窓から差し込む夕日に照らされ、レイは目を開ける。
どうやらここは今朝まで居た宿屋の一室の様だった。
辺りを見回そうとするが全身に激痛が走り上手く動けない。
朦朧とした意識が痛みでハッキリしていくにつれ、意識を失う前の出来事を思い出してきた。
そう、確か自分はニイルに言われランシュとの戦闘中だったはず…
「あ、起きたみたいだね」
横から声を掛けられそちらに意識を向けるとフィオがこちらの様子を伺っていた。
「君、あれから半日近く寝ていたんだよ?部屋には鍵が掛かっているからアタシの部屋に連れて来たの。今2人を呼んでくるから待ってて!」
そう言って部屋から出て行くフィオ。
1人になり落ち着いてきた所でようやく頭が冴え意識もしっかりして来た。
そうして1つの事実に気付く。
「そっか、私、負けたんだ…」
そう、意識を失う直前、顎にとてつもない衝撃を受けたのを覚えている。
恐らくランシュのアッパーをモロに受けてしまったのだろう。
顎に残る激痛がそれを物語っている。
そしてそれ以外の体の激痛は…
「随分とお寝坊なお姫様ですね?」
そんな声と共に部屋にニイル達が入って来た。
それにレイは体を起こそうとするがやっぱり体は言うことを聞いてはくれなくて。
「そのままで良いので楽にして聞いて下さい。それとも明日にしましょうか?」
そんな様子に苦笑しながらニイルは言った。
「ううん、今聞くわ。」
師匠相手にさえ使わなかった奥義を使っても勝てなかった。
そんな事実に焦る気持ちを抑えられずレイは言う。
「私が負けたのは見れば分かるわ。でもどうやってあの状態の私を止めたのか分からないの。自分で言うのも何だけれど、あの状態の私は雷みたいなもの、それを簡単に捉えるなんて、身体能力に優れていると言われる獣人でも出来ると思えない。それとも貴方もあれ程の速さで動けると言うの?」
もしそうなのだとしたら今後、戦闘において自分の優位性が失われる可能性がある。
自分と同じ速度で動けるのなら自分は奥の手を封じられたと同義だ。
それはつまり、相手に対して決定打が無いと言うことに他ならない。
これからの強敵、特にあの男に対抗する手段が無くなれば焦りもするだろう。
そんな焦燥からの質問を受けて、ランシュは静かに首を横に振った。
代わりにニイルが答える。
「彼女にそんな手段は存在しませんよ。そもそも雷とほぼ同じになれる人間はそうそう居ないでしょう。あの技術と魔法はそれ程までに素晴らしい物でした」
「じゃあどうやって…」
その質問に対する答えはレイの想像よりも遥かに悪いものだった。
「簡単ですよ、ほぼ雷なだけで雷そのものでは無い、それ故にあの技には弱点がある。彼女はそこを突いたに過ぎません。それに一流の戦士なら誰でもあの技は破れるでしょう」
その答えに愕然とするレイ。
それではエレナート家の奥義は、私の今までの努力は、その程度の物だったと言うのか…
ランシュのアッパー以上の衝撃が襲い、頭が真っ白になりかける。
そんな思考を遮る様にニイルは言った。
「言ったでしょう?素晴らしい技術と魔法だと。本来であればアレはそんなもので破られる程チャチじゃありません。となれば残る理由はただ1つ、貴女がまだ未熟なだけです。」
と、そんなフォローしているのか、追い討ちをかけに来ているのか、悩ましい発言をするニイル。
ただ、それを聞いたレイは少し安心する事が出来た。
何故なら自分が代々受け継いできた物が悪い訳ではなかったから。
自分が未熟なのは百も承知、強くなる為にここまでやって来たのだから。
それなら出来る事はある筈、そんな期待を込めてレイはニイルに問うた。
「私が未熟なのは知っている。だからどうすれば強くなれるか教えて欲しいの。」
それに満足そうに笑いながらニイルは答えた。
