LOGIN絶対さっきの風味の化物に負ける。
そんなことは分かりきってる。 でも、食べざるを得ない。 食べなきゃいけない。 食べるなら、ちゃんと味わいたい……ッ! そんな欲が、私の中で溢れ返っていく。「い、いただきますっ」
もう一度覚悟を決めて、スプーンに乗せたテリュタロスを口に運ぶ。
「んむっ、むむむっ!」
口に入れてひとつ咀嚼した瞬間、湧き出るように口の中に貝独特の風味が充満した。
ホタテ貝のようにころりとした大きめの貝柱のような具材はそのまま風味も強く、大振りで殴りかかってくるようで。 更に表面をソテーされたのだろう、わずかな焦げの味が深みを増して美味しさを際立たせている。 弾力が大きくあるわけではないけど、噛み応えは十分。 咀嚼するたびに貝の旨味が口の中にただ溢れかえっていく。 美味しい。それからつい、ソースを口に運んでしまう。
滑らかな甘みがパンチの強い貝の旨味を包み込んで幸せに浸ってしまう。 ああ、これは計算ずくだ。 具を食べれば自然とソースに手が伸びてしまう。 こんなところに策士が居ようとは。 貝柱の余韻に浸ったまま、次はと自然にシュプリンガーに手を伸ばす。 身の見た目はエビというよりはカニ、大きくも細い繊維状になってるのが見えて、見るからに美味しいとわかる。 それでも食に興味が湧いてしまえば一緒、流れに任せて口に運ぶ。「あむっ……んんんん~~~~っ」
口に入れれば最速で甘みが、噛めば甲殻類独特の旨味が口内に溢れて負ける。
うん、負けてる負けてる。美味い美味い。 呻く声も止められない。 幸せに頬が吊り上がって下がらない。 永遠に嚙み続けたい旨味が口の中で暴れ回っている。 美味しいって罪だ。 罪の食べ物を頂いている、そんな気すらしてしまう。「うふふ、ルシーちゃんが幸せそうだわ」
先程バサームの美味しさに更なる可能性を見てしまったエリザさんは、今回に限っては余裕だ。
エリザさんも好きって言ってたし、こうなることが分かっていたのだろう。 ぐうぅ、なんだろう、ちょっと悔しい。「ぐぬぬ、あの……とても美味しいです。あまりの美味しさにびっくりしました」
「ふふ、そうでしょう?じゃあ次はマシュ茸ね」 「えっ」 「あら、キノコは嫌いかしら?」 「いえ……い、いただきます……」ほんわかしたエリザさんに煽られて、一瞬にして逃げ道を失う。
いや、食に対して逃げるとかはないんだけど。 負け続きで大敗を喫するのもなぁ……少しは美味しい!そんなもんだよね!を味わいたい気もする。 もしかしてここは高級レストランとか? でもふと周りを見ると、更にお客さんが増えてきて、パスタみたいな麺を食べていたりパンとスープ、或いはお肉をおかずにお米を食べてるっぽい人もいる。 どちらかというと大衆食堂だ。 やはりこの国の食材自体がパンチの強い強者ばかりなのだろうか。「……」
ごくり。
現実逃避を終えて再び食材へと向かう。 次に掬ったのはマシュ茸と呼ばれるキノコ。 一見マッシュルームのような色合いだけど大きさは小ぶりなエリンギみたいな。 薄切りだとは思うのだけど、気持ち分厚く切られてる気がする。元はどれだけ大きいのだろう……。
エリザさんは「ソースは多めに絡めた方がいいわ」と言うので、絡めて食べた。
