暑い季節がやってきた。
斗和ちゃんのパパが『生田 蓮』だと知ってからちょうど一年くらいが経つ。
彼と距離を置いてから、LINEをすることもなくなり、ご飯も一緒に行かなくなった。
でも保育園で会うといつも彼から話しかけてくれる。挨拶や子供の話をしたりする程度だけど。
最近は彼への気持ちが少し落ち着いてきた気がする。無理やり自分自身でそう思うようにしているだけかもしれないけれど。
いつものように保育園へ迎えに行き、家に帰ると、柚希が私に言った。
「ねぇ、斗和ちゃんのパパがね、ママと一緒にいたいんだって!」
柚希にどういうことか訊ねると、今日保育園で斗和ちゃんが柚希にそう言っていたらしい。まさか彼がそんなこと言うわけがない。最近柚希は妄想話もよくしてくるから、そのたぐいかなと思っていた。
柚希からその話を聞いてから、三日が経った。
朝、保育園の門の前で、彼と会う。「おはようございます」
「おはようございます」いつものように、彼から挨拶をしてくれて私も挨拶を返す。
四人で玄関に入った時、斗和ちゃんが私に言った。
「ねぇ、柚希ちゃんのママー、パパがね、一緒に遊びたがってるよ!」
「えっ?」 「斗和、そういうこと言わなくていいの!」 「えー、だってパパ、泣きそうだったからね、柚希ちゃんのママに教えてあげたの!」 「斗和! すみません。今の斗和の発言、本当に気にしないでください」無理。
気にしないなんて、絶対に無理!斗和ちゃんの言葉を聞いてから、気まずい。そんな気持ちと共に淡い期待も心の中でフワフワしてる。
私は年長さんの『きりん組』の教室まで、柚希と一緒に向かう。斗和ちゃんも同じクラスで、しかも柚希と仲が良いから一緒に向かうことになる。親同士は微妙な雰囲気。いつものように先生に挨拶して、柚希とハグをする。なんとなく教室から彼が出ていくのを確認してから、私も教室を出る。彼に追いつかないように、ゆっくりと玄関に向かって歩いた。それから、外に出て、彼が車を走らせたのを確認。私も自転車の鍵を開け、乗ろうとした。
その時、彼の車が戻ってきた。
――なんで?
彼は駐車場に車を停めて、降りてきた。
私は自転車にまたがった状態で、彼の行動に目を離せずにいた。「江川さん、あの!」
強めに彼は私の名前を呼んできた。その一声で私は自転車から降り、自然に背筋が伸びる。そして、私も同じように強めな返事をした。
「はい!」
「あの、さっき、斗和が言ったこと、事実なんです!」
「えっ? はっ?」 彼から直接そう言われ、私は動揺しすぎて何も言葉が出てこない。 「これから、お仕事ですか?」 「あ、はい」 「お仕事何時に終わりますか?」 「今日は十六時ちょっとすぎぐらいに終わりますけど……」 「じゃあ、その時間までに僕も仕事終わらせます! そしてお店の前で待ってますから!」 彼はその言葉を一方的に言うと、車に乗り、走らせ、そのまま消えていった。もうこれ、一日彼のことしか考えられないパターン!
仕事どころじゃないよ……。
初歩的なミスしそうだとか、ダメダメな一日になる予感もしたけれど、何事もなく、無事に仕事を終えた。
従業員が出入りする裏口前にいつも停めてある自転車。乗る前に、スーパー正面の駐車場をそっと覗く。彼の車をすぐに見つけた。すぐに私の存在に気がついた彼は、車から降りてきた。
「お疲れ様です! 自転車はどちらですか?」
「裏に停めてありますけど」 「こっちに持ってきましょうかね。じゃあ、鍵貸してください」 「あ、はい」 自転車の鍵を渡すと彼は裏に行き、自転車に乗りながらこっちに戻ってきた。――何故こんなにも自転車に乗る姿もさわやかで、格好良いの?
彼は車に自転車を乗せ、助手席にあったジュニアシートを後ろの席に置いた。
「隣に乗ってください!」
「はい」言われるがまま、私は助手席に乗る。すると彼は車をすぐに走らせた。
「今日、保育園のお迎え、十八時で大丈夫ですか? ふたりでお話がしたいです」「はい」
たまにはこういう感じで、ちょっとだけお迎え遅くなっても、大丈夫だよね?