「現状の力量を正確に把握し、向上心を失わない。なら、あなたは強くなれますよ。ではまず現状を把握する所から始めましょうか。」
その提案に頷くレイ。
「まず、何度も言う通りあの魔法とそれを使えるだけの魔力量、そして技術力とセンスが貴女にはある。他にも魔法だけに関して言うなら、あなたはそこらの一流魔法師と比べても遜色ないレベルの持ち主だと思います。」
その言葉に少し照れるレイ。
「悪いのはそれを使いこなすだけの体と技術力を持っていない事です。これを16歳の少女に言うには酷な事ですが、貴女の体と知識量がまだまだ十分に出来上がっていないという事に他ならない」
それにそうだろうなとレイは思う。
確かにこの10年、数々の戦闘を繰り広げてきたと言っても、相手は大抵こちらを舐めているか、本気を出さずに終わってしまう者が大半だった。
命懸けの死闘が無かった訳では無いが、常に修羅場の只中に居た訳でも無い。
それ故に一流よりも戦闘経験が劣っていると言われればその通りであり、身長も未だに伸びている最中だ。
子供だからまだ弱い、それは事実ではあるのだがだからと言って、はいそうですか、と納得出来るほど大人にもなりきれていない。
「今、あの魔法を使った反動で全身が痛むでしょう?それはあの魔法の負荷に体が付いて行けていない証拠でもあり、あの魔法を制御出来ていない証拠でもあります」
その言葉にある疑問が浮かぶレイ。
「制御?確かにまだあの魔法を使うには私はまだ未熟だろうけれど、制御なんて出来るものなの?そもそもなんでこの魔法の事についてそんなに知っているの?」
この魔法はエレナートの者しか知らない秘術である。
他人であるニイルが知っている筈は無いのだが…
「私の特技でね。どんな魔法も見れば大体分かるんですよ」
と、そんな有り得ない事を言って誤魔化されてしまった。
「それに少し考えれば思いつく事です。今の貴女は装填する魔法を100%で装填している、だから体が耐え切れていないのです。ならば耐えられる量を装填すれば良い。」
「そんな事が可能なの?」
「勿論、あなたが魔法に関する知識と理解を深めれば可能です。それに伴い体作りと戦闘経験も積めば今より強くなれるでしょう」
少し怪しさも感じたが言っていることは理解出来る。
今まで独学がほとんどだった分、明確な目標が出来た事で、やる気も出てきたのは確かだ。
「なので今後の修行は体作りと戦闘経験、基礎はあの爺さんから教わってたみたいですし、独学でも学んでいたみたいなので実践を繰り返しましょう。そして魔法の座学と魔力量の増加も行っていきましょうか」
「ええ!よろし、く…?」
その言葉に新たな疑問を覚えるレイ。
「魔力量の増加とはどういう意味?人が持てる魔力量はほとんど生まれつきで決まっていて、一朝一夕で増やせるものでは無いはずだけれど?」
そう、魔力量は大抵が遺伝で決まっており、貴族出身の者が膨大な魔力量を誇ると言うのはザラにある。
突然変異で大量の魔力を持って産まれる事も稀にあるが、それ以外に後天的に増やす方法はかなり限られていると言うのが一般的な常識である。
「まさか私に魔薬を飲めって言うんじゃないでしょうね?」
魔薬とは飲めば魔力量を一時的にだが増やせる薬である。
一昔前その有用性から多数の使用者が居たが、実は使用者の生命を削りそれを魔力にしている事が判明、それ以降全ての国で使用を禁じられており、その薬は表舞台からは姿を消した。
そういう経緯もあり、レイが警戒するのも仕方の無い事であった。
「あんな物使いませんよ。それにアレは一時的なものですからね、私が言っているのは永久的に、です。その代わりキツイ修行になりますが耐えられますか?」
内容に不安が残るが強くなれるのなら是非もなし。
