いつものように、柚希を保育園に連れていった時だった。
「おはようございます」
「おはようございます」柚希と同じクラスの女の子、斗和(とわ)ちゃんのパパと保育園の門の前で会い、彼から挨拶してくれて、私も返した。お互い、子供が靴を脱ぎ終えるのを待ったりして、子供と一緒に教室に向かう。
斗和ちゃんのパパが、先生に挨拶をすると先に外に出ていく。
私も先生に挨拶するといつものように柚希とハグをして、外に出た。斗和ちゃんのパパが車に乗り、黒いマスクを外し、発車させようとした時、私は分かってしまった。
彼は、この前パートの和田さんが見せてくれた表紙の人『生田蓮』。もう何回も会っている。お母さんばかりが出席していた参観日にも参加していて、一緒に親子ゲーム大会をしたりも。
ずっとマスクで気が付かなかったけれど、斗和ちゃんの苗字も生田だし、あのパパは確実に、アクションも完璧にこなす演技派イケメン俳優、生田蓮!
まぁ、正体を知っても、同級生の親同士な関係で、深く関わることなんてないんだろうなと思っていた。
葉が紅く染まり始めた季節。十七時頃、いつものように保育園に柚希を迎えに行くと、彼もちょうど同じ時間に来ていた。
お互いに目を合わせ、会釈をした後に、それぞれ自分の子供が帰り支度をするのを見守り、玄関で靴を履く。「斗和ちゃん、バイバイ!」
「柚希ちゃん、バイバイ!」親同士も「さようなら」と言い、会釈して、私と柚希は先に外へ出た。外に出るとタイミング悪く土砂降りの雨が降ってきていた。
「うわ、さっきまで降ってなかったし、天気予報もずっとくもりってなってたのに、雨すごいね」 「ママと柚希、いっぱい濡れちゃうね」ふたりで話をしていると、彼が話しかけてきた。
「自転車ですか?」
「あ、はい」 「車、乗ってきます?」 「はい、えっ、えっ? いや、でも……」 「うちの車、大きいから自転車乗せれますよ!」 「いや、そういうのじゃなくって」人気イケメン俳優の車に自転車を乗せてもらい、さらに、送ってもらうだなんて、想像しただけで、無理。心臓が飛び出そう。
「これ、多分通り雨で、ちょっとしたらやみそうなので、待ってみます」
私がそう言った後、斗和ちゃんが叫んだ。 「柚希ちゃんと帰りたい!」 「斗和、柚希ちゃんのママは待ってるって言ってるよ! 無理言ったら、柚希ちゃんのママ、困っちゃうよ!」 「一緒に帰りたい……」 斗和ちゃんは、泣きだしそうな気配だった。 ――ああ、どうしよう。泣かしちゃうのもなぁ。「あ、じゃあ、よろしくお願いします」
斗和ちゃんが泣かないように、私は家まで送ってもらうことにした。
彼は一番後ろの席をたたむ。それから自転車を軽々と持ち上げて車の後ろに乗せた。
ひとつひとつの動きが格好良い。
「乗って良いですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」 車の種類は詳しく分からないけれど、彼の車は三列シートの大きめな白い車。 先日姪を乗せたらしく、ちょうど柚希が座れるジュニアシートが真ん中の席に設置してあった。そこに柚希を座らせたあと、私も柚希の横の席に座る。助手席から斗和ちゃんがこっちを覗き込んできて、満足そうにほほ笑んだ。
車を走らせてすぐに、斗和ちゃんが言う。
「パパ、おしっこ」 「うちのトイレまで我慢出来る?」 「出来ない!」前の席でそんな会話が繰り返されていた。
「あの、私のうち寄ってきます?」
斗和ちゃんがパパよりも早く「うん」と答える。
