「ちょっ、ちょっと北村シニアマネ」
「なんだい?」 「あの、聞きたいことがありまして」 「僕に聞くより、ウキペディヤだったかな? あれの方がよっぽど有意義な答えが載ってるんじゃないかい?」 大方はそうでしょうが、これは北村シニアマネしか知らないことなので。 「あの、辻沢不動産の千福オーナー落とした時、芸者ごっこした話を聞かせていただけないかと」 「なぜそれを? そうか、社長が話したのか。社長は君には腹を割って何でも話すんだもの、知ってて当然か」 なんだろな。北村シニアマネの台詞、そのままあたしもトレースしたことがあるような気が。 「いいよ。望まれて何ぼのサラリーマンだ。お話して進ぜよう」 うーん、誰の言葉だろ。松下幸太郎か稲森和夫ってところか。世代的に。 「芸者ごっこっていうのは誤解があるな。まあ、ジョーロリのお稽古なんだけどね」 お稽古してたの? 3か月間。二人で? 「君は知らないと思うけど、ジョーロリの演目で……」 うおー、そんな情報いらない。失礼ですけど、そんなだからダラダラと仕事が進まないんじゃないですか? もっと考え廻らして、相手の欲しいものをダイレクトに提示しましょうよ。 ナニナニ? 父親が殺されて、母親も死んじゃったイナカ娘が、江戸で花魁やってる姉を頼って上京して涙の再会を果たしたのち、二人で剣術を習って親の仇を見事果たすって話なの。ふーん。どっかで聞いたことあるような。そんで? お稽古の合間に二人で衣装付けて遊んだんですか。 北村シニアマネが姉の|花魁《おきの》、千福オーナーが妹の|イナカ娘《おのぶ》で、ちょっと二人の姿を想像できない。というかあたしの脳内にそれを拒否る何かがある。 でも、なんでそんなに楽しそうなんですか? 北村シニアマネ。 「キレイだったのよ。おのぶさんが。とっても。色が白くてが肌が透き通るようでね。鼻筋がすっと通ってて、ふっくらとしたほっぺ、黒目が闇のようで。前歯がちょっと出てるのが玉にキズなんだけど、それも愛嬌でゆるせちゃえるほどなの。それが、『ござるチャー』ってかわいらしくいうのなんて、もう」夜10時半、時間まで30分ある。約束の場所に着いたのはいいけど、車停めるところ神経使った。なんせ、今度の車はそこらのとは格が違うんだから。マーブルシャイニングホワイトのエクサスLFA。菜っ葉の腐った臭いがなかな取れなくて、インテリアのクリーニングに手間取ったけど、ついにあたしのもの。このビルがスクリーンになって、ちょうど現場からブラインドになる適所だと思うんだけど、大丈夫だよね。でも、セイラここわかるかな。[子ネコのママ友会 セイラ(カリン見つけた)]ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。ウイィー。「おまたせ。すごい車だね、今度のカリンの車」 とりあえず乗って。「会長、何て言ってた?」 今日は、新プロジェクトの最終運用テスト。セイラから会長にテスターを頼んでもらった。「二つ返事だった。『僕の雄姿を見せる時が来たね』とかって」 案の定だね。必ず乗ってくると思ってたよ。それとやっぱり会長、見られてたことに気付いてない。ということは、あのスレッターは会長ではなく誰かが成りすましてたってことになる。てか、ハンドルネームの時点で会長の下半身の秘密知ってるセイラ。あたしは乙女だからなんのことだか分からないけど。 伊礼バイプレに聞いたら『桜の森の満太郎のつぶやき』のチェックはセイラの仕事だってから、位置情報付きの写真なんかアップされてたらセイラが一番に気付いて差し替えるはず。つまり、セイラがわざとアップした。それから、スレッターと同期してるのがわかるくらい会長がこまめにつぶやくってのも変な話。多分、こっちもセイラの仕業。今回の件ではセイラがいろいろ主導してたってこと。例えば、セイラの部屋で見せられたスレッターは、会長がログインしっぱなしってことにして、あれをあたしに見せるためにセイラが芝居を打ったんだ。シラベのスマフォの『V』チートバージョンだって、インストしてあったふりしてセイラがあの場で入れたに違いない。ついでに言えば、あたしのスマ
