五木にスポットライトが当たると皆が静かになった。
静まったことを確認し、マイクを握る。
「皆様本日はお集まりいただきありがとうございます。ご存じでしょうがまずは自己紹介をさせて頂きます。半重力装置でお馴染みの科学者、五木隆です。私の右手にいるのは今回の主役、城ケ崎彼方さんです。ではご本人から一言挨拶を頂きましょう」
そう言って五木さんは僕にマイクを渡してきた。
覚悟を決めるんだ。
世界を救わなければならない、でも決して知られるわけにはいかない。
震える手でマイクを握りしめ、カラカラに乾いた喉から声を出す。
「初めまして、ご紹介に預かりました城ケ崎彼方と申します。本日は異次元へのアクセスを理論上可能とした為皆様に分かりやすくご説明していこうと思います」
その言葉だけで精一杯だ。
手汗も凄いし声も震える。
そのまま五木さんにマイクを返すと小声で、リラックスリラックスと微笑みながら声を掛けてくれた。
「では今回どうやって異次元世界へと行くのか、そもそも本当に異次元へ渡る方法など存在するのか、質問は無限にあるでしょうがしばしの間静粛に聞いていただこうと思います」
ここからは五木さん主体で、話は進んでいく。
僕はプロジェクターに表示された内容の詳細を説明しそれに対して五木さんから質問される。
それが約2時間にも及び、僕もだいぶ慣れてきたのか言葉が詰まらず出てきてスラスラと答えていく。
余裕が出てきたのだろう、会場内に姉の姿を見つけた。
手を振っているが振り返せる訳ないだろうこんな衆人環視の中で……隣にいるのは茜さんか。
あの人もやっぱり来ていたのか。
事前に取り決められていた流れももうじき終盤に差し掛かる。
その時ふと右端に腕を組みこちらを睨んでいる黒髪長髪の男性が目に映った。
あんな人見たことがないが、睨んでいるってことは僕の発表に対して何か思うところでもあるのだろう、そう思い目線を外す。
「ではこれより質疑応答の時間に移りたいと思います。挙手して当てられたら発言お願いいたします」
五木さんがこちらに目線を合わせてきたが、今からが大変だからだろう。
僕も目線で大丈夫と返した。
「そちらの、スーツにショートカットで眼鏡の女性。どうぞ」
まさかいきなり茜さんが指されるとは思わず少し驚いていると僕に目を向け少し微笑んだ。
いや違うなあれはニヤッとした顔だ、あの人は僕の困ることをするのが好きなちょっとお茶目なところがあるからな。
「発言させて頂きます」
澄ました顔で立ち上がった茜さんに周囲の目線が向く。
「理論上異次元へのアクセス方法が可能だと分かりましたが不安要素も大きく危険はないのでしょうか」
まあそれは想定済みの質問だ。
一拍置いて僕は答えた。
「もちろん全ての実験に危険は付き物です。絶対にないとは言い切れませんがそれはこれから立証実験に移り模索していく事になると思います」
あたかもそう答えると予想していたかのような顔で茜さんは座った。
そこからは1時間ほど質疑応答に対応し、滞りなく発表は終わった。
「お疲れ様彼方君。いい感じだったと思うよ、これなら実験におけるスポンサーも付きそうだ。」
控え室に戻ると五木さんは冷えたペットボトルの水を僕に渡しながら、満足気な顔で声を掛けてきた。
「そう言って頂けて助かります。後は実験を残すのみですが最初に聞いてた通り五木さんの研究所で行わせてもらえるのでしょうか?」
最初、五木さんは私のところで実験を行うようにと打診してきたときには正気か疑ったものだが、今では信頼度も高くこれほど頼もしい方はいない。
「もちろん、私の研究内容にも応用が効くしwinwinの関係だよ」
