五木さんと共に舞台の真ん中へと足を進める。
カメラのフラッシュやスポットライトに照らされ、記者や主要人物の顔は見えなくなった。「どうも皆様、初めまして。私が五木隆です。そして隣にいるのが」
と、目をこちらに向け合図してきた。「城ヶ崎彼方です」
大きな拍手の音が会場を揺らす。
少し間をおいて五木さんが喋りだした。「本日は皆様お待ちかね、異世界ゲートの起動を行います。城ヶ崎彼方によって生まれたこの異世界ゲート。世界の常識を変える一歩になるでしょう」
随分持ち上げられているが実際に常識が変わるだろう。なにより異世界に行くことにより、魔法という概念がこの世界にも生まれることとなるのだから。後ろの大きな布が取り除かれ、ドーナツ型の機械はお披露目となった。
また大きな拍手が巻き起こるが、アレンさん達の目は真剣そのものだ。何も問題がなかったようで次のフェーズへと進む。まずは一安心といったところか。「起動を行うのはもちろん本人です。では彼方君よろしく頼むよ」
そう言いながら五木さんはスイッチを僕に手渡し少し離れた。これを押したら、起動する。
辺りは静寂に包まれ、僕の押す瞬間を今か今かと皆は見守る。10秒は経っただろうか、満を持して僕はスイッチを押した。
反重力装置が起動し、ドーナツ型の機械は回転を始める。唸り声のような音を響かせながら、ドーナツの中心のぽっかり空いた空間は少しずつ歪み始めた。バチバチと雷のような音と共にドーナツの中心の空間は黒ずんでいく。耳障りな音がやんだ頃には、黒ずんでいた空間は完全な漆黒と化していた。……成功したのか?
いや、油断はできない。空間が固定されていなければ、入った瞬間に身体はバラバラとなるだろう。とにかく起動は成功した。
手はず通り、近くに用意されていた鉄のパイプを握り空間へと突き刺した。3秒、4秒、5秒待ち、鉄パイプを引き抜く。曲がったり折れたりせずそのまゼンの叫び声が会場中に広がる。僕や宿り木の皆は何が起きているかすぐに把握できた為、次の行動に移ろうとするが会場に来ている方々は何が起きているか理解できずオロオロと周りを見渡しどうすればいいか悩んでいるようだった。しかしそれもゼンを目にして、逃げ惑う事となる。ゲートから命からがら逃げてきたと思われるゼンの全身は、返り血なのか真っ赤に染まり所々服も破けていた。「団長!魔物がなだれ込んでくる!何か手はないか!」各所に配置されていた黄金の旅団員はすぐさまゲートに向かおうとしたが、そう簡単にはいかない。こっちの世界にいた魔族達がここにきて姿を現したからだ。「さあ、宴の始まりと行きましょうか」ゾラの声を皮切りに、各所で雄叫びや唸り声が聞こえ始めたと思ったら異形の魔族達が行く手を阻みだした。いや何か忘れていないか?僕はある言葉を思い出した。五木さんから聞いていた、稼働時間だ。10分で稼働は止まる、電力が足らないから。そう聞いていたのに、もう既に1時間ゲートは開いたままだ。五木さんに目を合わせ、叫ぶ。「五木さん!電力が止まればゲートも閉まりますよね!?」「そ、そのはずなんだがなぜか止まらないんだ……」しどろもどろに喋りながら機械を操作しようとするが、ゲートは閉まる気配を一向に見せない。僕もスイッチを何度も押すが何も変化はない。すると後ろから異様な気配が近付いてきた。「無駄だ、電力不足など……魔力で補えばいいだけの話だ。我の魔力量なら造作もない」低く冷たい言葉を発したその人物は、背は高く黒いコートに身体を包み、赤い眼をしていた。刹那、アカリが僕の前に飛び出す。「カナタ、下がって。あれが魔神。魔神ヴァリオクルス・リンドール」遂に出てきた魔神。名前しか聞いたことがなかったが、明らかに他の魔族とは違うオーラが漂っている。「失せろ小娘。貴様でどうにかなると思ったか?」「