「あ、すみません。家までまだ十分ぐらいあるし、助かります」イケメン俳優に「うち寄ってきます?」 なんて、何かとんでもないことを言ってしまったのではないか。
部屋、おもちゃとか散らかしっぱなし。片付けてないし、ちょっと恥ずかしいかも。 でもまぁ、仕方ない。 斗和ちゃんがトイレに間に合えば、それで良い! そう自分に何度も言い聞かせた。すぐ私の家に着いた。天気は予想通り、小雨になってきている。
待っていたら自転車で帰れたのかな?って気持ちと、こんなふうに送ってもらう機会なんてなかなかないから、雨のお陰かな?って気持ちが交差した。
車を降り、私はアパートの一階にある自分の家の鍵を急いで開けた。それから斗和ちゃんをトイレに連れていく。無事に間に合いほっとする。斗和ちゃんが間に合ったのを確認した彼は、自転車を車から降ろしてくれていた。
「斗和ちゃん、遊ぼ!」 すでにリビングにいた柚希に誘われ、斗和ちゃんは走っていった。「斗和、帰るよ!」
彼がそう言っても、話を聞かずに子供たちはおままごと遊びを始めてしまっている。
「斗和、帰ろ?」
「いやだ、まだ遊びたい!」 「斗和……」 彼は困った表情をしている。 「じゃあ、もうちょっとだけ遊んだら帰ろうね?」 私が斗和ちゃんに話しかけると、斗和ちゃんは頷いた。 「斗和が、すみません……」 「いえいえ、あの、今日は送ってくださって、本当にありがとうございました」ふたりが遊んでいる姿を、私と彼はリビングの入口に立ち、眺めていた。
ふと彼と目が合う。
改めて近くで見ると、本当に格好良い。俳優さんって特に目に力がある人が多いイメージだけれども、彼は本当に目の力が強くて。ずっと見つめていたら、全てが吸い込まれそうで、ドキドキした。
子供たちが遊びに飽きてきたタイミングを見計らって「帰ろっか」と声をかけ、ふたりは帰っていった。
柚希が眠ったあと、スマホで『生田蓮』を検索してみる。
出てくる出てくる、彼の記事が沢山。彼は、あちこちドラマや映画に引っ張りだこで大人気。どのサイトの写真もイケメンで、変顔すら美しい。その中で育児についてインタビューされている記事を見つけた。
育児について、大切にされていることはありますか? という質問に対し、彼はこう答えている。
『大切なことというか、一分でも多く、娘と一緒にいたいですね。今は、仕事の量を減らし、夜中までの撮影もなるべく入れないようにしてます。撮影現場の皆さんも、娘の保育園のお迎え時間を気にしてくださったり、それに合わせてスケジュールも組んでくださっています。こうして仕事と子育てが両立出来るのは、マネージャーさんをはじめ、スタッフさん、そしていつも応援してくださる皆様のおかげです。後、台詞を覚えたり仕事のことも娘が寝てからするようにしていますね。本当は仕事を完全に休み、ずっと娘と遊んでいたいのですが、そうなると生活費が……あ、これは言わない方が良かったかな?』
きちんと娘への愛情を伝え、周りのお世話になっている人たちへの気配りも忘れない。締めはちょっとおちゃめな感じ。お金に余裕があるからこういうことを記事で語れるとも思うんだけど。
何この満点記事。
多分、保育園で出会っていなくて、この記事だけを読んだのなら、世間によく思われたいために盛った言葉だと思っていたかもしれない。けれど、彼の、斗和ちゃんに対する接し方は、うちの元旦那とは比べ物にならないくらい、愛情を感じるから、本音のように感じる。
――こんな人が旦那さんだったら、幸せになれるのかな?
