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15食目・『シェフのおすすめ・1』

作者: 柊雪鐘
last update 最終更新日: 2025-12-02 08:00:31

 さて、非常に美味しいバサームを堪能してしまった。

 ソースを楽しんで2/3程進んだところで、新たに店員さんが何かを乗せたトレーを持って現れた。

「お待たせいたしました!こちらがシェフのおすすめ、本日は『森と海のパティポット』です!大変お熱いので、火傷をしないようご注意くださいね。ごゆっくりどうぞ!」

 にこやかに店員さんは去って行って、テーブルには熱々の食べ物が置かれた。

 両側に持ち手のある陶器っぽい器の表面にはドーム状になった金色の膜、湯気が薄っすらと立ち込めているけど、店員さんの言葉が真実なら中にはきっと具が入っている筈。

 広げた両手でやっとこの食べ物を覆えそうな大きな物体は、見た所パイ包みといったところかな。

 エリザさんは「まあ、美味しそう」と半音高い声が期待に胸を膨らませているようだった。

「さあルシーちゃん、スプーンをどうぞ」

「わ、私が割っていいんですか……!」

「もちろんよ。さあ、一気に行っちゃって!」

 たった一色、黄金色に包まれた生地を割るのは新雪を踏むような罪悪感がある。

 でも胸に込められた私の期待とエリザさんの期待はそれを遥かに超えていた。

 スプーンのヘリをパイに当てて、ぐっと力を込める。

 すると、バリっと罪深い音が立ったと同時にぶわり、甲殻類と香ばしいバターの香りが辺りに充満した。

「ふわあぁぁぁっ……!」

 それだけで、なんと情けない声を出してしまったんだろう。

 口の中に唾液が溢れて渇望してしまう。

 美味しい。食べてないのに、既に美味しい。

 中身の熱さを表すように湯気が先程よりもよく見える程出ているのに、中を覗きたくて仕方が無かった。

「わああぁぁ……こんな、罪深い……」

 ついに口にさえ出してしまう。

 パイ生地を切り取ろうとスプーンを入れる度にザクザクと小気味いい音を立てて、円形に切り取って中へと落とす。

 それをすくい上げると、パイには白いソースが絡んだ。

 ぶ厚い層に見えるけど、間にある空間はとても広い。

 やけに音が良すぎるパイの理由はこれのようだ。

「い、いただきます……!」

 見るからに芸術品のそれを、思い切って口に運ぶ。

 すると言葉が溢れるどころか、一気に失った。

「あむっ!は、はふはふ……!……」

「……ど、どう?ルシーちゃん。もしかしてお口に合わなかったかしら?」

「ぎゃ……」

「ぎゃ?」

「逆です……お、美味しすぎて……こんなに言葉が浮かばないの、初めてです……」

「あらあらまあまあ」

 やっぱりすごく熱い。

 熱いのに、口の中では美味しいエビの風味と貝柱の深い風味をミルクが包み込んでいて、すごく滑らかな舌触りが更なる旨味と甘味を際立たせている。

 熱ささえもその包容力の一部かのように振舞って、頭の中の言葉は全て溶けて消えた。

 食の幸せとはこの事か――。

「ルシーちゃん、パイに中のソースをつけるのもいいけど、パティそのままも食べてみて」

 幸せに浸っていると、エリザさんが聞き捨てならないことを言ってきた。

 なるほど、このパイはパティと呼ばれているようだ。

「分かりました」とパイを同じように円形に切って、そのまま口に運ぶ。

「――っ!!」

 口に広がる芳醇なバターの香り、それだけでなく薬草が更なる風味を与えて甘さだけでなく仄かな爽やかさもある。

 それをやはり厚めのパイが満足度を底上げしている気がする。

 中のシチューのようなソースにつけるだけでなく、パイ単体ですら美味しいなんて――!

「私もこれ、大好きなの。中のテリュタロスとシュプリンガー、マシュ茸も食べてみて」

 そこそこ広めに穴を空けたので、中はある程度見える。

 ホワイトシチューの中には大きな貝柱と白と赤の身、そしてキノコをスライスしたであろうものが浮かんで見えた。

 どうやらそれがテリュタロスという貝、シュプリンガーというエビ、そしてマシュ茸……先程パイを絡めた時の風味の元だろう。

 ごくり。

「い、いただきます……」

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