彼は窓を開けて、新鮮な空気を車の中に取り入れた。心地よい風が流れてくる。
「まずは、あの時の質問に答えさせてください」
生田さんはあの女優さんとお付き合いしているのか? という質問だ。
「はい」
私、朝からほとんど「はい」としか言えてない。今日の彼はいつもよりも強く、私は彼に押されぎみ。
「お付き合いはしておりません! 元彼女ですが、恋人に戻ることはないです!」
はっきりと言いきった!
「もう、なんであの記事、復縁とか書いたんだろう」
彼をちらっと見ると、そう呟きながら眉間に皺を寄せていた。 「そのせいでこんな……」 今度は口をへの字にしている。「コロコロ表情が変わって、今日の生田さん、可愛い」
心の呟きを声に出してしまった。
「可愛いだなんて……。僕は、真剣なんです!」
「あ、ごめんなさい」 「いえ、良いんです。江川さんに可愛いって言われるのは嫌じゃないですから」 「……」 「あのですね、撮られた時、彼女と斗和の服を一緒に買いに行ってたんです」 「服を?」 「はい。女の子の服、よく分からなくて。ちなみにあの写真ですが、結構前に撮られたやつで、江川さんからあの可愛い服のサイトを教えてもらった時よりも、だいぶ前のものです」 そうだったんだ。 「それに、あちらにはもう別の恋人がいますし。だから、恋人になるとか、本当にありえません!」 「そうだったのですね……」彼は車をどこかの駐車場に停めた。
「ちょっと、歩きませんか?」 「はい」車から降りると、辺りには多くの緑があった。少し歩いて木の階段を上ると、街が見下ろせる高台にたどり着いた。空気が綺麗。
「僕は、子供たちと皆で過ごすのももちろん好きですが、こうして、ふたりで過ごしたいとも思っていました」
景色を眺めていた私は、ふと彼を見る。
彼はじっとこっちを見つめて言った。「実は今、こうしてふたりきりでいることに、すごくドキドキしています」
いつも大勢の人に囲まれている、大人気な俳優さんが、私なんかに?
「江川さん、ずっと隣にいてほしい、です」
私の心臓の鼓動が速くなる。
これは現実か、夢か?もしも夢なら、これ以上、変な期待が膨らまないうちに、目を覚ましたい。
私が何も言えないでいると、彼は言葉を続ける。
「でも、江川さんは自分みたいな人、嫌ですよね?」
何を言っているの? 嫌じゃない、嫌じゃないのに動揺しすぎて言葉が出てこない。
「ごめんなさい、忘れてください」
このままでは、せっかく彼の心が近くに来てくれているのに、離れてしまう。
私は深呼吸した。
そして想いを伝えた。「嫌なわけないじゃないですか! 外見は完璧だし、優しいし、子供想いだし、頼れるし、それに、一緒にいると幸せだし! 嫌いな要素、ひとつもないです! もう大好きすぎて、私は爆発しそうですよ! 壊れちゃいそうですよ!」
伝えているうちにどんどん気持ちが高まり、声も大きくなっていく。もう最後辺りの言葉は、言いながらわけが分からなくなっていた。
伝えるのと同時に、心の中のモヤモヤと涙が、一緒に地面へと落ちていった。
呆然としながら彼は私をしばらく見つめていた。それから、はっとした表情になり、時間を確認した。
「江川さん、このタイミングで、あれですが、お迎えの時間です!」
私は時間を確認する。
十七時三十分。一応私が通っている保育園では基本、十八時までにお迎えに行くことになっている。それよりも遅くなる場合は延長保育となり、園に連絡しなければならない。
「ギリギリですね! 江川さん、急ぎましょう!」
「はい!」 急いで車に乗った。 運転しながら彼が言う。「他に何か質問はありませんか?」
質問、質問……。
ありそうなのに、急で何も思いつかない。しばらく沈黙が流れてから彼が言った。
「江川さん!」
「はい!」 「恋人になってくれますか?」 「……はい、生田さん。よろしくお願いします!」しばらくまったりしていると、目の前に置いてあった私のスマホのバイブがなり『拓也』という名前が。 止まらないバイブ。スマホを眺めていると、彼が言う。 「出ないのですか?」 「……あの、何年も音信不通だった元旦那なんです。出たくなくて」 彼の顔色が変わる。 「代わりに出ますね! 良いですか?」 「はい、お願いします」 「あ、切れた」 出ようとしたら切れたけれど、再びかかってきた。 「出ます!」 そう言って、彼は私のスマホを手に取ると、玄関に行き、ドアを閉めた。 