9月30日22時。町長と千福オーナー倒してから2ヶ月か。車のスマートキーだけ持って、セイラにラインしてっと。[子ネコのママ友会 カリン(そろそろ出るよ)、セイラ(おk)]「ヒビキ、行くのか?」「はい、社長。納品日ですから」「そうか」「あの」 本当にいいんですか?「よろしく頼む」 更生室に寄ってから行こう。これ終わったらなくなるし。 最近は北村シニアマネが新事業立ち上げに奔走しててカイシャにいないから、変わって吉田クンが更生室を占拠してる。役場倒壊事故の責任取らされてヤオマン建設代表取締役から経営戦略室付き平取締役に降格になってから、社長の水平リーベ棒。ぶーらぶーらは黄緑のバランスボール使用。「お、ヒビキくん。よく来たね。こっちのに座りなさい」 いえ、紫のは遠慮しときます。それは北村シニアマネ専用で。「いよいよか。社長は何か言ってたかい?」「よろしくとだけ」「二人のことだから、僕も横から口は出せないが……」 お、何か言うつもりか? ぶーらぶーら、ぶーらぶーら、ぶーらぶーら、ぶーらぶーら。いつまでやってるの?「満太郎もビックリだ」 はあ? あんた二人の同期だろ。何かないのか?二人のなれ初めとか、愛情示すエピソードとか、社長の気持ち代弁するとか。そのためにここにいたんじゃねーの? ほれ。「そろそろ終わったころだな。さて、仕事、仕事っと」 出て行っちゃったよ。印刷室入っていった。あーそうね。そういうことですね。ただの印刷待ちじじーだったのね。
……。 (どうして裸足なのかって? ママとけんかして飛び出してきたんだ。一緒にいてくれる? ねえ、ココロってば、どうして逃げるの? どうして……。ごら、ウチら友だちだろが!) …………。 ………。 ……。 …。 静かだな。寒い。 ゴリゴリゴリゴリ。 「レイカ」 「レイカ。目を覚まして」 ウチ裸だ。で、ここは? 屋敷? 全部吹っ飛んでて。 あ、カリン。 ゴマすってんのはセイラっと。 どっかであったシチュだな。 ちがうのはナナミがいること。 「レイカ、これ着な」 「ありがと、これ辻沢の夏の制服。どしたの?」 「役場からがめってきた」 「わー、ぴったり。ナナミありがとー」 って、そんな目で見んな、カリン。 ウチは制服系のセーヘキ持ちじゃねーから。 「で、どうしたの? セイラ、ゴリゴリもうよくない?」 「あ、ごめん」 ゴリ。 「宮木野さんからはレイカに変化があったら、とにかく遠くに逃げろって言われててね」 カリンごと吹っ飛ばさなくてよかった。 「どこに逃げたの?」 「雪隠の隅の個室で小さくなってた。しばらくしたら」 「地響きがしだして」 「そう、お腹の底から響いてくるような。 地面から突き上げるような」 「車が跳ね上がるくらいの縦揺れ。 止んだら、今度は、屋敷の中から七色の彩光が射してきた」 「セイラ眩しすぎて目が開けられなかった」 「ドーーーーーーンって、すごい音がして」 「屋敷が吹っ飛んだ」 「爆風やらなんやらで、もみくちゃにされて」 「車、10回転くらいして、あそこで大破」 「廃車決定」 「新車だったのにね」 「ツライよ」 光? 「そう、地平線にお日様が出
カリンの紫キャベツで六道辻のミワちゃんのうちまで来た。 少し車酔いしたみたい。セイラとナナミも一緒。 でも二人は車で待っててね。玄関わきの垣根の花は、今はほとんどくたってる。やっぱ。ここは、 「「たのもー」」 って、返事ないよね。 「「御邪魔しまーす」」(小声)カゲゼンした部屋。いない。 ミワちゃんの部屋。誰もいない。 ずっとまっすぐ行って雪隠。いないな。 どこにいるんだろ。お出かけ? なら、タイミング悪スギしょ。 「ごきげんよう」 ヒッーーーーーーーッヒ。 「中村先生のお部屋を教えてもらおうか。辻王の娘と、そちらは、この間の修学旅行生」 やっぱ、あんただったのか。 見たことあると思ったら、与一さん。 「何をしに来たのだ?」 この人、線が細いのにすごい威圧感ある。 「宮木野さんから、ジョーロリの手ほどきしてもらえって言われまして」 「なに? 姉サアから? で、稽古は三味線でしてお貰いか?」 「はい、サワリの部分ですが」 「どれ、聞かせて御覧な」 「なげきのむちもあにぇはなおー。 いもとがしぇなを、なで、おろしー。 おーお、そなやにおもやるももっとも。 しかし。 そなたがちちははに、なごおそやったみのかほおー。 これこのあねをみやいのおー」 カリン、こんな芸があったんだ。 「ほう、よい声をしておるな。 しかし、やはりフシは語りがやらねばホンモノにはならぬの。 あたしがお稽古をつけてあげよう。 ささ、書院へ」 宮木野さんの言うとおりになった。 ホントに後ろ姿も女の人だよ。 キレイだねー。美しいねー。 ウチもあんなになれたらいいのにな。 ここ、カゲゼンした部屋だ。 「さ、もう一度、聞かせておくれな」 「なげきのむちもあにぇはなおー」(以下略) 与一さん、さっきまでの威圧