甘いミルクのソースが口に広がって噛んだ瞬間、ソース一色だった口内は一瞬にしてキノコの風味に変わる。 それはあまりにも一瞬で、ソースにもその風味があった分相乗効果で更なる旨味が襲ってきた。 よくよく考えたら貝もエビもキノコも出汁になるのだ、美味くならない訳が無い。 最初から勝たせる気など元々無かったのだ、なんて業の深い食材たちだ。 あまりの美味しさにいっそのこと恨んでしまいそう。 「どう?美味しいでしょ?」 「その……完敗でした。どれもとても美味しいです」 「うふふ、それは良かったわ!」アルミラさんから製造ギルド内の見学の許可をもらって、注意事項を受けた。「まずは製造の邪魔をしないこと。何を作っているのか気になったら辺りのチェック係にでも聞いて。知られていいことは教えてくれるでしょう。それからネリーがいるから迷子にはならないでしょうけど、できる限り道が分からなくなったらすぐに辺りの製造員に聞くように。立ち入り禁止の区域は当然だけど入っちゃダメよ。それから3階より上も禁止よ。端的に言うと、扱うものが危険物であったり製造工程の守秘義務があるものを多く扱っているわ。出る時は私に声をかけてね。いなかったら探して。その辺りにいると思うから。あと……――」 結構色々(大体は当たり前だと思うし、納得できることだから多分大丈夫……)言われて更に続けようとしたアルミラさんに、ネリーさんは「見学するのにそんないっぱい項目あったっけ!?」と口走った。 アルミラさんはじっとネリーさんを見て、小さく息をついて「まあいいわ」と視線を私に向けた。 「……ところでルシェットさん、貴女のスキルの項目、スキル名だけで白紙だけど……?」 どき、と胸が跳ねる。 そういえばスキルは大体把握してきたと思うけど、免許には何もしてない。 もしかして更新とかした方がいいのかな……?「あ、発現時には何のスキルか分かっていなくて……」「……アスパィア君の本質解を受けた時のことを言っているのなら、それはスキルを見つけた訳ではないのだけど……まあいいわ。どんなスキルかは把握できたの?」「えっと、重たいものを持つと笑顔になる……?らしいスキルで……」「ルシーちゃんが笑顔になると、周りの空気も朗らか~になるんだよ。ね、万来堂向け
製造ギルドは大きな入口の商業ギルドや扉の無い開放的な入口の冒険者ギルドとも違って、格子門の奥にある分厚い鉄製扉を潜って中に入る。 ネリーさんは通り際、胸と肩の片側だけを覆った鎧をつけた男性に「お疲れ様でーす!」と片手を上げながら目の前を横切って、扉へと向かった。 よく出入りしてるんだろうな、すごく慣れてる。 一方の私は緊張の思いで頭を下げて目の前を素通りさせてもらった。「ではでは、こちらが製造ギルドです!ルシーちゃん、ちゃんと耳を押さえててね」「え?」 にこりとネリーさんの注意が入った直後、ゆっくり耳を塞ぐ私とネリーさんが重々しい扉を開けるタイミングが一緒だった。 ――ドォォーーン! ドォォーーン!「!?」「ねぇー!すーごーいーでーしょーぉー!いーつーもーこーうーなーのー!」「え??ぜ、全然聞こえない!」 耳を塞いでいるにもかかわらず、突然大きな音で響いたのは何か大きいものが物か壁に打ち付けられているような音。 とにかくその音が振動になって私の体に響いて、その音で周りの音も、多分何か言ってるネリーさんの声すらも掻き消えてしまっている。 私がネリーさんの声を理解できてないのを理解したのか、ネリーさんは次にジェスチャーで伝え始めた。 指は四角を作って、つい「これくらいの お弁当箱に」と言いたくなる。 でもその後にスカートのポケットを叩いたから、多分さっきの転生者免許だ。 耳はずっと塞いでいたいんだけど、このままではカードを取り出すことすらできない。 轟音対策を諦めてカードを取り出すと、ネリーさんは何度も頷いて先の廊下を指差す。 次はカードを持ってこっちに行け、ってことかな。 先を行くネリーさんの背中についていくと、ネリーさんは受付っぽいカウンターに向かった。「アルミルァさんこんにちは!」「あら、ネリーじゃない。いらっしゃい。今日はどうしたの?」「今日は案内と、この子の見学!手続きお願いしていい?」 並んで受付に行くと、さっきの騒音がぐっと落ち着いた。 音は聞こえるけど、なんかすごく遠くなったような。 不思議に思いながらもカウンターを挟んだ奥のお姉さんに声をかける。「は、初めまして!ルシェット・サイファ=明音です」「初めまして。私はアルミルァ・グウェンテューヌ。製造ギルドの見学にきたの?」「アルミルァさ
