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クズなハイスペ夫を改心させたのはもっとクズな私です
クズなハイスペ夫を改心させたのはもっとクズな私です
Author: 桜立風

1.契約結婚

Author: 桜立風
last update publish date: 2026-06-08 15:03:41

「今夜の料理も美味いな」

「本当ですか?嬉し……」

「玉ねぎが入ってなきゃね。言わなかったっけ?俺、玉ねぎが苦手だって」

ピリっと張りつめる空気……とても仲良し夫婦の夕食風景には見えない。

射抜くように向けられた視線から逃れたくて、反射的に下を向いた。

ガラスのダイニングテーブルは透明で……夫が足を組み替えたのが見える。

「そうでしたね。……ごめんなさい」

「いやいいよ。普通の男なら満足する味だ。……普通の男ならね?」

頬杖をついて私に向ける視線は……確実に不愉快だと伝えている。

「明日は必ず……満足していただけるように頑張ります。私、料理は得意なので、今度こそ」

リベンジを誓う私を見つめ返す瞳の色が、明らかに変わった。

唇の端を歪めたのは、笑顔を作ろうとしたのか……口元のホクロが際立つ。

「明日なら無理だ。夕方から手術が入っている」

「……それじゃ、冷めても美味しい夜食を作っておきますね」

「無理するな。期待はしていない」

口元をナプキンで拭い、席を立つ夫……二階堂神楽《にかいどうかぐら》、31歳。外科医。

「……恐れ入ります」

聞こえても聞こえなくてもいいひと言をつぶやく私は二階堂紅《にかいどうべに》、29歳。主婦。

私たちは、1年間の契約で結婚した偽装夫婦だ。同居して間もなく半年になる。

「明日の手術の準備がある。君は先に休みなさい」

「はい。ありがとうございます」

神楽は長い足を見せつけるように動かし、書斎へ向かう。ドアを開けながら、さり気なくこちら向いて……嫌味なほど整った顔を紅に向けた。

「おやすみ。俺の美しい奥さん?」

「……おやすみなさい」

ずっと目で追っていて良かった。

振り向いた時自分を見ていないと、神楽は少し不機嫌になる。

機嫌を損ねたお仕置きは、夜中の呼び出しか……翌朝の朝食に持ち越されるかのどちらか。

何度か経験して知ったが、そのどちらもひどく、面倒くさい……

「どうしても腕が痛いんだ。……ちょっとマッサージしてくれないか?」

すでにベッドに入っていた私を、携帯で呼び出す神楽。

「……わかりました」

どんなことがあっても、嫌な声は出さない。嫌な顔はしない。

契約妻になって、心に誓ったこと。

けれど、契約結婚をするにあたり、夫婦としての体の関係は無しと言っていたはずだ。だから私たちの寝室は別なのだが、呼び出されたのは……神楽のベッドルーム。

ほのかな明かりだけの薄暗い部屋で、腕とはいえ……素肌に触れるのは緊張する。

彼の香りでいっぱいで、クラクラと酔いそうになのにいつまでも解放してもらえず、ベッドの傍らで座ったまま眠ってしまった。

目を覚ました時の神楽の複雑な表情は忘れられない……

「ごめんなさい、私、契約違反ですね」

慌てて部屋を出る紅……神楽は何も言わずに見送る。

そんなお仕置きが翌朝になる時は、仕事が忙しい場合に限るようだ。

「……今朝は味噌汁と焼き魚の気分なんだけどな」

「はい……すぐに作り直します」

スクランブルエッグと手作りのロールパン、有機野菜のグリーンサラダという洋食を下げ、和食を準備する。

……もちろん、反対も然り。

機嫌を損ねて難癖をつけられ、すべて作り直しをさせられる朝を思えば、

気を抜かず注目しておいて良かったと心から思う。

そんなわけで、ドアが閉まってからもきっちり15秒……紅はドアを凝視した。

そしてやっと、体の力を抜けるのだ。

遅くまで起きているであろう神楽の飲み物を用意しておくのは、入浴を済ませたタイミングで。

こんな時飲むのは薄めのほうじ茶と決まっているらしい。でも神楽はすぐに好みを教えてくれなかった。

さり気なく様子を伺いつつ、初めは色んな飲み物を用意した。温かいものや冷たいもの、結局ほどよいホットが好きだとわかったのは契約結婚3ヶ月めの頃。

以来、書斎にこもっている時は、こうしてポットに入れ、すぐに飲めるよう準備をしておく。

自分でも喉が渇いて……冷蔵庫を開けた。食後に出そうと思っていたゼリーが目につく。

これは自信作だったのに、そういうものに限って、神楽は食べてくれない。

夜食にちょうどいいのに……けれど神楽は冷蔵庫など覗かないだろう。

当然、明日の朝食や夕食に出す事も許されない。

半年前のあの日、神楽に言われた言葉を思い出した。

「医者は体が資本なんだ。だから食事には人一倍気を使ってほしい」

契約結婚を持ちかけた神楽から、提示された条件はそれだけだった。

「料理は得意なので大丈夫だと思います。……でもどうして契約結婚をなさるんですか?」

手料理なら、愛する女が作ったものが最適なはず。

「仕事柄か、うちの病院の名前のせいか、見合いや政略結婚の話が後を絶たなくてな。……短い期間で離婚すれば悪い噂が立って、独身を通すより、結婚話は減るだろうという期待だ」

結婚などまっぴらだと言ってのける神楽と出会ったのは、東京のある料亭でのこと。

勤めていた企業を辞めたばかりの私は、食いつなぐために配膳のアルバイトをしていた。

「神楽先生……おひとつどうぞ」

「二階堂総合病院は、この先も安泰ですな……」

そんな会話を小耳に挟みながら料理を運び、酒を運び、空いた皿を下げていた時……人からは見えないところで、突然手首を掴まれた。

「……っ?!」

なんでもない表情で周りに笑顔を振りまく神楽。彼の口元にはホクロがあり、私はこんな場面なのに釘付けになった。

「戻ってくるから、待っててくれるか?」

耳元で、コソっとつぶやく艶めいた声は、拒否される可能性など考えていないとわかる。

アルバイトを終え、私は言われた通り、料亭周辺で神楽を待った。

……それは何故なのか。

戻ってきた神楽はまったく驚かず、待っていてくれたことの感謝もなかった。それはきっと、彼にとって当然のことだから。

自分を拒否する女はいない、という圧倒的な自信に満ちていたのだ。

「契約結婚をしよう」

こちらの心のひだに、何か隠れてはいないか、想像する習慣はないらしい

「……はい」

ニッコリ笑って、まさに二つ返事。

多くを聞かずに受け入れる私に、神楽は気を良くしたようだ。

私の……本当の狙いも知らないで。

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