数年前魔族や黄金の旅団はこの世界に飛ばされてきた。数が少ない魔族が反撃に出るのはリスクでしかない。その為魔神は考えた。異世界へと戻る方法を。どれだけ考えても思いつかなかったが、1つの名案が浮かんだ。この世界に存在する天才と呼ばれるに値する人間に、滅びの夢を見せ信じさせる。そうして、その者に異世界へと帰る手段を見つけさせ、元の世界へと帰るもしくは配下を引き連れて戻りこの世界を支配する。そのターゲットとなった僕は簡単に騙されてしまい、知力を駆使して異世界ゲートを創り上げてしまった。全ては魔神の思うがままに。――――――「感謝するぞ。我々では成し得なかった異世界ゲートを創り出したお前は本物の天才だと記憶に刻んでおくとしよう」言い終わるか否か、何処からかデカい両刃の剣を生み出し僕に剣先を向けてくる。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みなく死を与えてやろう」拡声器でも持っていたのかと思うほどに大きな声が会場中に広がる。ざわめきが広がると同時に悲鳴も上がった。「いやぁぁ!やめて!」「痛いいいぃ!!」ゲートから無数に出てくる魔物に襲われている記者や各国の著名人。僕はただ眺めることしか出来ない。「いい声で鳴くじゃないか。ではそろそろお前の命も終わりとしよう」一歩踏み出した魔神を止めるかのようにアカリも構える。一触即発の雰囲気の中、僕はアレンさんを会場の何処にいるか目線だけで探す。遠くに居たのを見つけたが、高位魔族に阻まれてこちらに来ることができなそうだ。いやまだ居る。フェリスさんと春斗が僕の護衛になっていた。春斗は見当たらずフェリスさんを探すと、魔神の後ろにレイピアを構えてアカリと挟む形で陣取っていた。「雑魚が群れようと、我に傷をつけることは叶わぬ!」大剣を振るうとその剣圧でアカリとフェリスさんは吹き飛んだ。「ぐっ!!」4m程度離れただけだ
見たくなかった光景に目を背けたくなったが、身体は金縛りのように動かない。春斗の腹に突き刺さった剣の先端は背中から生えていた。血飛沫をまき散らしながら、春斗の身体はくの字に曲がる。「う、うぐぅ……くそ……が……」うめき声をあげながらぐったりとする春斗を見て僕は叫んでしまった。「は、春斗ぉぉ!!」声が聞こえたのか春斗はゆっくりとこちらを振り向きながら小さな声で呟く。「に、逃げろ……俺がこいつを止めてる間……に……」春斗は自らの剣を手放し身体に突き刺さる大剣を両手で掴んでいる。足元には血溜まりが少しずつ広がっていき、傷の深さが伺える。「チッ、さっさと離せ雑魚が」突き刺さる大剣を引き抜きたいが春斗が抑えているせいで抜けずに魔神は苛立ちを見せる。「い……今のうちに……早く……行けカナタ……」息も絶え絶えにそれでも僕の身を案じてくれている。涙は止まらず、動くことも出来ない僕を見たフェリスからも喝が飛んでくる。「行きなさい!カナタくん!アカリ!担いででも逃げなさい!その人は死なせてはならない!」それを聞いたアカリは素早く刀を仕舞い細い腕で僕を担ぎあげる。「やめろ!!やめてくれ!!春斗がッ、春斗が!」そんな声も虚しく、担がれた僕は魔神から遠ざかっていく。「アカリ!ここは任せろ。ボク達がなんとかする、君達は安全が確保できる場所へ!後で落ち合おう」「団長も無事で会えることを祈ってる」アカリはアレンさんとそれだけ言葉を交わすと大きく跳躍し、瓦解した壁の隙間から外へと飛び出した。「待ってくれアカリ!皆がまだ中に!」「諦めて。私の任務は貴方を無事に守ること。誰よりも優先すべき対象」アカリの足は止まらない。
