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last update Dernière mise à jour: 2025-10-22 06:00:40

 息を詰めて、頭をフル回転させる。

 目の前にいるのは、理性を失った令嬢ではない。計算高く、冷酷に牙を研ぐ女だ。薫子の狂気はただの激情ではなく、目的を果たすための手段として磨かれている。感情に流されれば、それを利用されるだけだ。

 美桜はゆっくりと目を細め、震える声を必死に抑えて言った。

「薫子様……お願いです。どうかお考え直しください。お嬢様の手を汚すこともございません。最初から結婚していなかったのであれば、私は潔く去ります。京様に子を見せる等、おこがましいことも致しません。すぐに屋敷を出て行きます。ですからどうか…」

 薫子の瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。だがすぐにそれは嘲りの笑みに変わる。

「汚点を残すわけにはいかないわ」

「でも、そんなことをすれば……浅野家の名誉にかかわります。私やお腹の子を殺せば、事件になります」

 浅野家のことを口にするのは賭けだった。浅野家を持ち出せば、薫子の計算に小さな亀裂が入るかもしれない。スキャンダルを起こすことと、黙殺してしまうことのどちらが賢いか――彼女は冷酷に判断する女性だ。

 薫子は扇をゆっくり閉じ、薄く笑った。

「私があなた

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