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5.Side神楽 謎の女、紅

作者: 桜立風
last update 公開日: 2026-06-10 10:38:36

「君が契約結婚を引き受けたのは、俺への復讐か?香織と同僚だったってことは、当時から俺の話を聞いていた?」

「香織さんは、別れた夫とセフレ関係になってつらいって言ってました。だから契約結婚を終えてからの相談ですね」

「俺と出会ったのは偶然?……それとも探し出して、」

ずいぶん話が意外な方向へ行くので……らしくもなく、動揺していた。

それにまさか、梨沙子のことも知っているとは。

「香織さん、夫の名前は伏せてましたよ。でもある日酔った勢いで「神楽」って名前と医者だって漏らして。あの料亭で出会ったのは偶然です。めずらしい名前だったからピンと来たんですよね」

紅はソファから立ち上がり、携帯に表示される時間を示した。……そうだ、出勤の時間が迫っている。

「……あ、入ってますね。ありがとうございました」

「なにが?」

「契約満了の証です!500万、確かにいただきました」

時間を示したあと、銀行のアプリを覗いたらしい。……契約金、実はずいぶん前に振り込んである。

紅は敬礼して弾けるような笑顔で見上げ、礼を言った。

その顔が……妙に可愛く感じるのが腹立たしい。

「そりゃよかった。だが今夜、もう一度話そう。ここで待っててくれ」

「……えー、この家、意地悪ばっかりされたから居心地悪いんですよね。だから待ってるなんてまっぴらごめんです!」

バイバイ……と子供みたいに手を振って、軽やかな足音と共に、俺の脇をすり抜ける紅。

「……は?ちょっと待て、紅?!おいこらっ!」

いたずらっぽい笑顔と目線を強烈に印象付け、彼女はあっという間にドアの向こうに消えた。

「なん……だよ、アレ……」

けれど、紅とはまた会えると確信していた。なぜなら俺は、彼女のいうように契約違反をしたからだ。

「その場合は確か……100万上乗せすると約束したよな」

それが……契約関係を切らせないための切り札だった。

悔しいが、俺はこの日が来て少し寂しい。

車に乗り込み、高い塀で囲まれた敷地内を門に向かって走らせる。

リモコンで開けようとして、そこに紙片がヒラヒラしていることに気づいた。

車から降りて紙片を手に取り、開いてみた。

「プラス100万の振込みをよろしく……?」

この1年、そういえば紅の字に触れることはなかった。

……それは意外なほど美しい文字。

「払ってやるさ、もちろん……」

……もう一度顔を合わせるならな?

振り込まなければ、きっと紅はここへやってくるはずだ。そしたらその時こそ伝えたい。

俺の女にならないかと……

生まれて初めて、女性に執着してしまった。そしてそれが、紅であると打ち明けるつもりだ。

「意地悪にも脅しにも、誘惑にもキスにも落ちなかった……」

そんな女は初めてだ。

……この時の自分が、いかに余裕だったと思い知らされたのは、それから1週間が過ぎてからのこと。

紅はいつまでたっても現れない。

どういうことだ……金が欲しくないのか。

「3回目の契約結婚も終わった頃だよな?どうだ?また自由の身になって」

イラ立つ俺のところへ、高校時代からの親友が連絡してきた。

「洋平か。用事はなんだ」

「別に?!せいせいしてるか、それとも寂しくしてるかなぁと思ってさ」

「はっ?バカ言うな……」

声の調子から後者だと受け取ったらしい洋平が、軽い調子で誘ってきた。

「優しいお姉さんに癒されようぜ。マミちゃん、お前のこと気にしてたぞ?」

……どうでもいいが。

紅が出ていって、やけに家の広さが気になるようになった。そこで、洋平の誘いに乗ることにする。

重低音の音楽が鳴り響く賑やかな店内。きらびやかで露出の多い若い女が、やって来た俺たちを媚を乗せた笑顔で迎える。

「神楽さんだぁ……会いたかったぁ」

ひときわ甲高い声で鳴くのは、よく覚えていないが、多分洋平が言っていたマミとかいう女だろう。……軽く会釈を返した。

「ここ、こんなにうるさい店だったか?」

「なに言ってるんだよ。自分で開拓して俺を誘ったくせに」

そうだったか……?

女たちが妖艶に踊る姿がよく見える席の端が、自分の定位置だったのは覚えているが。

今となっては、踊っている女たちが全員同じに見える。

「マミちゃん、バーボン入れて。ツマミはいつものね」

洋平が慣れた様子で注文し、やがて運ばれてきたのは唐揚げとハンバーグで、こんな店には似合わないと思った。

「神楽さん、ハンバーグにはタマネギ入ってないからね?あーん……する?」

「いや、食事は済ませてきたから、洋平にやってやれば?」

「えー……マミ、神楽さんにやってあげたぁい」

やりとりを聞いていた洋平が、口を尖らせたマミの機嫌を取るように言った。

「いいじゃん!満腹でも1個くらい食べられるだろ?あーん……って、させてやれよ」

隣でマミが、じっとこちらを見つめている。……なんでクラブの女の機嫌を取らなきゃならないんだ?俺はすまして水割りに口をつけた。

「なんか、神楽さんが冷たい……」

泣きそうな表情で、指で涙の形を作っている。……だからどうした?こういう店で働くなら、もっと接客を勉強しろと言いたい。

「……わ、なんだ?眩し……」

突然ステージが眩い光に包まれた。

音楽もひときわ大きく、重低音が腹の底に響く。

あぁ眩しい……そしてうるさい。

するとステージは一気に暗転し、静寂に包まれる。そして静かな曲が流れ始めた。

しっとりした、細い女の歌声……聞いたことのある洋楽……流暢な英語につい、聞き惚れてしまう。

やがて、仄暗いスポットライトがステージを照らした。

歌手でも呼んでいるのだろうと横目でチラ見する。

「……は?」

そこに立つ人を見て、驚いて立ち上がってしまった。

しっとりと歌い上げるのは、間違いなく紅。

ついこの間まで俺の妻だったくせに……どうしてこんなクラブでステージに立っているんだ?!

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