元旦那が何の用事だったのか、彼と元旦那が何を話すのか気になったけれど、何よりもこのタイミングで電話が来たのが不満だった。 ――せっかく良い雰囲気だったのに! なんなんだ、あの人。 彼が戻ってきた。 「どうでした?」 「なんか、江川さんと柚希ちゃんに突然会いたくなったそうです」 ――はっ?「それだけですか?」 「はい、なので、もしもどうしても会いたいのなら、僕たちはお付き合いしているので、僕も同伴することをお伝えしました。後は、江川さんは電話に出たくなくて、会いたくもなさそうでしたと伝えておきましたよ。そしたら電話が切れました」 「ありがとうございます」 何年も音信不通だった。養育費も結局三ヶ月しか払ってくれなかったし。他の女のところにいったのに、会いたくなったからって理由で、いきなり電話してきて。どこまであの人は自分勝手なんだろう。「江川さん!」 「はい!」 「あの人のところへは、戻らないでほしいです」 「戻るわけないです。だってあの人は――」 妊娠中に不倫された話から、別れるまでのことを全て彼に話した。 「そうだったのですね……僕、今電話が来た時、とても不安になったんです」 「不安、ですか?」 「はい、江川さんがその人と会い、寄りを戻して、僕から離れていってしまうのではないかと」 「生田さん、私から離れはしないです。離れるとすれば、生田さんから離れていくのだと、ずっと思っています。だって、生田さんはとても魅力的で……」 「ありえないです! 離れるだなんて、考えられないです。『もう会わない方が良い』って江川さんに言われて、実際、保育園でしか会えなくなった時は、しんどかったです」 「私もです。というか、あの時は一方的に電話切ったり、発言とか
今年も寒い季節がやってきた。 たしか去年の今頃は、斗和ちゃんのジャンパーが小さくなったってLINEが彼から来て、服のおすすめサイト教えてたっけ? そして、彼がそのサイトを使ってくれて、柚希とお揃いのジャンパーを買ってた。 どんな些細なことでも、彼と関われるのが嬉しかったな。今もだけど。 ちなみに今は、一緒にそのサイトを見ながら選んだり、お店に買いに行ったりもしている。 あの時よりも進展している。 今年もそのお揃いのジャンパーをふたりは着ていた。 進展といえば、お付き合いを始めてから、彼の家で過ごすことが多くなっていった。「ねぇ、パパ! 今日、柚希ちゃんと一緒に寝たい!」 いつものように、ご飯を彼の家で食べていた時、斗和ちゃんが言った。 私は彼と目を合わせる。 彼の家に泊まったことは、まだない。「斗和、柚希ちゃんたち、もうすぐ帰らないといけないんだよ! また今度きちんとお約束してからにしようね」 「私も斗和ちゃんと一緒に寝たいな」 柚希も言い出した。 「柚希、もう少ししたら帰ろうね?」 「私、帰らないよ!」 「じゃあ、ママひとりで帰るの?」 「うん」 帰ろうって柚希に言ってるのに、私はその言葉に反比例して、泊まりたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。「生田さん、明日は土曜日ですが、お仕事ですか?」 「いえ、休みです」 「私もお休みです」 ここで私は言葉を止める。 「……じゃあ、江川さんがご迷惑でなければ、泊まっていきますか?」 素直に泊まりたいって言えばいいのに、明らかに今、この言葉、察して?みたいなところで私は言葉を止め、彼に気をつかわせてしまった。申しわけない気持ちになった。 ――彼の家でお泊まり。心がそわそわする。 「柚希ちゃんも斗和と一緒にお風呂入れちゃって、大丈夫ですか?」 「あ、はい。ありがとうございます」 「もうお風呂沸くんで、三人で入っちゃいますね!」 「じゃあ、私、その後のことするので、子供たちが上がった後は、ゆっくりお風呂に入ってください」 「ありがとうございます! じゃあ、子供たち上がる時、お風呂から呼び出し音ならしますね! 僕たちの後は、江川さんもゆっくりお風呂入ってくださいね!」 「ありがとうございます!」 柚希が着るパジャマ、下着は斗和ち