そんなこと考えても、夢の中の夢。
ただの現実逃避のようなものだ。あれから三年が経った。 子供たちは小学三年生に。「はい、OKです!」と、監督さんの声。 今日はうちのリビングで、とある空気清浄機のCM撮影をしている。出演者はパパと、一歳になった私の娘、羽花(うか)。撮影が始まる前に、一日の流れの説明と共に見せてもらった絵コンテの通り、順番にひとつひとつのシーンを撮り終えていく。ちなみに撮影現場を見るのは初めてで、子供たちと私は、興味津々。 邪魔にならないように、荷物置き場になっている寝室で「上手く行きますように!」と、ドキドキしながら撮影を見守っている。 今、監督さんと彼、スタッフさんで撮れたものをモニターで確認している。「大丈夫そうですね、これで全部撮り終えました。お疲れ様でした!」 撮影が終わった。羽花が出来るだけ普段通りでいられるようにと、本番中、外で待機していたスタッフさんたちが入ってきた。そして撮影に使った道具の片付けを始める。 私はリビングのふわふわした白い絨毯の上で眠っていた羽花を抱っこした。 監督さんに話しかけられる。「奥様、今日は素敵なお家を使わせていただき、撮影にご協力くださり、本当にありがとうございました」 「こちらこそ、貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました」 「子供が遊べるスペースもあって、本当に綺麗で素敵なおうちですね」 「ありがとうございます。夫が、家建てる時に子供が過ごしやすいようにって考えた設計なんです」 「そうなのですね。生田さんらしいです。生田さん、いつも撮影現場でもひとりひとりに気を遣ってくださるし、羽花ちゃんが産まれたばかりの頃かな? 現場一緒になった時、奥様の寝不足や子供たちのことをとても心配されていたりもして、素敵なパパなんだろうなって、スタッフと話していましたよ」 噂の彼を見ると、スタッフさん達と一緒に撮影道具を片付けていた。 はい! 私の夫は世界一素敵です! 私は心の中で叫んだ。 皆がいなくなり家族だけになると、彼は大きなため息をついた。「こんなに撮影で緊張したの、初めてかも。羽花がきちんと笑ってくれるのかな?とか、眠ってくれるかな?って。そんな理由で撮影緊張するなんて、考えたことなかったな」 「私もすごく緊張した。無事終わって良かったね! 羽花とパパの共演、放送されるの楽しみ!」 私もほっとしながらそう言った。
しばらくまったりしていると、目の前に置いてあった私のスマホのバイブがなり『拓也』という名前が。 止まらないバイブ。スマホを眺めていると、彼が言う。 「出ないのですか?」 「……あの、何年も音信不通だった元旦那なんです。出たくなくて」 彼の顔色が変わる。 「代わりに出ますね! 良いですか?」 「はい、お願いします」 「あ、切れた」 出ようとしたら切れたけれど、再びかかってきた。 「出ます!」 そう言って、彼は私のスマホを手に取ると、玄関に行き、ドアを閉めた。 元旦那が何の用事だったのか、彼と元旦那が何を話すのか気になったけれど、何よりもこのタイミングで電話が来たのが不満だった。 ――せっかく良い雰囲気だったのに! なんなんだ、あの人。 彼が戻ってきた。 「どうでした?」 「なんか、江川さんと柚希ちゃんに突然会いたくなったそうです」 ――はっ?「それだけですか?」 「はい、なので、もしもどうしても会いたいのなら、僕たちはお付き合いしているので、僕も同伴することをお伝えしました。後は、江川さんは電話に出たくなくて、会いたくもなさそうでしたと伝えておきましたよ。そしたら電話が切れました」 「ありがとうございます」 何年も音信不通だった。養育費も結局三ヶ月しか払ってくれなかったし。他の女のところにいったのに、会いたくなったからって理由で、いきなり電話してきて。どこまであの人は自分勝手なんだろう。「江川さん!」 「はい!」 「あの人のところへは、戻らないでほしいです」 「戻るわけないです。だってあの人は――」 妊娠中に不倫された話から、別れるまでのことを全て彼に話した。 「そうだったのですね……僕、今電話が来た時、とても不安になったんです」 「不安、ですか?」 「はい、江川さんがその人と会い、寄りを戻して、僕から離れていってしまうのではないかと」 「生田さん、私から離れはしないです。離れるとすれば、生田さんから離れていくのだと、ずっと思っています。だって、生田さんはとても魅力的で……」 「ありえないです! 離れるだなんて、考えられないです。『もう会わない方が良い』って江川さんに言われて、実際、保育園でしか会えなくなった時は、しんどかったです」 「私もです。というか、あの時は一方的に電話切ったり、発言とか