レイは確固たる意志をその目に宿し頷いた。
「では明日からその様に。ところで話は変わりますがあなたは魔力切れになった事はありますか?」
魔力切れとはその名の通り体内の魔力が尽きる事を言う。
魔力は人間にとって大なり小なり持っている物なので、それが尽きるという事は非常に危険な事なのである。
細かく言うなら、軽度で全身の倦怠感や目眩など風邪に似た症状、悪化するにつれ動けなくなったり気絶したり、最悪の場合は死に至る、つまり。
「なった事なら有るわ。というか軽くだけど今がその状態だし。あの魔法、消費魔力が半端なくて使うと大体魔力切れを起こすのよね」
そう、全身の痛みもあるが今動けないのは魔力切れも起こしているからなのである。
本気を出さなければいけなかったとは言え、流石にこれはやり過ぎた、危うく死んでしまうところだったと少し反省するレイ。
「なら話が早い。明日の修行では今以上の魔力切れになってもらいましょう」
「???????????」
明日から修行と意気込んでいたところに死刑宣告を言い渡されたレイの意識は、宇宙へと旅立ったのであった。
ここはとある大陸のとある場所。普通の人間なら近寄りすらしない辺鄙な場所である。そして本来そこを使用する者達も、常ならば一年に一度の定例会にしか集まらないのだが、今日に限ってはとある人物の招集により臨時で集まっていた。巨大なテーブルに席が7つ。特に指定は無いのだが、いつもの様にまるで自分の席が決まっているかの如く座る6人。その各席の後ろに控える様に6人が立ち、合計12人がこの場に集っていた。「さて、本日は急な呼び掛けにも関わらずお集まりいただき、誠にありがとうございます」そう言って話し出したのは『傲慢』と呼ばれる男。ここに集う者達は、お互いの本名も素性も知らない者達ばかり。更にそれを探るのも暗黙の了解として禁じられている。故にお互いの事を、自分に冠せられた罪の名で呼び合う事が通例となっていた。「急な招集という事もあり、生憎『憤怒』殿は来られませんでした。なので本来なら次の定例会でお話するべきなのでしょうが、緊急の案件につきこの様に緊急招集という形で…」「『憤怒ヤツ』が来ないなんざいつもの事だろうが。能書きは良いからさっさと用件を話せ」『傲慢』の話を遮り『暴食』と呼ばれる男が口を開く。恐らくこの中で、唯一全員に素性がバレているであろう人物。それ程迄に彼は世界的に有名で、他の素性を隠しているメンバーと比べても異質だった。
全てが終わりレイ達4人がいつもの宿に戻った時には、太陽が昇り始める時間になっていた。朝日に目を細めると緊張が解れたのか、途端に空腹と眠気がレイを襲う。(そういえばご飯もまだだったわね)仕事終わりの食事をするつもりがここまでの騒動になってしまった事に、つい苦笑してしまうレイ。今すぐにでもベッドに飛び込みたい欲求を堪えて、まずはニイルの部屋でレイとニイルの治療を行う事となった。治療と言っても例の如く、ニイルの用意した魔法薬を飲むだけなのだが。しかしそこで一悶着起きた。ニイルから差し出された魔法薬を見た瞬間、今迄の鬱憤が爆発したのだろう、レイが以前苦言を呈した時以上の怒りでもってニイルに詰め寄ったのだ。「魔力は治癒魔法では回復しないからこれを飲むのは分かるわ。でもいい加減この地獄を何とかしないと耐えられない」と、今迄ニイルに向けた事の無い剣幕でそう告げたのだ。「以前貴方は言ったわね?飲んだ事が無いから分からない、と。なら今すぐ貴方も飲むべきだわ。そうすればいかに貴方が悪逆非道な行いをしてきたのか分かる筈よ」その迫力は、フィオやランシュでさえもレイを止めるのを躊躇わせる程。流石のニイルもその雰囲気に呑まれつつ、抵抗を試みる。「い、いえ…私も飲みたくないから飲まない訳では無く、飲・ん・で・