お迎えの時間に間に合った。 さっき、彼と付き合い始めたけれど、この保育園での様子は、特に何も変わらずにいつもの光景。 これからもずっと変わらずにこんな感じなのかな? そう思っていたのに――。「今日は、うちでご飯食べませんか?」 「えっ? 生田さんの家でですか?」 「はい、そうです」 どうしよう。いきなりおうちご飯に誘われる展開がきた。「柚希ちゃん、うちに来てー」と斗和ちゃんが言うと「ママ、行こっか!」って、柚希はすでに行く気満々な様子だった。 断る理由、もう何もないよね?「じゃあ、よろしくお願いします」 私の家を通り過ぎ、十分ぐらい更に進んだ場所に、生田さんの住んでいる家があった。 白くて大きな家。大きな庭もあって、モデルハウスみたいにとても綺麗! 一軒家かぁ、憧れる。 立ち止まり、彼の家を眺めながら私は言った。「ちょっと偏見かもしれないですけど、生田さんは駅前にある豪華なマンションに住んでいるイメージでした。しかも最上階」「はは、そんなイメージでした? 江川さんすごいです。実は昔、そのマンションに住んでいました!」 なんと、正解だった。「この家、斗和が産まれてから建てたんです。子供が過ごしやすい家になるように、一緒に笑い合いながら過ごしている場面を想像しながら。工務店の人に何回も相談に乗っていただいて完成しました。ここは今、一番大切な僕の居場所です」 彼は本当に子供のことを一番に考えているんだな。 それにしても、子供が産まれてから家を建てるって忙しそう。家全体を考えたり、ひとつひとつの部屋の壁とか床とか、考えること沢山あるよね? 育児しながら俳優のお仕事もして、彼は他にも色々やってそうで。 私は柚希が生まれた頃は、彼のように考える余裕なんてなかったな。 玄関のドアを開けた瞬間、新築の香りと花のような?いい香りもしてきた。 リビングへ行く。私の家みたいにおもちゃが散らかっていたりしないで、とても綺麗だった。斗和ちゃんがトイレに行きたくなって家に来た時、散らかった部屋を見られてしまったことを思い出し、ちょっと恥ずかしくなる。「見学しても良いですか?」 「はい、どんどんしてください」 「私、お部屋教えてあげる!」 「斗和、二階も全部教えてあげてね! 僕はささっと何かご飯作ってますね!」 「すみません! ありがとう
暑い季節がやってきた。 斗和ちゃんのパパが『生田 蓮』だと知ってからちょうど一年くらいが経つ。 彼と距離を置いてから、LINEをすることもなくなり、ご飯も一緒に行かなくなった。 でも保育園で会うといつも彼から話しかけてくれる。挨拶や子供の話をしたりする程度だけど。 最近は彼への気持ちが少し落ち着いてきた気がする。無理やり自分自身でそう思うようにしているだけかもしれないけれど。 いつものように保育園へ迎えに行き、家に帰ると、柚希が私に言った。「ねぇ、斗和ちゃんのパパがね、ママと一緒にいたいんだって!」 柚希にどういうことか訊ねると、今日保育園で斗和ちゃんが柚希にそう言っていたらしい。まさか彼がそんなこと言うわけがない。最近柚希は妄想話もよくしてくるから、そのたぐいかなと思っていた。 柚希からその話を聞いてから、三日が経った。 朝、保育園の門の前で、彼と会う。「おはようございます」 「おはようございます」 いつものように、彼から挨拶をしてくれて私も挨拶を返す。 四人で玄関に入った時、斗和ちゃんが私に言った。「ねぇ、柚希ちゃんのママー、パパがね、一緒に遊びたがってるよ!」 「えっ?」 「斗和、そういうこと言わなくていいの!」 「えー、だってパパ、泣きそうだったからね、柚希ちゃんのママに教えてあげたの!」 「斗和! すみません。今の斗和の発言、本当に気にしないでください」 無理。 気にしないなんて、絶対に無理! 斗和ちゃんの言葉を聞いてから、気まずい。そんな気持ちと共に淡い期待も心の中でフワフワしてる。 私は年長さんの『きりん組』の教室まで、柚希と一緒に向かう。斗和ちゃんも同じクラスで、しかも柚希と仲が良いから一緒に向かうことになる。親同士は微妙な雰囲気。いつものように先生に挨拶して、柚希とハグをする。なんとなく教室から彼が出ていくのを確認してから、私も教室を出る。彼に追いつかないように、ゆっくりと玄関に向かって歩いた。それから、外に出て、彼が車を走らせたのを確認。私も自転車の鍵を開け、乗ろうとした。 その時、彼の車が戻ってきた。 ――なんで? 彼は駐車場に車を停めて、降りてきた。 私は自転車にまたがった状態で、彼の行動に目を離せずにいた。「江川さん、あの!」 強めに彼は私の名前を呼んできた。その一声で私は
