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4.契約満了

Author: 桜立風
last update publish date: 2026-06-09 12:26:05

「荷物、それだけだったか?」

やがて、契約満了の日。

見せつけるようにスーツケースを転がし、神楽の目の前に置く。

「はい。このお宅にはすべてそろっていたので、ありがたく使わせていただきました」

枕、毛布、シーツ、バスタオル、バスローブ……

「引っ越し先の住所を教えてくれたら送るよ?使い慣れたものは手放したくないだろ?」

「……あなたはそうかもね」

使い慣れた契約妻を、今も時々美味しくいただいてる。

「……え?」

「……使わせてもらった枕、抱きしめて寝てくれません?私のことを思い出して」

不思議そうな顔に作り笑いを返した紅に、今度は驚いた顔をするので、本気で吹き出してしまった。

「冗談ですよ!……人が使ったものなんて不要でしょうから、処分してください」

使い始めた時は、すでに新品ではなかった寝具。使い回して、私で多分3人目だ。

紅の言葉に心当たりがあったのか、神楽は少々バツが悪そうに頭をかいた。

「処分なんて……だったら君、そこまでやっていけよ」

「契約満了しても、ここにとどまれと?」

「別に変な意味じゃないぞ?」

……どうかしら?

この1年、言いたい放題のわがままばかりで、神楽は自分の方が立場は上だと示してきた。

それに対して従順に、そして優しく対応する私に、半年を過ぎたあたりから妙な焦りを見せるようになって……それがなかなか面白かったのを思い出す。

甘い雰囲気を醸し出し、触れるか触れないかのキスをして、指先に淫らな感情を乗せて煽るように触れて……

そのたびに私は「契約違反はいけない」と、その手を逃れてきた。

1度だけ、本気のキスをされてしまったあのミス以外は。

同居してもうすぐ10ヶ月という頃、外へ食事に行こうと誘われ、おしゃれをして待っているよう言われたことがあった。

この日はタートルネックの長袖のワンピースを選んだ。

それは、横に三日月型にカットされた胸元が、嫌でも視線を集めるデザイン。

膝までのふわりとしたスカートが可愛らしくて気に入っている服だったが、神楽の視線は当然のように胸元をチラついた。

……男なんて皆同じだ。

そこで、わざと手で隠してやったのだ。

「あんまり見ちゃダメです。……恥ずかしいです」

「どうして?……俺は今、君の夫だよ?見るくらいいいだろ?」

車に乗ってからのやり取り。

唇を奪われたのは一瞬…それは見事な早業だった。

「ふ……ぅっ……ダメです、契約、違反……」

びくともしない腕の中。舌が口内を這い回り、リップ音が耳を揺らしていく。

「全部……書き換えるから、」

熱い吐息と一緒に、とんでもないことを言い出す。

書き換える?契約書を?……1度だけなら体の関係を持ってもいいって?

「書き換えて……本気の結婚にします?」

ピタリと止まる唇。

ほらね、そうなると思った。

「契約違反はしたくありません。……ごめんなさい?」

神楽の腕から逃れ、余裕で笑う私を……彼は不満そうに、そしてわずかな不愉快も乗せて見た。

それからだ……

神楽が時々朝帰りするようになったのは。

「……変な意味はないけど、後始末は全部していけとおっしゃるんですか?」

「後始末というか、最後に腹を割っていろいろと話すのもいいかと思って」

「腹を割って……」

そこまで言って、紅はエプロンを外し、大きなダイニングテーブルに置く。

そして何も言わずに自室に入り、着替えを済ませた。

足を大胆に出したショートパンツ、そしてオーバーサイズの白いTシャツ。

その格好に、明らかに驚いた様子の神楽。

「それじゃあ言わせてもらいますけど、部外者と接触しないって契約、破ってましたよね?」

「朝帰りしたことを言ってるのか?……あれは、」

「契約結婚が初めてじゃないことも、知ってますよ」

ゆっくり紅を見る神楽。

「迫田香織……はじめの契約結婚の相手ですね?」

「確かに香織とは契約結婚をしたが……すべて同意の上で、契約金もきちんと払ったが?」

「その後のことも……?」

「その後って……」

「本当に同意だったんでしょうか」

神楽は、明らかに自分の分が悪いのは理解しているらしい。

「香織さんは、私が辞めた会社の同僚なんです」

意外な繋がりに眉をひそめる神楽。それでも逃げる気はないようだ。ソファにドカっと腰を下ろし、紅にも座るよう促す。

「……香織さん、契約結婚をしたあなたを本気で好きになってしまったらしいですよ?だから契約が終わってからもホテルに誘われて断れなかったって。セフレだとしても、一緒にいたかったって泣いてましたよ?」

「……俺は本気で誰かを愛したことはないし、愛するつもりもない。それは香織も理解してくれていると思っていた」

「でも私との契約を破って慰めてもらったんですよね?私が思い通りにならないから、優しい香織さんに……それとも、別のセフレさんに?」

グッと詰まる神楽。

次に何を言うか想像しながら、紅は結い上げた髪を解く。

「否定はしない。だが行為には至っていない。それでも、契約違反に違いないということは認める」

まとめていた髪をおろした紅を、正面に座った神楽が何ともいえない表情で見つめた。

ピンを口に咥え、紅はわざと神楽を睨みつけた。

「香織さんとは行為に至らなかった?」

解いた髪を左右に揺らし、咥えたピンを手のなかにおさめる。

「……だとしたら、梨沙子さんとはうまくできました?」

「……は、」

意外な名前だったのか、神楽は組んだ足を解き、身を乗り出した。

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