——レストラン街で夕食を食べた後。
何となく心のモヤモヤが残るも、車に乗って帰路を走る。
そして約一時間半経った頃、家に着いた。
時間は忙しかろうが何も関係なく、あっという間に流れてしまう。
(恭弥さんとはまたしばらくのお別れ……)
やっぱり恭弥さんがいないと寂しくて、ふと泣きそうになる。
だけど、なるべく見せないように我慢しなきゃだ。
「ゴメンな、空。一週間ぐらい休みにしたのに……」
「……うん」
「最初は丁重に断ったんだけど……クライアントの仕事で、どうしても抜けられないから……」
前回も説明したが詳しく言うと、実は恭弥さんが家に帰る日の前日のこと。
連休の予定を立てようしている最中に起こった出来事だった。
「いや、先日休みを貰うからってお断りしたはずなんですが……」
「そうなんだけど、お相手の方が急用だからって……」
顧客の知り合いから、諸事情で打ち合わせの都合がどうしてもと彼に電話がかかってきた。
私は気にしないでと合図をする。
すると彼は申し訳なさそうに平謝りのポーズを向けた後、渋々合わせることになった。
本来一週間の予定だったのが、短縮されて三日間という結果に……。
「ねぇ、次、いつ帰って来るの……?」
「次は結婚記念日だから……まぁ、一ヶ月後ぐらいかな?」
「……うん」
彼が仕事で忙しいのは仕方ない。
けれどすごく寂しいのに、素直に言えなくて悶々としている自分もいる。
「またすぐ会えるさ。いつも通り毎日LIMEでメッセージ送るし通話もするから。ほら、泣かないで?」
「うん……」
恭弥さんは、私が泣きそうになってるのを察知していた。
そんな私の表情を見て、少し困り顔になっている。
「それに、次の休みは代休としてきっちり確約させてるから……ね?」
「うん……」
彼の右手で、私の頭をポンポンしながら宥めている。
その優しい手が、私を更に涙が溢れそうになるのを加速してしまう。
「あ、そうだ! 忘れないうちに……」
何かを思い出したのか、彼は車の後頭席からゴソゴソと紙袋ごと取り出す。
少し照れながらその紙袋を私に差し出した。
「空に渡すものがあった。はい、コレ……」
「……?」
私は紙袋を見て何だろうと疑問に思う。
お土産というわけでもないし、渡される理由が見つからないからだ。
「まぁ……中身は今開けても良いよ。というか、今開けてほしい」
恭弥さんがそう言うので、とりあえず紙袋から出すことにした。
プレゼント用に包まれたラッピング袋のリボンを外して中を覗く。
「え……? コレって……」
「この前LIMEで通話してた時に『欲しい』って言ってただろ? 人気の商品だから予約して買ったんだよ」
私が欲しかったもの……それは「テーブルランプ」だった。
しかも私の好きなキャンプメーカーが、有名デザイン会社とのコラボ商品として販売されていたもの。
「でも、どうして?」
(今日って何の日だっけ? そもそも何か特別なことあったかな?)
本当に心当たりがない……。
私の頭の上にクエスチョンマークがいっぱい浮かぶ。
「空……忘れてるかもしれないが」
「え?」
「お誕生日、おめでとう」
「へ?」
私は慌ててスマートフォンのロック画面を見る。
日付けを確認すると、本当にこの日だった。
(あっ! そういや、今日だった!)
もう、彼のデートばかりのことですっかり忘れてた。
今日は、私自身の誕生日だったことを……。
「さっき行った店でコレを取りに行ったんだよ。ただ、使い方とかラッピングの相談してる内に話が盛り上がっちゃって。このランプ、どうかな?」
(だから、あの店員さんと話し込んでたのはコレの為だったんだ)
「うん、嬉しい……。ありがとう」
嬉しくてまたさっきよりも溢れ泣きそうになるどころか、もう涙が限界を超えて自然と流れてしまった。
「もう、すぐ泣くなぁ……。この子は」
恭弥さんはフッと少し苦笑いしながらそっと私の身体を寄せ、軽く抱き締めた。
「……!」
彼の身体に包まれると、やっぱり温かい。
(こんなの、反則だけど……このままずっと包まれたい……)
「空、愛してるよ」
「うん、私も……」
(好き……)
私は聞きたかった言葉に恥ずかしながら返事をする。
はにかむようなぎこちないセリフだけど、なんとか伝えられたと思いたい。
「空……」
「……っ!」
恭弥さんは、目を閉じている私のおでこに軽くキスをする。
(……~~!)