通り過ぎる冒険者ギルドは商業ギルドと違って木製の板を張り合わせた造りだ。 でかでかとその存在をアピールしていた商業ギルドとは違って、大人しく静かなイメージを持たせる見た目だけど大きな建物街に負けない大きさをしていた。 冒険者にもそんな大きな施設が必要なんだ……と思ってたら、ネリーさんのささっと解説が始まる。「このフォス=カタリナなんだけど、冒険者の見立てではまだ地図の1/3が埋まってないんだって。だから踏破が難しい地域を通りやすくするよう道を作ったり、厳しい環境に合った魔道具や装備品の開発を製造ギルドと連携したり、魔物と戦うための武器や防具を揃えたり仕事の斡旋とかしたりで結構大変みたい。危険な仕事だから従業員管理も大変だろうし。それだけじゃなくて、町の警護に当たったりもするからその事務作業とかで王城に行き来したりする姿も見るし、半分くらいはデスクワークなんじゃないかな?」 聞いててすごく忙しそうだと思った。 体格が大きい人がいっぱいいるのかなと思ったけど、扉の無い開放的な入口から見える職員はほっそりしていて、書類の山を抱えているのがちらりと見える。 それはまるで教科書の山を職員室から教室に運ぶような……うわ、絶対大変なお仕事だ。 ふと上を見上げれば、窓では羽ペンを動かし下を向いて真剣な顔をしている人が見えた。 あれはきっと書類とご対面しているに違いない。 その真剣さから戦ってるのは外の魔物や町の中の犯罪(あるのか知らないけど)だけではないのだと、身に沁みて理解するしかない。「冒険者って腕に自信のある人がいっぱいいるイメージがありました……」「あはははは、転生者って皆そう言うよね!戦える冒険者ギルド員もよく『前線に出れるヤツが花形だと思ってた……過労待ったなしじゃねぇか……!』って泣き言言ってる姿よく聞くよー!」
「到着ー! お待たせしました、こちらが製造ギルドです!」「わぁ……やっぱり大きい……!」 大通りに出て馬車に乗り、少し揺られてやってきたのは初日に馬車を降りた所と同じ場所。 エリザさんと入った役所も目の前にある、大きな建物が並んだ街並みが広がっていた。 道は2つ、左は大きな建物が並んだギルド街で右はお店が建ち並んでいる……ってエリザさんも言ってた気がする。 目の前の鋼鉄の柱で支えられた煉瓦造りの建物は確か、商業ギルドではなかっただろうか。「でしょでしょー。まず手前に見えるのが商業ギルド、続いて奥に冒険者、最後に製造ギルドと並んでるよ。ここからは歩いて向かおうか!」「この先を馬車は通らないんですか?」「通るよー。でも通るのは道具を運ぶ大型や荷馬車だけ、人を乗せる馬車は邪魔になっちゃうから少し前に廃止しちゃったんだー」「そっか、素材とか運ぶんでしたっけ」「道具やアイテムならまだしも、作ったものとかね、魔物とかね、本当にいろんな物が通るからルシーちゃんには刺激が強いかも……!」 魔物、と言われて心臓がドキッとした。 そういえば服でも魔物素材使ってるんだもん、材料となる魔物だって行き交うに決まってるのだ。 魔物ってどんなものなんだろう? まだ見たことないから話を聞くだけで緊張したような、好奇心でいっぱいのような、不思議な感覚になってしまう。「えっと、魔物ってどんなものがいるんですか……?」「色々いるよー。私が一番お世話になるのは、やっぱり悪魔羊かな。ドゥルマはね、羊型の魔物なんだけど、まんまるモコモコな見た目で角もぐるぐると巻いてて、すっごく可愛いの!」「エリザさんも、言ってたような……」「お洋服だけじゃなくて荷物の緩衝材に使われたりもするから布製素材の王道なんだよね。あとは綿蚕とかワタリグモとか……と言ってもこいつらはただの虫って言われればそうなんだけど、だい