数十分にも渡る戦いが繰り広げられていたが、アレンは判断を下す。「黄金の旅団全員に告げる!この場から撤退せよ!これ以上の戦闘は無意味だ!次の手を打つために一度引くぞ!」その言葉を合図に団員達は戦闘を即座に止め撤退の準備に取り掛かる。レイは舞台袖に隠れていた茜と五木を見つけ共に脱出することを提案した。「貴方達はカナタくんのお知り合いですね?」「は、はい。えっと貴方は……?」「自己紹介は後です。私の後に付いてきて下さい」五木と茜は何が何やら分からなかったがとにかくこの場を離れられるのであればと、レイの後ろを着いていく。それを見たのか数人の無事だった記者や著名人らも後ろから着いてきていた。軍人は全滅していたようで、軍服を着た者が着いてくることはなかった。「団長、無事な人達はここに集めました」「よし、脱出するぞ。剣聖!やってくれ!」アレンが合図を送ると舞台の上で戦っていた剣聖は頷く。「さあここにいる皆は良いと言うまで目を瞑って!早く!」言われた通り全員目を瞑ると、舞台上から声が聞こえてきた。「放て!我が聖剣!エクスカリバー!!!」目を瞑っていても分かる程の眩い光が会場内を照らす。魔族や魔物は目を開けていたようで、所々からうめき声が聞こえてくる。「くそが!!剣聖!覚えていろ!必ずカナタを殺しお前も殺す!!今だけは仮初めの平和を楽しむがいい!これからこの世界で殺戮ショーが始まるぞ!」不穏な言葉が聞こえるが、全て無視して脱出へと動き出す。「全員目を開けて!走って!!出来るだけ私達から離れないように!」味方と思われる方々に必死で着いていくよう一般人は足を動かす。恐怖で上手く走れないが皆同じ条件だ。テキパキと動くのは彼らのような戦える者達だけだろう。――――――20分は走り続けただろうか。逃げ出した集団は閑静な住宅街に佇む一際大きな屋敷に到着した。彼らの拠点のようで、一時
「それで、ハルトとゼンは死亡。剣聖は行方不明、カナタくんとアカリは無事だが何処かは分からない、ってことだね」辺りは暗く夜となっていたが安全な場所まではまだ距離がある為、彼らは歩き続けていた。アレンを先頭にし、殿はレイが努めている。フェリスはアレンに事の詳細を説明していた。「はい、残念ながらハルトとゼンは助けられませんでした……」「仕方がない……ボクらは常に死が身近にある世界で生きてきた。この世界に数年いて平和ボケしていたのかも知れないね……」「ですが、カナタくんは無事にあの場から逃げ出せたと思います」「それが分かるだけでも本当に良かったよ。とにかくこれから忙しくなる。この世界に魔族が解き放たれたからね……」アレンも今後の事を考えていたが、あの場にいたこの世界での戦力と言える軍。それがあっという間に全滅させられた所を見ており、この世界の戦力では魔物一匹にすら苦戦するだろうことは分かり切っていた。黄金の旅団は団員が減り、剣聖も行方不明。戦力は大幅に落ちており、今のままでは異世界ゲートを取り返す事すらままならない。「とりあえず、一度腰を据えて今後の事を話し合う必要があるかな」保護した一般人もいる。彼らを守りつつゲートも取り返さなければいけない。カナタを見つけ、剣聖も探さなければいけない。やる事が多すぎて何から手を付けるべきかアレンは頭を抱えていた。――――――「ここは?」着いて来た一般人が不安そうに零す。歩き続けてやっと到着した場所は、廃工場だった。工場を囲うフェンスは錆でボロボロ、いくつかの建物は崩れかけ今にも朽ちてしまいそうだった。「ここの地下にボクらの本当の拠点がある。あくまで宿り木は表向きの拠点だからね」アレンとレイ以外はこの場所を知らなかったようで、少しざわめきが広がった。「ここはボクとレイで見つけたんだ。そして最初に出会ったこの世