「顔、赤くなってる」
彼からの愛情の印を受けたとはいえ、やっぱり恥ずかしいものだった。
――そろそろ出発時、彼は車へ乗り込んだ。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「うん……。気をつけて行ってね」
「俺の家に着いたら、またLIME送る。空も体調崩さないようにな」
「うん、恭弥さんも……。行ってらっしゃい」
「行ってくる」
そう言って恭弥さんは少し手を振り、彼の車のエンジンをかけて出発した。
私は、彼の車の姿が見えなくまで手を振って見送った。
今までの魔法が解けるかように、また一人で過ごす時間に戻る。
◇ ◆ ◇
家に入って、リビングのソファーに腰掛けた。
私は恭弥さんからのプレゼントを見つめながら、抱き寄せてくれた時の余韻に浸っていた。
このテーブルランプは、いつか持ちたいと憧れていたキャンプ用品の一つ。
同じランプでもいつも使用しているものは『リトルランプ』。
別のキャンプメーカーの製品で、スタイリッシュでシンプルな筒になっていて灯りも小さいランプ。
(これはこれで、お手頃な軽さだから持ち運びには良き)
だけど今回のテーブルランプは、曲線美が特徴の綺麗なランプだ。
いわゆる、中世から近代ヨーロッパにありそうなレトロ調のランプ。
それを使える日が、待ち遠しい。
(そうだ、次回のキャンプの時に使ってみよう!)
テーブルランプを使ったら、きっと長く眺められるだろうなぁ。
でも私の願いは、恭弥さんからもらったテーブルランプで一緒に過ごす日々を灯したい。
——そんな日を待ちながら火がついていない新品のテーブルランプをまた眺めている。
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?) 
——扉を開け、外へ出てみる……。(うっ! 眩しい……!)青空の天上から、太陽が燦々と眩しく照らしている。梅雨の期間、あまり外へ出ていなかったから尚更だ。目や肌へ日差しの刺激がより感じる。(今日はそんなにジメジメした湿気が少ないけど、これから先はもっと湿っぽくて暑くなるだろうなぁ)しかし、ここでへたれていたらダメと気合いを入れ直す。もちろん念の為、水分補給用のスポーツドリンクも用意している。この時期でも、やはり熱中症には気をつけたいことだ。(よし、行きますかぁ!)家の外の右端にある収納庫へ向かう。メッシュタープやローチェア、焚き火台などを出していつものように作業を開始する。メッシュタープを立て風に飛ばされないように、紐を引っ掛けられるフック付きレンガ調の重しもつけて固定していく。これからの夏は、日差しが強い。側面のうちの二面分だけメッシュの上から日光避けのシートも一緒に取り付けてある。(今日は出入りする面の遮光シート一枚を、屋根にして立てよう)その後、テーブルとローチェアを設置し、テーブルの近くにはトレー付きの焚き火台を置いた。今回も切炭をメインに使用するけど、そのためには着火の素が必要だ。下に乾かして傘が開いた松ぼっくりと細かい枝木、ナタで捌いた細めの木を山の形になる様に組む。(土台は出来たから、先にカレーの材料を持ってきた方が良さそう)キッチンからカレーのルーやカット済みの野菜やお肉、食器などをひとまとめておく。暑さ対策として、食材は保冷剤の入った小さいクーラーボックスに入
——七月初旬のある日の午後。(ぬぅ~暑い……。暑いよう……)季節は、もう夏を迎えている。薄手の長袖から半袖への衣替えも兼ねて、そろそろ部屋の中へ扇風機を設置しようか迷っていた。最近、この時期の昼間は少しずつ暑くなってきた。天気予報では、夏日に近い気温を示す日中も増えている。けれど山奥の気候は平地と違い、朝と夜はまだ涼しい。(長袖の服もそろそろおしまいかなと思ったら、逆戻りもするしどっちを着ればいいのだろう)こんな心境で毎日迷うから困る。特に雨が降ると冷えて肌寒くなるくらい、昼との気温の差が激しい。ただこれから訪れるであろう厳しい暑さに耐えられるのだろうか?そういわれたら、この先は絶対バテるに違いない。身体が、なかなか外の気温に順応してくれないのである。(暑さを凌ぎれるスタミナが欲しくなるし、そろそろつけたいなぁ……)今のままだと身体がドロドロに溶けてしまうくらい、私は夏バテしやすい体質だから尚更だ。夏を乗り切るために、簡単にスタミナのつくスパイシーなものが食べたい。(うーん、夏といえば……。あっ、それに相応しいメニューがあるじゃないか!)そうだと一人で相槌を打ちながら閃いた。(夏……スタミナがガッツリつくスパイシーなもの……カレーだ!)キャンプ飯の定番メニューの一つだけど、まだ作ったことがない。先週の話には触れていなかったものだが……。&