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第623話

作者: レイシ大好き
ジェイソンたちが事情を把握できなかったのも無理はない。

なぜなら、普通の人間はあの薬の存在に結びつけることすらない。

そもそもあれは禁止薬物であり、市場に流通するはずもない。

それに、あまりにも残酷で、生きた人間に使われるなんて考えられないものだった。

よほど深い憎しみでもなければ、ジェイソンがそこに思い至ることなどない。

だからこそ、彼も彼のチームも、その薬のことなど最初から想定していなかった。

そのせいで研究の進展や方向性はずっとずれたままで、成果もほとんど上がらなかった。

京弥の表情が日に日に険しくなるのを見て、ジェイソンもまた頭を抱えていた。

食事の時間ですら、京弥のそばには近寄らない。

怒りの矛先が自分に向くのを恐れていたのだ。

目を合わせることこそ避けたが、やるべき仕事は一切手を抜かず、紗雪のデータを一日中解析し続けていた。

そうしていれば、たとえ京弥が怒りたくても、ぶつける相手はいない。

ジェイソンの重圧は、すべて京弥の放つ気迫と視線から来るものだった。

ここ数日で、どれだけ髪の毛が抜けたかも分からないほどだ。

それでも研究は一向に進展せず、彼自身も焦りを募らせていた。

これほど時間が経っているのに、なぜ解明できないのか。

ジェイソンは、京弥が彼女を国外へ連れ出したことを後悔し始めていた。

しかし、すでに口にした以上、簡単に撤回するわけにはいかない。

自分が蒔いた種は、自分で刈り取るしかないのだ。

京弥が紗雪のベッドのそばに付き添っていると、外からノックの音と聞き慣れた声がした。

「ここで合ってるかな?」

続いて男の声が響く。

「僕にもさっぱり......」

京弥の瞳が鋭く光った。

この男、国外にまでついてくるとは。

まったく、何て度胸だ。

今までの警告を耳にもかけなかったということか。

そう思うと、京弥の胸に苛立ちが込み上げた。

この数日の怒りが、まるで発散先を見つけたかのように。

外では清那が頭を掻きながら言った。

「まあ......そうだよね。私ですら分からなかったもの」

日向は清那の呑気さに呆れ、笑うに笑えなかった。

飛行機を降りて病院まで来たというのに、まだ状況が飲み込めていないのか?

京弥がドアを開けたとき、二人はまだ口喧嘩のようなやり取りを続けていた。

清那は事前に考えて
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