇をつぶしておいてくれ」
そう言いつつ僕は台所に向かう。
とりあえずメニューは肉じゃが、鶏肉の照り焼き、魚の煮付けってとこかな。
早速料理に取り掛かるが、ふとリビングの方に意識を向けると春斗が誰かと電話しているようだ。
「いや……まだ……い、聞いて……る」
所々しか聞こえないが、何やら真面目な会話らしい。
春斗にしては珍しく声のトーンが低いから恐らくバイト先とかと連絡でもしているのだろうと僕は気にしないことにした。
「お、出来た出来た」
つい独り言を呟きつつリビングに料理を持っていく。
「うわー!めっちゃ美味しそうな匂いに見た目!もう食べなくても美味いって分かるな!!」
そりゃそうだ、なにせ僕が本気で作ったのだから。
「「いただきまーす!」」
二人の声が重なる。春斗もよほど腹が減っていたのだろう、がっつくように食べている。
やっぱり美味しいな。
我ながら思うが料理で仕事できるんじゃないか?天才に不可能はないというしな。
五木さんの合図と共に"黄金の旅団"の面々が魔力を流し込んでいく。電気が溜まっていくのはランプの点灯で分かるが、そのランプが十個全て灯ると五木さんが手で大きく丸を描いた。「準備はできたみたいだね」アレンさんが仲間に合図をして流し込む魔力を止める。「起動します!」僕がスイッチを入れると、どでかいドーナツが回転を始め真ん中の空間が歪み始めた。色が徐々に紫と黒色のマーブル模様になると異世界と繋がった証。今回は前とは時間も違う。恐らく魔界に繋がるかもしれないが前回のように魔物が待ち構えていることもないだろう。一応事前にアレンさんへ伝えているが、全員でゲートをくぐるなら向こうでいきなり殺されるようなことにはならないはずだ。「この電力なら起動してからおよそ五分しかもたないよ!」「分かりました!」五木さんが叫ぶ。五分か……急いでゲートをくぐってもらわないと。「アレンさん急いでください!もう既に一分が経過しています。次に起動することはできません」「君の名前はボクらのグランハウスに刻ませてもらうよ。カナタ君、もう二度と会えないけどボクは君を忘れない」「僕もですよ。アレンさん、今までありがとうございました」アレンさんと固い握手を交わす。団員みんなと握手している時間はない。「さぁ!急いでください!」「カナタ!お前はオレ達の盟友だ!来世で会おうぜ!」「カナタ君、元の世界に帰してくれてありがとう。この恩は絶対に忘れない」「カナタ、またな!」みな口々に礼をしてゲートをくぐっていく。残すはアレンさんとレイさんだ。「春斗、アカリ。本当にいいんだな」「何度も言わせるなよ。俺はこっちの世界が気に入
連絡を怠り姉さんからしこたま怒られた日からおよそ二週間。巨大な空間に鎮座する異世界ゲートがあった。「遂に完成したね……流石に私も眠くて堪らないよ」「そうですね……最後の方なんかほぼ徹夜でしたし。でもこれでやっと……」「異世界かぁ。私も行ってみたいけど、彼方君の話を聞く限り危ないところなんだよね?」五木さんと一緒にいる時間が長かったこともあり、異世界の話を沢山していた。そのせいか五木さんが異世界に興味を持ってしまったが、それと同時にどれだけ危険なのかも詳しく話しておいた。そのお陰もあってか、行きたいけど実行に移そうとは流石に考えていないようだった。「魔物に魔法……どれも空想上のものだね。研究者としては是非とも行ってみたいけど帰ってこれないとなるとなぁ」「悪いことばかりではありませんでしたが、こっちの世界の常識は通じませんからね。みんな当たり前のように魔法を行使しているので」「私も魔法の一つや二つ使えたらなぁ。どうかな?そのアレンさんという方に、元の世界へ帰る前に魔法を教えて貰えないだろうか?」この世界に魔素が殆どないことを説明し覚えたところで使うことができないと伝えると五木さんは目に見えたようにガッカリしていた。「そっか……魔法、使えないんだね。まあ仕方ない、とりあえずその方達を呼んでくれるかい?」僕はアカリへと連絡する。連絡先を知っているのはアカリと春斗くらいだ。すぐに全員を連れて行くとのことで待つことおよそ30分。研究所に現れた数十人の異世界人。老若男女問わずの集団はあまりに異質だったのか五木さんは目を丸くしていた。「どうも初めまして。彼らを率いているアレン・トーマスです」
五木さんとの共同研究は想像より早く進んだ。物資の手配も驚くほど早く完成まで後少しというところまでおよそ一ヶ月という短い期間で作り上げた。大型のリングがほぼ完成している姿を見ると、あの時あの瞬間を思い出す。僕がジッとリングを見つめていると五木さんが背後から声を掛けてくる。「どうしたんだい?」「いえ……なんだか夢見心地のような感じでして」「夢見心地?まあそうだね、実現まで後少しだからね。それより最近家に帰っていないだろう?ご家族が心配するんじゃないかい?」五木さんは勘違いしていたがわざわざ本当の事を話す必要もない。頷いた後そういえば姉さんに連絡するの忘れてたなとポケットから携帯端末を取り出す。「あ、めっちゃ不在着信きてる……」「ほら、言っただろう?今日は帰りなさい。研究に根を詰めるのは身体によくないよ」五木さんに促され僕は帰宅することにした。実のところこの一ヶ月、家に帰ったのは三度ほど、あまりに僕が不在にしているせいで姉さんがブチギレてそうだ。ビクつきながらソッと玄関の扉を開く。もう時刻は夜中の十二時を回っていた。足音を立てないようゆっくりリビングに足を踏み入れると、腕を組んで仁王立ちの姉さんと目が合った。「うおぁぁぁ!?」真っ暗なリビングでそんな事をされたら誰だってびっくりする。飛び退いたせいで尻餅をつき、鈍痛が僕を刺激した。「うぐぐ……いってぇ……」「彼方!なんでこんな遅いの!?」目が釣り上がっていてブチギレのご様子。
