Masuk「あの、お母さん……」
「あらルシーちゃん、お勉強はどう?」
「んー、ちょっとその休憩にと思って、お水をもらいに来ました」
一呼吸入れようと1階に降りると、エリザさんは洗濯を畳んでのほほんとしている。
降りてきた私に気付いて微笑む優美さは変わらず、私は昨日の今日でエリザさんのことを「お母さん」と呼ぶには恥ずかしさを感じていた。
「そんなに慌てて覚えることはないわよ。ルシーちゃんがこれから生活する世界なのだから、ゆっくりと過ごしていれば自ずと理解できると思うの」
「それはそうなんですけど……でも、少しでもお母さんと自然に過ごしたり、お仕事のこともあるので」
「――もうっ、ルシーちゃんったら本当にいい子なんだからっ!」
感極まったようにエリザさんに抱き締められ、恥ずかしさは更に昇る。
こう、娘とし気に入ってくれてるのは嬉しいのだけど、生前の私はそこまで母からの愛情表現は受けていたただろうか……。
「そういえばお水だったわね」と私から離れたエリザさんは水道の蛇口をひねり、出た水に手を翳してコップに注ぐ。
手をかざしている間の水はやけにキラキラと輝いているようで、どうやらこれが浄水魔法というものらしい。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……――ふぅ、とても美味しいですね」
「うふふ、なんだか恥ずかしくなっちゃうわね」
手渡されたコップの中身は何の変哲もなく、そのまま口に運べばただただ美味しいお水。
ちなみに基本は地下で流れている水を井戸から汲み上げ、各家庭にある置いているタンクからお水を出しているらしい。
「ところでエリザさん」
「ん?何かしら?」
「朝、このお水は外に置いてるタンクから出してるって言ってましたけど……そのお水は誰が用意してるんですか?まさか、エリザさんが……!?」
「あはは、そんな訳がないじゃない!1日500リットルのお水を契約しているけれど、流石の私もそこまで魔法は得意じゃないの」
「お水の契約制……?お水を運ぶのにも、魔法が使われているんですか?」
「そうよ。お水は日の使用量で契約を決めて、毎月お支払いするの。タンクには毎晩減った分だけの水が継ぎ足されて、使用した分だけ支払いという扱いね。例えば私とルシーちゃんで月に450リットル使ったら、月末にその分だけお支払いになるの」
「つ、使わなかった分はどうなるんですか?」
「どうせ浄水魔法をかけるから、毎日同じ水質よぉ」
にこりと見せるエリザさんの笑顔は大変眩しかった。
浄水魔法、便利だな……。
「あ、そうだ。ルシーちゃん、毎晩24時以降は極力お水を使わないでね?」
「なんでですか?」
「24時から明け方5時までは、各家庭にお水を配る運び屋さんがいるからよ」
「運び屋さん?」
「そ、冒険者ギルドでお仕事をされてる、物を運ぶ専門のお仕事の人。お荷物とか郵便とか、こういう生活に必要な物を運んでくれるのよ」
「それぞれのお家に水を運ぶのも、運び屋さんの仕事なんですか……」
「プロはすごいわよぉ。水流を作ってタンクに入れていったり、転移魔法を使う人だっているわ。氷にして固めて身体強化魔法で運んだりするパワータイプ、運び屋さんによって様々ね」
にこにこと教えてくれるエリザさんだけど、頭の中で想像するとアニメや漫画みたいな世界だ。
水流は管の無いウォータースライダーみたいなものかな。
それがタンクに突っ込まれていく光景はどんなものだろう。
転移魔法ということは、昨日のクリステフさんみたいな?一瞬にして水の塊を運ぶのだろうか。
大きな氷塊を運ぶ人は完全に地球を運ぶアトラス像が浮かんだ。
冒険者ギルドの人だということだし、きっと屈強な戦士に違いない。
「ま、魔法ってすごい……」