その日の夜、柚希を寝かした後、彼からLINEが来た。『今日はお付き合いくださり、本当にありがとうございました』 返事どうしようかな?って画面を眺めながら考えている最中、再び彼からLINEが来る。『遊園地で江川さんの様子がいつもと違ったこと、やっぱり気になってしまいます。今日、もしも無理やり遊園地に付き合わせてしまっていたり、本当に僕が何かやらかしてしまっていたら、ごめんなさい。何か言いたいことがあれば遠慮なく言ってください。いえ、無理して言わなくてもいいのですが。とにかく気になってしまいました。今日はお疲れ様でした。おやすみなさい』 やらかすだなんて……。 彼が私との関係を、適当な間柄だと思っていたのならこんなLINE、送って来ないよね? 自分の気持ちを伝えるのが得意ではないけれど、今思っていることを素直に伝えてみることにした。『実は私、生田さんと元カノさんが一緒のところを撮られていた記事を見たのですが、生田さんと彼女さんは、現在お付き合いしていらっしゃるのかな?って気になっていまして。プライベートに踏み込むなって感じですよね。すみません。今日はありがとうございました。おやすみなさい』 こんな内容、迷惑だろうなって、送るのをためらってしまったけれど、勢いで送信を押した。送ってから後悔。返事、来ないだろうな。っていうか、今、生田さん、彼女さんと一緒にいそう。 そして、斗和ちゃんも。三人で楽しく過ごしているのかも。 想像なんてしたくないのに、勝手に三人一緒にいる映像が頭の中に流れてくる。復縁の記事を見てからずっと。そして私は今、その頭の中に流れてくる映像に、嫉妬してる。 ――こんなの、私ひとりだけが辛いやつじゃん。 送ってから、一分もしないうちにスマホの画面に『着信 生田さん』の文字が。 彼からの着信は予想外。 心臓が跳ね上がり、鼓動が速くなる。 マナーモードにしてあったから幸い音は出ず、そばで寝ていた柚希を起こさずにすんだ。 私は話し声で柚希を起こさないように、寝室から離れた。そしてトイレへ行き、ドアを閉めた。 震えながら、電話に出るマークを押した。「もしもし」 トイレのドアは閉めたけれど、一応声が漏れないように、ささやくような声で私は電話に出た。「もしもし、あの、柚希ちゃん寝かせてる途中だったとか、忙しい時間にか
次の日の朝。 緊張してあまり眠れなかった。 起きてすぐに朝ご飯の準備をする。手軽に食べられる食パンと、ヨーグルトに缶詰のミカンを入れたもの。ちなみに朝はいつもこんな感じ。 お出かけ用に買っておいた、柚希とお揃いのカットソー着ようかな? 白地に小さな水色の花が散りばめられていてふんわりした形のチュニック。下はデニムのスキニーパンツ。着替えてから柚希と並んで全身鏡に映ると、柚希は嬉しそうだった。 迎えに来てくれる予定だった七時をちょっとすぎてしまった。急いで柚希の胸元まである髪の毛をツインテールにして、準備が完成。ちょうどその時『着きました!』と彼からLINEが来た。 急いで外に出ると、彼が車から降りてきた。「江川さん、おはようございます。予定時刻少し遅れてすみません」「いえいえ、大丈夫です。朝バタバタしてて、実は準備終わったの、ちょうど生田さんからLINEが来た時でした」「朝はバタバタしますよね……。あっ、服、親子お揃い! 可愛いですね」「ありがとうございます」 すぐお揃いなことに気がついてくれた。 しかも可愛いだなんて――。 ふわっとした気持ちになりながら、車に乗り、席に着く。「じゃあ、出発します!」 彼がそう言うと、車が走り出した。 途中何回か休憩しながら、遊園地に着いたのは、十時くらい。 車から降りる時、彼は「ちょっと待っててください」と言って、紙袋から何かを取り出した。ウィッグだ。「これ、結構前に仲良いヘアメイクさんから『変装に使って!』ってもらったんですけど、今初めて使います」 ちょっと照れくさそうに、初めての割には慣れた手つきで、そのウィッグを彼はかぶった。「どうでしょうか?」 どうでしょうか? って言われても。 格好良いに決まっている! いつもはサラサラヘアーの黒い髪。 今は明るい茶色の緩いウェーブ。 どんな姿になってもイケメン。「いいね! パパカッコイーよ!」「いいと思う!」 斗和ちゃんが言うと、柚希も続けて言う。「私も、似合っていて良いと思います」 彼が優しく微笑んできた。 更にマスクをした彼は、もう別人。周りに正体バレなさそう。 遊園地なんて何年ぶりだろう。 最後に行ったのは学生の頃かな? 久しぶりすぎる。 空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。 遊園地内で