ネリーさんのお店で買ったワンピースを着て、髪はエリザさんがまとめてくれた。 更に耳から耳へ、頭の上を通ってリボンが編まれたカルーチャ(布製のカチューシャみたい。こういうオシャレはお洋服の規定外だから女の子のオシャレのひとつなんだって。編み方も色んな種類があって、町の女の子に大人気!)と呼ばれるものをつけているのだけど、これがまた可愛い。 耳の上で留められた編まれた細いリボンは私の髪と同じ肩の下まで垂れ流し、私が動けばひらひらと舞う。 町娘として服の型が制限されている分、こういった部分で自由さを出すのは文化の一つだと思うし、それを楽しめるオシャレさがある。「わあ! 似合うわ、ルシーちゃん!」「えへへ、ありがとうございます。このカルーチャ、すっごく可愛いです!」 オシャレを楽しみながらお出かけできるって素敵! エリザさんにお土産を準備しないとなぁ……。 鏡を見てカルーチャの端が揺れているところを眺めていると、ノックと共にドアが開いた。 どうやらお迎えの時間のようだ。「おはようございます!ルシーちゃん、準備できてます?」「いらっしゃい、ネリーちゃん。準備できてるわよぉ」「ネリーさん、おはようございます!」 顔を合わせるなり、ネリーさんは私の顔を見て頬を染める。「あわわわわ……ルシーちゃん、なんて可愛い……!カルーチャ似合いすぎじゃない……!? ちょっとお姉ちゃんにルシーちゃんの新しい服をデザインしてもらいたい……!」「あ、新しい服!?」「きっと会わせたらお姉ちゃん喜ぶよぉ!あとで会おうね!」「さ、早速ですか!?」「うん!今日は町を案内するんだし、大丈夫だよぉ~」「えっ、えええ」
「お仕事、万来堂だったよね!どう?」「ちょっとずつ、覚えようと頑張ってます……!」「接客業だもんねぇ。でも笑顔が眩しいルシーちゃんだから、きっと大丈夫だよ!」「ネリーさんみたいに明るい店員さんになれたらいいな。あ、昨日はお世話になりましたっ」「こちらこそだよ!また何か困ったことがあったら、このネリーさんに任せなさいっ」 ネリーさんは胸をドン、と叩いて誇らしげな笑みを見せる。 なんと頼もしいことだろう。 ファッションと料理屋じゃ違うことも多いと思うけど、何かあったらネリーさんにも相談してみよう。 そんなことも思えてしまう。 そうだ。折角だから、ちょっと聞いてみようかな。「ネリーさん聞いてもいいです?」「ん?なあに?」「ネリーさんはどうして接客業を選んだんですか?」 ネリーさんは「えー?」と笑顔で。 次の瞬間には「私ね」と語り始めた。「ルシーちゃん、覚えてる?最初に私のお店で買ってくれたお洋服のこと。私ね、お姉ちゃんいるの。ルシーちゃんのお洋服をデザインしたデザイナーなんだ」「そういえば……」 んー、お洋服関してはお姉ちゃんがどうのこうのって言ってたような。 このお洋服を売りたかったけど、事情があって安くしてもらったんだっけ。 お姉ちゃんがデザインしたものだから安かったってこと?「私ね、ずっと夢だったんだぁ。お姉ちゃんがデザインした服を、私が売るの!お姉ちゃんのブランドのショップ店員になりたかったんだよ」「なるほど! ネリーさんはお姉さんが大好きなんですね!」「そーゆーこと。で、自慢の服を売るならやっぱり明るくしなきゃじゃん?買ってもらいたいもん」「そうですね。まだ3日だけど職場の皆さん見てたら、みんなキラキラしてて、私も!ってなりましたっ」「そうなんだ。ちなみにどんなお仕事したの?」「えっとですね……――」 それからお仕事の雰囲気やお店についてち