ただ出資額が低いと満足に実験ができないけどねと苦笑いで呟いた。
五木さんからは連絡先を教えてもらい、卒業次第私の研究所に来るように言われた。
実験の前準備は僕が卒業するまでに終わらせておくようで、卒業と同時に本格的に実験に入っていくとの事らしい。
とりあえず発表は成功と言えるな。
本来の目的は明かしていないが立証実験までできる事になったのであれば世界を欺いたと言えるだろう。
近い内に人類は滅ぶ。
こんな話を誰かにしたところで誰も信じない。
だから僕は世界を騙す。
人類が救われた後で明かそう。
じゃないと僕がおかしくなったと思われるから。
会場を出ると姉と茜さんが談笑しながら僕を待っていたようだ。
「お疲れ様彼方君、まさかあそこまで本格的とは思わなかったわね」
「いえ質疑応答で茜さんが最初だったおかげで少しは緊張も解れました」
実際そうだ。
最初に見知った人からの質問があったおかげでその後の質疑応答がスムーズにいった。
「流石私の弟よ!でも私を取材陣の囮にしたのは許してないからね!」
そうだ忘れていた。
姉の紫音は最初に置いていったことをまだ根に持っていたみたいだ。
「お詫びに今日の晩御飯は僕が作るよ」
「やったー!!カナタの料理美味しいんだよねー」
嬉しそうに体全体で喜びを表現している。
美味しいからというより多分楽できるから、というのが本音だろう。
「私も行っていいかしら、久しぶりに会ったんだし彼方君の料理も食べたいし」
いつものニヤッとした顔を僕に向けて、紫音と一緒に先を歩く。
まあ二人分も三人分も作る手間は変わらないからいいけど。
アカリの言葉にザラエルは吹き出すように笑い出した。「ブハッ!おいおい、嬢ちゃん。冗談が下手だぜ?」「…………」アカリは何も答えない。それどころかアカリが放つ魔力の波は少しずつ大きくなっていく。「ほう……?人間にしては割と魔力量が多いな。だからといって簡単にはやられてやらんがなぁ!?」段々とザラエルの口調が腹立ってきた。「ほら、掛かってこいよ。人間が魔族に逆らうとどうなるか、その身に刻み込んでやる」「……そう。じゃあ、遠慮なく」その言葉を最後にアカリがその場から姿を消した。「なっ!?」「神速絶刀・一閃」アカリの声が聞こえたかと思うといつの間にかザラエルの背後で刀を逆手に持ち首元へと刃を沿わせていた。ザラエルは背後に回り込んだ事に気づいたようだったが、ワンテンポ遅い。アカリの斬撃がザラエルの首を捉えるとそのまま刀を振り抜いた。また姿が消えたかと思うと突然僕の目の前に現れる。「うわぁ!?」「……驚きすぎ」「いや……驚くだろ」瞬間移動じゃない、な。多分とてつもない速度で動いただけだ。その証拠に僕の目の前へと現れた時、アカリの髪が揺れていた。圧倒的な速さ、それこそが神速と呼ばれるに至った所以なのだろう。首を斬り裂かれたザラエルは口から水の音のようなコポコポと水泡が割れる、そんな音を響かせながらその隙間に挟み込まれる掠れた声を絞り出す。
「リヴァル!」業火の熱波に包まれたリヴァルさんを心配してか姉さんが声を荒げた。ザラエルの顔付きは嫌な笑みを浮かべている。「……リヴァルはこの程度では死なない。伯爵位魔族はこの程度で倒せるはずがない」アカリがぼそっと呟くと同時に業火はかき消え、その中心には無傷のリヴァルさんが立っていた。「この程度かザラエル。所詮は子爵位のお前では俺に傷一つつけられん」「それはどうかなぁ!?ブラストカノン!」「ッッ貴様!」今度は掌を僕らに向けたかと思うと先ほどの魔法を放ってきた。リヴァルさんは相殺するように僕らの方へ向けて魔法を放ったが、それは当然隙となる。「かかったなぁ!?リヴァル!シャドウスラッシュ!」