「ふーん、なるほどな研究所が襲われて命からがらここに逃げてきたと」「まあ助けられなかった人達のほうが多いけどね」「んなこたぁどうでもいい。これからが大変だろうが」そんな話をしている折、我慢できなくなったのか一人の男が叫び始めた。「一体君達は何者なんだ!!それにあの異形の生物は!あの彼方という青年は何処に行った!」皆の視線がその男に向けられる。「あ?何だお前。先に名乗れ」「私は国家安全保障局の者だ。あの惨劇の説明を求めている!」国に関わる重要な方のようで、国に説明を求められた際なんと言えばいいか分からず理解できるように説明してくれ、との事。「そうだね、まずは説明の必要があるか。ボクらの事もあるしね」そこからは1時間ほど掛けて、一般人に理解できるような説明が行われた。魔法や異世界、科学では説明できない事象は実際に目の前で見せてくれた為信じるしかなくなってしまった。その中心に居たのが、彼方だったらしく今は最優先で保護しなければならないとのことだ。「協力はしてやるが、正直なところたったこれだけの人数で異世界ゲートを取り返せるのか?」「ま、待て!我々にも戦えというのか!?」「うるせぇやつだなお前は。俺の仕事は武器商人。この世界の武器ならどんなものでも揃えてみせるぜ」見た目通りの職業だったが、今はとても頼もしく見える。「しかし、あの化け物どもは軍人すら相手にならなかったぞ?」また別の者から、意見が飛んでくる。「うるせぇなぁ、やるかやらないか。さっさと決めろ。死にたくなけりゃ戦え。嫌なら死ね」この紅蓮という男は口が悪くそれがまた人を苛つかせる。「人が死んでいるんだぞ!!」「協力的な態度を示したらどうだ!!」紅蓮と記者や国の関係者が言い合いになってしまい、収集がつかなくなってくる。「茜くん、君はどうするんだい?」五木は騒いでる連中を無視して、近くにいた彼女に話し掛けた。「そうですね……戦うなんて平和な日
「あー!うるせぇ!てめぇら死にたいのか?次俺に舐めた口聞いたら殺すぞ?」突如響き渡る怒号。善人とは思えない言葉に、皆が紅蓮と言い合っていた連中の方を向く。「な!貴様!誰に向かって!」最後まで言うが早いか、自称国家安全保障局の男はぶん殴られた。「次は撃ち殺すぞ」紅蓮は腰に装着されている拳銃に手を掛け、殴り倒された男の耳元で脅す。「わ、分かった。大人しくしておくから……う、撃たないでくれっ……」「はいはい、皆落ち着いて」緊迫した空気の中、アレンがニコニコした顔で手を数回叩く。「アレン、お前も笑ってないでこいつらなんとかしてくれ」「そうだね、あー一般人の方々これを見て下さい」ポケットから携帯を出すと、動画投稿サイトを皆に見せた。そこには世界中で猛威を奮う異形の生物達が映っていた。動画の中には悲鳴や怒号、銃声やガラスの割れる音も入っている。目を背けたくなる瞬間も写っており、皆の顔は曇る。「今世界ではこんな悲劇が起きています。ここに逃げ込めてよかったでしょ?」アレンが携帯をしまいながら皆に優しく微笑むと、命が助かったのは彼らのお陰と認識したのか全員落ち着きを取り戻していた。「まあお前らは運が良かったって事だ。ここには食料もたんまりあるからな。俺が隠れ家にしていた所なんだ。耐震性もバッチリだぜ?」一時的に仮拠点として、廃工場の地下を使うこととなり今後の活動を夜遅くまで話し合うことなった。――――――「これ、水」憔悴した僕の前に何処からか手に入れてきた水を渡してくれるアカリ。逃してくれたこと、ここ数日世話をしてくれることに感謝しかないが、春斗の最後が脳裏に焼き付きうまく笑えない。「あ……ありがとう……」あれから皆はどうなったのだろうか……それに姉さんは無事なのか。