両開きの大きな扉がゼル……さんによって開かれる。 というのも扉の横には手のひらサイズのパネルがあって、ゼル……さんはそれに手のひらを添えて扉は開いたのだ。 手の指紋を取ってるのかな?そもそもそんな技術がこの世界にあるの? そんな疑問が浮かんだけど、ゼル……さんは私のて顔を見てにこりと笑った。「気になった?これは認知式の鍵で、手を通して魔素で相手を識別するシステムなんだ。今はまだ試験段階だけどね」「魔素で識別……そんなこともできるんですね」「出来るようになった、が正しいかな。同じフォス=カタリナ人によって体を巡る魔素の属性割合って違うんだよ。それに気付けたから作ることができたんだ。ちなみにこれはまだ搭載できてないんだけど、転生者にはスキルが備わってるだろう?そっちを個体で判別できて登録できるようになったらいいなと思ってるよ」「ふえ……すごいですね……」 言ってることはあんまり分からないけど、結構高等技術っぽそう。 そういうのを研究して魔道具として取り入れるのは、なんだか学者らしいなと思っちゃう。 でもここにいるのは……発明家に近い学者、なのかな。 室内にいるみんなは白いローブにスカーフを巻いて、ゼル……さんと同じ姿。 ただ、人によってスカーフの色が違う。 皆同じ色で集まってるあたり、役割が何かが違うのかもしれない。 「ようこそ、製造ギルド魔道具科へ! ここでは様々な魔道具を研究し、製作、そして商品へと昇華させているよ。特にこの製造ギルドでは数々の魔道具が実用段階へ至る実験装置として置かせてもらっていてね。ルシェットさんもここに来るまでにいくつかは体験したかな?」 案内をしてくれるゼル……さんが、にこりと微笑みながら問いかけてきた。 思い浮かんだ魔道具は2つ。 どっちも大きなものだ。「えっと、受付にあった大きな音を消す魔道具と、さっきの瞬間移動装置、ですかね……?」「ああ、そうだね。どちらも試作段階の実験装置だよ。ここではそんな大型のものや、日常に使うような小型のものまで製作しているんだ」「ちなみにゼルディモリさん、今は何を製作してるのー?」 やけに生き生きとしたゼル……さんに、ネリーさんが質問を投げかける。 ゼル……さんは大きく頷くと「これだよ!」と手のひらサイズのスプレー缶みたいなものを取り出した。 ゼル……デッ……
「ね、ネリーさん……今のってなんですか?」 ネリーさんは「ごめんごめん、反応が初々しいから笑っちゃった…」と笑い、浮かんだ目尻の涙を拭う。 そして「これはねー」と後ろの穴を指差す。「設置型の瞬間移動装置というやつだね。闇魔法の魔素を籠めて、穴と穴を瞬時に移動できるって代物!」「はえ……もしかして、これも魔道具ですか?」「そうそう!……あれ、なんでこんな魔道具出来たんだっけ。階段の昇り降りがダルくなったから……?」「転生者が送られてくる転移魔法についての理解と実験の産物! こら、ガイドが適当な理由を作るな!」 頭にはてなマークを浮かべるネリーさんに知らない声のツッコミが入った。 びっくりして振り向けば、白いローブに赤いストールを巻いた人が立っていた。 ストールの先は腕についた金具で留められていて、中々オシャレ。 このギルドの人だと思う男性は赤い目を揺らめかせてネリーさんに指先を向けた。「あーっゼルディモリさんだ!お久しぶりー!」「久しぶりー……じゃない!アルミルァから聞いたが新人転生者のガイドをしてるんだろう?適当に抜・か・す・な」「てへー、ごめんって。なんでだったか思い出せなくて。ほら、『気分とノリで作った』代物もあるでしょ?魔道具科は」「お前はそもそも商業ギルドの人間だろう。ガイドは有難いが、なんでお前がやるんだよ」「へへーん、そりゃ私がルシーちゃんの一番の友達だからでしょ!ちゃんとした知り合いに教えてもらったほうが、ルシーちゃんもラクだと思うよぉ?」「それはそうかもしらんが、雑な説明をされるくらいならまともな奴を呼ぶ」「なにをー!」「なんだよ」 うーんこの2人、仲が良い
製造ギルドの大きく広い廊下を歩く。 各所でミシンの音をしていたのは次第に金属を叩く音に変わって、鍛冶を彷彿とさせる音になってきた。 それだけでなく、じわりと暑くなってきた気がする。「この辺りからちょっと暑くなるから気をつけてね」「温度が急に上がった気がします。金属の音も響いてるし、もしかして……」「ここは被服第3工房、鎧とか作ってるよぉー」「やっぱり! あ、そういえばこの辺りは洋服や防具のお話だらけだけど、冒険者は武器って使うよね……?それはこっちで作ってないの?」「武器は武器でまた違う製作所があるんだよ。入り口の騒音、覚えてる?」「あー……なんかすごくおっきい音で何かを叩く音がしましたね……」「あれは多分大剣作ってる音だね。