ザラエルが隙をついてリヴァルさんへと黒い斬撃を飛ばした。僕らを守るため結界を張っていたリヴァルさんは対処に遅れ、斬撃はリヴァルさんの肩を掠った。鮮血が舞いリヴァルさんの顔は険しい表情へと変わる。「卑怯な真似を……」「これが魔族ってやつだろうがリヴァル!お前の弱さはそれだ!侯爵位に迫るほどの力を持ちながらも伯爵の地位から脱却できねぇのはそれさ!」リヴァルさん、侯爵位に近しい力を持ってるのか?とんでもないな……。なにげに強いんだリヴァルさん。それにしてもあのザラエルってやつ、ムカつくな。卑怯な手といい口調も苛立ってくる。「アカリ、僕らはいい。リヴァルさんに手を貸してやってくれ」「それは無理。多分私が離れたらアイツは即座にカナタ達を狙う」アカリが手を貸せば楽かと思ったけどそういうわけにもいかないのか。確かにあんな卑怯な手を使うザラエ
「チッ、俺の力を見せてやる」アカリの自慢げな顔がムカついたのかリヴァルさんは苛立った様子で両手を空に掲げた。「近づく有象無象など、俺の敵ではないと知れ!メテオフォール!」空から真っ赤な隕石がいくつも降ってくると、僕らに近づこうとする魔物を直撃する。当たった瞬間派手に砂埃を巻き上げ、至る所にクレーターを作っていく。「うわっ!」砂埃が僕のところにまで飛んでくる始末。隕石が当たった魔物はひとたまりもないだろう。「人間に負けてはおれん」リヴァルさんはそれだけ言うとチラッと姉さんを見た。なるほど……いいところを見せたかったんだな。案外魔族も人間と変わらないな……。「へー!凄い魔法だね!私も使えたらなぁ」「紫音には無理だ。魔力量があまりになさすぎる」「残念……瞬間移動とか夢なのになぁ」確かにそれはそう。瞬間移動できたら通勤とか楽だろうな、なんて考えしまうのは日本人のさがだろうか。そんな事を考えている時だった。突如熱風を感じ振り向くとそこには一人の魔族が手をこちらに翳して突っ立っている。青白い膜が僕を覆っているけど、これはなんだろうか。「嗅ぎつけるのがうまいやつめ……何の用だザラエル」「ククク……人間に味方している魔族がいると思えばお前だったかリヴァル。今その人間を守ったな?これは明確な裏切り行為……オレがこの手で縊り殺してやる」熱風を感じただけで済んだのは、咄嗟にリヴァルさんが僕を守るよ
「さて、始めようか」アレンさんが掌を空に掲げると七色の光が天高くどこまでも伸びていく。戦闘開始の合図だ。ポジションについたみんなが雄叫びを上げながら古城目指して駆け出した。「僕はどうすればいいんだろう」「カナタはここで待機」側にはアカリと姉さん、そして護衛であるリヴァルさんがいる。僕が前に出ても大して役に立たないのは理解しているが、ずっと後方で守られているのはどうにももどかしくなる。クロウリーさんから教えてもらった邪法は寿命と引き換えに莫大な力を得られる。だからあまり多用はできないが、少しくらいなら使っても大丈夫だ。ちょっとだけでもみんなの力になりたいんだけど、僕が一歩前に進むとアカリが服の裾を掴んで引っ張る。無言の圧で僕はまた元いた場所に戻る。それを数回繰り返していると、いよいよ戦闘が激化し始めた。遥か前方では魔法が飛び交っているのか火柱があがったり、氷の壁が出現したりと派手な様子だった。「ほう……なかなか粘るものだな」不意にリヴァルさんが口を開く。「子爵位の魔族相手に善戦している冒険者もいる」「それって凄いことなんですか?」「爵位を持つ時点で魔力量は有象無象の魔族を上回っている。そもそも魔族と人間では魔力量に差があるが、あそこまで対等に戦えるのは技術あってのものだろう」リヴァルさんは感心しているようで、食い入るように前方での戦いを見ていた。分析までしているし、余裕がある。「ねぇリヴァル。リヴァルならあの討伐隊の人とも対等に戦えるの?」「数人を除いて俺が負けることはあり得ん。それだけ伯爵位の魔族と人間では隔絶した力の差がある」数人、というのは恐らくアレンさん達の事だろう。リヴァルさんのような伯爵位魔族にも怖れられるアレンさん達がおかしいのであって、普通は高位魔族と戦っても勝てるはずがないのだ。「あ、凄い魔法……」唐突に空が光ったと思うと無数の稲妻が落ちてくる