今年も寒い季節がやってきた。 たしか去年の今頃は、斗和ちゃんのジャンパーが小さくなったってLINEが彼から来て、服のおすすめサイト教えてたっけ? そして、彼がそのサイトを使ってくれて、柚希とお揃いのジャンパーを買ってた。 どんな些細なことでも、彼と関われるのが嬉しかったな。今もだけど。 ちなみに今は、一緒にそのサイトを見ながら選んだり、お店に買いに行ったりもしている。 あの時よりも進展している。 今年もそのお揃いのジャンパーをふたりは着ていた。 進展といえば、お付き合いを始めてから、彼の家で過ごすことが多くなっていった。「ねぇ、パパ! 今日、柚希ちゃんと一緒に寝たい!」 いつものように、ご飯を彼の家で食べていた時、斗和ちゃんが言った。 私は彼と目を合わせる。 彼の家に泊まったことは、まだない。「斗和、柚希ちゃんたち、もうすぐ帰らないといけないんだよ! また今度きちんとお約束してからにしようね」 「私も斗和ちゃんと一緒に寝たいな」 柚希も言い出した。 「柚希、もう少ししたら帰ろうね?」 「私、帰らないよ!」 「じゃあ、ママひとりで帰るの?」 「うん」 帰ろうって柚希に言ってるのに、私はその言葉に反比例して、泊まりたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。「生田さん、明日は土曜日ですが、お仕事ですか?」 「いえ、休みです」 「私もお休みです」 ここで私は言葉を止める。 「……じゃあ、江川さんがご迷惑でなければ、泊まっていきますか?」 素直に泊まりたいって言えばいいのに、明らかに今、この言葉、察して?みたいなところで私は言葉を止め、彼に気をつかわせてしまった。申しわけない気持ちになった。 ――彼の家でお泊まり。心がそわそわする。 「柚希ちゃんも斗和と一緒にお風呂入れちゃって、大丈夫ですか?」 「あ、はい。ありがとうございます」 「もうお風呂沸くんで、三人で入っちゃいますね!」 「じゃあ、私、その後のことするので、子供たちが上がった後は、ゆっくりお風呂に入ってください」 「ありがとうございます! じゃあ、子供たち上がる時、お風呂から呼び出し音ならしますね! 僕たちの後は、江川さんもゆっくりお風呂入ってくださいね!」 「ありがとうございます!」 柚希が着るパジャマ、下着は斗和ち
お迎えの時間に間に合った。 さっき、彼と付き合い始めたけれど、この保育園での様子は、特に何も変わらずにいつもの光景。 これからもずっと変わらずにこんな感じなのかな? そう思っていたのに――。「今日は、うちでご飯食べませんか?」 「えっ? 生田さんの家でですか?」 「はい、そうです」 どうしよう。いきなりおうちご飯に誘われる展開がきた。「柚希ちゃん、うちに来てー」と斗和ちゃんが言うと「ママ、行こっか!」って、柚希はすでに行く気満々な様子だった。 断る理由、もう何もないよね?「じゃあ、よろしくお願いします」 私の家を通り過ぎ、十分ぐらい更に進んだ場所に、生田さんの住んでいる家があった。 白くて大きな家。大きな庭もあって、モデルハウスみたいにとても綺麗! 一軒家かぁ、憧れる。 立ち止まり、彼の家を眺めながら私は言った。「ちょっと偏見かもしれないですけど、生田さんは駅前にある豪華なマンションに住んでいるイメージでした。しかも最上階」「はは、そんなイメージでした? 江川さんすごいです。実は昔、そのマンションに住んでいました!」 なんと、正解だった。「この家、斗和が産まれてから建てたんです。子供が過ごしやすい家になるように、一緒に笑い合いながら過ごしている場面を想像しながら。工務店の人に何回も相談に乗っていただいて完成しました。ここは今、一番大切な僕の居場所です」 彼は本当に子供のことを一番に考えているんだな。 それにしても、子供が産まれてから家を建てるって忙しそう。家全体を考えたり、ひとつひとつの部屋の壁とか床とか、考えること沢山あるよね? 育児しながら俳優のお仕事もして、彼は他にも色々やってそうで。 私は柚希が生まれた頃は、彼のように考える余裕なんてなかったな。 玄関のドアを開けた瞬間、新築の香りと花のような?いい香りもしてきた。 リビングへ行く。私の家みたいにおもちゃが散らかっていたりしないで、とても綺麗だった。斗和ちゃんがトイレに行きたくなって家に来た時、散らかった部屋を見られてしまったことを思い出し、ちょっと恥ずかしくなる。「見学しても良いですか?」 「はい、どんどんしてください」 「私、お部屋教えてあげる!」 「斗和、二階も全部教えてあげてね! 僕はささっと何かご飯作ってますね!」 「すみません! ありがとう