多分作り始めでまず熱して金属の塊を叩いてるとこだよ」「はえぇ……じゃあ入口の近くで武器製作がされてるんですか?」「いや?被服第1工房レベルで歩くよ」「……」 一体どんなに大きな音を響かせて武器を作ってるんだろう。 寧ろ製作してる人達は耳とか大丈夫なのかな……? あの時でさえ体に響く音してたし、制作場所では地震レベルで揺れてそうな気もするけど……。「とりあえずこの廊下を抜けて、階段上がったら魔道具製作所になるから頑張ろー!」 ネリーさんはグーにした手をあげて廊下を歩く。 今まで気にならなかったけど、布製の被服室を通る廊下はちゃんと窓があって緑の景色が見えた。 でもこっちでは何も見えない。 その代わり窓もない廊下は吊り下げられたランタンのようなライトに照らされている。 それが少し
どうやらデザイナーさんから直接買い付ける訳じゃないみたい。 デザイナーさんが作った服を、商業ギルドが鑑定して価値を決めて世に出す。 買う時はできるだけアネットさんの服を選んでくれたらいいなってことみたい。 なお、そのアネットさんの服はネリーさんが販売してるから、どうやら私の生活に特別変わりはないようだった。「じゃあ継続モデル、やってみます!えっと、よろしくお願いします……!」 だから今度は二つ返事じゃなくて、ちゃんと頭を下げてお願いをした。 アネットさんは「ありがとう!これからもよろしくね」と微笑んでくれて。 ネリーさんは「お姉ちゃんよかったね」と笑顔だ。 そこにデザイナーさん達が拍手をして……呟く。「いいなあ、私も直接継続モデルに会いたぁい」「あなたは継続モデルがいるだけ良いでしょ?私はいないのよ?」「あんたは売上上位でしょ!流行メーカーがお黙りなさいっ」「そう言うあなたは聖職者の衣装の殆どを受けてるじゃない!独自ブランドが言うことじゃないわね。毎月安定した額貰ってるでしょ!」「あわ……あわわ……」 なんだか喧嘩が勃発しちゃった……! 「ルシー、今日はありがと。今のうちにお逃げなさい」とアネットさんに言われて、大ごとになる前に私とネリーさんは被服第1工房を抜け出したのだった……。「はあ……はあ……びっくりした……」「お姉ちゃんは比較的落ち着いてるんだけど、あそこは衣装製作の最前線だからか、或いはデザイナー生存競争の勝者の巣窟だからか、ああいうバッチバチにやり合う意思が強い人が多いんだよね…&
「重さが枷なら、私には……ふふ、あはは、うっふふふふふ……!!」「お、お姉ちゃん!?」 私の気持ちを伝えたつもりなのだけど、なぜか突然アネットさんは笑い出しちゃった。 私、変なこと言っちゃった? もしかして怒られちゃうかな? もしかしたらちゃんと伝わってなかったのかも!スキルのことなんて言うんじゃなかった……。 そんなことを思ってたら、アネットさんは目尻の涙をぬぐって「ごめんなさいね」と笑いの余韻の中で零した。「そんな事を言ってくれるとは思わなかったの。私からすると服作りはどこまでも自己満足の壁打ちだわ。どれだけ自分にとっては良作を残したつもりでも、反応が無ければただの自己満足と同じだわ。でも、今日はこうして初めて私の服を着てくれる子に出会った。私の服を肯定してくれた。これ以上の喜びはないわね」「よかったわね、アネット」「言ったでしょう?根を詰めすぎなのだわ。もっと周りを見なさいな」「やっぱり感想が私たちにとっての一番の栄養よねぇ」 アネットさんの言葉に他の職人さんが集まって、口々に言葉にしていく。 どうやら私の言葉はちゃんと伝わったみたい。良かった。「ねえ、ルシー。これからも、私の服を着てくれない?」「もちろんです!」「出来れば、私の継続モデルをして欲しいんだけど」 優しく微笑むアネットさん。 そこで思わず「はい!」と言いそうになったんだけど……んん? 「け、継続……?」「そ、継続」「け、継続モデルってなんですか……?」 モデルって、モデル? 服を着て沢山写真撮られるアレ……? それはお仕事なのでは?でも私万来堂にいるし……どうすればいいの?? ぐるぐると巡る思考に、耳に入ったのはネリーさんの声だった。「ルシーちゃん、あのね?何を考えてるのか分からないけど、継続モデルっていうのはそのブランドの広告をする人のことだよ。基本着るお洋服はそのブランドのもので、街を歩いて声をかけたらそのブランドですよって教えるだけ。特別なお仕事じゃなくて、ちょっとお友達価格でお洋服を買えるだけのちっちゃな広告塔だよ」「はえ……そんな制度が……」「制度って言うより、こういうことはしていいよーの法律かなぁ」「なるほど……」 どうやらお仕事ではなかったみたい。 この世界、まだまだ私が知らないことはいっぱいだ。「それで、どうかしら