「ゾラ、やつらは動き始めたか?」「はい。数はおよそ三百人、中にはあの殲滅王や剣聖もいるようです」「ふん……かなり待たせてくれたものだ。来るならすぐにこれば良いものを」魔神ヴァリオクルス・リンドールは苛立たった様子で部下の一人ゾラ・マグダインから報告を受けた。その内容に顔を顰める。殲滅王と剣聖は魔神にとっても無視できない相手であり、他の人間と一緒だといえる強さではないと理解していた。「もう一つ報告がございますリンドール様」ゾラと同じく傅いたもう一人の四天王であるロック・ノックが口を開く。魔神が顎で合図をするとロックは続きを話し始めた。「討伐隊の中にはあの魔導王の姿も見受けられました。ここは是非とも吾輩にお任せください」「魔導王……クロウリーだったか。あの死に損ないめ、まだ生きていたのか」魔導王の名は魔族国の中でも有名であった。人間の身で魔族に匹敵するどころか優に超える魔力量で、魔法への深い知識。気にならないはずがない。今までにも何度か魔導王とやらを確認すべく魔族がクロウリーの元へと向かったが、誰一人として生きて帰ってくることはなかった。それも一人や二人ではない。何十何百という魔族が全て亡き者にされている。魔神にとっては殲滅王と同じく警戒せざるを得ない相手であった。「あれらが相手ではお前達では勝てん」「大変申し訳ありません。我々にもう少し力があれば……」四天王は既に二人もいなくなっている。彼らとて弱いわけではない。人間の強者があまりに強すぎたのだ。「それともう一つ……報告し
「まあまあ、今は良いじゃろ。それよりもカナタがこの場にいるのは世界樹の精霊との約束があるからじゃ」唐突にクロウリーさんが会話に割り込んでくると話をすり替えてくれた。危ない……もう少しでアレンさんどころかこの場にいる人みんなにバレるところだった。ここにはアカリやフェリスさんだっているし、言及されたらヤバかった。「世界樹の精霊との約束は魔神を倒すこと。そうじゃろ?」「はい」「ならばこの場にいなくてはのぉ。だってそうじゃろ?カナタを除け者にして儂らが倒してしまえばそれはカナタの功績になるんかいの?」確かに言われてみればそれもそうだ。頼り切りではいけない。僕が作戦の中心にいなければならないんだ。「しかし……失礼だが貴殿の魔力量はあまりにも……」「少ない、だろう?ロルフ団長。でも大丈夫さ、彼には絶対に離れない護衛がついているからね」そう言いながらアレンさんは僕の隣にいるアカリへと視線を移した。アカリがいれば大抵の事は対処できる。もしアカリで対処できない相手が出てこれば、もはやそれはアレンさんレベルの人が必須になる。アカリは四天王すらをも倒せる実力者なのだから。「なるほど……神速がついているのか。それならば安心できる。……分かった、私はアレン殿の指示通りその作戦を支持しよう」「俺も異論ねぇぜ」「団長に従います」「私も同意です」部隊長を務める彼らが賛成すると、今度はアレンさんが地図を取り出した。魔族国の地図なんてどうやって手に入れたのかなんて聞くのは野暮だ。まあ……何かしらの手段があるのだろうがここは深く聞かないでおこう。