魔神討伐から三日が経ち、僕はある場所へと来ていた。その場所というのは五木さんの研究所である。この時間軸ではまだ出会っていない五木さんだが、どうしても見て欲しい論文があると直談判したところ快く会ってくれる事になったのだ。「君が例の見て欲しい論文があると連絡してきた彼方君かな?」「初めまして、城ヶ崎彼方と申します」研究室に入るなり五木さんはニコッと微笑んで手を差し出してきた。握手を交わすと五木さんは若干首を傾げた。「なんだか君とは初めて会った気がしないよ」五木さんの言葉に少しドキッとした。記憶が残っているはずはない。ただなんとなくそう感じただけだろう。「とりあえずそこに掛けてくれるかい?」僕は椅子に座り五木さんは僕の論文に目を通す。数十分は経っただろうか。出してくれた紅茶も既に飲み切っていて、五木さんの回答を待つのみなのだが、何を言われるか不安で仕方がなかった。「なるほどなるほど。これなら実現可能かもしれないよ。彼方君、どうしてこれを発表の場ではなく私に直接持ってきたんだい?」「五木さんではなければ理解は難しいかと思いましたので」「確かに。他の研究者なら何を馬鹿なことをと一蹴されていたかもしれない。でもこの理論なら実現ができる。もしかして共同研究にするつもりかな?」「そのつもりです。ただどうしても一つだけ、その異世界ゲートを起動する際に必要な電力が足りません。そこで僕のツテを使います」「そのツテというのを他の人には言えない、ということかな」五木さんは理解が早い。一から十まで説明せずともすぐに察してくれた。魔力で電力を補うなんて馬鹿げた話、信じてもらえないだろうけど実際にその目で見れば僕の話は嘘ではなかったと嫌でも信じざるを得ないだろう。だからこそ五木さんにだけ共有しておきたかった。魔力の概念が知れ渡ればどえらい事になるだろうから。「これだけ聞かせて欲しい。この異世界ゲートとやらを作るのは何の目的があるのかな」「それは&he
アカリがこの世界に残るのは分かったが、春斗はどうするんだろうか。僕はアカリと一緒にしゃがみ込んで項垂れている春斗の側までいくと、彼は顔を上げた。「ん?どうしたカナタ。と、アカリ」「いや、ちょっと聞きたい事があって。明日明後日ってわけでは無いけど異世界ゲートが完成したら春斗はどうするのかなと思ったんだ」「ああ、そのことか。それなら俺とフェリスは居残り組だぜ」春斗はまあ理解できる。大学で友人だってできただろうから。でもフェリスさんも残るというのはどういう了見だろうか。「おい、フェリス」「何かしら。疲れてるんだから――ってカナタ君もいたのね。ごめんなさい疲れてて気づくのが遅れてしまって」「いえ、大丈夫です。それよりもフェリスさんもこの世界に残るつもりだと今しがた春斗から聞いたんですけど、どうしてなのかなと気になったので」「ああ、そのことね。正直言えばこっちの世界の方が食べ物は美味しいし魔物はいないし、向こうではできなかった生活ができるからなの」フェリスさん曰く料理も平和さも全てが異世界より勝っているとのことで、帰るつもりは一切ないらしい。「アタシはこっちの世界で行きていくわ。だから今後はご近所さんねカナタ君。改めてよろしくね」「よろしくお願いします。でもフェリスさんってこっちの世界では何のお仕事をされていたんですか?」「まあそうね……ファッション関係、ってところかしら?」なんだ?フェリスさんの歯切れが悪い。もしかしてあまり聞かないほうが良かったかも。「ヘヘッファッション関係なんてよく言うぜ。フェリスの仕事は服専門通販サイトの運用じゃねぇか」「う、うるさいわね!ファッションはファッションでしょうが!」ああ、なるほど。よくあるECサイトを運営している会社に勤めているってわけか。 
魔神を倒したあとはでこぼこになってしまったスタジアムを全員で修復しその場を後にした。宿り木に戻ってくるとみんな疲れた表情を浮かべている。全力で魔法や技をぶっぱなしたんだから、そりゃ疲れもする。しかし僕の隣にいるアカリはそれほど疲れた様子ではなかった。「アカリはみんなと一緒に休まなくていいのか?」「いい。……あと、全部思い出した」「思い出した?」アカリは今までのことを詳しく語ってくれた。出会いから時が戻るその瞬間まで。アカリの目には涙が浮かんでいた。「……カナタ、もう無茶はしないで」「ごめん。もう邪法は二度と使わない、約束する。失った寿命ってのもどれくらいの年数なくなったのかは分からないけど、これから一緒にいて――」そこまで言った後ハッとある事に気づいた。アレンさん達を元の世界に帰す目処はあらかたついているが、アカリはどうするのだろうかと。この世界に残れば二度と元の世界には帰れない。異世界ゲートは長く稼働させることはできないのだから。前回は膨大な電力を魔神の魔力で補ったが、本来はとんでもない量の電力が必要になる。恐らく一回起動すればもって一分ほど。それもその一回限りで自壊するだろう。今回もみんなの魔力で補うつもりだが、彼らが帰ってしまえば魔力で補うという手段は使えなくなる。この世界の資源を使って異世界ゲートを再度開くのはできたとしても同じ時間軸かつ同じ場所に繋がるとは分からない。つまりアカリがこちらの世界に残る選択をすれば二度と故郷の土を踏むことはできなくなるのだ。そう考えるとアカリと一