お洋服に袖を通して、髪を整える。 カルーチャを付け直して姿見の前に立つと、いつもは落ち着いた色味の服を着ている分、服の明るさに自分自身すら明るくなったように見えた。「かっ……可愛い……!」 改めて着てみると、心の奥底からふつふつと多幸感のようななにかが湧いてきた。 視線は自然と胸元の宝石に向く。 きらりと光る石は七色のオーロラみたいで、綺麗な輝きはダイヤモンドみたい。 そんな石を中心に細い帯状のリボンがゆらりと揺れる。 大きさで言えばワンポイント程度、それでもキラキラの石に負けない存在感。 それはまるでこの石のために作られたリボンなのでは、と思うくらい。 間違いない、この石とリボンがこの服の主役だ。可愛い! スカートはふわりと膝上くらい。 いつもより少し短いかな? でもこれぐらいなら全然気にならない。「どう?ルシーちゃん」「とっても可愛いです! 着心地いいし、スカートもふわっとしてるのがいいですね!胸元のリボンと石が特に気に入ってます!」 「そっかそっか。じゃあお姉ちゃんが気にしてた重さはどう?あとは動きやすさとか!」「重さ……あ、さっき持った時は少しずしっときたけど、着てみると身体に馴染んだように軽いです! 動きやすさは…………うーん、肩周りが少し窮屈なので、もう少し余裕があるといい気がします」「なるほどなるほど……」 話を聞くネリーさんはすかさずメモをとって、うんうんと頷く。 こうして見るとアシスタントさんみたい。 満足したのか、ネリーさんは「じゃあお姉ちゃんのとこ行こっか!」と笑顔で部屋を出ていく。 その後ろを私もついていった。&n
『お母さんだから』 エリザさんの言ったその言葉が、頭の中で繰り返される。 単身赴任のお父さんと、朝から夜までお仕事をしていたお母さん。 二人とも忙しくて、休みの日でも駆り出されて家を出ることがあって、私はいつも一人だった。 でも、私には友達がいた。 時間潰しの塾にも生徒がいて、喋れる仲間がいた。 だから寂しくないし、そんなもんだって思ってた。 それが普通で、当たり前だと思ってたんだ。 でも、それは違ったみたい。 『お母さんだから』 温かいご飯と、エリザさんか
「おはようございます」「あら、ルシーちゃんおはよう」 昨日は眠たさが勝ってしまって、ご飯を食べた後先に寝かせてもらっちゃった。 起きた時にはイードさんもいなくて、エリザさんはいつものように優しい笑みを浮かべて朝ご飯の準備をしていた。「~♪」 ……あ、またエリザさんが鼻歌歌ってる。 なんか、少しだけ上機嫌みたい。 何かあったのかな?「ルシーちゃん、今日の朝ごはんは何が良いかしら?」「えっと、うーん……」
まだ家を出た時にはまだ夕暮れ前だった陽は傾いていた。 あれからエリザさんと買い物を続けていた私は編み上げブーツ、ニーハイソックスを購入して全身コーデを揃え、容量がある肩掛け鞄も買った。 もちろんそれだけじゃ足りないから、服と靴、靴下は数着まとめて購入、流石に大荷物になるからといくつかに纏めて梱包してもらって、後日『運び屋』と呼ばれる人達が運んでくれるみたい。 飛んでいったお金は金貨2枚と銀貨5枚、中々大きなお買い物だ。 ネリーさんの所で購入したワンピースが特別お高いだけで、物価はそこそこ、女性用の服はワンピースが殆どで価格
「ここだよ!」 ネリーさんの案内で来たのは商店街の中央。 中央はその名の通り大きな道が交差した真ん中で、前の世界ですら見慣れないくらい大きい筈の噴水すら小さく感じてしまうような、とても広々とした空間――を飲食屋台が貸し切っている状態だった。 屋台がぐるりと中心を囲んで並んでいる。 屋台から噴水までの間をテーブルとイスが所狭しと並んでいて、それでも空席を数える方が早いくらい。 既に席に座っている人は住民だけでなく何かしらの制服を着ていたり、冒険者っぽい人だったり、本当にいろんな人が入り乱れている状態だった。 そ