「一体…何が起こってるの…?」震える声で囁くレイ。誰かに対して言った言葉では無い。ただひとりでに、無意識の内に出た言葉であった。レイは全てを目撃していた。スコルフィオの周囲に突然現れた騎士達も。その騎士達と戦うマーガも。スコルフィオが燃やされ、しかし何故か死なずにマーガ諸共斬られる所も。そして、意識を取り戻したマーガの首が刎ねられる所も…その全てが、ま・る・で・現・実・の・上・か・ら・重・な・っ・て・流・れ・る・映・像・の・様・に・、半・透・明・
「『神性アルカヌム』?それに『惑わす淫魔アスモデウス』って…」聞き慣れない単語を耳にし、1人呟くレイ。だがその圧力プレッシャーはどこか身近で、しかしその何倍も大きくて…「『神性アルカヌム』とは、簡単に説明するならば神性付与ギフトの上位互換です。か・つ・て・存・在・し・た・神の権能、その半分程が人間と混ざり合い新たに名を得たのが『神性アルカヌム』、その保持者達を『神性保持者ファルサ』と呼びます」ニイルの説明に愕然とするレイ。かつてレイが勝てなかったベルリや、序列大会で会ったルヴィーネ、レイが出会い戦った相手はどちらも尋常では無い強さを有していた。しかしその『神性付与保持者セルヴィ』達でさえも、『神性保持者ファルサ』の前では劣るのだという。にわかには信じがたいが、そもそもレイはこの力の事をよく知らない。
土煙の中から姿を現すマーガ。今にも倒れそうな様相で意識も朦朧としているが、その瞳には確たる意志を宿していた。横で倒れているブレイズに目を向けるマーガ。意識は無いが呼吸は辛うじてしている状態だった。しかしその状態も長くは続かないだろう、最早一刻を争う状態であろう事は傍から見ても理解出来た。(魔法障壁のお陰で、何とかお互い一命は取り留めた。敵の増援が来た以上本来なら部下を呼んで撤退するべきなんだろうけど…)周囲に意識を向けるが戦闘の音が全く聞こえない。最後に見たのは部下全員がたった1人を相手に向かって行った時。それから一向に助けに来ないところを見るに、想像したくは無いが全員やられたのだろう。(敵の増援が来た以上、早々にこの場を切り抜けなければならない。僕の魔力ももう空だけど、何とか君だけは逃がしてみせるよ)内心でブレイズに語り掛けるマーガ。彼を喪う事はセストリアの、いや世界にとっての損失だ。それ程この『剣聖』は人類にとっての希望なのである。
「さぁ、そろそろ決着をつけましょうか?」挑発する様にそう告げるレイだったが、決して勝算の目処が立ったからでは無い。寧ろその逆で、いよいよレイの魔力の底が見えてきたからである。これ以上長引けば、2人を削り切る前に確実にレイが魔力切れを引き起こす。当初想定していた最悪のシナリオ通りに進む事が予想出来た。故にレイらしからぬ挑発も兼ねた宣言を行ったのである。しかしその挑発を受けても、対する2人の冷静さが失われる事は無かった。勿論、状況的に追い込まれている事は重々承知の上だがそれでも尚、2人は勝利を諦めてなどいない。この程度の苦境、英雄と呼ばれるようになってから今まで、いやそれ以前からも、幾度となく乗り越えてきたのだから。「しかし追い込まれてるのもまた事実…ってね。そっちはどう?」わざと明るい雰囲気を醸しながら言ってのけるマーガ。ここで悲観した所で状況は好転しない、それ故の態度だった。「確かに早々に決着を付けたいのはこちらも同じだがな。だがこちらも奴を殺れるだけの決め手が無い。持久戦に持ち込まれればこちらの敗北は目に見えている」マーガなりの気遣いに感謝しつつ、しかし厳しい現状を冷静に突き付けるブレイズ。マーガの魔力も、ブレイズの体力も限界に近い今の状況では短期決着を狙うレイと同じではある。しかしこちらの手の内を全て晒し、その上で互角である。