高倉さんが、ちょいちょいって手招きすると、ココロとシオネがゆっくり近づいてくる。 「この方たちの傷は、首筋に沿って穴が二つ」 高倉さんが、セイラとカリンに耳打ちした。 カリンは立ち上がって、駐車場の紫キャベツに向かって走って行って、座席からバスケのボールと水平リーベ棒とを持って戻ってきた。 「ありがとうございます。ヒビキさん、お願いします」 カリンが手にしたボールをオーバーヘッドパスで投げると、シオネが両手を上げてはっしとボールをつかんだ。 シオネをそのままにして、高倉さんが近づいて行ってカリンから水平リーベ棒を受け取ると、伸ばしたシオネの腋に押し当てて、そのままぐっと力を入れた。 びっくり。 水平リーベ棒が腋の下にずぶずぶと入っていく。 深さで言えば30センチくらい。 高倉さんはそれを引き抜いて、ウチらに水平リーベ棒を見せた。 半分くらいのところまで赤黒いものが絡みついている。 ウチはシオネのもとに行って腋の下を見ると、この間、柴草がついてると思った場所が傷口だった。 今度は、セイラがココロの傍に立って、左の腕を持ち上げる。高倉さんはシオネにしたのと同じように、水平リーベ棒をセーラー服の半袖のすき間から差し込んで、ぐっと力を入れて押し込んだ。 こっちも30センチは潜ってゆく。 引き抜いた痕を見ると、シオネのとおんなじ傷があった。 「二人の致命傷はこの傷の方です。 首にある傷は、おそらく六辻会議に対する目くらましでしょう」 どぃうこと? 「辻のヴァンパイアには、二種類います。 我々のような犬歯を牙とするもの。レイカ様もそうです。 もう一つは、前歯が牙となるもの。 前者は頸動脈に歯を立てて血をすすりますが、後者は牙を自在に操れるのでどこからでも吸血できます。 だから腋の下から心臓に直接牙を差し込むことも可能なのです。 その時傷はこのような鋭利な刃物で切り裂いたようなものになります。 いま辻沢にいるヴァンパイアでこの牙を持つのは、 与一だけです」 (「ぼく、とっとこネズたろーだお」(チ
どれくらい経っただろう。 ウチらは駐車場の端っこで、どんどん人が集まてくるのを眺めてた。 ただの野次馬かと思ったら、手に手になんか武器みたいの持ってる。 そっか、ゲームの人たちが最終ステージの「死霊の塔」に集まってきたんだ。 残念でした。制服聖女エリ様はもういません。 ヒマワリ、ミワちゃん。ホントーにゴメンね。 ウチのボケは死ぬまで治らない。 って、ヴァンパイア、死なないじゃん。 でも、なんでその中に職員さんがいっぱいいるのかな。 あれって、ひょっとしてショーン? 総出だな。 さらにしばらくして消防車や警察の車が駆けつけた。 遅すぎでしょ。 カリンとセイラとウチ、高倉さんのまわりに座ってる。 なんだか、高倉さんがコートの川田せんせーに見えてきた。 (「みんな、よく聞きなさい。 これはあんたたちのトール道だよ。 相手がどんなに強くっても、自分がどんなに傷ついてても、決して諦めちゃダメ。 メンタルを強く持って耐え抜いて、 頭を使って切り抜けるの。 そして勝利をもぎ取りなさい。 あんたたちならやれる。 挫けるな。 チームのみんながついてる」) ……川田せんせー、全部分かってたんだ。ココロとシオネは? 少しはなれた林のトコロに立ってる。 二人に支えられて白目むいてるあの男の子、誰? 「最後の仕上げの前にお話しておきましょうね」 高倉さんが話し出した。 「最初に辻沢に現れた二人のヴァンパイアは、宮木野と志野婦。 双子というのは、もう」 「知っています」 あ、ウチは。 「その宮木野というのが、私です。 そして、志野婦というのが、辻一、ミワさんの養祖父千福|一《はじめ》、本当の名前は与一といいます」 「お師匠さんが、宮木野さんなんですか?」 「じゃあ、あの銅像は高倉さん?」 「いいえ。あれは私の母です。母の名も宮木野といいます。遊女であったのは母なのです」 おかあさんの名前を引き継