暑い季節がやってきた。 斗和ちゃんのパパが『生田 蓮』だと知ってからちょうど一年くらいが経つ。 彼と距離を置いてから、LINEをすることもなくなり、ご飯も一緒に行かなくなった。 でも保育園で会うといつも彼から話しかけてくれる。挨拶や子供の話をしたりする程度だけど。 最近は彼への気持ちが少し落ち着いてきた気がする。無理やり自分自身でそう思うようにしているだけかもしれないけれど。 いつものように保育園へ迎えに行き、家に帰ると、柚希が私に言った。「ねぇ、斗和ちゃんのパパがね、ママと一緒にいたいんだって!」 柚希にどういうことか訊ねると、今日保育園で斗和ちゃんが柚希にそう言っていたらしい。まさか彼がそんなこと言うわけがない。最近柚希は妄想話もよくしてくるから、そのたぐいかなと思っていた。 柚希からその話を聞いてから、三日が経った。 朝、保育園の門の前で、彼と会う。「おはようございます」 「おはようございます」 いつものように、彼から挨拶をしてくれて私も挨拶を返す。 四人で玄関に入った時、斗和ちゃんが私に言った。「ねぇ、柚希ちゃんのママー、パパがね、一緒に遊びたがってるよ!」 「えっ?」 「斗和、そういうこと言わなくていいの!」 「えー、だってパパ、泣きそうだったからね、柚希ちゃんのママに教えてあげたの!」 「斗和! すみません。今の斗和の発言、本当に気にしないでください」 無理。 気にしないなんて、絶対に無理! 斗和ちゃんの言葉を聞いてから、気まずい。そんな気持ちと共に淡い期待も心の中でフワフワしてる。 私は年長さんの『きりん組』の教室まで、柚希と一緒に向かう。斗和ちゃんも同じクラスで、しかも柚希と仲が良いから一緒に向かうことになる。親同士は微妙な雰囲気。いつものように先生に挨拶して、柚希とハグをする。なんとなく教室から彼が出ていくのを確認してから、私も教室を出る。彼に追いつかないように、ゆっくりと玄関に向かって歩いた。それから、外に出て、彼が車を走らせたのを確認。私も自転車の鍵を開け、乗ろうとした。 その時、彼の車が戻ってきた。 ――なんで? 彼は駐車場に車を停めて、降りてきた。 私は自転車にまたがった状態で、彼の行動に目を離せずにいた。「江川さん、あの!」 強めに彼は私の名前を呼んできた。その一声で私は
その日の夜、柚希を寝かした後、彼からLINEが来た。『今日はお付き合いくださり、本当にありがとうございました』 返事どうしようかな?って画面を眺めながら考えている最中、再び彼からLINEが来る。『遊園地で江川さんの様子がいつもと違ったこと、やっぱり気になってしまいます。今日、もしも無理やり遊園地に付き合わせてしまっていたり、本当に僕が何かやらかしてしまっていたら、ごめんなさい。何か言いたいことがあれば遠慮なく言ってください。いえ、無理して言わなくてもいいのですが。とにかく気になってしまいました。今日はお疲れ様でした。おやすみなさい』 やらかすだなんて……。 彼が私との関係を、適当な間柄だと思っていたのならこんなLINE、送って来ないよね? 自分の気持ちを伝えるのが得意ではないけれど、今思っていることを素直に伝えてみることにした。『実は私、生田さんと元カノさんが一緒のところを撮られていた記事を見たのですが、生田さんと彼女さんは、現在お付き合いしていらっしゃるのかな?って気になっていまして。プライベートに踏み込むなって感じですよね。すみません。今日はありがとうございました。おやすみなさい』 こんな内容、迷惑だろうなって、送るのをためらってしまったけれど、勢いで送信を押した。送ってから後悔。返事、来ないだろうな。っていうか、今、生田さん、彼女さんと一緒にいそう。 そして、斗和ちゃんも。三人で楽しく過ごしているのかも。 想像なんてしたくないのに、勝手に三人一緒にいる映像が頭の中に流れてくる。復縁の記事を見てからずっと。そして私は今、その頭の中に流れてくる映像に、嫉妬してる。 ――こんなの、私ひとりだけが辛いやつじゃん。 送ってから、一分もしないうちにスマホの画面に『着信 生田さん』の文字が。 彼からの着信は予想外。 心臓が跳ね上がり、鼓動が速くなる。 マナーモードにしてあったから幸い音は出ず、そばで寝ていた柚希を起こさずにすんだ。 私は話し声で柚希を起こさないように、寝室から離れた。そしてトイレへ行き、ドアを閉めた。 震えながら、電話に出るマークを押した。「もしもし」 トイレのドアは閉めたけれど、一応声が漏れないように、ささやくような声で私は電話に出た。「もしもし、あの、柚希ちゃん寝かせてる途中だったとか、忙しい時間にか