彼方の晴れ舞台を見るために紫音は自宅のテレビで中継を見ていた。「あー!出てるー!すごいすごい!」自分の事のように喜びながら、画面を注視する。生中継も終盤に差し掛かる頃何やらおかしな雰囲気になってきた。異世界ゲートが起動し一人の男が入っていってから戻ってこないのだ。会場はざわついているようで、舞台上にいる彼方も何やら動揺しているように見える。嫌な予感がする……彼方は大丈夫と言っていたが、数十分も戻ってこないなんて流石に予定通りではなさそうだ。紫音の手は汗で濡れ、テレビから一瞬たりとも目を離せなくなってきた。最初の説明をぼんやりと聞いていたが、確か10分しか稼働させることはできなかったのではないのか?不安は募り、今にもその場に行きたい衝動に駆られた。そして事件は起こる。血塗れの男がゲートから出てきたのだ。明らかに台本通りではない、もしこれが台本通りならば顰蹙《ひんしゅく》ものだ。彼方も不安そうな表情で狼狽えている。その後画面は乱れだしたが、撮影者の意地なのか映像は続く。見たこともない異形の化け物がゲートから出てきた。「なんなんだよあれ!」「これドッキリか?」撮影者たちの声も入っているが、紫音も同じ気持ちで画面を見続ける。ドッキリであってくれと。しかしその願いは叶わなかった。ゲートから出てきた異形の化け物は観覧席へと降り立ち、人々を襲い始めたではないか。カメラを投げ捨てたらしく、酷く画面は揺れ運良く地面に落ちたのか上手く舞台が映る形で撮影され続けている。「彼方……大丈夫って言ったじゃない……」悲壮な声も虚しく、異形が人々を襲い続ける映像はつづいていく。見てられずテレビを切ろうとしたが、舞台上に見たこともない男が現れた。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みな
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目
部屋全体がとても暑く、何もしていないのに服には汗が滲んでくるほどだった。ペトロさんとアンデレさんを見ればとても涼しい顔をしており、二人は暑さが平気のようだった。数歩進むと更に熱気は凄く、僕の額には大粒の汗が浮かぶ。使徒の特殊な力か知らないが僕だってペトロさん達みたいに涼しい顔でいたいものだが、あまりの暑さにそうは言ってられない。「ん?あ、もしかしてこの部屋暑いかい?」ペトロさんが僕の様子に気づいてくれたようで声を掛けてくれた。それに僕は頷き返すと、ペトロさんはおもむろに指を弾いた。その瞬間、暑く感じていたはずなのに一気に涼しくなった。何か結界のようなものを張ってくれたのだろうか。「悪いね。人間はこの暑さだと辛いというのを忘れていたよ」「結界ですか?」「そう。私達は呼吸をするかのように身体を覆っているけど君達人間はわざわざ発動手順を踏まなければならないのを忘れていたよ。それに君は魔法があまり得意ではないだろう?」その通りだ。得意か否かではなく赤眼のせいであまり魔法が扱えない。ペトロさんはこの短い時間でその事にも気づいていたらしい。「それにしても趣味悪いよね~ヤコブの部屋って」アンデレさんは首を横に振り嫌そうな顔をする。まあ僕も趣味がいいかと問われれば首を振らざるを得ないしな。「あ、来たみたいだよ」ペトロさんが指差す方向を見ると溶岩が盛り上がりその中から白い服を着た男が出てきた。髪は短髪で赤く目も吊り上がっていて不良みたいな見た目だ。少なくとも僕がプライベートだったら話し掛けはしないタイプの見た目だった。「おいおいおい!なんだって二人が俺の所にきたんだ?それにそこの人間はなんだ?」「まあいいじゃん。とりあえずさ、この子が世界樹に行きたいらしいから許可ちょーだい」何の説明もしてないけどいいのだろうか?アンデレさんの問いかけにヤコブさんは数秒無言になると頷いた。「お?まあいいけどよ。って説明の一
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん