(誰からだろう……。あっ、恭弥さんからLIMEが来た)
恭弥さんとは、三つ歳上の旦那さんのことなのだ。
たまに「恭さん」と呼んだりもする。
彼は、フォトグラファーとしての活動が主な仕事。
時に取引先から、グラフィックデザインの注文も請け負っている。
仕事上、風景など色んな場所で撮影をするために出張や別宅兼作業場での泊まり込みが多い。
だから毎夜、LIMEでチャットメッセージを送り合う。
たまに時間が合って、長く話せそうな時はテレビ通話もしている。
(さて、届いたメッセージは……)
恭弥さん「今、晩御飯を食べてるのかな?」
私「うん、庭で一人焼肉してる。今日のご飯は豚肉の塩レモン香草焼きにした」
恭弥さん「あっ、美味そう! てか、この前スーパーで買ったもの?」
私「そうだよ。恭弥さんが最初にオススメしてくれたものだけど、美味しかったからリピートした」
恭弥さん「そっか、それは良かった(笑)」
こんな感じで、だいたい私と恭弥さんとのメッセージはたわいのないもの。
日々、平凡な会話を交わしている。
(この時間にメッセージを送るってことは、今……休憩中かな? でも嬉しいなぁ……)
ちなみにこのタープや焚き火台等の道具は、一年前に元々二人で一緒にするために買い揃えたもの。
恭弥さんは昔からアウトドアに詳しかった。
私にタープの立て方や焚き火の火起こしなど、一から教えてくれた。
それに加え彼は、元から料理が得意である。
キャンプ飯も美味しく作ってくれたりとプロ並みの域だ。
実は、庭でキャンプするようになったキッカケがある。
それは、私の心の呟きから始まった。
(キャンプ、してみたい……)
ある日、私が毎週見ているものがある。
深夜帯の時間に放送するテレビ番組のことだ。
その番組は、初心者であるMCやゲスト出演のタレントがキャンプを道具など一から学べるというテーマである。
「さぁ、今日のゲスト講師は東町さんです」
「よろしくお願いします」
「早速、今回のテーマはなんでしょう?」
「今回、僕が紹介したいのはキャンプ飯なんですけど……」
ゲストはキャンプの活動内容によって変わる。
特に講師役は一人、決まっているのはそれを長く経験しているタレントが交代で務めている。
例えば、キャンプ飯を得意とする人であってもそれぞれ違う。
お手軽な料理を目指す人から、食材や調味料にこだわりのある人まで。
他にもランタン、焚き火の魅力、テントなどのキャンプ道具の紹介。
アウトドアならばのアクティビティまで満載だ。
(自分もこうやって出来たら、楽しいだろうなぁ……)
いつの間にか毎週見ているうち、そんな活動をしているシーンに釘付けとなっていた。
それを恭弥さんがお風呂上がりからひょっこり現れ、私の元へ行きつつテレビを見ながらこう言った。
「おっ、キャンプ飯特集かぁ。しかも東町さんの飯、美味しそうじゃん!」
「うん、いつ見ても楽しそうだし、特に焚き火がいいなぁって」
「ん? もしかして、空もしてみたい? 」
私は、自分の顔が無表情のままだけどコクコクと縦に頷いた。
どうやら彼は、私の頷き具合やリズムの速さだけでどういう気持ちなのかが分かるらしい。
「だったら、まずは家の横の庭でやってみようか?」
「え? 家の庭?」
「あぁ。折角こういう敷地があるんだから。ほら、いわゆる有効活用ってヤツ」
そんな会話を交わし、私のやってみたい想いが通じたのか趣味として始めることにした。
今となって少しずつだけど、ようやく一人でも出来るようになった。
(一人でやってみようと思えば、出来るのだなぁ……)
その一歩を踏み出すことが一番大事なのかもしれない。
私も勇気を出して、いざやってみたら楽しいと思えるようになったのだから。
ご飯を食べ終わる頃と同時に、恭弥さんから今日を締めくくりのメッセージが届いた。
恭弥さん「そろそろ、作業に戻るから焚火の始末だけ気をつけて。おやすみ、また明日」
(……夜遅くまで、いつもお疲れ様)
ほんの少しの笑みを浮かべ、彼へのコメントの返信を打つ。
私「うん、わかった。火が落ち着いてきたら片付けに入るね。おやすみなさい」
ホッとひと息をついた。
普段の恭弥さんは、色んな地方へ出張が多く忙しくしている日々だ。
家に帰ってこれるのは二人の大事な記念日やイベントを含め、まとめて休暇を取れた日のみ。
一人では心細く、ちょっと寂しい時もある。
けど、こうして毎日LIMEのメッセージをくれるだけでも安心はしている。
(次、いつ会えるのかな……?)
そうこうして、ゆっくりとご飯を食べている間に夜の暗さが深くなる。
そろそろ、キャンプ道具を片付けをする時間が来た。
余ったご飯は、今日の夜食としておにぎりにしようと思う。
(あっという間だけど、私も残っている仕事をしないとだし……また次回だ)
締切日の近い原稿が残っているし、時は待ってくれない。
非日常なひと時からまた日常へと戻る。
またその時までに楽しみを取っておこう。
(今日のごはん、美味しかった……。ふぅ、満足できた!)
——今日も美味しいごはん、ご馳走様でした。
緩やかな坂道を登りきった後、ショッピング施設の入口の反対側にある裏手へ行く。そのまま真っ直ぐ行くと、カフェレストランの入口へ着いた。営業時間帯はまだカフェタイム……と言っても、あと一時間ぐらいで終わってしまう。メニューを確認してると、私たちを見かけた店員さんが扉を開け声をかけてくれた。「本日のカフェタイムで提供できるデザートメニューは、残りのドライフルーツのパウンドケーキのみになりますが……いかがでしょうか?」「あぁ、まぁ……とりあえず入ろうか」私はコクっと深く頷いた。恭弥さんは入りますとゴーサインを出し、カフェレストランコーナーへ入ることにした。「お席は空いてる所へどうぞ」(どこにしようかな……あ、ここにしよう)店員さんがそういうと良さそうな席を選ぶように、私は周りを見回す。景色も眺められそうな窓側の席へ指定した。「おっ、外の景色も見えるんだな」「うん、だからここにした」「いいじゃない?」そして店員さんが水を持ってきて早速、注文を取ろうとする。「ご注文はお決まりですか?」「デザートはパウンドケーキのみでしたっけ?」恭弥さんは、その店員さんに質問をかける。「そうですね、他の二つは生憎既に完売してしまいまして……」そう言って、店員さんは申し訳ございませんと頭を下げた。ちなみに完売した他の二つのデザートは、ガトーショコラとベイクドチーズケーキだった。
今日は恭弥さんとドライブも兼ねてのお出かけ。だけど……。「え~……今この辺だけどさぁ~……コレ、どこへ行こうとしてるんだ?」彼と、行きたい目的地の専用駐車場へ向かおうとしているはずだった。しかし、今はそこと別の駐車場付近に居る。コレはつまり、完全に迷ってしまった。車に搭載しているカーナビとスマホのマップアプリで検索したものを照らし合わせている最中だ。(曲がる場所が複雑すぎる……ナビでも難しいなんて)どうやら高速道路のジャンクションらしい所を通ると、すぐ目の前が目的地の駐車場。だが、そこへ辿り着くまで少々ややこしい……。というのも、曲がる場所を間違えてしまうと高速道路に向かう方向へ入ってしまうそうだ。「とりあえず、私も地図見ながら案内のサポートするからゆっくり前へ進んでみよう?」「ん……わかった」そんな訳で、少々不機嫌で難しそうな顔の恭弥さんは運転を再開。私も慎重にフォローをしないといけない。(とりあえず、道の曲がる場所を正しく誘導出来るのを頑張ろう)「恭弥さん、ここを左に……」「ん? ここ?」「そう、ここ」私は曲がるタイミングを伝えながらサポートをしていく。今日は前から行ってみたかった、隣の市にある大きな公園内のフィールドパーク。昨年九月頃にオープンしたものの、予定がなかなか合わなくて行けずじまいだった。(あぁ、やっと恭弥さんと予定の合う日が出来
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?)